不器用な人

@speak

第1話

社員食堂の片隅で同僚の茉莉と向かい合っていた。私は持参のお弁当を広げ、茉莉はAランチの親子丼と肉うどんのセットを食べながら、コンビニから買って来た黒糖蒸しパンを今まさに千切ろうとしている。


「茉莉、Aランチだけじゃ足りないの?」

「ん?これはデザートよデザート!」


親子丼とうどんと黒糖蒸しパンのトライアングル。黒糖は上白糖より糖度も低くミネラルも豊富だと聞くけど、AとBどちらかのランチと毎日登場する黒糖蒸しパン。好きな事は良く知ってるけど飽きないものかと首を傾げたくなる。

私も黒糖は好きだ。古郷のポッポ焼はお祭りになると屋台に並んでよく買った懐かしい一品で、当時は新潟の下越地方にしかなかった。最近は上越地方でも屋台が出ると聞いたけど、新潟県民であっても実際に目にしたことのない人は多数いるかもしれない。


「妙子は黒糖は嫌い?」

「まさか、大好きよ。中でもポッポ焼が好きかな」

「ポッポ焼?あれは烏賊でしょ?」

「違うわよポッポ焼は新潟のお祭りの屋台で売られてる黒糖のお菓子よ。食感は蒸しパンと似ているようで違うんだよねー。冷めてもオーブントースターで軽く炙ると外側はカリッで香ばしさが増してすっごく美味しいの。あー食べたくなってきた」

「へえ」

「今はネットでも買えるみたいだけどね。地元のお祭りでポッポ焼はいくつも屋台が出るけど、美味しいお店はすぐに売り切れるからストックが無くて焼上がりを待つわけよ。味も微妙に違うから店選びもポイントなのよね」

「どんな形?」

「細長くて少し扁平でアツアツの時はクネッとなるの」


私は左右の親指と人差し指で2㎝×15㎝ほどの長方形を作り、その後右手を垂直にして手首を折り曲げた。


「項垂れてる感じが高瀬みたい、あははは」


茉莉は大口を開けて豪快に笑った。

高瀬陽介は同期で半年ほど前から私の彼氏だ。最近の私は陽介と会っていても少しイラつくというか、私だけが勝手に悶々としていた。いつも私を優先してくれるのは優しさなのかもしれないけど・・・。


「喧嘩でもした?高瀬、受付通るとき何かショボくれた笑顔だったわよ。営業成績は申し分ないのにプライベートは伸び悩み?」


「喧嘩・・・じゃない。陽介の性格はわかってるつもりだけど、やっぱりリードして欲しいものでしょ?妙子の行きたいとこでいいとか、妙子の食べたい物にしようって毎回言うから何かね・・・・。たまにはさ、ここに行きたい、あれが食べたいって自分の意見気持ちを言って欲しいんだけどね・・・」


「妙子のこと入社直後からずっと気になっていたらしいし、漸く望みが叶って高瀬も姫の仰せのままにーって感じなんじゃない?」


「姫って・・・いやいや、付き合うってそういうんじゃないでしょ?」


そんな会話をした後、茉莉は受付へ私は事務所に戻った。

数日後、私の机の上にはいつものように領収書と、一番下にクリップで止められた封筒が置かれていた。陽介の字だ。LINEもメールもできるのになぜ手紙?

頭を傾げながらとりあえずカバンに入れ業務を開始した。


昼休み、いつもの社食で私は自前のお弁当を広げ、茉莉はBランチのカツ定食をテーブルに置く。あれ?黒糖蒸しパンを出す様子がない。本日はデザートは無しかな?

気にせずに食べ始めると茉莉が可笑しな事を言い出した。


「うふふ、おすそ分けよろしくね。それまで黒糖蒸しパンは封印するから」

「ん?何の事?」

「届いてたでしょ?良い仕事したと思うわ我ながら」


咄嗟に思い当たった。あの手紙・・・


「今朝机に置いてあった・・・」

「そう、それ!正にそれ!」

「中はまだ見てない」

「ええー!?早く見なさいよ」


私はニヤニヤ顔の茉莉を尻目にカバンから手紙を取り出す。


ーー真柄妙子様

営業二課の高瀬陽介です。

「知ってるわよ彼氏なんだから」


ーー突然ですがポッポ焼です。

「は?」


ーー妙子、明後日の土曜日に新潟へ行きませんか?もちろん一泊で。

「え?」


ーー君の故郷新潟へ行ってみたいんだ。そしてお祭りの屋台のポッポ焼を一緒に食べたい、と思っています。調べたらちょうど白山祭をやっていることがわかったよ。だから一緒に行こう。


「何言ってるの陽介・・・」


そんな台詞を口にしながら私の目は嬉しくて潤んでいた。


「ははは、という事でポッポ焼、楽しみに待ってまーす。冷めてもトースターで炙ったらいいわけだし?」


「どうして茉莉が手紙の事知ってるの?」


「ん?それはね、ゴホン 私は君達の愛のキューピットだからよ、入社当時から」


ピッチピチの制服の胸を張り、茉莉は人差し指を立てた。


「手紙でデートのお誘いって、文明の利器を使いなさいよ本当に・・・不器用なんだから陽介・・・」


敬語が入り乱れた手紙だったけど直筆だから伝わるものがあって、それに陽介が私の故郷に行きたいって言葉はやっぱり嬉しかった。営業の陽介がスマホが苦手な筈がない。あえての手紙なんだと思う。


「茉莉・・・」

「行っておいでよ。まだ半年じゃご両親に紹介って話にはならないと思うけど、故郷を紹介ってのは有りでしょ?」

「うん・・・そうだね。今日も遅いだろうからメール入れとく」


そして七月中旬の土曜日、私と陽介は新潟の地を踏む。白山神社でずらりと並ぶ屋台からお目当てのポッポ焼は香ばしい黒糖の匂いを漂わせ直ぐに見つかった。茉莉へのお土産用と自分達用に30本入りを2つ購入。屋台のおじさんは、茶色い紙袋に入ったポッポ焼を黄緑色の紙で更に包んだ。

宿泊は駅前のホテルだったけど、朱鷺メッセの31階にある展望室から沈む夕日を見て色んな事に感激している私がいた。

今回の一泊旅行では実家に行くことはなかったけど、新潟駅からローカル線に揺られて不器用な彼をいつか両親に紹介する日が来るかも知れない。


「わぁー、これがポッポ焼!?ありがとう!」

「30本入ってるわよ?食べきれる?」

「もちろん!」


茉莉はとびっきりの笑顔で親指を立てた。


【完】










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