織田芹佳

 古手川姫子こてがわきこが学園に来なかった。あの元気こそ取り柄だと言わんばかりのあいつが、風邪でもこじらせたのだろうか。いくら連絡をしても、まるで返ってこない。

 あのストーキング気質のあるあいつがいなくなると、なんだか虚しいものを感じる。駆け引きの中で、押してダメなら引いてみろなんて言葉があるが、事実なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

 この大事な時期に風邪をひくなど、まったく体調管理のなっていない。六錠扉りくじょうとびらの怒りはそこにあった。無論、心配をしていないわけではないのだが。

 結局今日は古手川をしごくはずだったのに、今日やる予定だったメニューを持って下校する予定になってしまった。

 が、そこにドアをノックする音。訪ねて来たのは一つ上、三年生の先輩だった。

「六錠くん、少しお話があります。生徒会室に、ご同行を」

「またあんたか、明智あけち先輩。ということは、あいつのお呼びというわけか……面倒な」

「面倒とはなんですか。芹佳せりか様がお呼びなのですよ。光栄に思うところであって、面倒に思うところではありません」

「それはあんたの物差しだ、俺と一緒にするな。話の内容は大体の見当がつく。だから帰らせてもらう。俺はこれでも忙しいんだ」

「まぁそう言うな、六錠扉。私が呼んでいるんだ、来てくれないか」

 出た、出やがった。

 六錠扉はこの女性が大嫌いだ。いつも堂々としてて、胸を張っていて、まるで自分が中心で世界が回っているかのように偉そうなこの人が大嫌いだった。

 彼女こそ、現時点での日本魔術学園生徒会長、織田おだ芹佳。一昨年入学してからずっと三年間、日本魔術学園で最強の座を守ってきた生徒だ。

 背も高くてスタイルも抜群、だから男子からの人気は高い。優しくて強くて献身的、だから女子からの人気も高い。だからみんな、彼女を芹佳と呼ぶ。

 だから嫌いだった。この、様と呼ばれて喜んでいるような先輩が。まったくもって好きになれない。

 しかしながら、彼女は六錠のことが好きなようだった。色恋沙汰の話ではなく、人として、魔術師としての六錠が好きらしい。何が証拠って、それは彼女と延々話し合っている内容で察してほしい。

「織田芹佳……」

「君くらいだよ、私に様と付けずに話してくれるのは。そんな君だからこそ、次期生徒会長に相応しいと思うのだが」

「いい加減その話題から話を変えろ。俺はやらん。生徒会長なら、豊臣とよとみの奴にやらせればいいんだ。序列四位のあいつなら、それなりに締まるだろう」

「それなり、では困るのだ。宗太そうたは腕は強いが……精神的に色々と問題がな……とにかく、今の生徒会には私の後を継げる奴がいない。だからおまえに頼みたいのだよ、六錠。おまえこそ、次期会長に相応しい」

 前からこの調子だ。

 六錠が入学した時点で、彼女は生徒会長だった。序列一位だった。そんな中で開かれた、六錠にとって初めての期末試験。六錠はトップにも近い成績を残し、序列六位に初めてで入った。

 その実力が織田の目に留まった。以来ずっと生徒会に来ないか、生徒会長になってくれないかと誘われている。ずっと、断ると言っているのだが。

「だったらおまえは俺を誘うのではなく、生徒会の中で次期会長に相応しい人間を育てるべきだった。の言うことなら、誰だって聞くだろう。俺以外にはな」

「うん……それもやったんだがな? どれもこれも途中で壊れてしまってな……宗太に至っては、先日うつ病になったとかなんとか。少しいじめ過ぎてしまった。そこでだ」

「そこで、じゃないだろうが。てめぇ自分の部下を壊しておいて、よくもまぁそう平然としてられるな。さすがは織田芹佳だ。どうせ日本魔術協会からも、お呼びがかかってるんだろうな」

 隣の明智先輩の顔が険しくなる。目の前で芹佳様が侮辱されて、腹が立っているようだ。

 来るなら来いよ、副会長。おまえの魔術は知っている。それを倒すなんざ、簡単な話だ。

「あぁ。実は最近、魔術協会から声を掛けてもらったよ。まぁ、内容としては話せないのだが、何やら重要な席に置いてもらえるらしい。と、そんな話はどうでもいいか。ともかくそういうわけだ、六錠。おまえなら素晴らしい学園に導ける。どうだ、生徒会長になってみないか」

「何度も言わせるな。俺にはまるでメリットがない。それに一クラスにも溶け込めない俺が、学園全体を統括しようとすればどうなると思う? 最悪、支持率ゼロパーセントの生徒会長なんてのが生まれるぞ。おまえはそれでもいいのか」

「無論、タダで会長になってもらうつもりはない。前生徒会長の権限で、おまえにはそれなりの自由をやろう。それがメリットだ。そして何か勘違いをしているようだが、私も君も統べる方法は変わらないさ。この魔術学園に、何故序列制度があると思う」

 言いたいことはわかる。要は自分もただ力で従わせてるだけだ、そう言いたいのだろう。

 しかしそれは違う、織田芹佳。おまえは気付いていない。自身の圧倒的カリスマ性に。おまえには、人がついて行く王の性分みたいなものがある。だから皆ついてくる。それがおまえの才能だ。

 だが六錠扉にはそれがない。協調性もなければ誰かと協力するなどもってのほかだ。絶対にやりたくない。

 そもそも自分は魔術書の鍵。裏切りや情報の奪取を避けるべく、他人との繋がりを絶たなければいけない立場。だからずっとそうしてきた。一人でやってきた。

 だから今更、他人の手を借りろとか誰かにすがれとか、無理な話だ。そんな他力本願な生き方はできない。今までも、そしてこれからも、一人で生きていくのが運命だ。

「俺がどれだけ強かろうが、ついて行くのはそいつら次第だ。そいつらが決める。力での支配なんざ、結局はその程度だ。俺の場合、それが色濃く出るだろう。織田芹佳、おまえの目指す学園はそんな学園か? おまえくらいだぞ、そんな風にこの学園を思ってる奴は」

「フム……そこまで言われると少し照れるな。しかしそうか……やはり、おまえは受けてくれないか……」

 これで諦める——なんて思ったら大間違いだ。この人は絶対に諦めない。きっと何かしら言ってくるはずだ。今までだってそうだった。

 ならばこのまえ廃部にした部活動の部費を貴様にやろうとか、ならば食堂の食券一年分を贈呈しようとか、そういう物で釣る作戦にでるか、それとも。

 ならば次の体育測定で一つでも私より勝っていればこの話を忘れようとか、次の持久走大会で何位以内に入れば忘れようとか、そういう勝負ごとに持ち込んでくる。

 絶対そうだ。この人ならそうする。今までそれを躱してきたが、今度はどう来るだろうか。

「ウム、じゃあこうしよう」

 そら来た。

「次の期末試験の実戦試験、私に勝ったらこの話はなしだ」

「芹佳様?!」

 隣の明智先輩も驚いている。当然目の前の六錠も。今まで様々な勝負を仕掛けられたが、織田直々に力づくで来ることはなかった。それだけ今回は本気ということか。

「試験の対戦カードなど私ならいくらでも操作できる。最終戦、三日目の対戦を私としようじゃないか。それに君が勝てば、次期会長の話は二度としない。約束しよう」

 今までこの話は忘れようとしか言わなかった織田が、二度としないと言った。忘れられるなら思い出してしまうが、二度としないのなら二度とされない。織田はそういう人間だ。そこだけは信用できる。

「いいのか、織田芹佳。あんたのことだ、二言はないのだろうが、もし負けた場合のことを考えているか?」

「無論、考えているとも。生徒会にも、おまえを超える人材がいないだけで人材そのものがないわけではない。その中の誰かにするさ。それでいい」

 もしかしてそのために生徒会のメンバーを鍛えたのか。そこまでして六錠を生徒会長にしたいのか。まったくもって呆れた執念だ。

 だがそこまで諦めない姿勢でいるのに、敗北した場合の可能性を用意しているとは実に彼女らしい。織田は元から、抜け目ない女だった。だから嫌いだ。スキがないから。

「だが、わかっているのか織田芹佳。俺とおまえは今まで一度も戦ったことがない。故に試したことがないだろう。俺の結界魔術フラグマを、あんたの魔術が超えるかどうか」

「試してみるか? 今ここで。おそらく私の計算上では、おまえの結界魔術を破る策はある。そしてそれが、私にはできる。計算があっていれば、だがな」

「大した自信だな」

「でなければ、勝負など持ち掛けないさ」

 六錠は一歩引く。バッグを下ろし、呼吸を整えて構えた。

 対する織田は構えない。ダランと腕を垂らし、首を傾げて鳴らしている。だが二度ばかり首を傾げると動きを止め、そしてなんの前触れもなく肉薄してきた。

 距離はわずか三メートル。その距離を織田が縮めるのに使った時間は一秒未満。しかしながらその時間で、六錠は結界を張った。他でもない、魔術を殺す結界だ。

 そして織田の手刀が落とされる。光り輝く雷を宿した手刀だ、普通に喰らえば、威力は計り知れない。

 だが、六錠は今結界に覆われている。魔術を打ち消し、魔術を殺す結界だ。雷を受けるはずがない。手刀は片手で受け止めた。少し痛いが、耐えられる。しかしそう思った直後だった、手刀を受け止めている手が、熱を感じたのは。

 痛みを感じる。熱を感じる。見ると、手刀を受け止めている手が軽く焼けているだけではないか。結界が、バリバリと音を立てて破られている。少しずつ、少しずつ、雷の手に破られている。

 六錠はとっさに手刀を払い、その懐に拳を叩き込んだ。殴り飛ばされた織田はドアのところまで後退させられるが、廊下まで来て自力で止まる。

 だがそんなことはどうでもいい。今重要なのは、今の一撃が効いていないことじゃない。結界が——魔術殺しの由来である結界が、破られかけたことだ。

 痺れるほどに焼けた手を振り払い、痛みを感じてないと顔で表す。実際はすごく痛かったし、熱かったし、感覚がなくなりそうだった。

「やはりな。その結界には三つの弱点がある」

「三つの弱点……?」

 それは知っている。何せ使い手なのだから。しかし一度も相対していないというのに、織田はそれを見抜いたというのか。

「一つ。持続系統魔術故、結界展開中は絶えず魔力を消費すること」

 正解。

「二つ。結界はあくまで魔術のみを消し去るため、刃物や体術を無効化できないこと」

 それも正解。

「そして三つ。結界で消し去れる魔術にも限界がある。おそらくは大規模魔術、詠唱を必要とする上級魔術を消すことはできない」

 正解。悔しいかな、すべて見破られている。大したものだ。さすがは現在の序列一位。古手川がこの場にいたら、度肝抜かされているだろうな。

「以上の点から、おまえの結界魔術に対する手段は二つ。結界が限界を迎えるまでの長期戦に持ち込むか、結界を破るだけの魔力をぶつけるか、だ。そして今、私は後者を実践してみせた。以上だ」

「おまえは化け物だな。軽く言ってみせたが、おまえは今の手刀に大魔術並の魔力を打ち込んだことになる。そんなの、常人にできる領域を超えてる。おまえは化け物だよ、織田芹佳」

「そう言ってくれるのもおまえだけだよ、六錠。私をそう評価してくれるのは、おまえだけだ。故に褒め言葉として受け取ろう。次回もまた、この出力を放てるようにな」

「……どこへ行く」

 織田が行こうとするのを、思わず止めてしまった。とくに意味はない。だが彼女があまりにも唐突に行こうとしたので、つい、だ。

「用は済んだ。約束はしたし、私も試験に向けて特訓するとするよ。今から試験が楽しみだ……じゃあな、六錠扉」

 それだけ言い残して、織田はその場から明智を連れて行ってしまった。彼女がいなくなって清々した六錠だったが、心の底はモヤモヤしたもので満たされていた。

 初めてだった。数十人掛かりの大魔術以外に——たった一人の人間に、結界魔術を破られたのは。故にショックだった。ダメだ、落ち込みそうだ。こんなときどうすればいいのか、六錠にはわからなかった。

「これで彼も、諦めて生徒会長になるでしょう。こんなことなら、最初からこうしておけばよかったですね、芹佳様」

「いや、そうはいかなかった。何せ彼は、本気を出していないからね」

「は……?」

「六錠扉……彼の本気はあの結界魔術じゃない。私は一度だけ見たことがある。彼の本気の戦闘を。そのときの彼の美しさ、格好良さは素晴らしかった。さっきの挑発で、彼が本気を出してくれるとおもしろいのだが……」

「芹佳様?」

「楽しみにしていろ、若菜わかな。六錠扉、奴の本気が初めて、この学園で見られるかもしれんぞ? 無論、そんな彼を打ち負かさなければいけないのだがね? フフ……本当に、試験が楽しみだ」


 

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