古手川姫子
授業中、
先日のように痛めつけても、すごいですねとかお見事だとか、そんな言葉で躱してくる。ますます尊敬の眼差しを向けてくるばかりだ。
ならばどうしようか。今度はトラウマになるくらいまで、徹底的に痛めつけてやろうか。
ダメだ。さすがにそれは今後が怖い。今まで根も葉もない噂だったからいいものの、事実を噂されては色々と支障がある。そんな今後の人生に傷を付けてまで、突き放したいわけじゃない。
だったらどうしたものだろうか。
「おい六錠、ここの数式は?」
「マイナス六」
「正解だ」
ボーっとしているのを叱るために当てたのに、あっさりと答えられてしまった教師は少し悔し気。
だがそんなことは六錠にとってはどうでもよく、また考えた。そして閃く。
題して、トラウマになるまでボコるのではなく、トラウマになるまで非人道的に特訓する作戦。ストレート過ぎるか? そんなことはどうでもいい。
その日の放課後、案の定修行を付けてくれとお願いしに来た古手川を、体育館に連れて行った。お互い着替えて、ジャージ姿である。
「先輩、今日は一体どんな修行をしてくださるのでしょうか!」
「このまえの戦闘でわかったことだが、おまえは魔力の量が極端に少ない。少なすぎる。それじゃあ長い間、魔術を使えないだろう。だから、魔力を増やす特訓をしてもらおうと思う」
「なるほど! たしかに魔力量の少なさは私のコンプレックスなのです! そこに目をつけるとはさすがです、師匠!」
師匠はやめろ、師匠は。ってか先輩か師匠か、どっちかで統一してくれ。
「で、具体的は私、何をすればいいのでしょうか!」
「あれだ」
六錠が指差す先、そこにあったのは一台のランニングマシンだった。
一見、どこにでもあるランニングマシン。別段、物珍しいところはない。しかしこれは学園にある特別製。その特別は外見ではなく、性能にあった。
「あれでひたすら走ってもらう。走る度に魔力を消費するからきつくなるだろうが、その限界を徐々に上げていくのが目標だ。ちなみに俺なら、最高六時間は粘れる」
「なるほど、走るのですね! でもあれって、使うのに許可がいるのでは……」
「取ってきたに決まってるだろ。修行を考える身にもなれ」
「おぉ! さすがは師匠! ありがたいです、はい!」
まったくだ。このランニングマシンを含めた学園の機器を部活動以外の目的で使用するには色々と許可がいる。しかも簡単には下りない。
一体今日これの許可を取るために、どれだけの労力を使ったか。修行もこれからだというのに、酷く気疲れしてしまった。
だがこれからだ。これを使って、古手川をいじめ抜く。そのために苦労したのだ。過酷な特訓を強いて、地の底まで幻滅させる。この人とはもう関わりたくない。そう思われるまで。
嫌われたっていい。憎まれたっていい。好きだと言われるよりも、ずっとマシだ。あとで酷く、裏切られると言うのなら。
「では早速始めましょう! 先輩!」
だから、統一しろっての。
「あぁ、さっさと始めてくれ」
「はい!」
上着を脱ぎ捨て、意気揚々と古手川は走り始める。初めはゆっくり。そして徐々に速度を上げ、ジョギングくらいの速度で走り続ける。
一見はただ走っているだけに見えるが、ランニングマシンに少しずつ魔力を削がれている状態だ。その量はおよそ三分走って、一つの魔術を行使する分だけ。故に体力に自信のない人でも、魔力を大量に持っていればそこそこ続けられる。
だが古手川は本当に魔力の量が少なかった。予想以上に少なかった。平均でも一時間半は走られるところ、古手川は二〇分程度走ったところでバテ始めた。魔力の生成に体力を持っていかれて、もう虫の息である。
とんだ期待外れだ。まぁ、最初から期待も何もしていないのだが。まったくここまでないとは思わなかった。これは本当に、魔力量を上げる特訓がこれからも必要だ。
って、なんでこれからのことなんて考えてるんだ。
六錠は目の前の特訓に集中する。そして手は、これから鬼になろうと大きく振りかぶられていた。
「もう終わりか! だらしないぞ!」
体育館全体にその音が響き渡る。それは、古手川の背中を叩いた音。服の上からにも関わらず、真っ赤に腫れるまで強く叩いた音だった。古手川も、思わず歯を食いしばる。
だが六錠はやめなかった。背中を叩かれて走り続けるその背中に、愛の鞭でもなんでもないただの暴力を叩きつける。これが今回、六錠が用意した策だった。
走る速度が遅くなればその背を叩き、怒号を浴びせる。そして走らせ、また遅くなれば背中を叩き、怒鳴る。ただひたすら、これの繰り返しだ。
どうだ、こんな非人道的な特訓はないだろう。ただのいじめだ。特訓なんてそんな優しさはどこにもない。
ただし辛い。沸きあがる罪悪感を押し殺してただ暴力を振るうのは、精神的にかなり辛かった。
だがそれでも叩き続ける。その小さな背中が潰れてしまうくらいに強く、強く叩き続けた。
が、古手川は走り続けた。ひたすら、泣きながらも走り続けた。いくら叩かれているからと言ったって、やめてもいい。いくら怒鳴られているからと言っても、やめていいのに。彼女は、やめようとしなかった。
そのあまりにも止まらない背中を、ただし目に留まる背中を、ついに六錠は叩けなくなってしまった。
誰も見ていないのに、誰も噂する人なんていないのに。止めたのは、自分の中の正義感にも似た感情であることはわかっていた。だから意外と、素直にそれに従った。
思わず、優しい言葉が出る。
「もう、いいぞ。今日はここまでにしよう」
「なんで、ですか?」
「は?」
古手川はスピードを上げる。魔力も体力ももう限界な彼女は、気力だけで走っていた。だってもう、目が虚ろである。
「まだ私できますよ……やりましょう、師匠」
「おま……もうガタガタだろうが」
「何言ってるですか……私は、元々ガタガタです……それを、師匠が変えてくださるのでは、ないですか。私はなるのです……! 私は!!! 立派な魔術師に!!! 私、は……」
止めたのは、古手川の限界だった。古手川の限界が彼女から意識を取り上げ、力を取り上げ、止めたのだった。崩れ落ちた古手川の体が、ランニングマシンから滑り落ちる。
その姿を見降ろした六錠は、思わず見入ってしまった。汗だくで、おそらく真っ赤に腫れているだろう、その桃色の長髪に隠れた小さな背中を。
何故そこまで強くなりたいのか。何故そこまで立派な魔術師とやらになりたいのか。それら一切のことはわからない。何がそこまで彼女を突き動かしているのかは、全然わからない
「ったく……どうしろってんだよ……」
古手川を抱き上げ、その足は保健室へと向かう。彼女の背中を叩き続けた手がヒリヒリと痛む中、頭では彼女のことばかり考えていた。
もう自分が、何をしているのかわからない。彼女に嫌われ、この妙な師弟関係を終わらせることが、目標だったはずだ。ならば放っておけばいい。
なのに……自分は一体、何をしてるんだろうか。
だが彼女を放っておくことができるほど罪悪感を押し殺すことはできず、結局今日この日も、六錠扉の計画は失敗に終わったのだった。
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