霧の街のニュートン探偵事務所2- 幸せのコイン -
ジップ
第1話
アサキがニュートン探偵事務所にやってきて1ヶ月が過ぎていた。
このくらいになると助手としての仕事にも街での生活に次第に慣れた。
元々の気さくな性格もあってか、近所の住人とも仲良くなり、買い物にも毎日出かけている。
「こんにちは」
「やあ、アサキ」
挨拶を交わす人も日を追う毎に増えていく。
昔の事を覚えていないのはちょっと問題だけど、今もそんなに悪くない。
このまま探偵事務所にいてもいいかも……
アサキはそんなことも考え始めていた。
だが、別の生き物の頭をした通行人の姿だけは、まだ慣れない。
つい、じっと見つめてしまい怒られた事もある。
アサキは、できるだけ意識ないように務めた。
その日、アサキは、いつもの通り道にある雑貨屋の前を通った。
すると雑貨屋の階段を、お腹の大きな婦人が苦労して降りていくのが目に入る。身籠った体は低い階段でも大変そうだ。
アサキは、足と止めて雑貨屋に寄り、階段の婦人に手を貸した。
「大丈夫ですか? あの、私の肩に手をかけてください」
「ありがとう、お嬢さん」
雑貨屋の店主が気がついて店の中から顔を出した。
「ああ、悪いね。アサキ」
「この階段は低いけど、手すりはあった方がいいと思うよ」
「そうかもしれないね。うーん……取付け、考えてみるよ」
「じゃあ、私はこれで」
アサキは婦人に頭を軽く下げると市場に向かった。
「親切な
「最近、このへんでよく見かける娘です。なんでも外国から来たとか。でも気の毒なんですよ」
「何か?」
「今までの記憶がないそうです」
「まあ」
「でも良い
アサキは、市場に来ると野菜を売る行きつけの出店に立ち寄った。
「あれ? ソントンさん。今日は元気ないね。何かあったんですか?」
顔見知りの店主にそう声をかける。
「ああ? いや何……嫁さんがちょっと病気でね。でも治療費が高くてさぁ……」
「そうなんだ……でも大丈夫! きっと治りますよ!」
アサキは明るく励ました。
「ありがとうね、アサキちゃん」
しかしソントンの顔は浮かないままだった。
彼は、野菜を持っていったアサキを見送った後、チラリと路地でギャンブルをしている輩の姿を見た。
翌日……
市場へ行くとソントンの事が気になっていたアサキは、真っ先に野菜売りの出店に向かった。すると昨日の様子とは違ってソントンの表情が信じられないほど明るい。
「よう! アサキちゃん。昨日は心配してくれてありがとな」
そうニッコリと笑う店主のソントン。
「ソントンさん、今日は元気ですね。なにかいいこと……あ! 奥さんの調子が良くなったんですか?」
「え? ああ、ちょっとまとまった金が手に入ってね。すぐに医者に診てもらって薬をもらったんだ。飲ませたらすぐに調子よくなってね」
「よかったですね」
「へへへ。あ、そうだ。アサキちゃん。今日は何にする?」
「そうですね……今日はこれと、これを……」
アサキは新鮮そうな野菜を選んで指を指した。
「おかえり、アサキ」
事務所ではニュートンが迷い子猫に餌をやっていた。
「すっかり、ニュートンさんになついちゃってますね。その子ネコちゃん」
元々は、アサキが部屋に迷い込んでいたのを見つけた可愛がり始めたのだが、いつの間にかニュートンの方がこの迷い猫にべったりだ。
「この子がお腹を減らせてたみたいなのでね。うるさいからミルクを与え……あ、おいちいでちゅかーよかってでちゅねー」
「アハハ……」
ニュートンの態度に少し引くアサキだった。
「あ、ニュートンさん、買い物のお釣りここに置いておきますね」
アサキはお釣りの硬貨を机に置くと野菜を持ってキッチンに入っていた。
「アサキ?」
「どうしました?」
「このお金どうしたのかね?」
「どうしたって、それ野菜を買った時のお釣りですよ?」
アサキはキッチンから顔を出した。
オフィスでは、お釣りのコインを虫眼鏡で注意深く調べるニュートンの姿があった。
「どうしました?」
「アサキ、これは偽造貨幣だな」
「え?」
「これをどこで?」
「市場でのお釣りです。どこだったかなぁ……」
「思い出して」
「うーん……ああ、だぶん野菜を買った時」
「その野菜売りの様子はどうだった?」
「どうって……元気でしたよ? 奥さんの病気が治ったって……」
「そうか……」
ニュートンは浮かない顔だ。
「どうしました?」
「アサキ、急いでその野菜売りが心配だね」
「この硬貨になにかあるんですか?」
「僕は、コインにうるさいのは知ってるよね」
「ええ。コレクションもすごく多いですね。整理も大変」
「硬貨の歴史、材質、刻印から製造工場のことまであらゆる事を調べている。なんというか知らないと気が済まくて……」
「ニュートン?」
「え? ああ、ごめん。この硬貨だが、ニセ物だ。
「え?」
「コンペン硬貨は、質の悪い特殊な偽造硬貨でね。一番の注意点は使ってはいけないことなんだ」
「お金を使っちゃだめなんて……貯金専門の偽造硬貨?」
「いや、そういうことではなくて」
「ごめんなさい」
「まあ、話を聞きたまえ。お金は欲しいもの……つまり、望んだ物と交換するよね」
「買うってこと? でもお金ってそういうもんでしょ? ここに来る前の事を忘れているといっても、そのくらいは知ってますよ」
「わかっているよ、買い物をしてくるからいだからね」
「で、この硬貨は何が違うんですか?」
「ニセ貨幣は、望みと同じ価値の”代償”を支払わなくてはならなくなる」
「代償?」
「この偽造硬貨を使った人に使った分だけの代償を支払わせるんだ。高額であればあるほど危険度は高くなる」
「大変、
「とりあえず、これ以上、
「大変! ソントンさんに教えてあげなくっちゃ!」
それを聞いたアサキは、ソントンの家に向かおうとする。
「あ、ちょっと待ちなさい、アサキ」
ニュートンは、アサキを呼び止めると何やらメモを書いてアサキに渡す。
「これは?」
「
「はい、ありがとう。ニュートンさん」
アサキはメモを受け取ると探偵事務所からを飛び出していった。
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