クズとクズの純愛

かごめごめ

第1話 運命の出会い①

『とても大事な話があります。放課後にでも、会って話せませんか?』


 そういえばそうだった。おそらって普段はあんななくせして、文面だとなぜかやたらと丁寧な口調になるんだよな。直接顔を合わせることはあっても、チャットのやり取りなんて久々だから忘れていた。


 僕は「了解」とだけ送り返し、スマホをポケットに戻した。

 それにしても、なんだろ、おそらの大事な話って。おそらのことだから、どうせたいした用事ではないんだろうけど……。


 そして、放課後。

 僕はまだ記憶に新しい、一年の教室が並ぶ四階へと足を運んだ。


 おそらのクラスはたしか……三組、だったはずだ。つい数週間前まで僕がいたのと同じ教室。おそらたち一年生の入学式があった翌朝、たまたま家の前で鉢合わせた際にそんな話をした記憶がある。


 栗羽くりはねおそらは、僕の一つ下の幼なじみだ。家が隣同士で、学校も幼稚園からずっと同じ。学年が違うため校内での交流は皆無に等しいが、家族ぐるみでの交流は昔から盛んだったので、関係性としては友達よりも家族に近いかもしれない。


 ……さて、教室には着いたものの。

 どうしよう。


 僕にとっては勝手知ったる馴染みの教室だけど、最早そこに僕の居場所はない。上級生となった今、ずかずかと中に踏みこむのはさすがに躊躇われた。

 仕方ない。ここは外から視線を送って、おそらのほうから出てきてもらおう。


 僕は扉の陰から目を凝らし、おそらの姿を探した。

 教室の中を、じっくりと見回す。女子生徒の顔を端から順番に一人一人確認していく。

 ……あれ、変だな。いないぞ?


 隅々まで確認したのに、おそらの姿は見つからなかった。

 見落としたのかもしれない。今度は反対側から順に見ていくことにする。

 ……が、やっぱりおそらはいなかった。


 ということは、たぶんトイレにでも行っているんだろう。

 そうは思いつつ、念のため、最後にもう一度だけ確認してみることにした。

 対象は女子のみ。男子は無視。端から順番に、一人ずつ。

 違う、違う、違う。違う、違う、違う。違う、ちが――――、


 目が合った。

 おそらじゃない。


 知らない女子生徒が、じっと僕のほうを見ていた。


 ……そりゃそうだ。

 さすがに不審すぎた。

 知らないやつが自分たちの教室を覗いていたら、そりゃ気にもなるだろう。


 おそらはいないみたいだし、ここは一旦立ち去るべきか?

 女子生徒は依然、僕をガン見している。

 ……うん、立ち去ろう。そうと決まれば、まずはおそらに連絡を取らないと。僕はスマホを取り出そうと制服のポケットに手を入れて――


 視界の中心で、女子生徒が立ちあがった。

 彼女は僕から一切目を逸らすことなく、ゆったりとした歩調でこちらに近づいてきた。


 ――まずい、怒られる!?


 一瞬身構えてしまったが、落ち着け、相手は下級生だ。ここは上級生らしく堂々と応対しよう。あぁそうだ、おそらの所在もついでに訊いてみようか?


「あ、あの……」


 女子生徒はどこかおそるおそるといった様子で声をかけてきた。

 遠目でも薄々は感じていたけど、間近で見て確信に変わった。やっぱり、この子……

 とんでもなく可愛い。

 というか、モロに僕好みの外見をしていた。


 まっすぐに伸びた美しい黒髪ロングヘアー。少し触れただけで壊れてしまいそうな華奢な身体つき。すらりと細い、黒のストッキングに覆われた美脚。控えめで清廉な印象を抱かせる、楚々とした佇まい。


 なによりも、上目遣いに僕を見るその澄みきった二つの瞳に、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。


「もしかして、比呂弥ひろやさん、ですか?」

「……えっ?」


 いきなり、それも下の名前で呼ばれ、困惑する。

 初対面のはずだけど……?


「そうだけど……どこかで会ったっけ?」


 僕が警戒心丸出しだったからだろう、下級生の女の子はハッとした顔になり、慌てたように胸の前で両手を広げた。


「あっ、ごめんなさい、馴れ馴れしかったですよね? 違うんです、あの、苗字を知らなくて……」

逢海おうみ

「えっ?」


 思わず反射的に名乗ってしまい、すぐに後悔した。

 女の子がキョトンとした顔で僕を見る。


「いや、あの……僕の名前。逢海比呂弥っていうんだ」


 なんで僕は、いきなり自己紹介なんてしてるんだ……。名乗るにしたって、タイミングってものがあるだろう。

 変なやつだと思われてしまっただろうか?


「あ、えっと……私は、佳月よしづき彩愛あやめっていいます」


 だが危惧に反して、彼女――佳月さんは若干戸惑いつつも普通に返してくれた。優しい。

 名前に聞き覚えはなかったので、初対面なのは間違いないだろう。


「佳月さん、ね。よろしく」

「はい……こちらこそ、よろしくお願いします」

「…………」

「…………」


 沈黙が、なんとも気まずい。


「そ、それでですね、私あの、おそらの友達で……」

「あぁ、そっか。それで僕の名前知ってたんだ」

「そうなんです、おそらが逢海先輩のこと、よく話してて。さっきも先輩と約束があるからって言って、教室を出て行って……そのすぐあとに」


 佳月さんがちらと僕の目を見る。


「僕が来たってわけだ?」

「はい、だから……もしかしたらと思ったんです」

「なるほどね。つまり……入れ違いか」

「そうみたいですね……」

「…………」

「…………」

「教えてくれてありがとう。それじゃ、僕はおそら捜しに行くから、これで」

「あ、はい、お気をつけて…………あ」


 佳月さんが僕の背後に視線を向け、小さく声をあげる。

 つられるように、僕は振り向いた。


 小柄な人影が、まっすぐにこちらに向かってきていた。

 僕の存在に気づいたのか、途中から駆け足になって近づいてくる。


「捜す手間が省けましたね」

「うん。佳月さんが引き止めてくれたおかげだよ」


 視線は前方の彼女に向けたまま、僕は答えた。


「比呂弥」


 彼女――栗羽おそらは僕の目の前で立ち止まると、まっすぐに僕を見あげた。

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