(承前)蜜漬け果実はデザートに

※前話「世界樹にいる紅竜」の続き





 ラクリは市場へと来ていた。いつもより多くの硬貨を懐に入れて、いつもよりもきょろきょろとしながら、石畳の道を歩いていく。目標地点は市場の中でも見晴らしのいい、世界樹の根だった。

 世界樹の周囲には市場が広がっているが、幹の根元に近づくほど、住居や露店はまばらになってくる。なぜならば根っこが激しく上下しており、住居を構えるには少々面倒なのだ。その代わりに、ちょっとしたアスレチックとなっていたり、王や郵送員の通路となっていたりする。

 ラクリはひとまず、木の根によじ登って景色を見渡した。途中、遊ぶ子供たちもいたが、彼女のことなど意に介することはない。

 彼女の眼下にはいつもと変わらない市場がある。客が立ち寄り、商人が売りさばき、その間には物や硬貨が移動する。道は主に立脚類で埋め尽くされており、時折大型の四脚類が道をかき分けている姿が目に入る。まだ陽は世界樹に隠されてはいない。一日は、まだまだ始まったばかりだ。

 そのまま数分が過ぎた。はぁ、とため息が彼女の口から漏れた。次の根っこへと移動を始めた。

 二回、三回とラクリはアスレチックに臨み、そのたびに景色を眺めた。そして四回目、彼女は、あ、と声を上げた。視線の先には、見慣れた青い蜥蜴がいた。小さく見えるその姿は市場の中でも人の少ない、小さな公園の隅っこで座りこんでいる。

「あんなとこにいた……ま、元気なら、勝手に帰ってくるでしょ」

 ラクリは木の根に座り込んだ。特に何をするでもなく、豆粒大の彼のことを眺めていた。見られていることに気づいている様子もない彼は、ようやく動き始めた。


 一方、ぱちくりと目を開いたリエードは、休憩時間中のインスと小さな公園に来ていた。暗い世界樹がよく見える。

 ここで二人は何をするでもなく時間をつぶしている。二人は昨晩出会ってから、そこら中をしゃべりながら歩き回った。騎士が仕事中に私事をするのはあまり好ましいものでもないが、市民と交流し信頼を築くべし、という教訓もあるため、一応黙認されている。そして夜回りの時間が終わると、彼には休憩時間が与えられる。陽が世界樹に隠されるまで自由時間だ。

 とはいっても、インスはその間、ほとんど寝て過ごしているわけだが。

 今現在は家出した青竜の横っ腹にもたれて眠っている。騎士の証を全て体から外して、無防備に。一方のリエードも伏せて、目を閉じなおした。今はまだ朝早く、ここには誰も来ていないためだ。

 少し時間が経過した頃、二足の獣が現れた。ふわふわとした体毛を衣服で押さえつけている彼は、二人の先客を一瞥したのちに、持ってきた球を脚で蹴り上げ始めた。タン、タンと不規則に蹴り上げられる球は足の側面や膝に踊らされ、地面に引かれては打ち上げられる。

 数回目の打ち上げに、リエードはぱちくりと黄色をのぞかせる。目だけを動かして、音の正体を探ろうとするも、すぐに見つけた。世界樹を背景に球を操る獣をじっと見つめ始める。

 タン、と音が刻まれるたび、球が上がって、止まり、落ちていく。

 獣の球捌きをまじまじと見ていたリエードは、腹のあたりでもぞもぞと動いたインスによってはっとする。寝ざめ悪そうに起き上がる人間に、おはようと声をかける。

「おはようございます……重くありませんでした?」

 首を右手で押さえながら、リエードの顔を見て納得いったように息をつく。

「軽いもんだよ。ラクリに足を踏まれたよりも軽いし」

 笑みを浮かべるように、インスの苦虫がかみつぶした顔を見て喉を鳴らす。

 そもそもインスが休憩時間に入ったとき、リエードは自室で眠るよう勧めた。自分は外で待っているから、と。しかしそれでは申し訳ないから、と野外で眠ることにしたのだ。おかげで首を痛めてしまった、となればお笑い草だ。

 インスが立ち上がって太陽を探す。世界樹に隠れるにはまだ時間がかかりそうな高さにある。

「ご飯でも食べに行きましょうか。そろそろ屋台が出る頃ですし」

 うん、と元気よく返事するリエードが立ち上がる。そしてまた、視界に球が入る。再びそれを凝視し始めた彼に、回り込んだ友は行くよ、と鼻先をつついてやる。ハッとして、再びうん、と答える竜は、公園を後にする。

 二人が立ち寄ったのは野外にテーブルの置かれている、軽食の飲食店だった。もちろんリエードの巨体ために一部のテーブルの位置が動かされており、だいぶ客席が窮屈になる。

 様々な種族の生活する以上こういった設備の位置を変えられるようにできている店は珍しくない。もっとも台所などは形を変えるわけにもいかないため、そこは手先の器用な立脚類の種族の専売特許となってしまっている。

適当なテーブルに向かい合って座った二人は好きなものをお互いに注文した。

「あ、お金ないんだった」

 その直後に、軽く口を開けて視線をうろうろと動かす竜に、騎士はメニューをざっと見つめてから、一つに目を止める。目の前の竜の注文品だ。

「払っておきますよ。今度、返してくださればいいので」

 高くも安くもない商品に、薄ら笑う友へ、感謝する竜。

 水が運ばれて、テーブルの上に置かれた。人間用のカップと、少し平たい皿のような水入れだ。二人はひとまず口にする。

「ところで、帽子はどうしたんですか。誰かと思いました」

 カップがテーブルの上に戻されて、右手で頬杖をつきながらインスが尋ねた。その視線は彼の傷ひとつない頭部の鱗に向けられている。

「ラクリに取られちゃった。紅玉買って帰らないとなー。あ、その前にカバン取りに帰らなきゃ」

 水を口にしながら返事をするリエード。うーん、と軽くうなりながら、動きを止める。長めにため息をついて、尻尾をぺたぺたと振る。

「まだ怒ってるかなぁ。んー」

 軽く目を閉じて、首をかしげる。

「一晩も経てば、怒りは引くものですよ。まぁ、人によりますけれど」

 軽く笑うインスに、そうだよね、と同意する。

 軽食が運ばれてきた。インスは市場の一般的な軽食である、野菜などを、小麦粉をこねて焼いたもので挟み込んだもの。リエードは、柔らかめの肉だ。

 二人は無言でそれらを平らげた。少しの間をおいて、二人はそこを後にする。インスは代金の硬貨をテーブルに置き、ごちそうさまでした、と店員に一言伝えた。間もなく、陽も世界樹に隠れそうだ。

 休憩時間が終わる直前に、二人は騎士の詰所へとたどり着いた。いつも静まり返っているはずの一軒家は、今は少しバタバタとしていた。なんだろ、と騎士の一員は扉を開けると、すぐに内側へと走っていった。

 取り残されたリエードは内側の喧騒を聞きながら道の脇へと身を寄せた。なんとなくの移動だったが、彼の予想は当たっていた。これは非常事態の騒ぎであり、これから騎士たちはどこかへと行くのだ。

 数分もすると、騎士たちはばらばらに詰所から出ていった。その中には騎士の姿となったインスもいたが、呼び止めることは、リエードはしない。出てくる騎士がなくなると、詰所の中からざわめきがなくなる。しかし中にはまだ生物の気配があった。

 さて、竜はそろそろと詰所の側面にある大きめの窓を鼻先でつついた。コンコンと音を聞いた騎士がその窓を開けると、そこに頭をつっこむ。外から見ればなかなか滑稽な姿だ。

「ねぇ、何があったの」

 それは興味本位の言葉。中で待機することになったのだろう騎士は散らかった室内を、げんなりとした顔で片付けながら答えてくれた。

「野盗が草原に出たんだとさ。で、モノを盗るどころか、今回は人質をとったそうだよ。草原近くに住んでる人からの通報。野盗が身代金をよこせ、だとさ」

 ああ、と声を漏らすと、口が軽いのか、はたまた気が抜けているのか、騎士は情報を教える。

「人質は、今朝、馬車に乗って出発したうちの一つで、他は逃げおおせたらしい。で、その客っていうのが五人」

 この騎士は片付けが億劫なのだろうか。完全に手が止まっている。

「獣の親子二人と、人間が二人、それと、竜が一人」

 他の、リエードから見て奥にいる騎士たちは黙々と手を動かしている。

「ああ、これを伝えた野盗は丁寧なことに、人質の特徴まで伝えてきたんだそうだ。親子は白犬、人間は黒髪、竜は赤色、なんだってよ」

 欠伸をかみしめる騎士に、ありがとう、とリエードが言えば、おう、と騎士は作業を再開する。リエードは頭を詰所から抜いて、石畳の道を歩き始めた。道に行きかう人々をかき分けながら、彼は石畳を蹴っていく。

 陽が世界樹の真上に来る頃、やがて彼は草原へと続く、太い道に出た。市場の門であり大動脈である場所だ。ひとまず彼はそちらへ向かおうと足を進める。

「あら、何してるのよ、リエード」

 目と鼻の先に見える大地を目の前に、聞きなれた声に彼は止まった。道端の露店のひとつを見れば、そこには見慣れた紅竜の姿がある。その手には半分ほどになっている紅玉の瓶が握られている。

「あ、ラクリ! えっと、その」

 人混みを胸でかき分けながら、ちょいちょいと手招きをする彼女に近寄った彼は、何かを口にしようとするも言葉を紡げずにいた。

 息まく彼に落ち着きなさいよ、とラクリは爪についた蜜を舐めとる。瓶を一度閉めて、左脇に抱えるようにして持つ。いつもと変わらない態度に、リエードは間もなく落ち着きを取り戻す。

 一息間を置き。

「ねぇ、ラクリ。ここで紅竜って、ラクリだけなの?」

 はて、と首をかしげるラクリは、爪で顎をひっかくそぶりを見せて、知らないわと答える。

「少なくとも、私の知る限りでは、いないわね。どうしたの、いきなり」

 騎士たちが通っていたことなど知らないかのようにふるまう。あるいは、我関せずといったところか。

 人混みは、露店脇にいる二人を置いて、流れていく。

「えっとね、紅竜が、野盗に攫われたみたいなんだよ」

 市場の土産である紅玉を売ってる店主も、二人のことなどすでに眼中にはない。

「そうなんだ。運がなかったわね、そいつも」

 ここにいる者たちは知らないのだろうか。今朝、野盗が現れたことを。

「心配じゃない? もしかしたら、知り合いかも、しれないんだよ?」

 彼女もその一人かのように。

「なんでよ。知り合いだったとしても、関係ないんじゃない? あんたも」

 可能性なんて微塵も、頭の隅にもない。

「そうだけ、どっ」

 子供が、そこにいるだなんて可能性は。

「もう、あんなやつらとは縁を切ってるんだから」

 そのとき、リエードが動いた。右腕を振り上げて、紅竜の首をつかむようにして押し倒す。不意を突かれたラクリから、抱えられていた瓶が宙を舞い、石畳にたたきつけられた。したたか背中を打ち付けたは、首に向けて体重をかける青竜を、いたって普通に見返した。少しにらみつけるようだったが、いたって平然とした瞳だ。

 一方のリエードは軽く歯ぎしりしながら、ぴくぴくと目元をひくつかせながら憎々し気に見下ろしていた。

「なんだよ! ラクリの子供が、捕まっているんだよ! 助けようよ!」

 さながら野獣のような形相で、彼は彼女の目の前で牙を見せつけ、涎を吐きかける。眉間にしわをよせ、グルルと喉から音を出し、怒りを見せる。ラクリは震えている同居人の言葉にも、身体にも、目立った反応は示さない。

 あるとしたら、彼へ侮蔑に似た視線が注がれていることだ。

「なんであんたが怒るのよ。関係ないじゃない」

 リエードの大声に、周囲が気づき始めた。ざわざわと、二人の間で何が起こるのかと、野次馬ができ始めている。それらをつまらなさそうに認めたラクリは、場所を移さないかと提案する。周囲のざわめきにしぶしぶ承諾した彼は、彼女を開放して、立ち上がるラクリに従う。

「あーあ、紅玉が……」

 名残惜しそうにデザートの残骸を認めるものの放置して、ラクリを先頭に野次馬をかき分けて草原へ二人は出る。草香る商人たちの通る道から逸れて少し歩けば、そこは草の絨毯が広がる空間だ。横に並んで、腰を落ち着ける。

「で、何? 私の子供が、野盗につかまってるの?」

 そうみたい、とリエードはさきほどよりも落ち着いた様子だ。焦りも怒りも身を潜めている。

「へぇ、あの子、来てたんだ。どうしてかしら」

 押し倒された際に背中についてしまった土を払うラクリに、

「ラクリの様子を見に来たんだって、言ってた。長にいい報告ができるって」

 軽く視線をそむけながら答える。魔法で手元に水玉を作りながら、ラクリはわずかに間をおいて、答える。いたって、普通に。

「そう。私はね、子供っていうが、分からないの」

 呼吸するように、さながら当然のように、世界樹の傘を見上げて、尻尾をゆっくりと横に振りながら。

「世話の仕方は知ってるけど、理解ができない。ただ、それだけよ」

 青が瞳孔を大きくしながら首を伸ばして、揺れない赤の目に近づく。

「でも、子供を、守ろう、とは思わないの? 紅竜族って、群れで生活してるんでしょ?」

 ええ、と答えても、瞳は真っすぐだ。

「親が守ろうとすることと、私個人が子供を想うことができるかは、別問題よ」

 彼女がそう答えてから、リエードは視線を逸らす。

 それから二人の間には沈黙が流れた。ラクリはいたって、涼し気な顔をしていた。草原にあふれる空気を味わうかのように、何も困ったことはないらしい。一方のリエードはばつの悪そうな、腑に落ちなさそうな様子である。

 私は、あの子を愛せなかった。それはこれまでもそうだし、きっとこれからも。

 魔法で作り出した水玉を両手でつぶしたラクリはそれだけ言い、満足したかしらと言い残して、市場へと戻っていった。リエードは、独り、草原のどこかから帰ってくる紅竜の子供を待った。欠伸して、丸まって、ねころがっても、なかなか騎士たちは、現れなかった。


 夜の入り口に差し掛かったころに、騎士たちは被害者たちを連れて市場へと戻ってきた。ひとまず手近な宿に宿泊させるつもりのようだったが、そこにリエード自ら声をかけて、紅竜を樹海へと連れ帰ることにした。騎士たちは、同族がいる方が安心だと、快く承諾した。

 夜の樹海を通り抜け、リエードたちが帰宅するころには、夕飯時も過ぎて就寝する頃の時間だった。いつものラクリなら眠ってしまっているだろうと思っていたが、暖簾から明かりが漏れていた。

 軽く首を傾げたリエードは暖簾をくぐり、小さな声でただいま、と言い、後ろにいる子供を招き入れる。どことなく熱気を感じる室内では、台所に立つラクリの姿があった。お湯を沸かしているらしく、ぐらぐらと小さな音が聞こえてくる。

「おかえり、リエード。と、アレン」

 背中を向けているが、ラクリは二人の名前を呼んだ。

「飲み物用意してるから、待ってなさいよ」

 ひとまず、リエードはいつものようにテーブルにつき、ラクリの娘、アレンに隣に座るように言う。テーブルにあったサンバイサーを被ったリエードと、席に着いたアレンは言葉を口にすることもできずに、ただ待った。聞こえる音はラクリの調理している何かの音だけだ。

 沸々と沸き立つ水、何かを刻み、お湯に何かが入り、再び煮沸。

 じきにラクリが三つのカップを持ってきた。ひとつは自身のもの、リエードのもの、そして客人のためのもの。中にはすべて、同じものが入っている。体を温めるのによく作られるものだった。各個人の前に置かれた後、紅竜もテーブルについた。

「さ、飲みなさいよ。で、適当に寝たらいい」

 ラクリが口をつけてから、他の二人も口を付けた。ラクリは躊躇いなく口につけ、リエードは舌で、アレンは唇で熱を警戒しながら、慎重に飲んでいった。

 やけに静かな食事の時間だった。聞こえるのは、飲みものが揺れる音と、カップが置かれる音。そしてお互いの息遣い。

 何度か、アレンがラクリに向けて視線を向けて、多めに息を吸い込む。だがため息となるだけだ。リエードも、アレンのうろうろとする視線を認めるだけで、言葉を口にすることはなかった。当のラクリは、黙々と飲んでいた。

 まず、ラクリが食事を終えた。立ち上がって、空になったカップを台所ですすいで、置く。それから、自室へと戻ろうと、リエードの尻尾を踏んでしまわないよう彼の後ろを通り抜けようとする。

 同時に、アレンが食事を終えて立ち上がろうとする。

「それ、すすいでおいてくれればそれでいいから」

 視線を向けることもせずに、いたっていつものように、リエードに言うように、娘に言う。はい、とアレンは静かに台所へと向かう。母は無言で自室へと戻っていった。軽くうつむきながら言われたことを行う。

「大丈夫? 迷惑、だったかな? ここに連れてきて」

 リエードがようやく口を開いた。小さな声で、申し訳なさそうに。アレンはカップを置いて、いいえ、と暗く返事をしながらテーブルへと戻る。

 目の前に座る紅竜の姿は、よくよくみてみればラクリとは全くの別人だ。親子と言われても、間違いなくありえない、と否定ができる。彼女の、一般に言う本当の父母がどのような姿かはわからないが、少なくともラクリの面影は欠片もない。

「いいんです。母さんは、私を子供として見ていない……こうなるって、分かってましたから」

 青に、返す言葉はなかった。同居人は目の前の、似ても似つかない紅竜を、子供を他人として見てしまっている。だがその心は、彼には理解ができない。そんな歪んだ親子の縁などわからない。

 何もできない目の前の状況に、彼は歯ぎしりをしていた。もやもやとする胸の中を、吐き出せずにいた。

 ひとまず、彼は自身の寝床を客人に貸して、適当に眠ることにした。明かりを消し、テーブルを部屋のすみに追いやって、適当な遺産を顎置きに、目を閉じた。サンバイザーの遮光部分を下ろして、できる限り視界を暗くしてから眠った。


 翌朝、ラクリは早くに起きて、リエードに出てるから、と一言残して出ていった。

 しばらくしてアレン、リエードと目を覚ますと、アレンは出発するために小屋を出ようとする。リエードもそれに付き添うようにして、樹海を案内する。挨拶しなくていいの、と聞いても、いいんです、という言葉だけだった。

 そして二人は市場を通り抜けて草原の入り口にたどり着いた。お互いに、さようなら、と一言ずつ言葉を交わして軽くおじぎをする。顔を上げて、再び二人が向かい合ったとき、アレンは、あっと声を上げる。人混みの中に、ラクリを見つけたからだった。

 彼女はいつもの歩調で歩いてきて、リエードの横に並んだ。そして一つの、真新しい袋をひとつ、アレンに渡す。お土産でも持っていきなさい、と一言。その目はいつもと変化はなかったが、リエードの口端がにんまりと持ち上がる。

 人混みの真ん中で立ち止まっている三人だったが、アレンはもう一度、さようなら、と言って草原へと出ていく。道なりに行けば、馬車にも乗れることだろう。

 その後ろ姿を見送って、二人は振り返って市場の中心へと向かって歩き始める。

「ねぇ、アレンってさ、男の名前だよね?」

 ふと気になったことが、彼の口から出てきた。彼女はああ、と答える。

「性別って、子供の頃は分からないもんだから。適当につけたら、女だったのよ」

 普段通りのラクリに、へぇ、とリエードもいつものように。

「ま、そんなものよ。私の親だってそうだったし」

 ラクリの視界にふと、露店が入る。同時に、リエードのサンバイザが引っ張られる。なにー、と面倒くさそうにつれられるリエード。

「ほら。面倒ごと持ってきたんだから、魔結晶と紅玉くらいおごりなさいよ。それと、あんたが台無しにした分の紅玉もよこしなさい」

 えー、と声を上げても、結局、彼の財布から出すことになった。紅竜は嬉しそうに笑いながら、嬉々として紅玉の封を開ける。

 まだ、朝は始まったばかりだが、デザートを紅竜が食べ始める。

 その頃、馬車の中でアレンが袋を開いた。中には三つの紅玉と、いくらかの見たことのないものが入っており、それらを眺めていた。

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