紅は欠伸をし、日々を過ごす

 ラクリは太陽の光を赤い鱗で照り返しながら、川から水を汲んでいた。彼女は紅竜族の中でも小柄な方である。人間からしても小柄な男性と同じ背の高さであるものの、筋力はそれなりにある。ふたつの大きめのバケツに水を入れて、ふぅ、と息をつく。近くの手ごろな岩に腰を掛けて、本を取り出す。

 この本は焚火をよみがえらせたときの本とは異なり、ただの本である。文字が羅列され、景色を作り出している。しおりはまだ挟まれていない。

 まだまだ陽は高い。のんびりと一人の時間を過ごす彼女は、五回ほどページをめくったところで、読書を終了した。青々と茂っている木に囲まれながら、赤が深呼吸しながら本を懐にしまう。それからバケツを両手に持って、来た道を歩き出す。裸足で歩き続ける彼女はやがて、小屋に帰宅する。

 それから小屋の脇にそなえつけられている階段を上って、貯水槽の蓋を開く。中身を覗き見れば、残り三分の一ほどであった。そこに汲んできた水を流し込むと、満タン近くになる。それを確認すると、蓋は再び閉じられ、バケツはもとあった場所、階段の脇に置かれる。

 リエードのいない焚火のスペースはとても広い。だが赤は小屋の暖簾をかきわけて中へと入った。そこはリエードが寝返りをうっても余裕のある空間が広がっている。貯水槽のある方角には台所があり、調理器具が一通りそろっている。

 蛇口をひねれば貯水槽から水が出るようになっていたり、火を起こして調理することもできるようになっているため、一通りの文化的な生活はできる空間といっていいだろう。

 ラクリはまっすぐ台所へと向かい、鉄製の鍋をひとつ取り出して、水を入れた。そしてそれを、魔法で起こした火にかける。薪を適度にくべて、火を大きくしていく。水が沸騰したのを確認して、次はカップにそれを注ぐ。そしてその中に、乾燥させた葉っぱの入った袋を入れて持ち上げる。その香りを吸い込みながら、にんまりと口端が持ち上がる。

 ラクリは二階へと上がった。台所の反対側にある階段を上がって、自室へと戻った。二階は外観の通り、一階の半分程度の広さしかない。部屋の一角には乾燥藁が敷き詰められており、その近くには頭を出せるくらいの窓があったり、本棚や、小さなテーブルも置かれている。

 ラクリは机にカップをおいて、藁にもたれるようにして座り込む。懐から本を取り出して机の上に。本棚に少し視線を注ぐと、指を真っすぐ向ける。すると、隙間なく詰まっていた本は引かれるように本棚から抜け出し始めた。意思をもったかのように一冊の本はゆらゆらと空中を浮かび、主の手中に納まった。本の雪崩の音と共に。

 はぁ、と息をつき、手に取った本をテーブルに置いて、立ち上がる。物憂げな表情なまま、自らが引き起こした災害の後始末を開始する。

 様々な分厚さの本は問題なく棚へと納まっていく。ただ、最後の数冊は隙間をこじ開けなければ入らず、災害が再び起こることは目に見える。なのでラクリは適当に数冊抜き取り、棚の上に乗せた。新しく作らなきゃ、と呟いて、藁に再び座り込む。

 カップに入れた袋を取りだしてから、改めて、取り出した本を開く。時折紅茶をくちにしながら、本を読み始める。たまに小さな魔法を使用しながら、紅竜族は時間を過ごしていった。

 やがて、ただいまー、とリエードのくぐもった声が小屋に響き渡る。おかえり、と大声を出すラクリは立ち上がるそぶりも見せずに、変わらずにページをめくる。冷えてしまった紅茶を飲み干し、牙を見せつけながら欠伸をする。

 ふと背後にある窓を仰ぐようにして見ると、彼女の鱗のような色の光が差し込んでいた。もう間もなく日が暮れてしまうだろう。指を一本だけ立てて、くるくるとまわす。すると火種がその指揮に従って舞い踊る。ついと、部屋の天井にかかっているランプに指を向ければ、火種が、開け放たれているランプの口から中へと侵入する。するとランプに火がともり、あたりはぼんやりと明るくなる。

 茶渋の残るカップをそのままに、黙々と本、もとい魔導書を読み進めていく。魔法を使わずに、ただ読んでいく。適当なところでふと手が止まると、彼女は二冊の本をテーブルに積んで立ち上がる。代わりにカップを持って階段を下りた。

 ギシギシという音を聞いたリエードは、しかし視線を上げなかった。階段の下にあるスペースが彼の寝床なのだが、そこで丸まっていたのだ。台所に買ってきたものを放置し、目を閉じている。

「どうしたのよ。食べ物が痛むでしょ」

 階段から降りながら、一階を見渡したラクリは真っすぐ台所へと向かう。リエードが買ってきたのであろう買い物袋が置いてある。その中身は彼の好きな生肉だ。

「べっつにー。人混みで疲れただけー。何かあったっけ」

 目を開くこともせずに、口だけ開く青は、動こうとしない。

 彼らが買い出しに出かける先は大樹、世界樹と呼ばれている樹の根元にある市である。いつ、どのようにして者々が集まったのかは不明だが、種族問わず来訪者を受け入れる場所だ。

 日に日に世界樹のふもとには生き物の数が増えているらしいが、大小様々だ。その中でリエードは図体のでかい方に分類されるため、かなり気を遣ったのだろう。たとえば、一歩進もうとたびに、何も押しつぶしていないかを確認する必要があるのだ。

 一方のラクリは比較的に小さいため気にならないのだ。

「何かあるなら、チラシとかなんとかくるでしょ。あるいは、観光客が来ていたとかじゃないの」

 なのかなぁ、とリエード。ラクリは買ってきた肉を包丁で適当に切り分けて、皿に乗せる。それから鍋に水を貼って、再び加熱を始める。それから一度外へと出て、倉庫へと向かう。そしていくつかの野菜を取ってくると、刻んで鍋へと放り込む。

 水が湯となり、野菜が加熱されて柔らかくなる。そこに適当な調味料を入れて、鍋を火からおろす。それを二つの容器に入れて、一階の中央にあるテーブルに、肉と共に置く。

 できたわよ、と声がかかると、二人は夕食を始める。

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