尊敬と涙

 今日は朝から大会を観に行く。

 場所は、神尾運動公園にある、グラウンド。

 そう! 今日は陸上の大会‼︎ 今年は来れたぜ! 去年みたいに突然呼び出し食らうとか(多分)無いからね!

 これでやっと、咲っぺと歩の晴れ舞台を生で! 肉眼で! 見られる! カメラのレンズを通した景色じゃない‼︎

 というわけで、只今ワタクシ、テンション高めでございます。

「……で、快斗は本当に大丈夫なの?」

 レジャーシートに座る、隣の少年に尋ねてみた。

「ヘーキヘーキ。キタ先輩のおかげで望先輩許してくれたから」

 なんと、彼は部活を休んでまで大会を見に来たのだ。友達を大切にする彼にはとても感心するけど、望先輩が本当に許してくれたのかは心配でならない。

「さては信用して無いな⁉︎ あそこにキタ先輩が居るのがその証拠だけど?」

 おお、本当だ。

 キタ先輩というのは、咲っぺのお兄さんで、バスケ部の副部長のこと。彼もまた整った顔立ちで、学校内外で人気のある選手の1人だ。ただ、無口で、女子とは滅多に連まないらしく、彼女が居ないらしい。咲っぺによると、コミュ障だとか。

「センパーーイ‼︎」

 快斗は、元気いっぱいで先輩に手を振り、先輩はハッとして荷物を抱え、こちらに向かってきた。

 マジか。ココに来るんかい。

「先輩! コッチ! ココに座って下さい!」

 快斗は隣の空いたスペースを片手で軽く叩き、先輩が座るのを促した。

「おはようございます」

 とりあえず挨拶はしておこう。という訳で、挨拶してみたら、快斗の表情が一瞬凍った気がした。よくわかんないので、スルー。

「……おはよ」

 少しの間があって、先輩は挨拶を返してくれた。うん。この感じ、コミュ障って感じだね。私もそうだったからわかった。

「あ。そろそろ咲出てくるんじゃない?」

 私と先輩に挟まれた快斗は、グラウンドを見つめて言った。

「お! ほんとだ!」

「……咲、居た」

「え⁉︎ 先輩見つけるの早くないっすか⁉︎ さすが兄妹‼︎ ……え? どこ……?」

「あそこ」

「……?」

 快斗の顔と先輩の顔の距離が近い。

 ぐっ……ここまで封印し続けてきた腐女子の血が騒ぎ始めた……! BLにしか見えなくなってきた。ごめんなさい。想像するだけなら良いよね。表に出さなきゃ良いよね。よし。

 私は覚悟を決め、顔を上げると、咲っぺはスタート地点まで来ていた。双眼鏡で彼女を確認する。

 あれ。咲っぺ、笑ってる……? 周りの選手の表情とかガッチガチに固いのに、何故か彼女だけは口元が少し緩んでいる。妙にニヤけているのだ。

「咲っぺ……なんで笑ってるんだろう?」

「え? マジで?」

 私は快斗に双眼鏡を渡し、本当だよ、と伝えた。

「……ほんとだ‼︎ なんで⁉︎」

「……あいつ、多分、楽しんでる」

 キタ先輩が口を開いた。

「……楽しんでるって、どういう事ですか……?」

「あいつ、小さい時から、ああいう緊張感のある場所に立つの、楽しいって言ってた。……多分、ドM」

 え? そういう解釈⁉︎

「……ドMなんすか?」

「……知らない」

 結局どっち⁉︎

「ドMなんじゃなくて、アスリートの血が騒いでるとか、そんな感じじゃ……?」

「……それだ」

 キタ先輩って、結構天然なところあるのかな。この人、弾けたらきっと、面白いだろうなー……。

 考え事をしていると、アナウンスが流れ始めた。各選手の所属校と名前が読み上げられていく。

 この種目は、女子長距離。

 スタート地点に着いてからも、双眼鏡越しに見える彼女の表情は、変わらない。めちゃくちゃ目が輝いている。

 尊敬します。咲っぺ。

 スタートの合図が会場に響き渡った。それと同時に声援が送られる。

「咲ぃぃぃぃ‼︎‼︎‼︎」

 快斗……どんだけ声張ってるの……喉潰れるよ……?

 と心の中で呟きつつ、隣を見ると、快斗は黙って両手を組んで、祈るような形でいた。

 あれ?

 更に隣を見ると、キタ先輩が猛烈応援していた。

「……先輩の豹変っぷりが凄い……」

「ああ、スイッチ入ったらいつもこうだから。特に咲の事となるとよく喋るし」

 シスコンですか!

「……あ」

 快斗が小さく声を零したので、前を向くと、咲っぺがどんどん選手達を引き離していくところだった。

 後半になってこんな事が出来るのは、マジで凄い。

「咲っぺえぇぇぇ‼︎‼︎ 頑張れえぇぇぇ‼︎‼︎」

 私も先輩に負けないくらい、叫んだ。彼女の耳に、心に届くように、精一杯叫んだ。


 咲っぺは、やはり1位でゴールした。

 そして、タイムが読み上げられる。

「……!」

『大会新記録達成!』

 アナウンスが流れた瞬間、会場はわっと盛り上がった。

「凄い! 咲っぺ凄い!」

 私は嬉しさのあまり、誰かに抱きついてしまった。

 戸惑ったような声がしたので、顔を上げると、私が抱きついていたのは、快斗だった事が判明。

 慌てて離れ、誤った後、私はとりあえず笑ってみた。

 彼は、顔を赤くして目をキョロキョロさせていたが、すぐに笑い返してくれた。


 私は、咲っぺに、手が痺れるほどの拍手を贈った。

 私は、今、咲っぺの親友として、とても誇りに思う。そして、誰よりも尊敬する。

 遠くてよく見えないが、彼女の目尻から、少し、涙が滲んできたのがわかった。

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