朝から口説かれた。
「おはよう、心優ちゃん」
最近、朝の電車の中でよく望先輩と会う。そこから一緒に登校する事にも慣れてきた。
「おはようございます、先輩」
「……? 今日は1人なんだ? 快斗は? 1人で行ったのか?」
「彼は珍しく寝坊です」
「……あいつが寝坊か、今日雪降るんじゃないか」
雨粒が音を立てて車窓を叩くのを見つめて先輩は笑った。
「雪は困りますね……。あ、先輩、傘は……?」
「……」
「忘れたんですか?」
先輩は、黙って頷いた。デカい図体の人がこんな仕草をしたら、こんなに可愛く見えるのが不思議でたまらない。
「……貸しましょうか?」
「……いいの?」
「折りたたみの予備があるので、」
「ありがとう、ゴメンね、」
「いえいえ」
「言い訳をすると、俺が家を出た時には降ってなかったんだ」
彼は肩を竦めて言った。
「天気予報見てなかったんですね?」
「そう。俺もいつも折りたたみ常備してるんだけど、今日に限って忘れるっていう……」
「あるあるですね〜」
そんな風に笑っていたのも束の間、駅を出る時に悲劇は起こった。
「え……⁉︎」
手にしていた折りたたみ傘を開くと、わずかだが、穴が空いていたのだ。
「……いつの間に」
「あちゃー、しょうがないよ、一緒に入ろうか」
なぬっ⁉︎
「じゃ、じゃあ、私が傘持ちますからっ!」
ゴッ‼︎
傘をさし、2人で入ると、鈍い音が聞こえた。
隣を見上げると、先輩の頭が傘に突き刺さるようになっていた。
「……⁉︎ ごごごごごめんなさいっ‼︎」
いけない、一瞬フリーズしてしまった。どんだけ身長高いんだよ。
「いいよいいよ、俺が持つから、ね? 気にしないでよ」
こんな事をしてもそのイケメンスマイル。罪悪感が突き上げてくるんですけど。
こんな時は特に、無人駅である事を恨んでしまう。しかも、コンビニだって結構な回り道をして行かないと行けないし、高校周辺の不便さが欠点である。入学時は、どうってことないさ〜! 買い食いが出来ないだけさ〜! としか思っていなかったのであまり気に留めていなかった。しかし今は、徒歩30秒で行けるコンビニが出来て欲しい。
「大丈夫? 心優ちゃん、肩濡れてない?」
先輩の声にハッとして顔を上げると、心配そうな表情の彼が見下ろしていた。
「大丈夫ですよ、(多分。)」
実際、相合い傘をして濡れない訳がないのだ。
小さい頃は歩と佑の3人で傘に入ったり、すみ兄と相合傘などをしていたが、無事だった事など一度も無い。必ず濡れるのだ。
「今度さ、またバスケの試合あるんだけど、来る? 今回のは練習試合じゃなくて、地区大会」
「行きます! 是非!」
私がそう言うと、先輩は、頬を赤らめ、少し私から目を逸らして言った。
「……可愛いな、」
玄関で先輩と別れてから、私は猛スピードで教室へと向かった。
勢いよくドアを開け、リュックも下ろさずにそのまま席に座る。
ど……動悸がっ……。
「な、なした⁉︎」
斜め前に座っていた男子生徒が振り返る。
「……なんか、あったな? 顔赤いぞ」
卓人はニヤッと笑い、話を聞かせろとせがんだ。
「先輩が……望先輩がっ……」
「落ち着け。まず落ち着け」
「先輩がっ……わ、私に、」
言いかけたところで、咳き込んでしまった。
「何⁉︎ こえーんだけど」
彼は恐る恐る耳を私へ向けた。先程先輩に言われた事を話すと、彼まで顔を赤くした。
「先輩が⁉︎ 心優に⁉︎ ……それは、間違いないか⁉︎」
「うん。だって、傘に入ってたの私らしかいないし」
しばらく沈黙があり、卓人が口を開いた。
「口説かれるとは、心優も中々隅に置けないな」
「え? 口説き……なの?」
「それ以外の何が有るんだよ⁉︎ 小学生じゃねーんだぞ? それに、なんで顔を赤くしてるんだ? 口説きだって気づいてるからだろ?」
「……。いや、違うね」
「は⁉︎ 今更照れ隠しとか要らねーからっ‼︎ 正直になれって!」
「いや、走って来たから」
「……あ。そっか」
私は、猛ダッシュするとすぐ顔が赤くなるのだ。それは去年一年間の付き合いで卓人も分かっていたと思っていたが、今は忘れていたらしい。興奮しすぎだぞ、思春期の男子生徒は怖いねぇ……。
***
「おたく」に帰宅すると、心優が電話で誰かと話していた。
電話越しなのに身振り手振りが多すぎて、相手にちゃんと伝わっているのかと不安になる。
「あ。おかえりー」
耳からスマホを少し離して彼女は俺に言った。
「今から水澤さん来るって、」
「……わかった」
俺のその言葉を聞くと、彼女は頷き、また電話越しの会話を始めた。
……やっぱりジェスチャーが多い。
***
しばらくして、水澤さんが訪れた。
待ってましたとばかりに咲っぺは玄関へと駆けていく。
彼女曰く、彼こそが今を生きる我々にとっての「真のイケメン」なのだそうだ。確かに、無駄の無い仕事のこなし方とか、イケボとか、メガネがとても似合うところとか、おぉ〜! となる要素が色々ある。でも、萌えないかな。仕事だし。
「OWLさん、進みましたか?」
私と目が合うなり、彼は物凄くイヤミっぽく笑って問いかけてきたので、私は眉間にシワを寄せて笑い返した。
「い〜え〜」
「何でですか?」
真顔で即答。からの、2階を指差して「お行きなさい」とキレキレの動きで指示。私はそれに従う他が無いので、自室へ向かった。水澤さんも付いてくるのが気に食わないが。
「……青春ですね〜、やはり、恋愛モノ書けるんじゃないですか?」
朝に卓人に言われた事が気になり、人生において少し先輩である水澤さんに望先輩との事を話すと、彼はやや口角を上げて言った。
「書きません」
「……なんでそんなに嫌がるの?」
「書きたくないんです。それだけです。あ、今原稿送っておきました」
「ありがとうございます。……んで、その先輩とはどういう関係に?」
満足そうに笑ってから、今度はからかうような顔で聞いてきた。
「何も無いです。友達です」
「いやいや、友達が口説きって、」
水澤さんはそう言ってメガネのブリッジをクイっと上げた。そのニヤついた顔がなんかイラっとくる。
「水澤さんは彼女居ないんですか?」
「……」
それを聞いた瞬間、彼の動きが止まった。さては……
「居ないんですね、」
「……居ません。そもそも興味があまり無いので、」
うーん、やっぱり某声優さんに似てる。溜め息混じりだと良いんだな。咲っぺに言っておかなきゃ。
「そこは気が合いますね。私も恋愛に関しては興味が無いんです。特に3次元に対しては」
「僕は2次元にも3次元にも想いを寄せる人は居ません」
あれ。ヲタじゃなかった。
「……僕がこの世で唯一想いを寄せるのは、日本犬です。それさえ居れば生きていけます」
なんと。犬好きだった。猫派かと思ってた。意外。
「で、またコイバナから逸れちゃいましたね、」
いや、私が逸らしたんだけど。
「その先輩とやらは、あなたがOWLであることを知っているのですか?」
「いえ。教えてません」
「……教える気は?」
「無いですけど、バレた時には素直に白状しなちゃいけませんよね」
「隠そうとしないんですか?」
「そんな事しても無駄ですから。隠そうとしたら相手は余計に知りたがる、そして周りの人間に聞いて回ったりする、それで広まって、その人が答えにたどり着いた時、周りの人間にも伝わるんです。だから意味がない。そういう訳です」
彼は頷き、納得、と呟いた。
「じゃあ尚更だ。執筆活動より遊びに力を入れてしまったら、どうなるかはもう分かっているね? ……君だけじゃない。その先輩にも迷惑になってしまうからね」
「はい」
そう、執筆活動に支障を来してはいけない。これは遊びじゃ無いのだから。それに……
私はもう、恋愛はしないと決めているのだから。
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