土曜の雷
水澤さんは、チャーラーを完食して満足したのか、サッサとタクシーを呼んで帰って行った。そして望先輩もそれに乗って帰って行った。
「だぁーっ‼︎ 疲れた〜!」
一気に力が抜け、私はソファに倒れ込んだ。
「……あの
快斗は麦茶を飲み干すと聞いてきた。
「新しい担当編集者っ! 信じらんない。私、浦田さんがよかったぁ」
「浦田さんって、前の編集者さん?」
「そう、私がデビューした時からお世話になってたの。頼りになるお姉さん、って感じで、一緒に居て飽きない楽しい友達、って感じもあって、私としては浦田さんがベストなわけで、あんな得体の知れない人に……」
言葉にしようとした瞬間、疑問が湧いた。
任せられない、のかな? あの人、ちゃんと私の作品のこと考えて意見を聞かせてくれた……よね? だったら……
「……兎に角、受け入れるしかないのかな、」
「おっ、珍しい。そんなにすんなり受け入れるんだ。こりゃ明日もこの調子で降るかなぁ」
咲っぺはそう言ってからかうように私を見つめた。
「おー! それならジャンジャン降らせたる!」
「えー、迷惑ぅー」
「咲っぺが言ったんじゃん!」
歩と快斗も会話に加わり、それは次第に笑い声に変わっていった。この雨の音が聞こえなくなるほどに。
***
部屋に戻り、俺は課題のページをめくった。
水澤とかいう人物を見た時の先輩の表情が、強力なガムテープのように頭から剥がれない。そして、その時の水澤の表情も。
あの2人の間に、火花が散っていたのは確かだった。
しかし、先輩は相手を心優の彼氏か何かだと思っていて、水澤は相手を心優の仕事の邪魔をしようとしていると思っていたように見えた。
争点(?)が食い違っている。
「ぎやああああああ」
心優の叫び声だ。
「PCがっ! 愛しのサムがフリーズしたっ!」
俺は向かいの部屋にノックし、扉を開けた。
「愛しのサムって誰だよ。つーか、うるさい!」
「なっ……! 酷いっ‼︎ 私のPCがフリーズしたんだよ⁉︎ これじゃ書けないよぉ……」
彼女はそう言って、ベッドに倒れ込んだ。
「……じゃあ、勉強教えて」
「知るかっ! 自分でやれっ‼︎」
お怒りのようなので、俺は渋々自室に戻った。
***
どうしたことだろうか。担当編集者は替わるし、望先輩と水澤さんの間に何か火花が散っているようだし、サム(PC)はフリーズするし、なんて日だ!
私は、諦めてベッドの上に丸められて置いてある毛布を手に、リビングへ降りた。
「あれ、心優、久しぶり〜」
「……え⁈ まっさん‼︎ いつ帰ってたの? 全然気づかなかったぁ……」
リビングの扉を開けると、久しぶりに見る顔があった。
「いやあ雨酷かったなぁ。今回の出張は長かったから……久しぶりだね。みんな元気にしてた?」
「うん。あ、そうだ。私の担当編集者さん替わったの。それでね……」
私は、望先輩を誤魔化すために言ったことなどを全てまっさんに話した。
「なぁるほどぉ〜! 了解しました! じゃあ、今度いつ来るか聞いといてくれるかな? 予定合わせとくから」
「まっさん……! ありがとうっ‼︎」
「いいの、いいの。あと、コレはお土産!」
差し出された紙袋を受け取り、早速中を開けてみたところ、お土産は
鮭とば、白○恋人、ジンギスカン、と、そのタレ。
「折角北海道に行ったから、やっぱり鮭とばは欠かせなくてね、」
まっさんはモサモサの髪を掻き上げながら言った。
「まっさん……ただお酒のおつまみにしたいだけでしょっ!」
「バレた⁉︎」
「バレるから!」
そう言ってまっさんと笑っていると、パーカーのポケットに入れてあるスマホが振動し始めた。
画面には「水澤さん」の文字が。
「……もしもし」
『OWLさん、さっき言うの忘れてたけど、あの先輩、よく家に来るの?』
「なんですか、急に。ここ最近はよく来ますよ」
『書くのに支障があるなら言ってね。逃げ場くらい用意するから』
それは有難い。
「……あ、ありがとうございます」
『あと、明日もう一回行くから。そこのオーナーさんに会いたいんだ』
「はい。伝えておきます」
『それでは、また後日。失礼します』
私は彼のその言葉を聞くと速攻電話を切り、まっさんにそのことを伝えた。
彼は首を縦に振り、
「そういえば快斗くん、ちゃんとココに馴染めてるかな?」
突然、彼の声色が変わり、背筋に寒気が走った。
「……うん。勝手に先輩とか友達連れてくる程だよ」
ダメだ。意識してはいけない。まっさんがホモ疑惑だということを意識しては快斗が……。まあ、それはそれで面白いのだが……。
その時、望先輩からLINEが来た。
『明日、2丁目公園で練習!』
もはや、「練習しない?」という誘いではなく、決定事項のようだ。
「了解!」とスタンプを押し、何時頃になるか訊いた。
『10時からやろう!』
どうやら、1日をフルで使うらしい。私は、ちょっと不安なので、すみ兄と佑も誘い、フォローを依頼した。
水澤さんには、不在だということをメールし、浦田さんには水澤さんが変人だということを伝えた。
その日の夜、ベッドに入る頃に一通のメールが来た。
『変人だから心優ちゃんの担当を依頼したんだよ』
浦田さんからだった。
私はしばらく、その一文に釘付けになって動けなかった。
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