花の名は、特大スターマイン

紺藤 香純

花の名は、特大スターマイン

 「三嶋様の夜祭り」に行きたいだけではない。非現実的な空間に逃げたいのだ。



 群馬県藤岡市の三嶋神社は、室町時代の武将・上杉顕定が伊豆三嶋大社から分祀し、平井城の氏神として祀ったといわれている。

 三嶋神社には「本社(下ノ宮)」と「別殿(上の宮)」があり、11月14日に本社と別殿を神輿が渡御する。

 11月14日のこの行事は「三嶋様の夜祭り」と言われ、市指定重要文化財になっている。



 私は「思い立ったら吉日」とばかりに車を走らせ、藤岡市に向かった。仕事終わりに直接向かっているので、時刻はすでに19時をまわっている。

 藤岡には祖父母が住んでいた。10年くらい前までは、毎年この日に祖父母を訪ねて「三嶋様の夜祭り」に行っていた。

 この祭りの見どころは、花火が打ち上げられることだ、と私は思う。この時期に花火が上がる祭りは、夏に比べて少ない。祖父母の家は絶好の鑑賞スポットで、別殿の敷地から上がる花火を親戚の人々も花火を見に来ていた。

 花火の大きさも音も大迫力。20時過ぎの7号玉と特大スターマインは別格。私はこれを超える花火を見たことはない。

 いちごクレープを頬張りながら、花火が上がるたびにはしゃいでいた小学生。

 焼きまんじゅうを串から外して箸で食べながら花火を見上げた中学生。

 どちらも記憶の中の私だ。



 臨時駐車場は、坂のふもとに2か所あった。ひとつは公会堂の敷地、もうひとつは道を挟んだ更地。私は更地の駐車場に誘導された。この更地は、昔の公会堂があった場所だ。

 民家の入り口に赤い提灯が点っている。赤い灯は坂の上へ点々と続いており、別殿への道標みちしるべのようである。

 祭りに来る人の大半は、坂の上の別殿へお参りする。道中に屋台が出ている影響せいでもある。

 坂を上る人も下る人も、小学生か中学生、親らしき人が多い。夜の浅いうちだからかもしれない。彼らが手にしているものは、様々だ。わたあめ、りんごあめ、景品のようなおもちゃ、スーパーボールが入った袋、キャラクターのお面など。

 クレープを食べながら歩く子ども達と、「一列で歩いて」と子どもに注意する大人は、かつての私と母親のようだ。



 街灯の少ないこの道は、思いのほか暗かった。家の明かりや赤い提灯、坂の上へ向かう車のライトは、歩道を照らすには貧しいものだった。

 この坂をいつまで上ればいいのだろうか、と思い始めた頃、突然視界が開けた。

 石造りの鳥居を飾るように、大きな御神燈が煌々と辺りを照らしている。

 ここから先は、三嶋神社の参道だ。……参道なのだが、少々変わっている。

 鳥居の先は民家が所狭しと詰まっており、道もLを逆にしたように大きく曲がっている。

 参道の家々も、赤い提灯を下げている。しかし、御神燈の明かりが届かないところは、暗い。私の記憶では、道の両端に屋台が軒を連ねていた。今は、曲がり角にぽつんと見えるだけだ。

 しかし、角を曲がると、屋台は一気に増えた。

 わたあめ

 りんごあめ

 焼きまんじゅう

 チョコバナナ

 くじ引き

 スーパーボールすくい

 からあげ

 焼きそば

 たこ焼き

 ……ケバブ、クロワッサンたい焼き、えびせん、というものもあった。

 屋台に目移りしているうちに、畑の中に建つ別殿が見えた。社の中は蛍光灯がついているらしく、人の動きが遠目からでもわかる。

 別殿の後ろから花火が上がった。3発。綺麗だけど、花火の本番はこれからだ。

 別殿の前の鳥居にも御神燈が下がっていた。

 参道の端を歩くことを心がけ、御手水で手と口を清め、別殿の社に参拝した。

 お参りを終え、ふと思いついた。いちごクレープと焼きまんじゅうを買って、あの場所に行こう、と。



 坂を下りながら頭に浮かぶのは、同じ職場の先輩の会話だ。

 ――あの子、異動になるんだって?

 ――そうらしいよ。まだ若いのに、かわいそうね。

 ――でも、あの子がいなくなると、仕事がやりやすいと思いますよ。

 ――同感。あの子の努力して成長しようとする姿は、見ていて士気が下がるもんね。

 ――うちの職場の異動って、くびと同じ意味だもんね。

 ――あの子の送別会、やっちゃいます?

 ――いいね! 泣いてるさまを撮ってSNSで拡散しようよ!

 今日だけの会話じゃない。最近何度も、この類の会話を耳にした。私の名前がはっきり出たこともある。



 利き手で持つのは、いちごクレープ。反対の手には、焼きまんじゅうの入った袋を下げる。

 あの場所は、坂の途中の狭い路地をさらに進んだ先にある。

 どの家も赤い提灯を下げているが、あの場所に提灯はなかった。

 敷地の入り口にはロープが張られ、「売土地」の看板がブロック塀についていた。ロープの内側には入れそうにない。

 「売土地」の向こうには、かつて祖父母の家があった。

 両親の離婚に伴い、私は祖父母と疎遠になった。祖父母が他界したのは、その数年後だ。

 突然、夜空が明るくなった。鮮やかな花が一瞬咲き、散る前に次の花が咲く。刹那の命を燃やす花は、次々と夜空を彩ってゆく。

 私は夜空を見上げながら、いちごクレープにかじりついた。お腹がすいていたせいもあり、すぐに食べ終わってしまった。

 心は少しだけ軽くなったが、前向きになるには足りない。でも、今日は三嶋様の夜祭りに来て良かった。神社にお参りができて良かった。昔の自分を思い出すことができて、安堵した。あの場所から花火を見ることができて幸せだ。

 そろそろ現実に戻らなくてはならない。家に帰って心が折れそうになったら、焼きまんじゅうをちまちまと食べよう。また来年も、祭りとあの場所に行こう。



 あの場所は消えない。私が大切にしたいと思い続ければ、あの場所は存在し続ける。

 あの場所から見える花火も一緒に、在り続ける。



【終】

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