ケッタマシンブルース

立野歌風

制服の衣替え移行期間な季節 ある日の昼休み

JR美濃太田駅徒歩2分に住まう彼に

名鉄日本ライン今渡駅徒歩3分在住のあいつが

名古屋に行った話をした


「名鉄?JR?」

「名古屋くらい 電車で行かへんて」

「はぁ?」

「ケッタやて ケッタマシーン」

今では全国区のチャリ呼びが多いが

彼らの地方では自転車をケッタマシーンとも呼ぶ

そのケッタマシーンで名古屋へ行くのだと

あいつは威張った そのうえ

「親父も兄貴もケッタで知多へ海水浴に行ったんやで 」

と自慢話した

「岐阜から自転車で海水浴なんか行けへんやろ 熱中症になるて」

「名古屋にもケッタで行けん奴にはなぁ」

あいつの高笑いで この話は終わった


だから  今 

彼は41号線を名古屋に向かって

自転車を漕いでいる

真っ直ぐ 真っ直ぐ 漕いで行ったら

栄に着いた

オアシス21の芝生に座り

100円マックを齧った

なんだか

世界を征服したような気分になった

あいつに携帯で

「今 栄 」

と報告したら

何度も携帯にかけてくるので


「今 サンシャイン SKE?ああ… なんかファンが居る」

「今 名古屋城 武将隊見た 信長? いたいた」

「今 名駅 ビル工事だらけ」

「今 大須 招き猫のところ 」

と何度も報告した


帰り道

疲れからか足が重くなった 登り坂がきつかった

トラックにあおられて

排ガスをしたたか吸った

「この季節で こんなにキツイのに 海水浴なんか行けるかよ」

弱音が疲労度を加速させる

抜け道を求めて

犬山を過ぎた辺りで

41号線から外れて山道に逃げた

山道のでこぼこのせいか…

チェーンが外れて直しているうちに

日が暮れた

そして 道に迷った


あいつと携帯で無駄に話まくったから

こういう時に限って

充電が切れる


自分が居る場所が何処だか わからない

知らない山道に一人きり

真っ暗過ぎて

美濃加茂に向かっているのか

犬山に戻っているのか

不安が膨らむ


時おり通り過ぎる車のライトが眩しくて

サーチライトに照らされる脱走者の気分になった

車を止めて

人に聞く勇気が出なかった

なにより

あいつにバカにされそうで

負ける様で…嫌だった


真っ暗の山道を車の去った方向へと進み

しばらくすると

チラホラと民家の灯りが現れた

高い所に行けば景色がわかる

そう気付いて

丘の上の住宅街の坂道を

登った


住宅街の隙間から美濃加茂と可児の夜景が見えた

木曽川の流れが二つの街の夜景を黒く隔てていた

そこに かかる橋は中濃大橋 太田橋 新太田橋…

橋を渡る車のライトが光る蟻のように うごめいて行く

「しょぼい夜景だな…ったく」

安堵の涙で滲む わが街の夜景に向かって

彼は

真っ直ぐに ペダルを踏んだ



翌日 あいつに武勇伝を語ってやった

もちろん滲んだ涙は内緒だったけれど

「夏にさ 海水浴行かへん?」

あいつはニヤリと笑った

「知多の海へ?」

彼もニヤリと笑った

クラスメートが話に乗って来た

「行く 行く 海 行く 」

彼らはクラスメートに向かって

同時に答えていた

『ケッタでやで』

「は? 何言っとる ケッタで行けるわけないやろ」

「海なし岐阜県民の俺らの青春やで!」

「海とは遠くにありて…」

『挑むもの』

同時にハモる彼らにクラスメートは

呆れた一言を残して去って行った

「アホや」



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ケッタマシンブルース 立野歌風 @utakaze

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