サルの恩返し

立野歌風

第1話

その子は 子沢山母子家庭の末っ子 

母さんは夜になると 子供達に言う

「黒い服に着替えなさい」

皆で着替えて 畑に忍び込み

野菜をコッソリ 頂戴する

その子は 一番上のお兄ちゃんに聞いた

「うちは ドロボウ?」

「俺らは猿だよ どうせ 猿に荒らされる畑なんだから」


爺さんと婆さんは 山間に二人暮らし

最近の悩みは山の畑の作物が

猿やイノシシに荒らされる事だった

柵や罠を仕掛けても 

作物は食い荒らされて

無惨に畑に散っている

婆さんは それを見る度 

「猿めが 猿めが!」

と不機嫌になった


ある夜 爺さんは見回りに行って

罠にかかった 黒い服の子供を見つけた

「ドロボウか?」

と問うと

「猿だ」と子供は答えた

「猿やドロボウは黙って持って行く

乞食は黙って受け取る

人は働いて 食い物 手に入れるんや」

爺さんは罠を外して

畑の側の小さな祠に子供を連れて行った

「ぺこぺこ パンパン ぺこ 神様に謝って許してもらえ」

二拝二拍手一拝を教えた

その様子を見守り ガザゴソと動く闇に向って

「そこらに 隠れとる 奴んたもやぞ」

と語りかけて 子共達を逃がした


その子は 学校の帰り道

お仕事中の「ヤギさん除草隊」に出会った

「ヤギさんだって 働いている」

その子は お兄ちゃんの袖を引っぱり

お兄ちゃんは 頷いた


それから 爺さんと婆さんの山の畑では

作物が減っているかわりに

雑草が山盛り抜いてあるようになった


爺さんは

祠に 御供えするふりをして

米や野菜を置いておくようになった

いつの頃からか

婆さんは 御供えにと御菓子を用意するようになった

「罰当たりの サルめが…」

御供えが消えているのを眺める二人は

優しい目をしていた


ある日 

草の山の上に画用紙が何枚か置いてあった

爺さんと婆さんの似顔絵がクレヨンで書いてあった

「母さんが再婚するので 名古屋に行きます」

と手紙も添えられていた


手紙を読む爺さんの背後で婆さんがブツブツ言った

「近頃の猿は絵も描けば 手紙も書く」

そして

爺さんと婆さんは

畑の真ん中で泣いた


熱田の森の参道が その子の新しい通学路になった

ぺこぺこ パンパン ぺこ

大きな鳥居の向こうの熱田の神様に 

その子は毎日 願っていた

「山の畑の爺ちゃんと婆ちゃんが いつも笑っていますように」



ある日 市の職員が爺さんと婆さんを訪ねて来た

「森のようちえんプロジェクトを御存知ですか?」

爺さんと婆さんは それを知らなかったけれど

知りたいと思った

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サルの恩返し 立野歌風 @utakaze

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