ノビル
私が生まれ育った町は静岡県でも海側の町。夏はそこまで暑くなく、冬は雪が積もるほど寒くはない町。それがこの町に住む人たちの一般的な回答だろう。ただでさえ住みやすいと言われる静岡県の、さらに住みやすい温暖な気候が特徴的だった。私の町は田舎と呼ぶには発展していて、都会と呼ぶには田舎だった。
中学校1年。
私の花粉症がピークを過ぎて平和な毎日が取り戻されようとしていたある日。私と妹は狩りに出掛けた。狩りといっても銃を携えて山を登り獣に眼を光らせる、あれではない。
いつもの散歩コースである松林に着くと、二人は散らばって狩りを始めた。千本松原と呼ばれているそこは見渡すかぎり松の木で埋まっている。秋には松の葉の絨毯ができ、松の香りが一面に広がる。靴に松の葉が刺さることもあるが、それもまた風流だろう。
地面を見つめる。雑草たちが好き放題生えている土にひたすら眼を凝らす、こと5分くらい。一見雑草が伸びすぎてしまったかのようなひょろっとした草。葉ネギの形に似たそれを私は慎重に引っこ抜いた。葉ネギの先に一センチくらいの玉ねぎ(のようなもの)が着いている。ノビルだ。「とったー!私の勝ちー!」獲物第一号を手にドヤ顔で妹の方へと走る。するとそこには黙々とノビルを取り続ける妹がいた。おまけに抜いたノビルが丘くらいの高さになっている。妹はドヤ顔で大声を出しながら走ってきた私の方をちらっとみて、薄い微笑みを投げた。なんだこの敗北感。悔しいから妹が抜こうとしていたノビルを横から千切った。ざまあみろ。千切られたノビルは無惨に玉だけがない。これではただの草である。無性にノビルに謝りたくなった所で妹に頭を叩かれた。妹はそのままの勢いで「余計なことしてないで抜け!一心不乱に抜け!伸ばすぞ!」と畳みかけた。ん?ノビルなだけに伸ばすのかな。とくだらないことを思っていると、物凄く冷たい刺す様な視線を身体中に浴びた、気がして慌てて作業に戻った。
結局その日の目標の量を採る頃には、辺りが暖かい色で包まれていた。夕日が綺麗そうだったので、私たちはそのまま浜辺へと移動することにした。日が沈んでしまう前にと急ぎ足で浜へ向かう。互いに夢中になりすぎたね、と笑いながら潮風が吹く浜へと出た。水平線へと吸い込まれていく夕日が私たちを照らす。沈んでいく夕日と、赤く照らされる富士山を音もなく交互に見続けた。「やっぱり綺麗だね。」と妹が振り向いた。うん、と私は前を見たまま頷いた。小さいときから何度も何度も見た景色。それでも飽きずに見続けられる位には綺麗な景色だと思う。
採ったノビルは細く切った人参と塩昆布とを混ぜ合わせたサラダになった。ピリッと辛いノビルが食卓にちょっとした刺激をもたらし、今も思い出の味となっている。
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