第7話 笑み

 「ははは。優しいんだね、君」


 笑う彼女の声は明るかった。今にも倒れそうな人間のものとは思えないほどに。


 「……、なに笑ってんだよ」


 少し苛立つものがあった。少なくとも、さっきまで絶望の淵で泣いていた人の反応ではないだろう。


 なんで笑える。


 暮らしていた街が無くなったんじゃないのか。


 大切な人を失ったんじゃないのか。


 それに――


 「はは。いや、なんでだろ? でも、なんか嬉しくって」


 そう言う彼女はやっぱり笑みを浮かべていた。本当に自分でもわからないという風に、小首を傾げて。


 「訳わかんねぇよ!」


 声を荒らげさせた理由はわからなかった。ただ喉から込み上げてくる感情は止められなくて。


 はっと驚いた顔で、彼女に見つめられた。


 立場が変わったように、今泣いていたのは自分だった。


 一瞬彼女の表情に宿った翳りも、頬笑みに塗り替えられていく。


 「……、よーし、よーし」


 子どもをあやすようだった。それが尚更苛立たしかった。柔らかく触れてくる彼女の手を、向きになって振り払った。


 「やめろよ、ババァ」


 「ば、ババァって、私まだそんな歳じゃないわよ!」


 「……、うるせぇ」


 自分がまだ無力なガキだと思い知らされるみたいだった。実際そうだ。母の臨終の時から、何も変ってやしない。


 どうして、そんなに強くいられる。


 だって、この人は――


 「……、なぁ」


 「ん、なに?」


 「まだ、治ってないんだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る