第27話 山小屋にいくよ〜醜女との災会

 マッチ、マッチ。


 ねえ、おぢさん。おぢさんは何故走ってゐるの。


 お兄さんな、むかし社長だったのさ。


 すげえ、しゃちょうかあ。それで?


 もうお金を稼ぐことに飽いてしまったのさ。だからこうして走っている。どこまでも、どこまでも、ね。


 家族は、家族は引き留め無かったのかい。おぢさん位の年齢なら


 ああ、勿論さ。お兄さんには元映画女優の美しい妻がおり、私を慕う多くの娘達に囲まれている。しかし彼女達は「あなたの人生の選択を止めることは出来ません。どこまでも望むがままに走り続けて下さいませ」と笑顔で私を送りだしてくれたのだよ。


 へえ、嘘臭え。


 黙れ小僧。君、食べるかい?この食パンを。


 結構です、結構です、そんなところで温まったパンなど、結構です。



「う、ぅあん!」

 何者かに背後から肩に触れられた鎮太郎くんは全身に鳥肌を浮き上がらせて叫びました。

 周辺の木々から得体の知れない何かが漆黒の空へと飛び立ちます。

 振り返りながら後退りすると、そこには両腕を上げて此方に伸ばした苑子さんの姿がありました。苑子さんは茶色の昆虫の皮膚のような硬い肌になっています。

「シンタロ・・、クン」

 苑子さんは目玉を左右バラバラに、ぎょりんぎょりんと回しながら言いました。

「な、何ですか!何か御用ー!?」

「ウ」

 ガクガクと震えながら咆哮する鎮太郎くんの眼前で苑子さんは両手を伸ばしたままグラリと揺れると、そのままうつ伏せに腐った枯葉の上に倒れました。

 そして、曲げた膝を抱え込むようにして縮まると動かなくなりました。

「し、死んだ?硬い」

 鎮太郎くんは周辺に落ちていた棒で苑子さんを突っついています。

「死んだならそれも結構!僕は関与していませんからね。清々しました!かか、か、帰りますっ!」

 妙な憑き物が取れたと見て、鎮太郎くんは転げまわるようにして小屋の反対側まで移動しました。そして斜面を登り始めようと手近な木の枝をつかんだ時のことです。


 がつん。


 何かを叩く音が後方から聞こえたのです。

「・・今の音は」

 鎮太郎くんは脂汗を滴らせて、音のした方へ頭を向けました。

 どうやらそれは山小屋からした音のようでした。

「ご、ごくり」

 鎮太郎くんは「どちら様ですか。ま、ま、まさか、や、柳ですか」


 がつん!


「うひぃ!」

 鎮太郎くんの問い掛けに応えるように山小屋の扉が揺れ、大きな音が周囲に木霊しました。何か凄い力で内側から殴りつけているような音です。


 鎮太郎くんは再び小屋の前まで戻ると、耳をぴたりと扉に吸い付けました。


 ・・しんたろうくん、・・しんたろうくん。


「な、何かいる。いや、この薄気味悪い声は・・、」

 間違う筈もありません。その薄汚い声は明らかに、

「柳・・」

 焼却炉の憑き物が取れたことで鎮太郎くんは危うく目的を見失うところでした。もしこの中にいるのが本当に柳なのであれば地獄の平和の為に、何より自分の安息の為に何とかトドメを刺しておかねばなるまい、鎮太郎くんはそうして意を決すると震える膝を黙らせました。そして、周囲に落ちている出来るだけ大きな石を持ちました。

「よし、これで殴り殺してくれるわ」

 いきり立ちながらも青ざめる鎮太郎くんは扉の錆びた取っ手金具に震える手をかけました。

「うむん?・・おや、・・あら」

 2度目3度目と引く力を強くしてみました。しかし扉は開きません。

 見ると、外側から何本か枝を当てがわれ、壁と扉が打ち付けられているようです。比較的最近打ち付けられたもののようにも見えます。

「ええい、邪魔だ。僕の柳暗殺の邪魔をしないで頂きたい」

 鎮太郎くんは手に持った大きな石でその当て木を叩き割りました。

「よし」

 そして遂に、山小屋の扉を開いたのです。


 ぎしぎしと音を立てて扉はゆっくりと開きました。湿った黴のような臭いが鼻をつきます。

 部屋の中には窓の正面に学校を見据えるために置かれたような椅子が一つ。その他は壁にかけられた錆びた農具が幾つかあるだけです。

 床には得体の知れないキノコが生えており、その横を2尺程の異様な長さの百足が一匹、たくさんの足を波打たせながら這っていました。


 うねうね、うねうね、うねうねうねうね。


「・・・柳、いるんですか?」

 鎮太郎くんは手に持った石をしっかりと握って言いました。

「・・・」

 反応は無い様子です。

「うへ、し、鎮太郎くん」

「ぎょっ!」

 そんなことを思ったのも束の間、薄気味悪い声が小屋の外の方から聞こえました。

 鎮太郎くんが声のした方を見ると、そこには薄汚れた襦袢を着た腕が一本足りない柳の姿がありました。目も一つ足りません。

「ぎひいっ! オバケぇ!!」

 柳はわしゃわしゃと枯葉を裸足で踏みしめながら小屋の中に入ってくると、そのまま鎮太郎くんにしがみ付きました。

「げへ、・・ぐへへ、ぐすんぐすん」

「・・・」

 鎮太郎くんは暫し絶句しました。

「・・はっ!柳、触るな。某に触らないで頂きたい!貴様死んだのでは無かったのか!何故だ、何故今外に居た!」

「うう、あいたかったよ」

「ひぃい、離れよ!死ね!死ねぇ!! 南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛!」


 鎮太郎くんは手に持った石で何度も何度も柳を殴りつけました。

 血塗れになりながらも、「今ならいつ死んでもいいわ」と思いながら柳はひしっと鎮太郎にしがみつき続けました。


 そして、山小屋の窓の前には、背中の割れた苑子さんの抜け殻が遺されていたそうな。

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