ばいた

第14話 金夫の奴隷になるよ

 九本の足を上手に動かして巣に引っかかった蛾を糸で絡め取る奇形の蜘蛛を照らす駅の赤と緑の蛍光灯。


 そこへボロのワンピィスを着た柳が樹海から戻ってきました。

「あ、あの、汽車に乗りたいん、ですけど」

「券売機」

 駅員さんが指差した方には券売機があります。

 券売機の前には自殺に失敗して帰ることにしたのであろう太ったおじさんがおり、柳はそのおじさんと目が合いました。

 おじさんはつぶらな瞳を血走らせて「ん?」と自身を指差しました。

(へへ、ちがう)

 柳は変なことに巻き込まれないように直ぐに視線を駅員さんに戻しました。

「はい、あの、お金が、ふへ、無いんですけど」

「金無、是不乗車」

「な、何とか汽車に乗れませんか」

「樹海」

 駅員さんが指差した方には樹海があります。

「はい、樹海から、も、戻ってきました。げへへ」

「再度樹海」

 駅員さんはもう一度樹海を指差しました。

「あ、ありがとございまし、た」


 柳はズダボロの服のまま自殺の郷を歩きました。


「う、うーん、何か、何か良い方法は無いかなぁ、ぐ、ぐへ?」


 遠くから此方へとぼとぼと歩くやけに小さい身長にベタっと張り付いた汚い髪の毛、大きな蝶ネクタイ・・。

「う、金夫さん」

 それは自称村の観光大使、金夫でした。

「おや、 あなたは数日前の・・」

「数日前、数日? ふへ、何言ってんの」

 長いこと吊られていた筈です。もしやそれが全て幻だったのでしょうか。

「そんなことより聞いて下さいよ、私が先ほどお宿にお連れした方、たった1万円しかチップをくれなかったんですよ? 何て不条理なんでしょう、そう思うでしょう。どうせ死ぬんだからもっとよこせっての」

「ぐへへへ」

 柳は心の中で、やっぱりこの人、好きくは無いなぁ、と思いました。

「だからお嬢さん、お金をくれませんか、靴でも何でも舐めますでゲス」

 柳は金夫に靴を舐められるのを想像して身震いしました。

「ふひ、靴が履けなくなる、ので、大丈夫、です」

 金夫はほっと胸を撫で下ろしました。

「ああ良かった。不細工な人の靴は出来れば舐めたくないですからね。お互いに嫌なことを避けられた訳ですなぁ、本日はめでたい!」

「う、ウィンウィン」

 金夫は親指を立てて出っ歯を突き出しました。

「経済用語ですね!? いやあ、上流階級ってのは言葉遣いまで違うんですなぁっ! おみそれしました! じゃあ、そういうことなんで、下さい、お金を」

 金夫は手を差し出しました。

「あの、あの、わたし文無し。だから汽車にも乗れなくて。ふへ、反対に、少しだけ、ほし、欲しいかな、なんて、ぎゃっ!!」

 金夫の両足を綺麗に揃えた跳び蹴りが柳の腰に炸裂し、柳はすっ転びました。


「ぐへえ」


「ふざけるのではないよ!! こちとら1円稼ぐ為に揉み手に血の滲むようなゴマスリをしておるんだ! へつらいもせずに金を恵んでくれとはどういうゴキブリ根性だこのビチグソォ!?」

 金夫は柳の頭の上でゲシゲシと飛び跳ねながら言いました。

「あの、じゃあ、何か知りませんか、働きたい、です」

「お前みてえなクズが働ける場所なんざ・・、いや、待てよ」

 金夫はぴょんっと柳の頭から飛び降りると、懐から算盤を持ち出し、パチパチと弾きました。

 柳は立ち上がり頭や服の砂埃を叩きながらその様子を不思議そうに見ています。

「へ、へへ、じゃあ、あの、わたしそろそろ・・」

「ありますともーっ!」

 金夫は柳の方に振り向き、媚び媚びの鼻の下を伸ばした溶けたようないやらしい満面の笑み顔で言いました。


 金夫は懐からメモ帳を取り出すと万年筆風の万年筆ではないで何かでサラサラと書きました。

 そしてそれを筆記具と一緒に柳に押し付けました。

「それにサインしなさい、余り内容は読まなくても良いですよ」



【契約書】

 _____(以下、甲と言う)はその命が無くなるまで金夫インターナショナル(以下、乙と言う)と不平等な契約を結び、甲が派遣された先で稼いだお金の内、その100%を全て乙に納めることに同意する。

 同和___年__月__日

 氏名______ 印



 柳は言われるままに内容を読まず今日の日付と名前を書きました。

「か、書いた」

「実印」と金夫は手を出し、「持ってない」と応えた柳のお腹を殴りました。

「い、いたい」

 金夫は柳の手を持つと、人差し指を一万円札ですっと切り、血の玉がプクッと出た指を契約書に押し付けました。


「これでお前は一生あっしの奴隷でやんす。がっはっはっは!!」


「ふへ、が、がっはっはっは」

 柳も真似して笑いました。


 その様子を見ていた土産屋のおばさんは表情を曇らせながら店のシャッターを閉めました。




 自殺の郷の樹海の入り口の辺り、丁度、民宿「最後の晩餐」の看板の前に座っていた二人がその安っぽい電飾にチカチカと照らされています。


 柳はチラッと隣を見ました。

「ふへ、へへ、あの」

「何です」

 隣には目に隈があるガリガリの男の人が膝を抱えるように座りながら、何か腕に注射しています。

「織田さん、それは、何の、注射?」

「ヒロポンです」

「ふ、ふぅん。ヒロポンかあ」

「最近は覚醒剤と呼ばれているがね」

「ふひ、麻薬」

「うん」

「・・・」

 柳は(多分また厭な人だなぁ、なんでかなぁ)と思いました。


「最近北朝鮮産のい〜いのが入ってね、ぞ、ぞれで、が、び、がびびび!!」


 金夫さんに紹介して貰った織田さんは初めどちらかというと物静かな印象でしたが、急に元気というか、壊れだしました。凄く麻薬が好きなのです。


「がびび、ごび!」


「へへ、あの、ここに座っているのがお仕事なんですか」


「ごごでずわびがががぐる!」


「げひゃ!は、はいぃッ」


 柳は涙目になって顔を逸らしました。


「びがが! がね、金夫!! ぐるががががごがが!!」


 待っていると金夫が来るようなことを言っているのだと思いました。柳は暴力を振るわれないように暫く大人しくしていようとぎゅっと強く膝を抱えました。


「びがごがだざばがびぼ!」


「・・・」


「ざざぞがばァ!? ごばぁ!?」


 何かを聞いています。


「は、・・は


「ごるぁッ!!?」


「ぎゃん!」


 織田さんは柳の顔面を殴りつけ、柳は背後の看板に付いていた電飾の幾つかを頭の後ろで割ってしまいました。


「へへ、恐い」


 柳は震えながら頭に刺さったガラス片を抜きました。


 おお〜い、おーいっ!


 柳が声のした方へ向くと、飛び上がりながら手を振り、ガニ股で走ってくる小柄な男の姿がありました。金夫です。

 金夫はどうやら駅から誰か子供を連れて来ている様子でした。


「こちらで、ゲス、後はこちらがおもてなし致しますので」


 小学校の5〜6年生位の男の子でした。


「よろしくお願いします」

「どおぞよごびぐぐ!」

「よ、よろしく、ふひ、ひ?」


「ああ、これですか? 僕、変なんです、気味が悪いと思いますが、少しの間ご迷惑おかけします」


 男の子には足が三本ありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る