第10話 海老修行〜お金だいすき

 三人が駅のホームに降り立ったその時でした。


“カラーン、カラーン”


 ハンドベルの音がホームに鳴り響きました。


「な、なに、へへ」


“おめでとうございまァ〜すッ!!”


「ひ、ひぃ」


 パンッと駅のホームの天井に吊るされたくす玉が割れ、くす玉の中から帯がくるくると伸び、周囲に金色の花吹雪が吹き荒れます。


 くす玉の帯には“おめでとうございます!”と書いてあります。


 突然のことに柳は思わずお母さんの腕に噛り付きました。


 ふと、遠くから何かを呪うお経のような声が聞こえます。


「し、鎮太郎くん! 何か来るよ!」


「ははは、君は本当にうるせえ下痢糞醜女ぶすだなあ。少し落ち着きなさい。これはこの村の通常の対応なのです」


 鎮太郎くんや伸宏くんは何かを知っている様子で、動じずにそれを待っています。


“祝ってやる〜、祝ってやる〜”


 駅の改札の方から列を成した踊る人影が二列、下駄を鳴らしながらゆっくりと近づいてきます。


 それは女の人の集団でした。


 浴衣姿で網笠を深く被り、手甲を付けた手をぬるぬると振り回しながら腐ったヘドロのような空気を掻き分けるように踊り、ゆっくりやってきます。


“祝ってやる〜、祝ってやる〜”


 人を呪うような声、そして下駄の音だけが響き、周囲の静けさが引き立つようでした。


「ひ、何、祝う」


 柳はお母さんの腕を抱きしめながらしゃがみ込みました。


 阿波踊りの人達は目の前迄来て前進を停止しました。

 村の女の人達は皆、歯を出して満面の笑顔です、しかし目は血走っていて、どこも見ていない様子でした。


 おーい!


 柳がしゃがんだまま背後を振り向くと、二列の網笠の間を飛び上がりながら手を振り、ガニ股で走ってくる小柄な男の姿がありました。


「おお〜い!」


 現れた小さな男は金色のラメが散りばめられたど派手なタキシードに巨大な赤い蝶ネクタイをした男でした。

 髪の毛はポマードがベッタリと塗られ、くるんと曲がった前髪の一房が額に張り付いています。目は細く、唇からは前歯が二本飛び出していて、ネズミのようです。


「いらっしゃいませ、良くこの村に来てくださいました、私はこの村の観光大使をしております、金夫と言います。私がご案内させて頂きますので」


 鎮太郎くんは鼻をフンと鳴らしました。

「あなたのことは話に聞いたことがあります。ところで僕達はこの村お客さんですよ? 言わば神様です、その口の利き方は何ですか」

 金夫は急に背筋から力が抜けてくにゃくにゃと手揉みをし始めました。

「わ、分かってまんがなぁ、社長! よっ!」




 鎮太郎くんと伸宏くんと醜女ぶすの三人は金夫に先導され、村の中を歩きました。


 周囲にはお土産屋さんがたくさんあります。


「ささ、こちらです。あ、そこにゴミが落ちて御座います、お気をつけて、あ、私の親でした、なんちゃって、あーおかしい」


 柳はお土産やさんを覗きました。


「おや、冥土の土産をお探しですか? 最期ですからね。お金は全部使い切っちゃいましょう。私にチップを下さっても良いんですよ? 人助けだと思って」


(げへへ、可愛い海老の縫いぐるみとか無いかなぁ)


 しかしどのお店を見ても自殺物のお土産しかありません。


 自殺と焼印の押された自殺饅頭。

 木に首を吊る人の後ろに富士が描かれた自殺タペストリー。

 何度引いても“今日、死ぬ”という札の出る自殺おみくじキーホルダー。

 全国どこのお坊さんでも対応してくれる戒名の回数券。

 色違いの卒都婆。


「おばさん、これをくれますか」

 お店のおばさんが鎮太郎くんから商品を受け取り、金夫の方を見て一瞬表情を嫌そうに歪ませた後で「はいよ」と言いました。

 金夫は何故かこの村で嫌われている様子でした。金夫も負けじと店の中に唾を吐きました。


「へへ、鎮太郎くん、な、な、何を買ったの」

「これさ」

「ど、ど、“どこでもOK、自殺用ロープ”?」

「良いだろう?」

 鎮太郎くんと伸宏くんはニヤニヤと笑いました。


「う? うー……、うへ、か、か、かっこいい」


 お店を出ると一行は村の向こうにある大きな山に向かって一直線に歩いていきます。

 道中、金夫はしばらく、自分がどれだけ金が好きか、過去に自分に施しをしてくれた人がどれ程慈悲深かったかを情熱的に話しました。

「で、その次にこの村にいらした紳士は、私が靴を舐めさせて頂いたのですがね、笑いながら一万円でチップをくれましてね、いやあ、あの人は聖人! 君子でしたよ。お金万歳です! 女子供を殺してでも欲しいですよね。皆さんで万歳しましょうよ。バンザーイ! お金バンザーイ!」

 金夫はそんなことを言いながら鼻の穴に挿したおもちゃに空気を送ってピーっと膨らましました。

 伸宏くんは金夫が気に入ったらしく、ことある毎に歪んだ笑みを浮かべて小銭をドブに投げ捨てました。金夫は「ぅわお〜ん」と遠吠えをしながら何度もドブに飛び込みます。


「大人のくせに情けねえ野郎だな」


 伸宏くんはニヤニヤしながら「お座り」と言いました。


「わ、ワオン!」


 金夫が犬のように手をつきました。


 鎮太郎くんと伸宏くんは腹を抱えて笑い転げています。


「お金の為なら何でもやります、わっおーん!」


 鎮太郎くんは涙を拭きながら柳の肩を叩きました。

「う?」

「ほひひ、柳、旅費は僕達が出してやるとは言いましたが、そうして蝦蟇口財布を持っているということは幾らか持っているんですか?」


 柳は鎮太郎くんの顔を真似して「げへへへ」と悪そうに笑いながら蝦蟇口を開けて中身を覗き込みました。


「げへへ、千円と少し、ある」



「何だい、それっぽっちか。まあとにかく柳、君にも生きている実感というものを味あわせてあげます、その千円を出しなさい」


「う?」


 促されるがままに柳が蝦蟇口財布から千円札を出すと、お座りをしている金夫の目がいやらしく溶けました。


「あーいい、あぁ〜、その、ちょっと、きれいですね、お札って、ああ〜」


「こら、黙れ」


「ワォン!」


 鎮太郎くんは柳の方を向いてニヤっと笑いました。

「おい醜女ぶす、その千円札を地面に落としてごらん」

「なんで」

「早くして下さいよ!」


 柳は引き攣った笑みを浮かべながら千円札を指から離すと、千円札は勃起した金夫の視線を受けながらヒラヒラと舞って地面に落ちました。


「あおおお!! か、かねええぇッ!!」


 金夫が血走った目で千円札に飛びつき、うつ伏せの大の字でどたんと腹を千円札に打ち付けるとブリーフの中に射精しました。


「かねええ、か、かねえええええ」


 金夫は恍惚の表情でクネクネと蠢いています。


「さあ人生で最高の瞬間だよ、このクズを踏むんだ。躊躇したら許さないですよ」


「へへ、か、かねおさん、ごめんね。私、この人に逆らえないの」


 柳は引き攣った笑みを浮かべたまま金夫の頭を踏みつけました。


「もっとだ、もっと楽しそうに踏むんだよ! 人間はこの為に生きているんだ、なあ伸宏くん」

「ああ、その通り。全く同感だよ!」


 柳何度も何度も踏みつけました。


「うう、ごめんなさい」


「こら、泣くな!」


 かねえぇ、はあぁ、かねさえあればいい、ああ〜。


「うーうー、うへえ、 醜い! 嫌い!! かねお、気持ち悪い! ぶす! ぶす!!」


「あはは、ぶすっていうのは男に使う言葉でも、女に使う言葉でもない、即ち、お前が言ってるんじゃないよ!ってことですよ!」

「ぎゃっ」


 殴りつけた柳が地面に倒れるのを見ながら鎮太郎くんは満足そうに微笑みました。








「さあ、柳、海に着きましたよ。夢が叶うまであと少しです」


 三人は鬱蒼とした森の入り口に到着しました。

 森の向こうには大きな山が見えます。


 柳は思っていることと実際には大きな隔たりがあるということを聞いたことがありましたが、本当に随分違うものなのだなぁと思いました。


 海と聞いていたので大きな水溜りだと思っていたのです。


「さすがに大きいなあ、あれが富死山かあ」


 周囲は昼間にも関わらず、相変わらず真っ暗な闇に包まれている為、電飾がついている入り口の看板はとても目立ちました。

“【その自殺、STOP!】お金、財布に残していませんか!? 人生は一度きりです。お金は使う人がいなければ意味を成しません、全てこの村で使い果たして下さい。情に厚い女の子がお部屋で待っています。樹海、入り口から徒歩5分 伝説の民宿「最後ノ晩餐」※朝の情報番組でも取り上げられた有名店です!”


「どうしたんだい、柳。急に黙り込んで」

 鎮太郎くんが柳の肩をぽんと持ちました。


 鎮太郎くんと伸宏くんの顔はどこか嬉しそうです。


「へへ、海って、樹海のことだったんだ、ねえ」


「太平洋に日本海、海にも色々ありますからね。海水浴もあれば森林浴もあるでしょうよ。分かりますね」


「う、うん。分かる」


 鎮太郎くんはほっと息を吐いて、馬鹿で助かったと思いました。


「さあ、往きましょうか」


 遠くで地面に落とした千円札に股間を擦り付けてくねくねとしている金夫が、お土産屋から桶と柄杓を持って出てきたおばさんに水を掛けられています。


 空はあいからわず真っ暗なままです。

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