終 幕/えぴろーぐです

 人間は集団を好み、集団を求め、集団を強みとするが、それは集団に弱く、集団に脅え、集団に脆いからだ。個の力を最大限で発揮したところで結局のところそれを昇華させるのは集団で、消化するのも消火するのもまた集団である。個で生き抜くという手立てはほぼ十全に抹消され、集団で生活するという社会がシステムとして構築されているのがこの世界だ。そして、この世界の中での自立しか出来ないような仕組みなのだ。完全なる自給自足なんてないし、完璧たる自作自演なんて不可能。そこには人の手によって形成された何かが必ずあり、作成された何かが必ずある。当たり前のように存在し、当然のように機能し、必須として設定されている。例え多数を覆す事が出来たとしても、それは一時的に奇跡的に凌いだだけにすぎず、この世はいつだって連帯責任で、集団でなければならず、責任をとらせる少数を集団で決め、出来うる限りの少数に出来うる限りのペナルティーを与える。自分自身に危害が及ばない場所に居れば正義を振りかざし、常識だの慈善だのといった大看板にスポイルした自己満足を決めこむのだが、少しでも危害が及びそうであれば途端に沈黙し、勝ち馬に乗る為の手段を模索し、情勢を検索し、見聞し、慎重に吟味する。いつだって自らが矢面に立つ事はせず、他者を祭り上げて利用するのだ。それが賢いヤリ方。お手本。教科書。故に集団を欲する。効率的な方法として。それは自己防衛であったり、保身出世であったりと様々で色々なのだが、その心根にある決して小さくはない自己顕示欲がそうさせるからなのか、それともDNAがそうさせるからなのか、何にせよ何れにせよ人間とはかくも面倒な生き物である。この世から絶滅しても困らないし、存在意義も存在理由も存在価値もないというのに、しぶといというか何というか。例え目先の損得を何一つ考えずに生きたとしても、我が身の損得のみを優先するという意味で言えば他の生物と大差ないのだけれど、生きる為ではなく満たす為に蔓延っているのは人間だけかもしれず、その脳はその心はその身体はいつだって何らかの欲望に満ち満ちている。自身の過ちを肯定する為に言い訳し、言い訳する為に哲学し、哲学する為に集団を望むのが人間。人間とは集団である事が前提の集合体で、個なんていう概念は始まりの始まりから既にもう幻でしかないのかもしれない。


 そんなワケで今年はまだ、

 西瓜を食べてなかったぞ。


 ………と。


 おもわず声になってしまいそうなくらいに、突然であり唐突でもあるそんな戯れ言が頭の中で看板を掲げた。けれどそれは、この世界の何処かで戦争や飢餓に苦しんでいる人達がいるというのに自分の事ばかりを考えちゃうんだよねっていう意味で言えば、決して突然でも唐突でもないのだけれど。ま、そういう思いが脳裏に浮かんだ事についてのみで言うとしたら、それこそ然したる意味なんてないけどね。だからきっと、これが僕の人生に何らかの伏線をもたらす事はない。ただの思いつき。思わせぶりのつもりもない。だから、思いついてもすぐ記憶の彼方へと………そう言えば、西瓜ってもう夏の風物詩ではないのかもしれないね。旬のモノと言えばたしかに旬のモノなのだろうけれど、しかしながら食べたいと思えばいつだって食べる事が可能だし、いつでも充分に美味しかったりする。欲求を満たす事が出来る世の中になったという事なのだろうか? だって僕がまだローティーンの頃は、そういう時代ではなかったように記憶しているし。それがいつの頃からかそういう土壌が形成されて尚且つ、それか当たり前になっていった。格下げではなく、格上げでもなく、便利になった、と。


 そんなニッポン万歳だよね。


 そんなワケで今年の夏はまだ、ただの一度すら、ん? 待てよ。今年どころかもう何年も食べていないかもしれない。僕の記憶力って、もしかしなくてもアテにならないね、まる。


「ってコレ、ボツ間違いなしのコラムみたいだな」

 自身の脳内に、ぽつり。と、ツッコミを入れてみる。今回の件はさすがに心がポキッと折れたのだけれど、いいやそれどころか衝撃度を表すならバキッとかボキッとかグシャっていうくらいの有り様なのだけれど、それでもなんとか立ち直らなければならないぞと思い立ち、ならば他の事を考え続けてみようと試みた結果、てんやわんやになりましたとさ。

「………まる?」

 そんなワケで、祓魔師は休業する事と相成りました。大学も休学しました。教会や施設や宿舎から遠く離れたかったので、うん。流石にキツい。あまりにもキツい。本来であればと言うか、僕の立ち位置からしたら、グッと耐えて支えなければならないのだろうけれど、ゴメンなさい僕はそんなに大人にはなれません。なので、責任感とかといった社会人的な役回りを個人的な感情で放棄させてもらいました。今の僕には、まず何よりも優先的に守ってやらなければならない人がいるから。けれどそれは裏切りだから、だから………うん。


 だから、ゴメンなさい。

 地獄行きを選びました。


「しっかりしなきゃ………」


 ならないのだよワトソン君。

 なんてね。強がりさんおつ。


 端から見ればきっと、ボーッとしているとしか思われないだろう程にボーッとしているように見える僕なのだけれど、脳内ではこのようにツラツラと色々で様々な事を思い悩みそして生きている。人間は不思議な生き物だ。見ているだけでは確率的な分析しかデキない。踏み込まなければ真実は判らないし、それこそ知る為にはきっとたぶん、見るという視覚のみだけで測るのではなく、五感をフル活用した上で判断しなきくてはならないのだ。


 確率的にも、ね。


 これまた何を考えているのやら。天然だな、やっぱ僕って。自覚しよう。結局のところ、戯れ言で時間潰ししているだけだったりするのだけれど。


「あ、ボスぅー!」

「ん? あっ、く」

 所謂ところのそんなこんな、脳内で独り言をペチャクリながら目的地へとてくてく向かっていると、少し遠くな辺りの向こうからたぶん僕を呼んでいるのであろう可愛い系の真ん丸な声がして、僕は逡巡しながら顔を上げた。待ち合わせ時間を過ぎているのに時間潰しとは、僕ってば天然だね、あはは。


 ま、兎も角として。


「ま、イイか」

 それにしても、ほぼアイツで間違いないのだろうけれどアイツだとすれば珍しく大声。極度の人見知りな筈なのにね。引き籠もり気味の元シスターさんよ。今アイツが駆けてきている筈のこの東京という街にあるこの東京駅というそのままな名前のこの駅は、人波さんが沢山で潤沢。ある意味で言うと、豊富極まりない。なので、周りの視線+痛恨の大失敗で多大に焦燥しているか、それとも痛恨の大失敗には気づいていないか、或いは………兎にも角にも現在、声はすれども姿は見えず。声の主であるところのアイツは、この人波さん達よりも平均してかなり背が低い。所謂ところの小柄で華奢なタイプ。対して僕は、平均して頭一つか二つくらい高い大柄な体躯をしている。二昔くらい前ならたぶん、フランケンシュタインさんという徒名を有り難くなく拝命しているかもしれないくらいだ。ま、正確にはフランケンシュタイン博士による渾身の作であるところの人造人間さんなのだけど。ここらあたり、某で超有名漫画家さんによる会心の作であるところの○物くんの影響力なのかな。っていうか、僕は実際にはそんなに大きくないのだけれど。


 ま、それもまた兎も角として。


 兎にも角にも、声の主である筈のアイツはそういう理由で僕をその視界に捉えたのだろう。と、推測した次第なワケ寄り風味気味シェフの気まぐれサラダです。


「セ、セセセセンパイってばぁー!」

 僕は人波さん達の一つに加わり、流れるままにただただ流れ流れていたのだけれど、それでもどうやらかなり接近しているらしく、慌てて修正したその声が大きくなった。と、いっても気づいたからなのかどうかは、ここからでは判然としない。


「やっぱ、そうだよなぁー」

 なんだか呆気なく受け入れた感のある僕ではあるのだけれど、それでも動揺は隠せない。確信を得るにはもう充分な気もしないではない。そんな感じ気味なテイスト気分、ってしつこいか。あっ、そう言えば。迷子になるから改札を出た所でジッとしていろって言っておいたのに全く………。けれどアイツ、『もう私、子供じゃないんですおー!』って、言い返してきたからなぁー。中学生になる前くらいで成長がストップしているような身体つきなのに。胸以外は。たしか、あまりにもツラい事があると成長する事を無意識に拒否する、の、だっけ? 第二次性徴期未体験というか未発達というか未成熟というか、見た目は未だに一見どころか二見三見したって子供と変わらない。曰わくそれが激しくコンプレックスなのだそうで、そういう外見と胸のギャップを逆手にとって、甘えたフリして世の中を利用しまくる小悪魔タイプを薦めてはみたものの、自分でするんだと無理をしてしまうタイプになってしまいました。ま、そういった行動にある心根は終始、僕へのアピールに偏った上での事だし、実のところ僕によって少なくとも未経験ではないのだけれど。なので、それがそうそれ故に。こんな事になってしまったと………オレのせい、だよね。もう成人というカテゴリーに所属する年齢なので、決して子供扱いしているつもりはなかったのだけれど、それでもやっぱり心配なんだよ。だってさ、年の差は変わらないんだもん。親が子を子として心配するのもそういう理由、たぶんきっとそうだからなのだし。けれど、僕とアイツの場合においては、それが結果的に逆効果になってしまったようです。僕にはそれでも弱音を吐いてくれる頻度が多いので、僕さえ間違わなければ結果オーライだったかもしれないのに。だからこそ、今度こそは………って、自信ないなぁー。僕が間違えたせいでアイツは、僕に依存してしまった。そしてその一方で、嫌われないようにと怯えている。自身でも頑張ろうとする。その結果、事後報告が増えたり気づいて漸く判るという場合が多くなってしまい、その挙げ句がコレだ。


 この結末。この現実。

 あの有り様なのです。


 この待ち合わせの件だってそうだ。新幹線で来るというアイツに車で迎えに行くと提案したら、アイツは首を縦に振らなかった。しかし、なんやかんやでこうやって駅には迎えに来させようとはするし、そもそも今回の提案だっておもいっきり喜んでいる。


「もお、遅いですおー!」

 とかなんとか、考えたり思ったり感じたりしていたら。まるで人波さん達の間から産まれてきたかのように、声の主であるところのアイツが、にゅるるん。そして、ぬぽんっ! と、登場。おめでとうございまぁーすホントお父様にソックリですよぉーat産婦人科。


「よっす」

 僕は平然を装ってそう返す。


「むむうー、三十七分間も独りで立ってたんですおー! 遅刻です遅刻。がるるー!」

 まだ微かに残っているらしい焦燥を声に。決して少なくはない安堵を顔に。それぞれ浮かばせながらそう言うと、アイツはプク~ッと頬を膨らませた。


 けれど、そのキャラはさ。

 ま、スルーしておこうか。


「そっか、ゴメンな。車を駐めるトコがなくてさ、これでもダッシュで来たつもりんだけど遅れちゃった。ホントにゴメン」

 僕は素直に謝っている風を装う感じで謝り、遅れた理由として口先八寸それらしくありきたりな嘘を告げる。これ、実は得意技なんですよねあはは。本当の実際の実情は、東京ば○奈→バナナ→叩き売り→叩く→割れる→スイカ→そう言えば今年の夏は~と、微妙な連想の果てにつらつらと考え事をしていただけだし、アイツが視界に捉えたあたりになっても一向に急ぐ気配を見せていなかったりする。あ、その他にも東京○な奈が陳列されているお店の前やすぐそこにあるお店の前あたりで、何やら小難しい屁理屈のような戯れ言を並べていたような記憶が無きにしも非ず。なのだけれど、何を考えていたのかすっかり忘れてしまいました。正直に申告してしまえば、まだ心が悲しみを呼び起こしてしまうので、それを防ぐ為に何か考えようと脳を他の事に使っていただけ。なので、重要な事なんて考えていなかった筈。こればっかりはトラウマにするワケにはいかないから、ね。


「なんと! ダッシュで来てくれたですか。えへへ………そそそそそうですたか、こ、こここ、混んでたなら、なら、なら、仕方ないですもんね、うん。そそそそれなら許してあげるですお!」

 あらヤダ。僕の安い言い訳をあっさり信じちゃったようで、まさにアッと言う間に機嫌が直りますた。流石は大都会だよ。道路事情やら駐車事情やら人の数やらは信憑性バツグンのようです。それならそれで、思い出したくない過去はこのままサラリと流しちゃいましょう。勿論の事、定まらないキャラ設定も含めて。


「ゴメンな………」

 依存しているからなのか僕を疑わないという危なっかしい性格なのだけれど、それに加えて本当は心の優しい女性なので、それならそれを考慮して早めに出てこいよボケ! なんて事は決して言わないし、たぶん思ってもいない。ホント、本来は優しいヤツなんだよ。


「え、あ、いえそんな、その、それは」

「お詫びにその荷物、オレが持つから」

 僕の挙動に際して途端に逡巡してしまうアイツを見るに至り、なんだか罪悪感を誘発されちゃったので、そういう意味でもう一度謝る事にした僕は、それに加えて小さな手二つで辛うじて持っていますといった感じの大きなボストンバッグを受け取った。う~ん………やっぱりキャリーバッグとか買ってあげるべきだったかな。気が利かなくてゴメンな。


「えっ、はうう、あああの」

「お、重かっただろ。これ」

 なんだか嬉しそうなのだけれど、それはそれとしてかなり照れているようでもあるらしく、モジモジしているアイツ。そしてそれを横に、ズッシリと重みを感じる僕。さぞかし重かっただろう。やっぱりキャリーバッ………うん。後悔、先に立たずです。


「あああありがとうございます」

「お、おう。じゃあ、行こっか」

 心の中で再び反省しつつ、空いている手で手を捕まえた僕は、その場から車へとステージを変えようと歩き出す。


「あっ、はははい!」

 こうして僕等は、僕等以外の全てが二倍速で流れているんじゃないかっていうくらいに喧騒としているワリに表情のない人波さん達のどれにも所属せず、速さを合わせて隅っこをもたもた、ゆっくりと車へと向かうのだった。


 が、しかし。その途中の事。

 おもいっきり視線を感じた。


「………ん?」

 ちらりと斜め前方を窺う感じで視線を流し、そうする事で何気なく視界の端に入れ込んでみると、ジーッと僕を見上げていた。はてさて、何か言い足りない事でもあるのか?


「あああのボ、あ、ユユユメさん!」


「お?」

 あ、話しかけてきた。


「ホントにその、イイですか?」


「ん?」

 何の話し?


「迷惑じゃ、ないですか?」

「えっ、何故に迷惑だと?」

 って、何を………あ、そっか。なるほどね。たぶんきっと今、我の中に不安と恍惚~ってヤツなのかな。無意識も含めて揺れているのだろう。一択だった筈なのにね。


「迷惑かけちゃうかもしれないですよ?」

「一緒に住もうって言ったのはオレの方だぞ?」

 僕のせいで。


「でもそれはボスが」

「オレの、傍に居ろ」

 その昔、壊れていくのを止めようと、なんとか温めようと、抱くという行為を選んでしまったのが始まり。


「でも、私………」

「ずっと傍に居ろ」

 僕がそうした為に、僕をツールやアイテムといった使い道以上の感情で必要としてしまった。


「………離れない、ですからね」

「おう。望むところだよそれは」

 僕はあの時、杖になる以上の事をしてしまったのだ。僕によって乗り越える事が出来たと感じた為に、そんな僕を乗り越えず、こんな僕を必要だと思い込むようになってしまったのだ。


「私、絶対、絶対に離れてなんかあげないですから」

 宣言するかのように言いながら、しがみつくようにギュッと腕を回してくる。不意に、音色と七色が交互に浮かぶ。瓜二つの容姿。双子のような二人。


 手枷と足枷、それなのに。

 何故だか外れていた猿轡。


 耳に残る叫び声。


「オマエはオレが守るよ」

 これが求めていた幸せなのか? 壊れていく姿を見知っている僕では、同情なのではと、迷惑なのではと、もしかしたらいつかはと、この先もずっと不安に苛まれながら怯えながら生きなくちゃならないかもしれないのに。


 あんな特異な事をしたんだぞ?

 忘れるなんてデキないんだぞ?


「ずっとオレが守るから」

 僕は当事者なのに、部外者として生き残った。そして、みんなはそんな僕のせいで死んでしまった。こんな僕のせいで、殺されてしまったんだ………くそっ。全てを悪魔のせいにしたいのだけれど、残念な事に悪魔は火種を持っていない。火さえも、だ。いつだって着火させようとするだけで、いつだって持っているのは人間なのだ。


 誰のせいでもない。

 全ては僕のせいだ。


 みんな、僕のせい。

 みんなだ。みんな。


 みんな、

 みんな、

 みんな。


「みんな………」


 ………。


 ………。


 ………。


 ………ゴメンな。



              終 幕) 完

              終幕前に続く

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