第二幕/嵐の前の静けさ

 触れてはならないらしい決して小さくはない緊張感が漂いつつも、徐々に普段の和気あいあいさを取り戻していった、そんな昼食いいや遅めの朝食を終えた僕は、後片付けをも任せっきりにして音色とおじさんを迎えに行った。そして無事にピックアップしてその後、二人と共に施設に戻ってきた。勿論の事、触れてはならないらしい緊張感には見事に触れておりませぬ、あはは。


 なんとなく、なんとなく。

 決して、自惚れではなく。


 触れないままがイイ、と。

 うん、ヘタレなんですよ。


 そんなワケで。


 到着して直ぐ、おじさんと共におばさんに顔を見せに隣にある自宅へと音色を向かわせたので、僕は音色が戻ってくるのを待っているところ。駅まで自動車で行ったその足で大学へ向かってもよかったのだけれど、音色も僕も受ける予定の講義までまだ充分に時間があったし、何よりおじさんが同乗していたからね。


 で、そのおじさん。


 本人様曰わく、軽い捻挫。なのだそうです。ひょこたんひょこたんしながらも自力歩行はなんとか可能な様子ではある。が、しかし。捻挫は捻挫。無理をすれば熱を帯びて悪化してしまうのが捻挫です。なので、迎えに行ったのは正解だった。つまるところ、僕の車で一緒に帰ってきたワケですしね。それもあって触れないままがイイ事をそのまま触れないままでいたワケで………と、いう言い訳をここにきてもまだしてみる僕。兎にも角にも、音色とおじさん、そしておばさんも含めて久し振りとなる親子三人の時間というのも良いのではないかと、少しの時間ではあるもののお節介に興じてみたというワケです、まる。

 そんなこんなで僕は今、施設に併設する道場にて時間潰し中の身分。翠子は爆睡しているのだろうし、七色はもう出掛けたらしくて不在らしい。子供達は当然の事ながらまだ学校です。テメェーちゃんは………そう言えば、教会でも姿を見かけなかったな。今日は教会に居るとか言っていた筈なのだけれど、なんやかんやで忙しい人だから急用でも生じたのだろう、たぶんきっと。


 そんなワケで僕は独り、

 道場で待機中なのです。


 で、えっと………道場訓、っていうのかな。兎にも角にも僕は今、墨で書かれたそれが壁に掛けられているその前に立っている。そして、テメェーちゃんが書いたというその訓は達筆極まりなく、ホントに外国の人なのか? と、変に訝しく思いながら眺めてもいる。


 ①自尊心と自己顕示欲は紙一重。②自己満足と自己犠牲は紙一重。③現在ある基本は先人の成果。更なる修行を加え、それを未来の基本とせよ。④プロでありたければ選ぶな、選ばれろ。⑤ヤッてヤレない事は多々あるが、ヤラなくてヤレる事は滅多にない。⑥心と身体を大切にしましょう。


 以上がテメェーちゃんが掲げるところの道場訓で、ガキっちの頃はこれの意味する事が何の事やらさっぱりだったのだけれど、なんやかんや何となく、どうにかこうにかそれらしく、今の僕には判るような気がする感じの今日この頃です。


 とは、言ってもですね。

 言葉の意味だけ、です。


 真意は未だにイマイチのまま。

 だってさ………プロって何よ。


 精神論というよりも、言葉遊びみたいなんだもん。戯れ言とまでは流石に思わないのだけれど、何ていうか………あっ、不敬? な、弟子ですんませんです。ついでに自己申告で、不遜な面もあるかもしれません。合わせて重ねて反省………を、するかどうかは乞うご期待さ。


「なんだよ、それ」

 と、ぽつり。脳内独り言にツッコミを入れながら、僕は不遜にも欠伸を一つ。サボろうとすると音色による説教が待っているから、翠子を羨ましく思いつつもここでこうしているのだけれど、実のところ僕も昨夜の件で寝不足だったりするので、正直に言うと部屋のベッドが恋しかったりします、ぐすん。



 ………、


 ………、



 それは、テメェーちゃんからの緊急呼び出しを受けた僕が、素直に直ぐさまテメェーちゃんの元へと駆けつけるや否やの事。


「夢人くん、帰還してすぐで申し訳ないのですが、再び救済のお願いです」

 と、実に単刀直入な申し出を頂戴したので。


「了解でぇーす」

 僕も。と、表現するのは些かの説明不足ではあるのだけれど、単刀直入に単刀直入返し。つい先程まで出張っていた件については灰色が二体という楽ちん仕事だったので、余力は充分にありますし。


 そんなワケで。


 再びの出撃に向けて、ちゃちゃっと着替えてぱぱぱっと身支度。一応は綺麗なお召し物に変更しておかないと、イメージ的なモノもありますし。で、その間に状況を簡潔に説明してもらいつつ情報把握。僅かな時間で準備完了そして出動れっつお仕事、じゃなくて救済活動。


「ほんなら、いってきやぁーす」

 中に居る側の人間である僕が言うのも何なのだけれど、『白一色の生地に真紅のラインが装飾された、見た目重視な感じの白装束』に、身を包んだ僕はフードを目深に被って教会を後にする。


「宜しくお願いしますね、夢人くん。私は少し気になる事がありますので其方を優先させていただきますが、救済完了後は必ず連絡してください」


「はいよー、了解」

「神のご加護を!」


 いつもながら、ですが。

 緊張感のないやりとり。


 良いのか悪いのかは遥か彼方の海の底にでも置いておいて、更にはそのまま眠らせておいたりなんかして、つまるところ。慣れってヤツかも、です。緊張するような場面が直ぐ其処にある未来に仁王立ちで待機しているという事もないだろうし、ずばり言って楽勝宣言! 慣れとは余裕と判りけり、まる。


「とは、言うものの」

 そんなこんなで、とてとて。と、深夜の道を歩いて数分。



 めちゃんこ暑い!!



 いくら近いからといっても、徒歩を選択したのは大失敗でした。って、リムジンで送迎とか到着したら赤カーペットで歓迎とかそういった映画のような展開は事はただの一度もないんですけどね。そう言えば、今日はこの夏で一番の猛暑だとか寝苦しい夜になるでしょうとか笑顔でコメントした後、それではまたからのぺこりで締めていたっけ。エアコンが効いているから快適ですって感じのスタジオ内で、アイドルさん兼お天気お姉さんが。


「何て名前だったっけ?」

 帰宅したら今度こそ、すぐさま二酸化炭素排出量削減キャンペーン組合からの脱退を表明して、冷風製造機をマックスでしこたま稼働させ続けよう。と、そんな衝動に激しく駆られる蒸し暑さです。


 ま、そのような組合には入会しておりませんし、そのような組合が存在しているのかどうかすら全くもって知らないのだけれど。何はともあれ、僕の脳内ってどうなってんだかだよね全く。暑さにヤラれたのかもしれませんな。いいや、もっと以前からこうだったかもてへへ。


 自分で言うなっつぅ~の!

 まる。なんてな、がるる!


 あふ、う………っ。それにしても、連日の猛暑。夏真っ盛りです。使用済みおしぼりでも大量にこさえるつもりなのかっていうくらいの、若しくはアスリートさんなのですかアナタは的な、そんな記録破りの勘弁してくださいよお客さんラッシュに正直、ウンザリを激しく通り越してガッカリなテンション。このままだとガックリでそのままポックリな展開も起こり得そうだという危惧が、タイトルコールのように頭を過ぎるくらいだ。

 いいや。それどころか、それが実際に現実となってしまわれた人も少なからずな数でいらっしゃるくらいなのだから、隣り合わせで明日はどころか次は我が身って感じ満載。


 きょろ、きょろ。

 うむむ………く。


 今のところ周りには誰一人いないのだけれど、居る居ないの問題ではなく不謹慎な発言かもとの思いであえて声にはしませんが………フライパンの上に乗せられて、しかも蓋までされて、更には火をかけられて蒸される。そんな野菜さん達とかの気持ちが、何だかとてもよく判るような気がする今日この気候。


「って、そんなに不謹慎か?」

 あ、ボケてみたのにツッコミじゃなくて質問で返しちゃった。実際のところ、本当にこの暑さにヤラれているのかもしれない。つまるところ白装束のバ、いやその何でもありません。


 いや、ま、しかし、何だ。


 浮き世離れ………だな、この恰好。独りでてくてく徒歩移動中ときたもんだ。勿論の事、音楽なんか挿入されておりません。たまたま通りすがりのご近所さんに出くわすなんて事があっても、向こうさんは丁寧にお辞儀してくれたりするくらいには日常の風景になっているみたいだし、どういう感じで教えているのか、子供達からはちょっとしたヒーローさん的な扱いを受けたりもしているのだけれど。


 けれど、でも。

 が、しかしだ。


 例えば覆面ライダーさんは、変身してから徒歩で目的地へ移動なんてしないよね? そしてそれは、戦隊モノのヒーローさんも然りだ。何だか、さ………独り仮装パーティー若しくはそれごっこ的な感じがしない? って、いやそのもうこれは迷子になったコスプレイヤーかもしれない勢いだよ。


 暑いとか寒いとか着心地とか、

 そういう問題ではないのです。


 byテメェーちゃん。


 これが祓魔師の正装なのだからそれはそうなのだけれど、その件につきましては異論は無いのだけれど。でも、暑いよぉー。全国祓魔師協会みたいな機関とかないのかな。本日の題材は夏服について、です。みたいな。あ、協会じゃなくて教会か? なんてな、あはは!


「はふ………う」

 地球は太陽の周りを公転していて、その地球はちょいと傾いて自転していて、それによって赤道地帯以外は、その分だけ太陽との距離に差がでる。だから、こんなにも暑いとかあんなにも寒いといった大きな違いを生む場所が出てくる。ちょいと傾いているだけなのに、そのちょいとが及ぼす影響はかなり大きい。これってよくよく考えたら、かなり神秘的な事のような気がする………のは、僕だけかしらん? ま、それについて何かしら調べるつもりも探すつもりも全くないのだけれど、ね。同じ事を思いながら寒いなぁーってボヤいてる、半年後の自分が目に浮かぶよ。で、そのまた半年後には今と同じように今度はまた、以下同文だよ。うん。成長してねぇーんだろうな、きっと。

「………」

 未来の自分が凄い心配になってきますた。大人って何かこうもっと落ち着いているイメージだったのに、僕ってば脳ミソがスカスカなのかもしれない。成人と認められる条件が年齢じゃなくて例えば試験とか審査だったら、不惑の年齢を迎えても未成年として窮屈な思いをしている可能性はかなり高そうな気がする。ただでさえ、一部屋を丸ごと超合金の玩具と大きいぬいぐるみで埋め尽くした現実逃避部屋が欲しいなんて事を本気で思っていたりするくらいだし。あっ、成人かどうかは年齢ではなく試験で決める世の中という設定で一冊、物語が創れそうだな。これは試しに一つ、好奇心を剣に盾に書いてみようかなぁー。やっぱりヤメとこう。登場人物に自分自身を投影しちゃって哀しくなるような予感がする。法律バンザイだよ実際のところがあはは!


 ははは、はは、は。


「………ん?」

 脳内にて、独り言だけどその内容は愚痴をツイットしているだけの道中、更に言えば徒歩を選んだから暑いのに棚に上げて言い訳していりだけの道中、不意に殺気めいた気のようなモノを感じた。


 ぴたり。


 なので僕は、二つの意味で静止してみる。そして、両の目だけを左右にゆっくり、キョロ、キョロ、と、スライドさせる。依然として、辺りに人の影はない。ならば僕は、目撃者が抱えるであろうトラウマに配慮しなくても済む。


「………」

 眼前数m向こうで先程から此方を窺っているヤツにおもいっきりスプラッタな事をかましたとしても、ね。


 待ち伏せなのか?

 ただの通り魔か?


 まず思いついたのはこの二つ。


 けれど正解がどちらであろうとも、若しくはその他の何かであろうとも、そんな事はどうでもイイのですよと言える程度の差異。


 とは、言っても。


「………」

 本日のシリアスモードはまだ今この時から三十分くらい後まで店仕舞いしたままにしておきたいんだけどなぁー。正直に言うと、かなり面倒って感じ。


 な、の、で。


「お引き取りする気はないですか?」

 と、一応は訊いてみる。


 すると。


「ふんがっ!」


 で、しゅん!


 と、一閃。


 右手に握っている棒状の先で月の光を帯びた鋭利そうな三つ叉の刃が、きらり。


 って、また灰色なの?

 雑魚じゃんかよぉー!


「なるほど、ね」

 悪魔は三段階に階級が分かれている。上から順に、赤色→黒色→そして、灰色だ。因みに、それらは月の光に反射する部分に………例えば瞳とか、例えば各個専用武具として所持しているらしい様子の三つ叉の槍の刃とか、そのあたりにその色が見えるのだけれど、往々にしてというか何というか灰色は下っ端だからなのかその数は多く、テメェーちゃんによると赤黒灰の割合はそれぞれ1対2対7らしい。何はともあれ、灰色風情が自信満々にしかも単騎で僕を襲おうとしているという事は、だ。結論、ただの通り魔くさい。


 と、推測しながら一歩。前に。

 直後、そう断定して更に一歩。


 雑魚との距離を、ゆっくりゆっくり詰めていく。ゆっくりなのは勿体ぶっているワケではなく、焦らしているワケでもなく、ただただ面倒だなぁーって思っているから。クソ暑いし。あ、クソって言ってゴメンなさい。いやその、兎にも角にも。ゆっくり、ゆっくり、と。それが例え僅か数秒、手間暇かからずワンサイドで終わる事になると確信していても、だ。


 すると。


「ふんがぁー!」

 気合い充分に雑魚も距離を無くしてきた。


 の、だけれど。


 ふんがぁー、

 って何だよ………。


 と、思いながら。僕は一歩、また一歩とゆっくり進みつつ、左の脇の下あたりに装着しているホルダーから、対悪魔専用武具を取り出す。ざますとかがんすとかもいたりするのかな、って知っている人います?


 ぶんっ!

 そして、一振り。


 ぶおおぉーん。

 一筋の閃光が走る。


「ふん、がっ?」

 雑魚の表情が変わった。明らかに逡巡しているようだ。うんうんそれはそうだ気持ちは判るよ。だって、僕の瞳や武具に宿る光の色はレアだからね。つまりそれは、僕自身がレアって事なのだけれど。


 ざ・自画自賛!


 悪魔がそうであるように………なんて表現すると、天使のみなさんからフルボッコそしてテメェーちゃんからは説教を喰らう可能性十割なのだけれど、対極に位置する天使もそれぞれに宿る光を持っている。上から順番に、橙色→黄色→緑色→青色→紫色→桃色。そしてその更に上に金色と銀色があり、所謂ところの大天使がその金と銀。上級天使は橙と黄と緑、下級天使は青と紫と桃だ。因みに、我等が主である神は光そのものだそうで、言うなれば輝く白色らしい。因みに、祓魔師である僕等は神の遣いである天使にマンツーマンで守護してもらっているらしく、それ故になのか守護天使が持つ光が反映するのだけれど、概ねそれは下級天使の勉めとなっているようです。だからなのか、殆どの祓魔師の色は桃色だったりする。けれどテメェーちゃん曰わく、所謂ところの本来の堕天使と恋に落ちた人間との間に生まれた者に限り、上級天使が守護するとの事で、人間としての寿命を全うした堕天使は結局のところ、殆どが許されて下級天使となるみたいだし、どうやら我等が主である神って情け容赦しまくりの優しさ溢れまくりな御方のようです。そして、上級天使も上級天使でノリノリでその者の守護をするそうですよ。

 

 例えば、

 僕のようにね。


 あ、でも。それでもルールはあるようで、この世に生きとし生ける者同士のアレやコレやに際しては守護天使もいえども介入不可みたい。天使は基本、悪魔と対峙する。なので悪魔が直接攻撃してきたりすれば、天使はそのチカラを遺憾なく解放する。けれど人間バーサス人間の喧嘩とか、或いは殺し合いにしても、若しくは事故とかだって、そう。守護天使は見守る事しか出来ない。ここらあたり、主の遣いであるが故に主と同じなのだろう。

 とはいえ。優しさ溢れるお節介さんな天使もいるにはいるので、今日はもうすぐ雨らしいから早く帰したいのに本人は寄り道する気まんまんな様子、ならば行く先々に阻む何かしらを悉く配置してあげよう。とかしちゃったりして、そんな時は後で主にお説教されたりするようです。なんだかニュアンスとして、人間味溢れるという言葉を冠したくなる天使さんですよね。

 そういう行為ってのはこちらとしては有り難いと言えなくもないのだけれど、つまるところ宿題やら課題やら何なら授業そのものまで親が代わりにこなしたら、子の為にはならないよねという事。更に言えば、この世ってのは修行の場みたいなものであって、僕等の本来の居場所は主がいらっしゃる所謂ところの天国という所なワケで。それは本末転倒だぞ、と。

 って………まるで誰かに説明しているような脳内独り言が多いね、僕ときたら。でも、独り言なんてそんなもんだよ、あはは!


 余裕がなせるワザ。

 と、いう事でどうでしょうか?


「ふ、ふ、ふんがぁーっ!」

 お、怯えながらもヤル気のようです。もしかしたら、脳内独り言が長くてシカトぶっこいているように見えたかもしれませんね。けれど僕は警察関係の人間ではないし、お仕事以外のバトルは激しく面倒だと思っているような我関せずの平和主義者いいや言うならば平和逃げタイプなので、任務以外であれば逃げるヤツを追いかけてまで判らせたりはしないのになぁー。


「じゃあ、遠慮なく」

 逃げの一手も立派な戦略の一つなのに灰色ってヤツは、狡猾なクセして何故かこうなんだよねぇ………雑魚のままで終わる典型的なタイプだらけって感じ? ま、なんやかんや言っても悪魔を見逃したりなんてしませんけど、ね。


 前言撤回?

 いえいえ!


 判らせるつもりはないってだけ。


「「………」」

 残り、約五m。


「「………」」

 三m。


「ふ、ふ、ふんがぁーっ!」

 先手、雑魚。折角の武具をただ振り上げ、ただ振り下ろしてくる。だから、ふんがぁーってなんだよふんがぁーって。


「あらよっ、と」

 後手、僕。それを右斜め前に移動して避けつつ聖なる武具を振り上げ、そしてすぐさま雑魚の手首あたりへと振り下ろす。勿論の事、躊躇なく。その色は、黄色。僕も結構有名さんなんですよ、えへへ。


 ばきしゅっ!


 ぼとり。


「あぎうぎゃううっ!」

「くりてぃかる、だな」

 両手が武具ごと勢いよく地面に落ちて、たぶんその痛みとそのショックで呻きちらす雑魚。そして、そんな見慣れた光景を見飽きたと思いながら、自業自得だよと冷めた視線の僕。


「あぎが、ぐふ………」

「ザク派ですが何か?」

 ん、パスかな? だよねぇー。ならば、次も僕でイイよね。それじゃあ、と。振り下ろした緑色に輝く武具を、体勢を整えつつ雑魚の右腹部へ向けて力強く戻す。


 がしゅっ!

 当たる。


 ずぶぶっ!

 食い込む。


 ぶじゃがぼしゅばぶっ!


「滅して悔い改めよ」

 で、振り上げた際の位置あたりにまた戻る、と。おかえりただいま早かったわねアナタご飯にしますお風呂にしますそれとも、消えて無くなります? 亡くなるだけに、なんてな。


 じゅぶわぁあああーっ!


「あぎ、あが、が………っ」

 僕によって割られ裂かれた腹部から、朱色ではない汚血を撒き散らす雑魚。言葉にならない悲鳴を上げながら、わなわな、がくがく。と、垂直に崩れる。まるでそれは、沈みゆくしかない泥船のように。


「我が主の御前に導かれよ」

 それを横目で一瞥して直ぐ、僕はその場から立ち去ろうと歩き始めた。何の感慨もなく、平然と。何事もなかったかの如く、悠然と。



 ずしゃ。



 背中越しに雑魚が沈みゆくのを地面が邪魔したような音が、ちらっ。と、聴こえたのだけれどそんな事はハナからどうでもイイ。大切なのは、胴払いは巧くヤレば返り血を浴びなくて済むから素敵だよね、って事。ついでに言うと、面倒なんで心臓も一緒に大ダメージを与えておきましたよ。そこらあたりの描写は右腹部なんたらのトコで省略です。だって、ただの雑魚なんだもん。と、言うワケで、心臓にダメージを負ったからには砂のようになって塵の如く消えるのは時間の問題の筈です。人間とかと違ってアイツ等、干からびるのが凄く早いから。水分量少なすぎなのかな。


 猛暑だから脱水には用心。

 水分補給は大切ですおー。


 びゅん。


 歩きながら武具を一振り。閃光が消えて、ぼとり。そこにまとわりついていた雑魚の汚れた血が、寄りどころを無くして地面へと落ちる。けれどこれもまた直ぐにサラサラと消え行くので、公共の道路を汚してしまったとかいった罪悪感は皆無です。


「腹、減ったなぁー。コンビニに寄ってポテチでも買おっかな」

 そんなワケで、遅い夕食は不意に思ったポテチに決定。お菓子なのだけれど、カロリーがあればたぶんエネルギーにはなるんだし、だから別にポテチでも問題ないでしょ。あ、飲み物はヨーグルトのシェイクがイイなぁー。ポテチにシェークが夕食って、子供か僕は。成人と認められる基準が年齢で良かったかも。例えばこれが試験とかだったら、って………あれれ?


 デジャヴなんですけどぉー?!


「なんてね」

 あ、忘れてました。そう言えば僕、その前に行くトコあるんだった。音色と七色のヘルプです。アイツ等って実のところ、僕のヘルプなんて必要ないくらいに強いんだけどねぇー。え、あ、勿論ポテチが早く食べたいからってワケではなくて、だからヨーグルトのシェイクが飲みたいからというワケでもないですよ。ホントにそう思っておりますよあははヤダなぁー。


 と、自身に言い訳しつつ。


「暑いわぁ………」

 音色も七色も祓魔師業務が徐々に増えてきつつあるし、人材不足プラス悪魔側増加傾向で本格的にそうするつもりなのかな。肩書きはまだ音色も七色もシスターなのだけれど。ま、今回は翠子と僕はそれぞれ別件があってそっちに出張っていたし、テメェーちゃんはテメェーちゃんで急用みたいだったし、他の祓魔師レベルを呼ぼうにも皆さん遠いから、だから今回も音色と七色のコンビでって感じなのかもしれない。二人とも精神面が心配ではあるのだけれど、とは言え相当な程度で強いから、呑み込まれなければ全く問題ない筈。最近は落ち着いているみたいだしね………と、テメェーちゃん及び偉いさん方の考えを推測しつつ、てくてく。


 が、しかし。


「ん? 待て、よ」

 ふと、とある考えが過ぎる。ここからそう遠くない所で音色と七色が対峙していて、そこからそう遠くない此処で僕が対峙していた。まるで、待っていたかのように。


 もしかして今の。

 時間稼ぎ、とか。


「まさか、だろ」

 マジで手こずってんの? テメェーちゃんの親バカ的な心かと思っていたのだけれど、パーサーカーみたいな二人が揃い踏みでも苦戦するとすれば、それは。


 もしかして。

 複数、とか。


 急いだ方がイイかも。


「だな………」

 思考の結果ほんのちょっとだけ心配になってきた僕は、目的地に向かって全力で走る事にした。


 ………。


「はぁ、はぁ、暑いっつぅーの!」

 で、目的地の一軒家。と、言うより豪邸。どこぞの上流階級さんのお宅。そこの寝室。たしか娘さんの、だったかな。これで二度目だったような記憶がある。二度目って、実のところ結構レア。たかが二度目なんていうセリフは少なくとも悪魔祓いに関しては、ない。つまるところ、どんだけアコギなんだって話しですよ。欲深すぎだろ全く。


 って、それはそうと。

 台風直撃したんすか?


「………」

 少しばかりの同情くらいはしてあげてもイイかなって感じの状態なので、たぶん来た事がある豪邸。と、たぶんを付け加えておきます。これだけ目立つと、流石に警察が捜査するかも。で、新聞屋とかが記事にしちゃうかも。お、テメェーちゃんから聞いてきたとおり娘さん、令嬢さんがまた生贄なのね。プラス、灰色が四匹か。


 あ、濃いヤツも居る。


 つまるところ、二対五の状況。いくら強いとはいえ、流石に倍を越えると二人ではちと不利かもだな。だだっ広い原っぱとかなら兎も角、色々と考えなければならない事があるから。向こうは好き勝手に暴れられるから気楽だろうけどさ。


 って、前言撤回しようかな。

 台風直撃したみたいだから。


「ボスぅー!」

「センパイ!」


「よっす、我が妹達よ」

 外傷はさほどではない様子なのだけれど疲労困憊な感じの二人がそれぞれ、僕の登場を知るや否や顔色をぱっと明るくさせた。ちょっと嬉しい。あ、これこそ不謹慎か。


「「ふんがぁー!」」


「って、またかよ!」

 おいおい、オマエ等もかよぉー。それさ、もしかして灰色ん中で流行ってんのか? ま、それはそれとして。灰色二匹が早くも僕を威嚇してきた。で、残り二匹は………様子観察中って感じ? 前に出てきた二匹より濃い灰色しているから、灰色如きにも先輩後輩とか上下関係的なモノでもあるのかな。あ、もしかして余裕とか? 何か凄ぇームカつくからアイツ等から問答無用でギタギタにしてやろうかしらん。


「ぜえ、はあ、あの娘に取り憑いてるヤツが結構厄介で、はあ、はあ、なかなか姿を、ぜえ、はあ………」


「はあ、はあ、ボスぅ、これは厄介すぎるですよぉー!」


「取り憑いてるのは間違いない?」

「はい、そのものではないです!」

「試みてるですが、アイツ等が!」


「なるほど」

 どうやら、悪魔祓いをしようとしても四匹が邪魔をする、と。で、四匹を滅しようとしてもニ対四で不利だと。加えて、取り憑いているヤツ自体も厄介だ、と。そういう事のようです。


「どうしましょう?」

「どうするですか?」


「じゃあ、二人は引き続きその令嬢さんから悪魔を祓ってくれ。その間にオレは四匹を受け持つ。いいな?」

 ならば、はぱっと作戦立案。


「「はい!」」

 と、二人。


「始めるぞ!」

 良いお返事です。と、大満足の僕。

「天の名のもとに今宵、この時、この場にて、キサマ等を滅せさせてもらう!」

 で、僕から悪魔への死の宣告。先程の際には言うの忘れていたのだけれど、どんまい。そして、しゅん! それで、ぶおおおぉーん。光が宿る。


「「「「「………?!」」」」」

 その光の色に灰色四匹と令嬢さん、じゃなくて令嬢さんに取り憑く一匹が、揃いも揃って大きく動揺する。ま、それはそうだろうだって僕に宿る色はなんてったって以下同文として。大きな動揺、それは大きな隙となる。今度は先手必勝で参ります。時間短縮です。


 何故なら、それは。

 激しく面倒だから。

 暑いからじゃないもぉーん!


「アーメンだよバカヤロー!」


 ばきぃ!

 ずしゃ!


 まずは一匹。


「以下同文!」


 ばきっ!

 ずしゃ!


 続けざまに二匹目。


「あが、あ、が、がぁ」

 呻く二匹を後目にずいずい前進。二匹の惨状を見て完全に棒立ちとなる三匹目を、ばこっ!


「んごふっ」

 構う事なく続けざまに次を、どこっ!


「あぎうぐっ」

 はい、残りの一匹。


「よし、お疲れ夏!」

 終了でぇーす。ふんがぁーファイブの内の四匹を撃沈完了お疲れ夏それはサマーつまるところお疲れ様でしたなんちってな。ま、僕にとっては例え濃いかろうが灰色は雑魚でしかない。なので、描写も簡素で全く問題なし。見せ場にもなりませんぜ親分。


「ぐおお、あがお、お!」

「「汝、姿を見せよ!」」


 すぐ横では十字架を手に、鋭意悪魔祓い中の音色と七色。令嬢さんの表情が尚更に令嬢さんではなくなっていく。


「「姿を見せよ!」」

「あがが、がうっ!」


 令嬢さんの輪郭がどんどんボヤけていき、靄がかった輪郭が浮かび上がってくる。


「あががぁー!」

「「見せよ!」」


 激しく暴れ出す令嬢さんを二人がかりで抑えつけ、刻印をするかのように十字架を向ける音色と七色。


 すると。


「ふんがぁあああー!」

 観念した悪魔が、しゅるしゅるしゅしゅるるるぅーっといった感じで舞い上がる煙のように姿を見せた。その色は………先程の雑魚四匹とは違い、まさかの黒色。


「よう、ふんがぁーレッド!」

 黒色とはいえ、ふんがぁーファイブなだけにふんがぁーレッドつまり赤とはこれいかに。って、ランク上がっとるがな。


「はじめましてこんばんわ直後のさよならアーメンご機嫌ようだよバカヤロー!」

 待ち構えていた僕は、待ってましたとばかりに武具を黒色レッドに叩きつける。


 ばぎゃしゅ!


 クリティカルヒット。


「ふん、がっ………」


 ずしゃっ。


「はい、流石はオレ!」

 自画自賛おつ。まさかの黒色登場に面喰らったのはたしかなのだけれど、でも。赤色なら兎も角、黒色は所詮黒色です。僕にとってはまだそのレベルは雑魚でしかない。それよりも、二人での共同作業とはいえ黒色を引き摺り出せてしまうそのチカラ。この二人も充分にレアかもしれません。


「「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」」

「よし、よく頑張った。終了!」


 ………、


 そんなワケで。未だ震えつつも上から目線で感謝らしき言葉をくれる上流階級野郎ににっこりからの腹パンチをかまして、帰還する僕等でなのでした。だって二回目なんだもん。まだ誤魔化せるとでも思っているのだろうか? こんな騒ぎになったからにはもう、前回のように圧力かけても露見すると思いますよ。お布施という名の口止めプラス賄賂をいくら施そうとしても、こっちの支部は今はドリーのオッサンではなくテメェーちゃんだし、さ。


 この世に悪は蔓延るけれど、

 悪の手先如きでは無理だよ。


 所詮は、ね。


 ………、


 で、その帰り道。


「ナナってさ、左利きだったか?」

 たしか、右で力任せにブン回していた記憶があるのだけれど。


「えっ、とぉ………お箸は、右です」

 いやそのあの、さ。それはつまるところ左利き、だと? 若しくは両利きって事?


「そ、そっか。うん。じゃあ、さ。ペンはどっち?」

 たしか、右だったと記憶。


「ペンは右です」

 お、正解した。


「じゃあさ、砲丸投げは?」

 ならばとここで、変化球。


「ほ、う? ほほほ、ほう、が、ほーがん投げですとぉー? うくっ、あああの、あの、えっと、えっとぉ………あっ、左ですた!」

 逡巡しつつも何やら動作確認らしき事を行った後、閃きましたでお馴染みの豆電球マークを乗っけたような笑顔で答える七色。


「左投げ右打ちって、珍しいかもだな。知らないだけかもだけど」

 察するに、本人曰くエアー砲丸投げのつもりだったのだろうハンマー投げを左右で確かめた上での返答に、ほんの少しだけ逡巡してしまった僕ではありますが、そういう天然な七色を見るのは勿論の事ですが初めてではないので、すぐに立ち直って会話を続ける僕。慣れって強いよね。もしかしたら、最強のツールかもしれませんよ。って言うか、ハンマー投げなんて経験あんのか?


「くすっ♪」

 因みに。七色と僕のやりとりを静かに見守っている感のある音色も察するにそうみたいではあったのだけれど、左投げ右打ちは一応のトコ右回転か左回転かで判断してみたようです。そう思った理由はずばり、そんなジェスチャーを醸し出した後、納得したかのように一つ頷いたから。


「左なげ右、う、うちわ? うちわ、うち、わわ、えと、えっと、あうう、ああっ、そそそうです! あああの、えっと、左投げ右団扇ですおー!」


「え、右うち、わ………団扇? いや、ま、うん。そ、そうなのか。そっか」

 団扇なら左だろ七色さん。って、そういう問題ではないのだけれど。


「はい。そうなんですお! 実は私、左の方が振りやすくて、だからですね、ズバッと変えたみたです」


「お、おう………」

 ここは捌ききれず逡巡してしまった僕ではありますが、そんな事とはつゆ知らずな七色はそう続けた。てか、話しが脱線しているようで繋がっているところが七色のポテンシャル侮れずなトコなんだよね、これが。


 ま、それはイイとして。


「なるほど、ね」

 そう言えば、七色がバトルしている場面を見るのって久しぶりだからね。どおりで、だよ。と、ちらり。音色に視線を送る。


「え? えっとぉ………たしか、私の記憶ですと、スイッチしたのはここ何ヶ月かあたりだったかと」

 察したのだろう、勘の良い音色は記憶を辿りつつそう答える。どうやら、彼女はキチンと大人の階段を登っているようです。将来は、社長の右腕的な絶対的秘書が似合いそうだな。なんか、秘書って格好良いよね。縁の下の力持ちみたいな存在がして。

「それにしても、センパイはやっぱり強いですねぇ………流石です」

 そして、棍のグリップに巻きつけてあるリボンをイジリながらそう続けた。


「ん? でもアイツ等、灰色だったし」


「たしかに灰色でしたけど、濃いのもいましたし、黒色が一匹いましたよ。それで五匹です。五匹を一人でなんて、フツーは厄介ですおー!」


「ああ、そうか………」

 たしかに。単に赤色黒色灰色というワケではなく、それぞれその実力に応じて色の濃さが違うのだ。例えばそれが灰色であれば、薄い灰色から濃い灰色へと見た目で三段階くらいあり、濃い灰色である程に厄介。テメェーちゃんの話しによると何かしらの何かしらでスキルアップをするらしく、薄いのから濃くなって遂には黒色になっていく、と。因みに、赤色は天使で言うところの大天使クラスなのでまた別なのだそうだけれど、何かしらの何かしらは何かしら説明された記憶はあるものの思い出すの面倒だから省略します。つまるところ、倒せばイイんですよ倒せば。ざ・合理的………なのか?

「ま、もっと修行しなさい」

 とはいうものの、人間に直接取り憑く輩ってのは灰色クラスの中の薄いヤツ等か灰色以下の妖魔や動物霊とかなので、今回のような黒色が混じっているケースは実のところ珍しいんだよなぁー。だってアイツ等、どっちかって言うとこき使う側の方だし。後でテメェーちゃんに報告しなくては。


「「はぁーい」」

 すると、素直なお返事の二人。いつもこうだとイイのだけれど。


「うむ、良いお返事です」

 これもまた因みになのだけれど、音色と七色は………前述のとおり? 共に紫色。殆どの祓魔師が桃色な中、シスターにして紫色。そして翠子は数える程しか存在しない青色。で、テメェーちゃんは唯一無二の橙色。僕は数える程もいない黄色。ドリーのオッサンは知らないけれど、この世に存在する祓魔師の殆どが桃色クラスなので、それ以上のクラスであるテメェーちゃんを始め僕等が町の教会でほぼ一緒にお仕事をしているのは非常にレアなケースなんです。特にテメェーちゃんは祓魔師の中でも唯一の橙色なので、これもまたまた前述のとおり世界中からお呼びがかかる超が付く有名どころ。そして、助手的な立場で同行する機会が何度もあるこの僕もこれまた数少ない黄色なだけに、噂だけは拡大傾向な様子。あらヤダ。

 僕は兎も角として、テメェーちゃんはそんなワケでトータルバランスとしてもかなりの人物なのに、それなのに町の教会の神父及び祓魔師というあたりが位階というのは会社と同じで有能とイコールでは結ばれな………うん、ヤメとこうか。色=格とか強さとか、そういう比べ方で優劣を作る事こそテメェーちゃんがもっとも嫌がる社会の構図だし。


 以上、

 誰かへの説明的脳内独り言終了!


「あ、コンビニに寄ってもイイか?」

 なので、がらり。と、我が身の切実な現状を声にしてみた。


 すると。


「「奢りですか?」」

 えっ、揃えなくてイイから。


「センパイ、奢りですよね?」

 だからそんな期待に満ち溢れた視線を、


「ボス、奢ってくれるですか?」

 向けないで、


「センパイ」

 くれ、


「ボスぅー」

 ない、


「「奢ってください………うるる」」

 かな。


「………判ったよ」

 負けた。


「「わぁーい、引っかかったぁー!」」

 完全に敗北し、ん?


「おいコラちょっと待て」

 はっきり聞こえたぞ!


「音色ちゃんは何にするです?」

「え、あ、そ、そうですねぇー」

 って、聞いてねぇー!


「おやつは5百円までだぞ」

 まるで引率者だな、僕。


「うげ、なんと! ボスのイジワル! 悪魔の手羽先!」


「わお、指先が油ぎっしゅ」

 って、おいコラ。七色さんキミには後でたっぷりと風○坊ではなく説教を喰らわしてやろうか。


「えっ、そうなんですかぁ………ならば、おやつにカウントされないオニギリ類とかパン系なんかを沢山チョイスしましょー♪」


「な、んで、す、と?」

 何なのその閃き。


「音色ちゃん冴えてるです!」

「でしょでしょ? てへへ♪」


「おいコラ、そこの約2名」

 僕のお給料の額を知っていての暴挙だとしたら、それはイジメだぞぉー。


「ホタテマヨネーズのオニギリとか興味あったんですよねぇ~」


「やややっ。音色ちゃんそれはもしや、マヨさんシリーズの新作ですか?」


「おおーい」

 イジメ反対!


「うん、そうなんです。何やら美味しそうな予感がするでしょ?」


「するするですね! それはもう買い占めちゃう勢いですお!」


「おおぉーい」

 僕の平和は何処ですかぁー!


「センパイの奢りですから、大人買いしても問題ないのですよ。だってセンパイは、大人ですからね」


「音色ちゃんまたまた冴えてるです!」


「おおぉーい」

 何なのそのチームワーク。


「早く早く! れっつごおーです♪」

「コンビニ閉まっちゃいますおー♪」


「休まず営業してるから大丈夫だよ」

「「なんと! そうなんですか?」」


「えっ………」

 っと。キミ等は、所謂ところのおのぼりさんなのかな? ま、それは兎も角として。二人が満たされる代わりに、僕の財布が空腹になりそうだよ。って言うかそうなるぞ………前借り、頼もうか。


「おぉーい!」


「ん?」

 僕が真剣に前借りを考え始めようとしたその時、僕等に向けて張り上げているらしい声が耳に届いた。


「みんなぁー!」

 それは、救世主だった。


「あ、翠子お姉ちゃんだ! うおおぉーい!」

 ぶんぶん。と、腕を振り回しながら七色が応える。


「え、あ、お疲れ夏でぇーす!」

 音色は軽めに手を振りながら。


「おお、どうした?」

 とたたたた。と、駆け寄ってきた救世主に一言、声をかける僕。


「はぁ、はぁ、ど、どうしたも何も、ユメから連絡が無いから様子を見に行ってほしいって頼まれたのよ。テリーさん心配性なんだからさ、ちゃんと連絡してあげなさいよね。おかげでアタシ、仕事終わりのコールしたらそのまま駆り出されちゃったわよ」


「あ、忘れてたわ。ゴメンな」

 さて、どうやって持ちかけようか。


「はいはい。どぉーせ、そんな事だろうと判ってましたよ。それにしても、あうう………お腹空いたなぁー」


「あ、グッドタイミングです。実はこれから、コンビニ行くんですよ」

 お、ナイスだ音色。


「えっ、コンビニに?」

「ボスの奢りですおー」

 お、七色もナイス。


「そうなんだよ。それでさ」

 救世主にワリカンを~。


 が、しかし。


「そ、そうなの?」

 きらん! と、翠子の瞳が輝く。


 イヤな予感がする。


「いやあのそれでさ、実はさ」

「アタシも奢ってもらおっと」


 予感的中。


「今月ピンチなのよねぇー」

 翠子までそんな目で。


「うるうる、ユメぇ………」

 だから、そ、


「わ、わ、判ったよ」

 勝てる気がしなかった。


「ラッキー♪ やっぱユメよね!」

「おやつは5百円までだそうです」


「え、そうなの? じゃあ、おやつ以外のお弁当とかサンドイッチ類を攻めますか!」


「おー、音色ちゃんみたいですぞぉー!」


 なんと、発想が同じとは。

 この三姉妹は侮れません。


 しかも、

 弁当類ときたもんだ。


「あ、テリーさんに報告しなきゃ。任務は無事に完了よね?」

 けれど、そこは翠子。するべき事は忘れていなかった。流石みんなのお姉さんですね。


「はい。あ、で、でも、全てセンパイに葬ってもらいましたので、その」

 すると音色、律儀と言うか生真面目と言うか事実を報告しようとする。


「え、全てって?」

 と、翠子が疑問を声にした。それはそうだ。翠子にしたって僕と同様、テメェーちゃんの親バカ的な優しさだと思っているワケで。


「5匹も居たですよ。しかも、黒色もです」

 その疑問に、七色が答える。


「え、五匹も? しかも、黒色………たしか、区議会議員さんトコの令嬢さんよね? 取り憑くにしては五匹は多いわね。黒色とその部下、みたいな感じなのかな。それにしても黒色がいたなんて………」

 それを受けた翠子は、その理由を脳内で模索しようとする。


「たぶんその議員さんが相当アコギな事を企んでるか実行してるかで、悪魔と契約したか若しくは取り憑かれたかして令嬢が巻き込まれた、と。若しくは、自分の娘すら生け贄に。そんな感じなんじゃないか?」

 なので僕は、そう口を挟んで手助けらしき事をしてみた。


「うん、そうね。そんな感じかもね。だとすると、まだ何か起こりそうね………」

 すると翠子は、険しい表情でぽつり。そう言いながら地面を睨む。


「ま、そこらあたりはテメェーちゃん等が裏で動くんじゃね?」

 結局のところ実行部隊の僕等には預かり知らずな領域なので、僕はそう言って纏めてみた。けれど、でも。ドリーのオッサンなら判んないけれど、テメェーちゃんは容赦しないだろうというのは想像出来る。そして何より、このシリアスな展開を維持していれば直面している危機を免れる事が叶うかもしれません。


「そうね、うん。じゃあ、アタシ等はコンビニ行こう♪ もうさ、お腹ペコペコだよぉー」


 のは、間違いでした。


「わお………」


 コンビニ編が復活しました。


 相変わらずの切り替えの早さ。

 流石は翠子さんだよ、あはは。


 ………ん?


「「そうしましょ、っ?!」」

 翠子の提案にほぼ同時に同調した音色と七色だったのだけれど、彼女等もその途中で気づいたらしく、これもまたほぼ同時に訝しがる。


「何、この数………」

 そして、僕と同時くらいに気づいたであろう翠子が、ぽつり。異様さを声にする。


 この、禍々しい殺気の数々。


「あっ、あそこです!」

 第一発見者は七色だった。


「待ち伏せでしょうか?」

 音色が僕に問いかける。


「違うな。追ってきたんだろ。やっぱりあの上流階級野郎、相当キナ臭いみたいだな。オレ等を消したくらいで、どうにかなるとでも思ってんのかね」

 なので僕は、ホルダーから武具を取り出しながら自身の考えを声にした。


「そうみたいね」

 どうやら、翠子も同意見のようだ。


「ふんがぁあああー!」

 目視したところ、その数は十匹を越えている。把握しなかったのはヒヨったからではなく、わざわざ数えるのが激しく面倒だから。

「ふんがああああー!」

 その内の一匹が、僕等を威嚇し続けている。全て灰色ではなく、その一匹は黒色だ。先程のふんがぁーファイブがそうであるならば、コイツ等もコイツ等で徒党を組んでいるのかもしれない。ここは道が狭いので、乱戦は避けたいところ。なので、冷静に片付けないと、なのだけれど。ところでさ、ふんがぁーって流行ってんの? 今、あの黒色も言ったよね、ふんがぁあああーって。


 とかなんとか、ふっと。

 考えていたのだけれど。


「返り討ちにしてやる!」 ←翠子。

「お邪魔虫ですね全く!」 ←音色。

「ぐう、う、がるるー!」 ←七色。


 えっ、と。三姉妹のみなさん?

 何でそんな怒っているのかな?


「お腹空いてるのにさ!」 ←翠子。

「コンビニに行くのに!」 ←音色。

「ボスの奢りなのにっ!」 ←七色。


 あ、なるほど。つまるところ、

 食い物の恨みは~ってヤツね。


「アイツ等「「ギタギタのメタメタのボコボコにしてやる!」」ですお!」


 翠子と音色と七色の三姉妹が、三者三様にそれぞれ怒号する。けれど、その思いは同じ。言うなれば、三者同様?


 何はともあれ、だ。

 僕の出番は無いな。


 あ、コンビニ担当だった。

 あはは。八つ当たり決定。


 覚悟しろやゴラぁあああー!



 ………、


 ………。



「センパぁーイ、お待たせしましたぁー♪」


「ん?」

 あ、音色か。と、時計をちらり。お、もうそんな時刻かぁー。昨夜の寝不足物語に耽っていたら、まさかの時間潰しとなりましたとさ。


「ではでは、勉学に励みましょう!」

「お、おう。あ、親孝行はデキた?」

 あれから、シスターとしての仕事が残っていた音色と七色を宿舎まで送り届け、僕は翠子と共にテメェーちゃんと遅くまでミーティングだったのだけれど、その行程を差し引いたとしても音色だって同じく寝不足の筈。こうしておじさんを迎えに行く予定だったワケだし、コンビニで沢山買わされたしさ。それなのに七色も含めて元気山盛りなのは、ずばり言って若さっていうヤツなのだろうか? なんて思いながら、僕はお節介の効果を探った。


「はい! って、顔見せてちょこびっとお話ししただけですけどね」

 すると音色は、満面の笑みでそう答えた。どうやら、お節介の甲斐はあったようです。僕としては大満足だ。


「そういうのを、さ。親孝行、っていうんじゃないか? ま、たぶんだけど」

 なので、少しだけその満足さを声に乗せてみる。


「そうですね、そういうものなのかもしれませんね。きっと、ですけど♪」

 と、音色は照れたような表情と声でそう返してくる。


「だな♪」

 親孝行かぁー。僕もこうして大学まで行かせてもらっているのだし、ドリーのオッサンやテメェーちゃんに孝行しなくては。けれどオッサン、何処へ行ったのやら。ホントに駆け落ちしたんじゃないか?


「じゃあ、行きましょー!」

「お、おう。そうしますか」


 ま、何はともあれだ。

 喜ばれたのなら十全。


 なんて、思いながら。


「あ、クルマで行くか?」

「居眠り運転の危険は?」


「よし、電車にしよう!」

「わお。あいあいさー♪」


 元気山盛りな音色と共に、

 道場を後にしたのだった。




              第二幕) 完

              第三幕に続く

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