序 幕/ぷろろーぐです
見慣れたと言うべきか、若しくは通い慣れたと言うべきか或いは、住み慣れたとでも言うべきか。兎にも角にも僕は独り、親しみのこもった教会の、思い出という記憶が途切れなく続いているそのドアの前に独り佇む。今この時に至って、脳内を埋め尽くすのは家族という名の大切な仲間達で、今この時に至って心中を掻き乱すのもまた、家族という名の大切な仲間達。
なの、だけれど。
それなのに、さ。
脳の内に浮かぶ仲間達の表情と心の中に去来する仲間達の表情は両極に位置するモノで、だからたぶんきっとその二つを内包する個体つまり所謂ところの僕自身は、その二つの真逆のせいによって僕という僕を激しく揺さぶられている。そして、それ故に生まれた満ち満ちた苦痛のせいで歪んだ表情となっている………と、思う。
何せ、身体中がズキズキと。
酷く痛むくらいなのだから。
はたしてこれは必然なのか、それとも。これはただの偶然なのか。決められた不幸なのか、それとも定められた不運なのか。どちらにせよ、運命の悪戯だと簡単に片付けてしまうにはあまりにも重い。そんな謂わば十字架を僕等は背負い、この先を歩まなければならなくなった。そうしなければならない事になってしまった。そうならざるを得なくなってしまった。それはまるで、試練か何かであるかのように。けれど、これが試練ならば………あまりにも残酷だ。
十年前の、今日。
十年前のあの日。
この結末に至る事となった始まりの始まりが始まったのはたしか、十年前の同じ日からだった………と、少なくとも僕はそう思っている。
十年後の、今日。
十年後のこの日。
僕等って、さ。
どこをどう間違えたのかなぁ………。
………、
………、
………、
『親愛なる夢人くんへ。
早速で大変申し訳ないのですが、この世には神がいらっしゃるという事は御承知のとおりかと存じております。そして、神には実体などないという事も。それ故に、視覚による認識は主であるところの神が我等に何らかの施し、つまり奇跡をお与えくださらない限り未来永劫不可能な事である、と。では何故、実体をお持ちになってはおられないのか? その点についてはまだ既知ではないと思いますので、まずはそこから始めさせていただきます。
一言で表現します。
必要ないからです。
何故ならば実体とは、所謂ところの身体という物体の事です。端折って単刀直入に表現させてもらいますと、その実体であるところの身体は実のところ足枷なのです。この世に命を点し我等はそれぞれ、この実体という足枷で制限された物体であり、個体という生命体として日々を生きております。つまりそれはどういう事かと申しますと、我等は修行中の身という事なのです。そして、焔の如き業の中から欲望のみを捨て去る事が出来れば天国への門を潜る事を許され、その者によっては最終的には天使へと昇格します。逆に出来なければ、またはしなければ、見捨てられて地獄へ落ち、悪魔の手にかかり、生け贄の如く苦汁の日々をおくるか、若しくはその手先となり下がります。どちらにしても、その奴隷となり果てるのです。ですがまだこの段階では、天国・地獄・現世・前世・来世とはそういう仕組みにあるという事のみで結構ですから、どうかしっかりと覚えておいてください。ここで申し上げておきたかった事というのは、我等の主である神に実体がないのはそもそも、足枷など必要ないからという事です。
さて、その足枷についてですが。実のところ、様々で色々な種類があります。欲望を捨てきるまでは、前世での成果を踏まえた現世での課題により何かしらの物体へと生まれ変わるのですが、ここで申しました成果とは、各々がその物体を生きた過程で成した事、もっと簡単に申しますと「良い行いつまり善行を沢山しましたか?」という事になります。故に、率先して取り組まなかった者は足枷がより過酷になり、より強制的に取り組まなければならない来世が待っております。
例えば。その最たるものが、岩です。ゴツゴツしたその肌は捨てなかった欲望の数々で、その欲が塊となってその身と一体になり、自身の意思で動く事は許されておりません。ただただ、そのような状態で雨や風その他によって有無を言わさず欲望を削ぎ落とされるという痛くて苦しい日々を、やがて砂となり塵となって果てるまで延々と耐え続けなければなりません。
このようにして、この世に存在する全てはそれぞれ、その存在を最もとする理由があり、人間となって生きているアナタ様の場合、このステージの最終試験を受けている段階にあるのです。それはどういう事かと申しますと、生きとし生ける全ての存在の中でも人間は比較的自由に行動出来ますし、思考、言動、運動、その範囲は無限ですらあります。しかし実際は、個体の差や環境や能力がそれぞれ大なり小なり関係しておりますから、案外とても不自由で有限な事ばかりです。しかしこれは「前世での評価によって差異は多々ありますが、アナタには全ての欲望とオールマイティーなフィールドを与えられました。さぁ、どのように生きますか?」という事なので、見事これにパスする事ができたなら天国。ダメならば地獄。半ばであればその程度によって何らかの足枷が決定され、そのどこかからやり直し。そういう事なのです。
因みにですが、神にはなれません。神は唯一無二の絶対ですから。なので、まずは下級天使を目指しましょう。そう、実は天使にはランクがあるのです。
最上層に大天使。
中間層に上級(一級二級三級)天使。
最下層に下級(一級二級三級)天使。
そして、堕天使。
一般的にはこの堕天使を悪魔と呼称しておりますが、実はそれは間違いです。本来の堕天使とは、地上に住まう者つまり我々の中にいるのです。往々にして全ての者を平等に愛するという天使としての誓いを破ったという罪で、この下界へと堕ちてしまいます。特定の人間のみを深く愛してしまったが故にその者を優先してしまうという事が最たる理由なのですが、その者と共に生きる事を選び、自ら堕天使となる天使もいます。
なので堕天使は、この下界で生きております。そして、下界の者としての寿命を終えた後、神に許された者のみ再び天上界へと戻り、下級天使から始めます。天使が人間という下等な生物に恋などするものかという疑念があるかもしれませんが、天使に差別という負の概念はありません。区別という認識は持ち合わせておりますが、新たなる生命の誕生に起因する情というものは、時に理性を省みぬ選択を惜しまないものですからね。
これも因みになのですが、天使と形容される者が人間でいうところの女性である場合が多いのは、堕天使となる者に女性が多い為です。天使にも性別はあるのですよ。きっと、母性という何者をも包み込む愛情が時として、特定の一個人へのみ自身を激しく突き動かしてしまうからでしょうか。
大変失礼しました。
横道に逸れました。
ですが、失礼ついでに。
これもまた因みになのですが、天使は任務を帯びて下界に住まう場合もあります。が、その事についての更なる説明の方は、またいつか。と、いう事にしまして。冒頭で私は全知全能である神に実体はないと申しました。では、天使や悪魔はどうなのかと申しますと、その点に関しましては少しばかり詳しい説明が必要となります。
まずは悪魔からですが、奴等は所謂ところの悪魔の囁きという術式によって個体そのものを誘惑し、誑かして誘導し、欲望に満ちた世界へと引きずりこもうとする者と、この世に住まう欲望にまみれた汚れた人間のその赤子として自らが意のままに行動する者。主に、この二つが確認されております。前者は操る、後者は乗っ取るという形です。欲望の権化であるところの奴等は、汚れた欲望こそが力の源であり、その具現化が生き甲斐ですから、殆ど全ての欲望が達成可能な人間というステージに介入する事を殊更に好み、全ての欲深き者をターゲットとします。そしてここが厄介なのですが、奴等本来のその姿は人間とあまり変わらないのです。赤子に宿った奴等は勿論の事、そうではない奴等もそうです。なので、目視も可能です。ただし狡猾ですから、円滑に欲望を達成する為に普段はその禍々しい力を隠しておりますので、詰まるところ見分ける事は非常に難しいと言わざるを得ません。
我々以外にはですけれどね。
そこらあたりの事も、後程。
では、その対極でもあります天使はどうなのかと申しますと。それは勿論の事、守護する事が役目です。神をお守りするのが務めであり、天上界を守るのが勤めであり、善良なる者を守るのが勉め、そして日々の善行が努めです。天使もまた全知全能ではありませんからそれぞれに足枷がありますが、神の御加護によって聖なる光のオーラに包まれておりますので、その姿は普通の人間では目視は出来ません。ですが、神の遣いとしての任務を遂行する為に特定の者の眼前に降りてきた場合のみ、その姿をその者に見せます。天使のみなさんも人間の姿形とあまりお変わりありませんし、先程も少し触れましたように性別もきちんとございます。そして、傲慢さや差別意識など皆無ですから、人間と恋に落ちる事もあるのです。
さて、次にまいりましょう。これについても重要な事なのですが、悪魔は闇のオーラを纏っております。先程申しました事と同じく、誰もが見分けられるというワケではございませんが、奴等の場合そのオーラを隠しとおそうとまではしません。寧ろ、自分の身に危険が及ばない範囲であれば、積極的に見せつけようとしてきます。理由は勿論の事、惑わし誑かし引きずり込む為で、悪魔に魂を売るという言葉がありますように、悪魔は狡猾にその力を使うのです。その階級は、上級と下級。そのオーラはそれぞれ黒色と灰色ですが、天使で言うところの大天使のような位の輩も少数いまして、それらは爛れた赤色を纏っております。
一方で地上に住まう生きとし生ける者を守護してくれております天使は、光のオーラを纏っております。残念ながら、それが見えてしまうと利用しようとする者が人間の中にはおりますので、自身のせいで悪魔に付け入る隙を与えてしまうワケにはまいりません天使としましては、その身だけではなくオーラも隠します。そのオーラですが、光のオーラと申しましてもそれぞれあります。まず、大天使は金と銀。上級天使は上から、橙色・黄色・緑色。下級天使も同じく、青色・紫色・桃色。と、なっております。
利用するという行為は欲望を増幅させてしまうので我が身もオーラも隠そうとする天使と、その身だけではなく付け込む為であればお構いなしにオーラすらも晒す悪魔。これもまた、何事にも理由があるという事です。人間は欲望の具現化が比較的ですが容易なステージという事もあり、自身の欲望に簡単に忠実となるお方が大層おりますので、現在のところ悪魔がかなり優勢となっております。いやはや………なのですが、ひとまずそれも兎も角としておきましょうか。
さて、
親愛なる夢人くん。
ぱんぱかぱぁああーん♪
おめでとうございます!
アナタ様は選ばれました。
つまりアナタ様は、神に導かれし神の遣いである天使の遣いに選ばれたのですよ。悪魔と対峙するその時が来たのです。どうかこの先、我々と共に闘ってください。光栄でもあり過酷でもあるこの運命は、アナタ様のご両親にとっては複雑な心持ちかもしれませんが、天上界にていつもアナタ様の事を見守っておられますよ。
さぁ、
私のお話しはここまでとします。
残りはお会いした際にでも。と、いう事に致しましょうか。これからもその心に、清らかな微笑みが宿り続けますように。そして、その微笑みによって多くの者が笑顔になりますように。
心と身体を大切に。
慈悲深き神の御加護と、祝福あれ!』
「って、わお………何これ。開運の壺ドットコム高額で買わせるアッドマーク勧誘。の、類いか?」
突然と言えば突然で、唐突と言えば唐突な、差出人未表記の手紙。それを黙読し終えた僕は、暫しのフリーズを余儀なくされた。でも、さ。そうなるのは当たり前だよね。だってさ、逡巡どころの騒ぎではないくらいにあからさまなんだもん、これ。
若しくは、
何かの取扱説明書か何かですか?
或いは、
ファンタジー的なRPGの導入部?
あっ………勇者ロト、万歳?
「神に導かれし神の遣いである天使の遣いって、さ。何かの悪い冗談だろ?」
封筒の中には、綺麗に三つ折りされた便箋が五枚。その五枚全てにびっしり、それはもう凄い小さい字の数々で構成された文章。その文体は時に口語のようでいて、けれどそうでもないとも言える感じで、ご丁寧に手書きです。たぶんきっと、お気に入りの万年筆を使用しているに違いありません。
「他に、は………と」
何はともあれ、ふうっと息を吹き入れて中を確認してみたのだけれど、どうやらこの五枚きりみたいだ。
「もしかしたら、何か入れ忘れたモノがあるとか?」
と、一応あれこれと想像してみる。
「うん。ま、イイか」
のだけれど、妄想の域を少しも出ないので、ヤメて無言でインサートin封筒という事にしましょう。
「はい、元どおりぃー♪」
なので、ちらり。可愛くキメて、更には視線の先にある視界にゴミ箱をロックオン。更に更に、足の裏を床にずりずりな感じで移動。自分としましては、憧れのキングおぶポップス様のようなしなやかさで。ま、細かい事を言えば封筒の上の部分を破って中身を取り出したので、詰まるところ元どおりではないのだけれど。
が、しかし!
「そんな重箱の隅をチクチク気にしてたら、いつか紙切れにハンコ捺す事態になるぜ、ぶらざぁー!」
と、努めて嗄れた声で言い聞かせてみる。声になっているあたりがご愛嬌。兎にも角にも、僕の人生に深く関わるモノではないだろうと強引に思い込む事にして、それでついでに何も見なかった事にもしちゃいましょう。
と、いう事で。
隠滅及び消滅から忘却の彼方へのコンボを発動したいと思いますいいやするよ間違いなくしちゃうんだからねっ!
「あああの、ボスぅー。ちょこびっとイイですかぁー?」
とかなんとかヤッていたら、いつものようにノックなしで七色が部屋の中へと入ってきた。
もう一度だけ言おう。
ノックなしで、だよ。
「よっす。ナナ、どうした?」
ま、その点につきましてはいつもだってスルーなので、いつものようにスルーしました。諦めって、結構な大きさで必要な事だと思うの。
「ああああのですね、何か、変な? お手紙が来てたですよ」
で、七色。珍しく浮かない表情と声です。って、お手紙ですと?
「お、あ、それってもしかしてこんなヤツか?」
だとしたら奇遇ですねぇ~とか思いながら、ひらひら。まだ辛うじて手に持ってはいたのだけれど、言い変えれば離れて飛んでいく寸前だった封筒に注目させる。
「むむむむ! むむ、む………むうう。えっと、えっと、中身を直に拝見してもイイですか?」
とててて。と、近寄ってきたと思ったら、まじまじ。封筒を睨む事、およそ十秒。眉間に皺を寄せた表情から申し訳なさそうな表情へと流れ流れた七色は、おそるおそるといった感じで僕に視線を移しながら、ぽつり。詰まるところ、落ち込んだ様子でそう訊いてきた。
「えっ、と。どうぞどうぞ」
もしかして、中身を透視しようと試みたのだろうか? しかも、十秒も………いいや、待て待て。まさかそんなワケないよないないいくらなんでも。
「力及ばず、不甲斐なくてゴメンなさい」
僕が逡巡していると、申し訳なさそうに、ぽつり。七色が両手で封筒を受け取る。
「え、あ、無問題です………」
なので、そんなワケあったかも。と、思い直してみました。透視デキるかどうかなんて、試さないよねフツー。けれどここは、うん。七色は天真爛漫だよね全く………あはは。と、いう事にして受け止めておこう。ざ・心の声。
「では、えっと、えっとぉー」
封筒からもぞもぞと取り出した便箋五枚を、目で追うと言うよりも顔で追う事およそ、五分。カップ麺なら少しばかり旬を過ぎたあたり。
「うむむむ。私のは始まりが、親愛なる七色さん。でしたけど、だいたい同じみたいです」
と、七色は顔を上げながら僕にそう告げた。
「お、おう。そっか………」
いや待てそれなら最後まで読まなくても予測可能だろ? と、当然の事ながらそう思ったのだけれど。そこらあたりは、うん。七色って案外こういうところ律義だからなぁーって事にしておこうかいやはや大人だな僕ってあはは。
「はい。お揃いですた!」
「いや、それは違うだろ」
ま、それはそれとして。
同じ内容の手紙が二つ。
だと、すれば。たぶん。
「あっ、そうでした! 翠子お姉ちゃん宛てもあったです。だからそれもきっとたぶんお揃いかと」
「えっ、そうなの?」
じゃなくて三つ、か。
と、なれば計四つだ。
それなら、尚更だよ。
間違いなさそうだな。
「はい。そうなんです」
「差出人が書いてないから誰の意図なのかは判んないけど、でもコレ完璧に名指しだしなぁー」
なんて、ね。差出人の予想はすっかりついているのだけれど、激しく面倒な予感しかしないからスルーしたいのが本音。詰まるところ、恋しやゴミ箱というヤツだ。
「差出人は慌てん坊さんです!」
「えっ、サンタがどうした?」
視線が再びゴミ箱へと移動しかけた矢先、七色が何やら話しかけてきた。なので僕は、ちらりと七色に視線を戻す。
「だからこうなるのですぞ!」
「お、おう………そうだ、な」
すると七色、眉間に皺を寄せて大層ご立腹の様子だったので、僕はそんな七海を眺めながら思案してみた。
七色が立腹するとはレアだな。
記念に写真撮ったろかしゃん。
が、しかし。
「ゲームのCDを入れ忘れてるです!」
「そっか………って、なっ、なんと!」
あらヤダ、なんという事でしょう。まさか七色の口からそんな驚愕のセリフがするりと出てくるとは。
「困ったものです!」
「で、ですよねぇー」
僕と発想が同じですた。いや、でした。けれどそれをこうして七色から聞くと、この手紙ではファンタジーな物語への導入部どころか取扱い説明書ですらないだろ! と、いうツッコミが脳を激しく揺らす。←身勝手でゴメンなさい。いやはや、天真爛漫とか律儀とかって事にしておいてマジで良かったぁー。これぞ、ざ・自爆回避。発想が同じだけに二人で発送を願う。
なんちゃってな、わはは!
「どうしちゃったですか?」
そんな僕をまじまじと見つめながら、七色が問いかけてくる。
「い、いや、なんでもない」
なんでもないですおー。って、子供だな僕って。
「おぉーいユメぇ、ちょこびっとお邪魔しちゃうよぉーん!」
結局のところ自爆した感のある僕が子供帰りチックな現実逃避をしていると、今度は翠子がノックなしで登場。
重ねて言おうかな。
ノックなしで、だ。
「よっす! あっ、ナナも来てたんだ」
「はい。ついさっき、お邪魔しますた」
「よっす」
この義理姉妹は揃いも揃ってホント………そのクセ、もしも僕がノックなしでお邪魔しちゃう側という所謂ところの逆の立場になったとしたら、僕の精神状態を著しく悪化させるくらいのダメ出しをするんだよなぁー。
と、思いながらも。
「翠子も謎の封筒の件か?」
理不尽だなんて間違っても言いません言えません言うワケがありません。だって、長生きしたいんだもん。
諦めとは生きる事と判りけり。
うん、投稿してみようかしら。
こんこん、がちゃ。
「センパぁ~イ。帰ってま、すあっ、みなさん揃ってたんですかぁー」
別の意味での現実逃避を敢行していると、続けざまに音色が元気にそう言いながら来訪。施錠していないのは承知しておりますとばかりに、いつだって返答を待たずして当たり前のように入ってくるのだけれど、それでもちゃんとノックをシテから入ってくるぶんだけ音色よアナタは偉い!
あはは、はは、は………ふう。
僕の立ち位置、低すぎじゃね?
「ややや! 音色ちゃんそれは、も、もしや謎の封筒!」
僕という存在について哲学もどきな思考を開始しようか真剣に迷いかけていると、七色が素っ頓狂な声を出して僕を現実に引き戻した。勿論の事それを狙ったワケではないのだろうけれど、さては七色………謎の封筒ってフレーズを気に入ったようだな。
「え、これの事? これは、その、意味が判んなくて、そ、それでセンパイに、相談しようかと」
七色によるお気に入りフレーズに逡巡しつつも、音色は事情説明を試みる。
うん、大人だ。
「それさ、オレ等も貰ってんだわ。文面もたぶん同じだと思う」
なので、音色に簡単に状況を説明しておく。中身は判らないのだけれど、きっとそうでしょ。
「な、なんと!」
驚く音色。ま、そりゃそうだよな。音色に七色。んで、僕か。ならば先程、七色が言っていた翠子のもきっと。
「ちょっと! 謎の封筒って、さっきから何の話ししてんの?」
登場から今まで僕等のやりとりを黙って見ていた翠子だったのだけれど、ここにきて逡巡の声を上げた。って………もしかして翠子、知らないの?
「翠子お姉ちゃんにも来てたですよ。たぶんこれとお揃いのが」
察しがつきませんがといった様子の翠子に、七色が便箋を渡す。
「えっ、と、どれどれ………って、なんだ。テリーさんからのじゃん」
暫し目を通すや否や、翠子がそう言って種明かしをした。やっぱり翠子、事前に知っていたみたいです。
「「なんと!」」
すると、呆気なく判明した真相に音色の声と七色の声が偶然だけど必然的に重なった。更に言えば、結構な程度で驚いているようだ。この二人、容姿もそうなのに加えて声まで似ているだけに、そのハーモニーたるや抜群で、実のところ以前から七色が言うように………って、口調は激しく違うのだけれど。音色は丁寧な言葉遣いを意識していて、七色は天真爛漫そのままって感じ? 幼い頃から生活を共にしていても、やっぱりというか何というか人格はそれぞれに育つのね。
って、当たり前か。
それに………うん。
「テメェーちゃんの方かぁー」
ま、何はともあれ。酒場にて四人パーティーとなった途端に思いがけずのミッションクリアって感じです。実のところ神とか天使とか悪魔の話しだったし、何より僕を夢人くんと表記していたから、本命はテメェーちゃんで大穴はドリーのオッサンだろうなと思っておりました。だってあの人達、神父さんだし。高名な祓魔師さんだし。それに、文体が話し口調だったり丁寧だったりと統一されていない感じだったから、あの二人っぽいなと、パッと浮かんできたって感じ。
「うん、そうなのよ。ユメとオトとナナ、それからアタシの四人に送ったみたい。あっ、一応はちょこびっとだけ中身を読ませてもらってもイイ? 何が書いてあるのかまでは知らないから」
そう言うや否や。どれどれ。ふむふむ。と、目だけで文面を追う翠子。
「「「………」」」
沈黙して待つその他のキャスト。ま、音色と七色と僕の三名しか居ないのだけれど。で、その時間………およそ一分。こちとら暇になるだろうからステップ踏みながら待とうかどうしようか思案していたのに、早いねどうも。
「OK。把握しました!」
どこまでなのかは判らないのだけれど読み進めた翠子が、そう言いながら笑顔で顔を上げた。流石に頭の回転が早いだけあるわ。何だかちょこびっと尊敬の念。
「「………」」
すると、音色と七色が翠子と僕を無言で交互に見つめてきた。何故に僕まで見るのかは不明なのだけれど、察するにたぶん翠子か僕のターンという事なのだろう。
「で、どうする?」
なので、僕が翠子に促してみる。
「そう、ね………判んないから行って訊いてみよぉー!」
と、ずばり。翠子が期待を裏切るそんな事を宣いやがった。手紙の意味なし。あっ、でも。日本語の読み書き練習にはなってるか。
「「どぉおおおーっっ!」」
故に、とでも言うべきか。音色と七色が本日何度目かのハーモニー。時代が昭和だったら、ズッコケにプラスして金盥とか桶が付け加えられている場面かもですよ。
「………?」
けれど、音色は途中参加だからなのだろう逡巡してもいた。決してノリが悪いワケではなくて、そこらあたり生真面目さんなんだよね。
「説明不足でゴメンな、音色。取り敢えずは、だ。テメェーちゃんかドリーのオッサン、どっちかに直接お会い致さないと詳細は判らん。って、感じみたいなんだわ。うん」
なので僕が、再びの補足説明を請け負う。
「なるほど。了解です!」
と、にっこり。音色が微笑む。
「そう言えば、渡すモノがあるって言ってたよ」
すると、翠子がそう付け加えた。
「え、あっ、そうなの? じゃあ、取り敢えず行ってみるとしようか!」
渡すモノがある、か。
ま、何はともあれ。
「「「おおおぉーっ!」」」
僕の声かけに、三人が声を揃える。子供の遠足みたいだなと思いながらも、こうして面白がるのが僕等の常套手段。そうしていると根っこの部分から繋がっているんだって思えるし、独りなんかじゃないんだって安心するからだ。
「つぅーか、さ。二人とも教会?」
けれど、腰を折るワケではなく話しを続ける僕。だってさ、今日は遠征の予定は入っていないと言っていたし。
「うん。そうだと思うよ」
僕の問いかけに、翠子が即答する。
「この時間でしたら、神父様の方のお仕事をしていらっしゃるでしょうね」
で、音色が続く。
「敷地内ですし、近いですぞ!」
と、七色も。
「………」
僕は疑問が深まる。
「ん? ユメ、どしたの?」
「いや、その………えっと」
一つ屋根の下に暮らしていて、だ。
「センパイ、どうかしましたか?」
「う、うん。つまり、その………」
その敷地内にある教会に居て、さ。
「あれれボス、どうしたですか?」
「だから、つまり、ほら………さ」
わざわざ手紙を認める意味が、ね。
「「「………?」」」
「ううん、何でもない」
見当たらないんですけどぉー。
やっぱり読み書きの練習?
それとも、僕が変なのか?
………、
………、
………。
「あれからもう、十年かぁー」
僕は十年前の今日を思い出していた。
「形見………に、なるのかな」
その後に渡された、チェーンで繋いで首からかけている、護符? と、いうか普通に十字架かな。兎にも角にもそれをぎゅっと握り締めた僕は、視線をそれへとゆっくり落とす。と、言っても握っているから指の間から飛び出している先端しか見えないけれど。それでも。一見した限りではかなり大きめのペンダントにしか見えなくもないし、現にこうしてペンダントにしているのだけれど、祓魔師必需品の悪魔祓いの際に使用する………うん。詰まるところ、護符だわ。
あの日、翠子と僕は祓魔師になり、
音色と七色は、シスターになった。
そして、
悪魔と対峙する日々が始まった。
「まさかだよなぁー」
と、ぽつり。
胸の内が声になってしまう。
正直に言い捨ててしまえば、リセットしてしまいたいくらいだよ。一切合切が夢であってほしいとも思ってるし、現実ならばそれならそれでどっきりであってほしい。それこそもう、全てを投げ出して現実逃避してしまいたいくらいだし、知らないフリして消え去りたいほどだよ。
責任?
何だよ、それ。
覚悟?
日本語なんて判んないよ。
なんて、ね。
「ふう………」
けれど、そう思ってしまうのは無理もないと我が事ながらにして思う。だってこのドアを開ければ、見たくもない結末と否応なくご対面となるのだろうから。そして更には、僕はその後その成り行き如何によっては、大切な人をこの手で殺めなければならなくなるかもしれないのだから。
この手で………か。
この手でだもんな。
僕は護符から右手を離すと、そっと左脇の下あたりへその手を腕を動かした。そして、そこに携帯してあるホルダーから所謂ところの警棒のような棍を取り出し、徐ろに振り上げる。
ぶんっ!
と、それを一振り。
しゃか!
それが、二段階で伸びる。
仏様も味方しているのかも。
しゃか、だけに。なんてね。
「気が重いわ、マジで」
これはあの日、テメェーちゃんから護符と共に渡された。言うなれば、聖なる武具。悪魔や悪魔の手先との戦闘の際に使用する、祓魔師専用の特殊武器だ。
ぶおおおぉーん。
音はしないけど、
そんなイメージ。
月の光に照らされて伸びた部分が鈍く光り、それを浴びた僕の瞳がその色を妖しく変える。その色は共に………橙色。ついさっきまで黄色だったのにどうやらテメェーちゃん、僕を守護するつもりか? 僕に何を期待しているんだろう………仇を討ってくれ。なんて、微塵も思ってはいないだろうけれど。
マジで、
まさかだわぁー。
………。
………。
………。
序 幕) 完
第一幕に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます