祓魔師の後悔

野良にゃお

序幕前/ぷろろーぐの前

「はてさて、貴女は何故あのような大それた事を実行してしまおうだなんて思ったのでしょうかねぇ………そろそろ私にお話ししてはもらえませんか? 幸いにも此処は教会ですから、いっその事この場で懺悔してみては如何でしょう? ふむ、ふむ。えぇ、はい。うむ………む。なんと、貴女もそのように考えてしまわれたのですか。そうですかそうでしたか、なるほどです。それではですね、貴女のそのご質問に私がひとまずのお答えを申し上げる前に、まずは愛情と恋情の違いについて考えてみましょうか。それからでも良いですね?

 では、まずは。この二つの感情の違いについてなのですが………さて、貴女は少しでも考えてみた事がございますか? 少しでもお有りになるとするならば、それは自分発進であったり若しくは、誰かからこうして質問される形からであったり或いは、そうですね。所謂ところのTVドラマ、他に漫画や雑誌など書籍の類いに書いてあったであろう答えに違和感を抱いたが故に、それ故に他の答えを探そうとしたという始まりであったり、と。詰まるところ、そういったシチュエーションは様々で、そして色々で、そのバリエーションは豊かだったとは思うのですが………さてさて、実際のところはどうでしたでしょうか? 重ねてお訊きしますが、そのような事を考えてみた事はございませんか?


 そうです、愛情と恋情。

 その違いついて、です。


 愛とは大皿の上にあって万人に向けて千切っては与える想いであり、恋とは小皿に単品として一つずつ特定の個人に向けて芽生える想いである。と、私はこのように思うのですが、はてさてどうでしょうか? そのような分類の仕方に対して、何らかの異論はございますか? どうでしょう………うむ、特に無いようですね。無いようなので、それではこのまま流れるままにこの話題を粛々と進めるとしましょうか。さてさて、愛情や恋情と言いますとその他には友情という情もございますよね?


 愛情、恋情、友情。

 これら三つの感情。


 一見すると、交わらないような別々の感情。しかしながら、これらの区別は実のところ、関係性の違いだけなのではないでしょうか。愛人、恋人、友人、それだけの事なのかもしれませんよね。想う気持ちはさほど違わないのではないかとも言えますし、やはり激しく違うでしょうとも言えますので。

 しかしながら、です。それによる関係性やそれに対する望み、それと未来に宿す方向性。これらを合わせて考えてみますと、そこには果てしない広がりが見えてくる気がしないでもありません。特に友人というのは、達。という複数系が許されているが故に、達。を、使用出来るワケですから、愛人や恋人とは愛情や恋情とは離してここでは少しばかり横に置いておく方が良いかもしれませんね。


 では………ですね。

 それをふまえます。


 そろそろ貴女が抱える問題にまいりましょうか。さて、愛情と欲情は紙一重で同じようなものだと、貴女はそのようにお思いになられるのですね? 一応ここでは、愛情やら恋情やらという情をひっくるめて愛情と表現させてもらいますよ。それで、ですね………申し訳ございませんが、そのような考え方をしておりますと矛盾をきたしてしまうのではと思うのですが、はてさて貴女はどうでしたでしょうか? 貴女が感じていらっしゃる事は、彼の事がどうしようもなく好きだからいっそ何度も抱かれてしまいたいという淫らなお気持ちと、快感を得るという類いの行為をどうしようもない激しさをもって求めてしまっているという淫らなお気持ち。これら二つはどちらも、好きだから抱かれたいという愛情であり、好きだから抱いてほしいという欲情から発している、と。そして、そうなのだから詰まるところ、愛情と欲情は紙一重どころか一緒のモノなのではないのだろうか………と。そうであるのだから、結局のところ貴女は、そういう目で若しくは心で或いは身体で彼を見つめてしまっているご自身を、淫欲にまみれた卑猥で不埒な存在だと深く感じていらっしゃる、と。


 ご自身を強く蔑んでいらっしゃる。

 自己嫌悪に陥ってしまわれる程に。


 しかし、です。そう望むご自身に抗う事も出来ない。それどころか、日に日に大きくなっているようにも思える。増しているように感じてならない。それはもう、隠していられるかどうか判らないくらいに。だから後々、それを彼に知られてしまうのが怖いと。知られてしまったら即座に避けられてしまうのではないかと、彼には嫌われたくないのに、と。彼に愛されたいのに、と。今あるこの現状、この距離感は所謂ところの片想いではあるのだけれど、それでも彼との距離は近い。そう、家族という距離にいる。友人という距離ではなくて、家族という距離。とても近い、絆とでも言うべき距離感。それは充分すぎるくらいに恵まれている。それを充分に、そして存分に理解してはいるのだけれど、理解しているが故に失ってしまうであろうという、恐怖………詰まるところ、そういう事ですよね? その事について私が申し上げる事があるとするのならば、ある、と、するなら、ば、そうですねぇ………愛情とは、その度に芽生える類いの奇跡などではございませんという事ですかね。

 愛情という感情は、母の胎内においでの際から既に、命と共に宿っておりますから。どういう事かと申しますと、皆それぞれ平等で同等に同量ずつ、最初から最期まで持っているのですよ。産まれた時にはもう充分に、そこから増えもせず、減りもせず、永遠に、存分に、ですよ。ですから、敢えて違いを表現するならばそれは、それをどのように使うかなのです。扱うか、なのです。言い換えれば、向き合うかなのです。対象者や対象物が大切であれば大切な程に使用するでしょうし、その逆であれば使う事は滅多にないでしょう。もしかすれば全部かもしれませんし、もしかすれば皆無かもしれませんよね。試用してみるという前段階など無いまま、ぶっつけ本番で使用してしまうのが生きとし生きる者の根幹、詰まるところ本性なのです。こればっかりは、自身の経験則という説明書にも記載されていなかったりする事柄でしょうね。どちらかと言えば、ミッションをクリアする為の操作説明ではなく、自身の紹介記事といった赴きですからねぇ………。

 さて、それは兎も角としまして。貴女はつい先程、愛情と欲情は同じだとおっしゃいました。言い換えるとすればそれは、愛欲と表現してしまってもさほどの間違いはないという事になりますね。


 が、しかしです。


 しかしこれらは、言いきってしまっても構わない程に別の感情なのです。ですからですね、性欲もまた等しく平等で、同等に、同量ずつ持っております。結局のところ、先程も申し上げましたように貴女がそれをどのように使うのかなのですよ。


 お判りいただけますか?

 お気づきになりました?


 一つにして考えてしまうから矛盾が生まれ、一つにして考えてしまうから葛藤に苛まれてしまうのですよ。一つにして考えて矛盾が起きるという事は、別々にして考えれば自ずと答えは導かれるという事になります。ですから、一つにして考える必要なんてないのです。紙一重。背中合わせ。鏡合わせ。裏返し。横並び。表裏一体。表と裏。陰と陽。光と影。ある種の似たもの同士。しかしそれなのに、いいやそうだからこそ、同じ事のように、同一のモノと感じてしまう………。


 えぇ、えぇ、そうですよ。

 それはもうそうでしょう。


 これらは、貴女という個体の中にある感情というカテゴリーに内包している一つ一つのジャンルなのですから、一つに結びつけて考えようとすれば簡単に結びつける事が出来ます。それにですね、何も二つの相対する事柄に的をしぼって語ろうとせずとも、優しさ、冷たさ、喜怒哀楽、実のところそういった全ての感情が、全ての感情と結びつきます。類似している所はたしかに幾らでもありますから、それぞれがそれぞれにもっともらしく結びついてしまうのですよ。ある意味に於いては愛情と恋情と友情がひとまとめに出来るように。一切合切をひとくくりにしてしまえるように、ね。


 が、しかしです。


 しかし、なのですよ。ですが、なのですよ。それらはやはり、別々の感情なのです。それらは、確固たる別個の感情だと言えるのです。貴女は愛情と欲情を一つの感情と捉えながらも、彼を大切だと想う清らかな面を愛情と表現しましたよね。そして、彼に抱かれる事で快楽に溺れたいと願う邪な面を欲情と表現しました。同じであるのなら呼称は一つで良い筈なのに、何故だかわざわざ呼称をそのように分けておりました。それは愛情への幻想からなのでしょうか? 或いは、そうですね。欲情への後ろめたさからなのでしょうか? それとも、両方の理由からなのでしょうか? 若しくは、他の何かなのでしょうか? はてさて、これはどうしてなのでしょうねぇ………もう、お判りですね? 一緒くたにして答えを導こうとしても、これらは別個の感情なのですから、だからそのような葛藤を感じてしまうのは当然と言えば当然であり、必然と言えば必然なのですよ。そしてですね、これが私が申し上げている矛盾についての答えですよ。


 そしてこれこそがそのとおり。

 貴女が抱える問題の答えです。


 同じ事を似たような言葉に変えて繰り返し繰り返しお話ししておりますので、実のところ飽きてしまわれているかもしれませんし、もしかしたら逆に困惑なさっておいでかもしれません。しかしながら貴女にその耳から脳そして心へと私の声を迎え入れていただけるには、まだまだ時間がかかります。なので、このままこのようにお話しを続けさせていただきますよ。では、どうか。貴女はまず、私の言葉を受け入れてみてください。耳だけで流してしまわれるのではなく、脳で否定の言葉を探すのでもなく、どうか、心で感じてみてください。これは、イニシアチブをとって満足する類いの、低俗な自己顕示欲を披露しあっているワケではありませんから………ですよね? どうかそこらあたりの事、宜しくお願い致しますね。

 それでは、お話しを戻しましょう。さて、この世に宿りし生きとし生ける生物は、我が身の置かれた環境に左右されてしまいます。ですから、その中でも神が作りしそれぞれが比較的広範囲を高い自由度で動く事が可能な人間という生命体は、それだけに千差万別の如き多様性を持ち、そのどれか、または新しい何かがもたらす環境によって様々に形成され、彩られ、操られ、それらが各々のベーシックとなり、それによって表現が違っていくという事態になります。詰まるところ………使い方、見せ方、受け取り方等々が違うという事です。どういう事かと申しますと、愛情事態に差違があるのではなく、それを表現する個体に差違があり、それを見舞われる個体にも差異があるという事なのです。それぞれが意識的に、または無意識に、生きとし生ける中で育んだ、性格というフィルターを通す事によって、ですね。

 その一つ一つは、実のところ単純な構造なのですが、その一つ一つが絡み合ってしまう為に、それ故に、複雑に見えるのですよ。例えば、大切な誰かに愛情を表現しようとしても、愛情以外の感情も誘発されたり偶発したりする事は多々ありますよね? だが、本人であるところの貴女はきっと、愛情のみを表現したつもりでいるでしょう。けれど、お相手である彼の方はというと………愛情のみを表現されたとお思いになられるかもしれませんし、貴女と同じく誘発や偶発が起こっている事について戸惑っておられるかもしれません。それぞれがそれぞれで認識してしまいますから、諸々の不確定要素とでも申しましょうか、それこそ十人十色の十人十色が十人十色で形成されるのです。それらが多種多様な要因を帯びて影響しあうのですよ。私が今こうして話している事は、聞こえの良い言葉選びでもっともらしく定義して煙に巻いたり、またはそれらを駆使して納得させようとする、言わば愚劣な宗教まがいの言葉遊びなどでは決してありませんよ。全ての感情は等しく平等で、同等に同量ずつ皆が持ってはいますが、しかしながら使い方であったり、使う量であったり、誘発や偶発といった不確定要素等々、それらがその時その時で様々に違う。何故ならそれは、同じ経験を同じ環境で同じ条件の下に、一切合切を紛う事なく、どれ一つ僅かさえのズレもなく、全てを同じとして全てを浴びてきた個人以上の者達など、ゼロと断言しても間違いではないくらいに存在しないからです。個は須く個なのだから。

 貴女がお持ちになっていらっしゃる愛情もそうですし、性欲もやはり、皆さん同じです。貴女は貴女しかおりません。誰かも誰かしかおりません。向ける愛情は愛情という唯一つの感情ですが、向ける想いには様々で色々な感情が内包されているのです。これが真実であり、貴女が求めている事の答えです。貴女が言っている事は愛情単体ではなく、想いという括りで表現すべき事であり、愛情を含めた複数の感情の集合体の事なのです。貴女はたぶん、いいえきっと、貴女の言う愛情や欲情は彼にしか求めてはおられないでしょう。その欲情の中にある淫らな劣情は誰が相手でも得られる快楽そのものなのだけれど、貴女が彼以外を求めていないかぎり、そこには必ず至福が生まれるのですよ。貴女は彼によって快感を得たいのだから、彼とでないと悦びは得られない。


 望めば誰からでも得られるのに。

 直ぐにでも、得られる事なのに。


 貴女は彼に恋情を抱き、彼に欲情してもいる。一途に、彼だけに、彼のみを想い続けている………随分と難しいお方を好きになってしまったものだよ。貴女と彼との間にどのような事があったのかは存じあげませんが、彼の事を好きになってしまったそのお気持ちは、私にも少しは理解する事が出来るよ。幼き頃から貴女にとって彼は、いつだって………いいえ、このお話しはここまでとしておきましょうか。


 何はともあれ、だ。


 彼は大変に罪な男だよ。おっと、これは失礼しました。しかし、この私もよく存じ上げているお方だからね。だからこれは、悪口ではないよ。彼は少々ぶっきらぼうな面があるのだけれど、その心根はとことん優しい。優し過ぎるくらいだよ。言うなれば、そうだな。所謂ところの不器用な男、とでも申そうか。そして、愛されている。羨ましい程に………妬ましいまでに、ね。

 さて、長々で延々と同じような事を繰り返してしまったが、はたしてどうだったかな。お判り願えたかな? 一歩でも前方の未来へと踏み出せる、そのきっかけにはなったかな? 勿論の事、それぞれに考えや思いがある。だからどうか、そのどれをも覆さないようにしてもらいたい。そしてどうか、進んで選んでもらいたい。


 貴女の人生なのだから、

 貴女自身が、そうだろ?


 そう。貴女ご自身が、愛情なのか欲情なのかをその身をもって試してみたら良いのだよ。誰でも良いのか、そうではないのか、試してみなければ判らない場合もあるのだから。何事も体験してみるのが宜しい。


 私がお手伝いしましょう。

 この身をもってして、ね。


 さあ、心と身体を大切にするのだ。勿論の事、私も丁寧に扱うよう努めようではないか。どうかそのお心に、新たな傷が少しも増えませんように。どうかそのお身体に、新たな傷痕が少しも増えませんように。そしてどうか、親愛なる貴女に笑顔が宿りますように。主が微笑みをお与えになられますよう祈ろう。


 がはは!


 では早速、今宵はじっくりと、そしてたっぷりと楽しませてもらっ、ぐえっ、んぐふっ? あがっ! あがっ、ヤメ、ふぐ! お、いっ、な、なな、な、何をす、るっが、や、ヤメ、ぐはっ!」



 ………、


 ………、


 ………。



              序幕前) 完

              序幕へと続く

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