ランチタイム
Dahlia
第3幕 ランチタイム
三人は三階のレストランにぞろぞろと入って行った。入って左側の壁は全面がガラス張りになっていて外の景色が一望できた。ここでも、静かなゆったりとした音楽が流れていた。その音楽に混ざり、食器の鳴る音や厨房で調理をする音が聞こえてくる。昼のピークを過ぎて、レストランはそこまで混み合っていなかった。幸いにも、景色の良い窓側の席にも空きがあった。三人は窓際、中ほどの席に着いた。丸い木のテーブルだった。少しばかり、カフェのような雰囲気も感じられる。白いシャツに緑色のエプロンを掛けた若いウェイトレスが水と紅い布表紙のメニューブックを持ってきてくれた。レストランで働いているのが勿体ないほど美人だった。その髪はルティやダリアのように金色だった。パティーはウェイトレスに見惚れる二人にメニューブックを広げて見せた。
「さ、好きなの選んで。」
色々な料理が写真付きで載せられていた。サンドイッチを始め、スモークサーモンやオムレツなどもある。ドリンクもバリエーションが多かった。ルティは、両手で頬杖を突いてにこにこしながらずっとこちらを見ているパティーの視線を感じながらなおも悩んでいた。誰かにごちそうになるというのは初めてだった。本当にごちそうになってもいいものか。美味しそうな料理の写真を眺めながら、ルティはそのことばかりを考えていた。他の席から、コーヒーの香りが漂ってきていた。
「わあ、見て見てルティ! ふわふわオムレツおいしそう! ケーキも!」
対してダリアは無邪気にページをめくっては、そこに書かれている料理を指さしている。ルティは浮かない顔をしていた。そんなルティとダリアをパティーはさりげなく見比べていた。ダリアは年相応の、元気いっぱいの可憐な少女だった。だが、彼から見てルティは少々、遠慮がちだった。良い子、という言葉がきれいに当てはまる。
「パティー、わたしオムレツが食べたい!」
ダリアが元気よく言った。パティーはにっこりと笑って了解した。ダリアの言葉を受けて、ルティは焦燥を感じ始めた。せわしなく、蒼い瞳を動かしている。ルティを見るに見かねて、パティーはやわらかく言った。
「ルティ、自分の食べたいものを食べればいいんだよ。食事っていうのはね、
それが一番なんだ。それが、食事を楽しむってことさ。
と、いうわけで、ぼくはローストチキンサンドと、そうだなあ。
デザートにタルト・オ・フランボワーズとカフェ・オ・レを注文しようっと。
ルティとダリアも、フランボワーズ食べる?」
「食べる! アップルジュースあるかな?」
ルティは、心につっかえていたものが取れたような気がした。
「わたしも、オムレツとフランボワーズ食べたい。パティー、いいかな?」
ルティはまだ少し不安そうな顔をしていた。それを拭うように、パティーは微笑む。
「いいよ。飲み物はなにがいい?」
「レ・・・レモンティー。」
「わたし、アップルジュース!」
ダリアがまた元気よく言った。パティーは満足そうに笑った。
パティーは慣れた様子で若いウェイトレスに三人分の食事を注文した。ウェイトレスは和やかに注文を伝票に書き取るとメニューブックを下げ、厨房の奥の方へと入って行った。これからしばらくは待つことになる。パティーが透明なグラスに注がれた水を少し飲んだ。グラスがかたむいて、中に入っている四角い氷がカランと音を立てる。少し離れた隣の席からは、年老いた男性が真っ白なコーヒーカップをソーサーに置いたり、ソーサーから持ち上げたりする陶器の音が定期的に聞こえてきていた。各席に座って談笑している人たちの声が混じり合って、一つのハーモニーとなっていた。それがまた、レストランに流れるゆるやかな音楽と、よく調和していた。ダリアは別の席の人を見たり、ガラス張りの壁から一望できる外の風景を眺めたりしていた。ルティはというと、水を飲んで息を吐くパティをじっと見つめていた。
「そういえば、二人は姉妹なの? それとも、おともだちかな?」
パティーが一息ついて言った。すぐにダリアが答える。
「姉妹じゃないよ。今日出逢ったばかりなんだ。」
「わお! そうだったんだ。おともだちかなって思ってたよ。」
ルティは二人の会話に入れなかった。ともだちという単語が、ちくりと棘のようにルティの胸に刺さる。ルティは無意識のうちにうつむいてしまった。
「ルティ、どうしたの?」
ダリアがルティの変化に気付いて少しだけ身体を近づけた。ルティの顔を覗き込むようにして顔色をうかがう。ルティは朱色のスカートをきゅっと握っていた。
「わたし、ともだちって、よくわからないんだ。」
ルティは蚊の鳴くような声を絞り出した。パティーも前のめりになって心配そうな表情をしていた。ダリアと顔を見合わせて首をかしげる。ダリアが少しだけ声の調子を落ち着けて話しかける。
「どうして?」
ルティはちらと、ダリアを見た。
「ダリアは、ともだち、たくさんいる?」
ダリアは意表を突かれたようだった。困った顔をして中空に目を泳がせる。
「え、ええと。そんなに多くは、ないかな?」
ダリアは頭を掻いた。ルティはまたうつむいた。
「そっか。あのね、わたしね、学校で普段は仲の良い子たちが相手のいないところで、
お互いの悪口言ってるの、見ちゃったんだ。それからなんだ。
わたしは相手のこと、ともだちだと思ってても相手はどう思ってるのか、わからなくて、
それで怖くなって、そしたら、気付いたら、一人になっちゃってたんだ。」
ルティの声は弱々しかった。パティは少しだけ身を引いて両腕をテーブルに乗せ、手を組んだまま苦い顔をしていた。彼はなんと言えばよいのか、必死に思案した。うつむくルティから視線を外し、手元にある透明なグラスの飲み口を見つめた。三人の空間から音が消えてしまったかのように、沈黙が流れた。周りは動き続けている。それによる音も生まれている。そこから三人は取り残されているようだった。
「わたしはルティのこと、ともだちだと思ってるよ!」
ダリアがテーブルに両手を着いて椅子から立ち上がった。少しばかり大きい声だった。その純粋な声は静かなレストランによく響いた。周りの視線が一斉にこちらに向けられる。パティはダリアの行動にハラハラしながらも周囲を見渡し、別の席からこちらをうかがう人たちに浅く謝罪の礼をしていった。少し離れた場所で、白い大きな皿を二枚持ったウェイトレスが立ち止まっていた。ダリアは周りの様子に気付いたのか静かに椅子に座った。しかし、ルティから目は離さない。ルティもそんなダリアの真っ直ぐ瞳を見つめ返している。ダリアはもう一度、今度は優しく静かに言った。
「ルティ、わたしはルティを、ともだちだと思ってるんだよ。」
ルティがわずかに顔を上げた。
「ほんとに・・・?」
ダリアは背筋をしゃんとして応える。
「うん、ほんとう! ルティはわたしのこと、どう思ってる?」
ルティはすぐに口を開いて答えようとした。しかし、かすれた声をほんの少しだけ漏らして、口をつぐんだ。また、顔を伏せてしまう。ダリアは不安を感じながらも、ルティを信じてその返答を待った。パティも心配そうな表情を浮かべて、二人を見守っている。やがてルティは顔を上げて、そして言った。
「ともだち、だったらいいなって、思ってる。」
――― だったら わたしたち ともだちだね ―――
ダリアが笑って言った。ルティは顔を上げ、ダリアを見つめて瞳を輝かせていた。
「ありがとう。ダリア。」
ルティは、泣き顔のような笑顔をしていた。パティーは二人を見て微笑み、近くで止まってこちらをずっとうかがっているウェイトレスに手を挙げた。ウェイトレスはうなずくと、三人の席に近付いてきた。
「すいませんね、ありがとう。」
パティーが礼を言った。
「いえ、よかったです。こちら、タマネギとサーモンのオムレツです。」
「はい! わたしとルティの!」
ウェイトレスはふわふわのオムレツが乗せられた真っ白の大皿をルティとダリアの前に丁寧にそれぞれ置いた。ウェイトレスはすぐにテーブルを離れて厨房の奥へと消えていった。
「ほら、冷めないうちに召し上がれ。」
パティーが言った。ルティとダリアは目の前で湯気を立てる黄色いオムレツに舌鼓を打った。卵の香りと、それからほんのりとバターの香りが漂う。ソースはかけられていない。付け合わせの新鮮な野菜がいろどりを添えていた。きれいな赤色をした小さなトマトが映えている。メインのオムレツは丁寧に焼かれており、その黄色は均一だった。焦げ目は一切ない。形も素晴らしいほどの楕円形だった。見ただけで美味しいとわかる料理だった。
「パティー、ありがとう。さきに食べるね。」
ルティがナイフとフォークを取りながら言った。パティーは快く返した。ダリアもルティに続いてパティーに一言お礼を言った。さっそくふわふわの黄色いオムレツにナイフを入れた。固い金属のナイフとフォークで触れても、その柔らかさが感じられるほどにオムレツはふわふわだった。その感触が指先に、そして目ですら感じられる。まったく力を入れなくても、オムレツはナイフの重みだけで音も立てずにふわりと切れた。その切り口から、とろりとサーモンとタマネギの餡が溢れ出して、また湯気を立てる。濃厚な香りがした。
「わあ、おいしそう。」
ルティが溜息のような言葉を漏らす。オムレツの明るい黄色と、サーモンの薄い赤味がきれいだった。フォークを使い、一口食べる。オムレツのふわふわした滑らかな食感と、バターの風味が風のように口の中を駆け抜ける。続いて、しっかりと味付けされたサーモンとタマネギの豊かな味わいが染み出してきて、先のオムレツとバターに合わさり、絶妙なハーモニーを奏でた。その味わいに、二人はそろって目をつむった。
「ああ、オムレツのお布団とベッドで寝たい!」
ダリアが恍惚として言った。ルティもパティーも声を上げて笑った。ルティはダリアの言うオムレツのベッドと布団を、目の前で湯気を立てる本物のオムレツを見ながら想像した。
二人のオムレツに少し遅れて、パティーの頼んだローストチキンサンドが到着した。真っ白なパンの表面はほんのりと焼き色がついていた。山形をした食パンを使っているらしく、四つに切りわけられた一番端の一つだけは、その山形の耳が付いていた。中は肉厚なチキンと野菜がサンドされており、なかなかのボリュームがある。彼は両手でパンを持つと、さっそく一口食べた。こんがり焼かれたパンのカリッとした音と、中に挟み込まれた新鮮な野菜のシャキシャキとした音が、同時に小気味良く鳴った。みずみずしい野菜とジューシーなチキンを甘酸っぱいソースが繋ぎ、それらを見事にカリカリのパンが包み込む。噛むほどにそれが融合し、味わいが濃くなっていった。
三人はそれぞれの料理をあっという間に平らげてしまった。一息ついて、ルティはグラスに注がれた水を少し飲んだ。ひんやりとしていて喉の奥が気持ちいい。三人の前に並ぶ大きな白い皿が空いているのを認めた若いウェイトレスが水差しを片手にやって来た。それぞれのグラスに水を注ぎ足すと、パティーを向いて言った。
「デザートとお飲み物は、もうお持ちしますか?」
「はい。お願いします。」
パティーがそう言うと彼女は器用に片手で三枚の大皿を重ね、そのまま厨房に下がった。
「いいなあ。大きくなったら、あんなきれいなお姉さんになりたいなあ。」
ルティが彼女の後姿に見惚れながらつぶやいた。
「ははは、きっとルティもダリアも、きれいなお姉さんになれるよ。」
ルティは嬉しそうにして顔を赤らめた。
「なれるといいなあ。ねえねえ、パティーには、彼女っているの?」
ダリアがグラスをかたむけながら言った。パティーはあからさまに困った顔をした。目を細めて苦笑している。笑いながら水を一口飲んだ。ルティも少し興味があって、パティーを凝視している。ダリアはパティーの表情から彼の色恋事情をある程度までは察したようで、彼の顔を見つめて一つ、小さくうなずいた。
「今はいないんだよね。ははは。」
「なんで別れちゃったの?」
ルティが鋭い声で訊いた。意外なルティの言葉の響きに二人は少し驚いたようだった。ルティはそんなに強く言うつもりはなかった。だが口から出た言葉は自分で思っていたよりもキツイ響きになってしまい、しまったと心の中でつぶやいた。二人の表情を見れば、それは気のせいではないことがわかる。ルティは急いで訂正しようと思った。変な誤解をされたくはなかった。彼女はおどおどと言った。
「あ、あの、その。深い意味はないの。ごめん。」
ちょうど流れていた曲が終わったようで、一瞬だけ不自然なほど静かになった。
「別れちゃった理由はねえ・・・。ぼくに勇気がなかったから、かな。」
パティーは哀しそうに微笑んで言った。二人は沈黙した。その静けさを埋めるように、別の曲が流れ始めた。クラシックギターのあたたかみのある、丸い音が優しい旋律を奏でている。パティーは沈んだ顔を上げた。
「あ、いい曲がかかった。二人は知ってる?」
ルティは首を横に振った。ダリアは知っているようだった。しかしダリアは曲名までは知らないらしい。古ぼけたレコードで何度も聴くうち、歌詞は完全に覚えたという。パティーが曲名を二人に教えてくれた。Amazing Grace(アメイジング・グレイス)というらしい。すぐにルティは忘れないよう、ノートにその曲名を書き込んだ。いま流れている曲は完全にクラシックギターのみで演奏されているものだった。他の楽器の音色も、本来はあるはずの歌声もない。人肌の温度のようにあたたかい音色だけが響いていた。
先ほどからずっと接客をしてくれている若いウェイトレスが、大きなお盆に三人がそれぞれ頼んだ飲み物を乗せてやってきた。まず、ダリアの前に比較的大きなグラスに入れられたアップルジュース。次に、白と蒼のコントラストが美しいカップに淹れられたカフェ・オ・レがパティーの前に配膳される。最後に、ルティのあたたかいレモンティーだ。テーブルに置かれた、紅い薔薇の花が描かれているカップの中は真っ白で、何も入っていない。ウェイトレスは更に白い小皿をテーブルに置く。それには薄くスライスされたレモンが二枚乗っていた。そして最後に、ウェイトレスは盆を脇に挟むと、ポットをカップの上でかたむけた。紅い液体が真っ白な陶器のカップの中に満ちていく。良い香りが漂う。紅茶を注ぎ終わると、ウェイトレスはテーブルにポットを置いた。そして、ルティに優しく言った。
「もう一杯分はあるから、なくなったら注ぎ足してね。」
その聖母のような微笑みに、ルティは見惚れた。呼吸を忘れてしまいそうだった。ルティが返事をする前に、彼女は立ち去ってしまった。少しだけ後悔しながら、遠ざかっていく後姿を遠目に眺める。ダリアがストローで氷をカランと鳴らした。若いウェイトレスは厨房の奥に入って行ったが、すぐにまた大きな盆を持って出てきた。まっすぐにルティたちの席へ来る。
「タルト・オ・フランボワーズです。」
宝石のようにきらきらと光を反射する、鮮やかな赤色の果実が乗ったタルトが三人の前に置かれた。タルトの台座とされたケーキ皿は真っ白で、まるで宝石が展示されていたケースの中のようだった。非常に薄い皿で艶やかだった。ウェイトレスはパティーに伝票を渡した。パティーはその伝票を眺めると少しだけ思案し、ジーンズのポケットから財布を取り出した。中から何枚か紙幣を取り出して、伝票と交換するようにウェイトレスに渡した。差し出されたウェイトレスは戸惑ったようだが、パティーが一つうなずくと、おずおずと受け取った。ウェイトレスは浅くお辞儀をすると席を離れて次の仕事に向かった。
昼食を終えたら、次はどこを見ようかとパティーが二人に訊いた。こういうとき、ルティは遠慮してしまうのが常であった。うなりながらフランボワーズにフォークを入れて切り分け、口に運んではダリアの方を見る。口いっぱいに広がるラズベリーの芳醇な果実の甘酸っぱさに顔をほころばせていたダリアがその視線に気付いた。アップルジュースを飲んで、ダリアは二人に向かって応えた。
「わたしはここをよく知ってるから、二人の見たいところでいいよ。案内してあげる!」
「この博物館にはよく来るんだね。」
「うん、まあね。」
「そっか。じゃあ、ルティ。」
パティーは改めてルティを向いた。この場は、ルティの意思に委ねられたらしかった。ルティはレモンティーを飲んで気を落ち着かせるとパンフレットを取り出して開いた。興味を引かれるものは確かに色々ある。ざっと、展示されているものの目次を頭か順番に見ていく。数ある項目の中で見たいと強く思ったものはルティの中で二つに絞られた。一つは、有名な舞台演劇や映画の衣装や歴史、舞台裏などを展示し、なおかつ内装が作品の世界観を体現しているという別館。いま一つが、化石を専門に展示している特別展示室だ。
「別館か、化石の特別展示室化で悩んでるんだけど・・・。」
「ああ! 別館はとっても面白いと思うよ!」
ダリアがフォークの先に刺したタルトを顔の前でくるくる回しながら言った。パティーはカップをかたむけて少し飲むと、カップはそのままに噛んでいく。
「別館って何があるの?」
「有名な舞台演劇や映画の世界観をそのまま内装に採用。その歴史、衣装などを展示。
記念撮影許可区域あり。って、書いてあるよ。」
「面白そうだね!」
パティーが子供のように言った。
「じゃあ、次は別館でもいいかな?」
ルティは二人を交互に見ながら同意を求めた。二人に異論はなかった。ルティはほっと息を吐くとレモンティーを全て飲み干した。テーブルに置かれたポットを持ち上げてみれば、確かにもう一杯分くらいはありそうだった。空になったカップに再び紅茶を注ぐ。小皿のレモンはこのために二枚あるのだった。新しくカップを満たす紅茶に、薄いレモンのスライスを浮かべる。レモンが放つ柑橘系の香りが、紅茶の香りと少しだけ混ざる。紅茶の紅と、レモンの黄色。自分たち子供が、クレヨンを使って絵に描く太陽に、よく似ていた。
♪♪♪
三人は少し遅いランチを終えると、レストランを後にした。ルティとダリアはいま一度、パティーにお礼を言った。彼は財布をジーンズのポケットに仕舞いながら、二人の感謝を受け取った。次なる目的地である別館へ向かうためには、一度中庭に出なければならない。階段をぞろぞろ三人連なってパティーを先頭に降りていく。中庭に出ると、最初に来たときよりかは、暑さは幾分か治まっていた。パティーは申し訳なさそうに二人を向いて言った。
「ごめん。一本だけ、たばこ吸ってもいい?」
二人は快諾した。パティーはなおも謝りながら、隅に設置された四角い背の高い灰皿の方へ行くと、ジーンズのポケットから煙草の箱を取り出した。その様子を、少し離れた壁際からルティとダリアは見ていた。箱のふたを開けると、そこから細いオイルライターが出てきた。白い煙草を一本取り出して口に咥えると、その先端に火を点ける。すぐに白い煙が筋となって立ち上った。パティーは咥えていた煙草を離すと、上を向いて口から煙を吐き出した。それを見たルティがくすくすと笑った。
「なんだか、冬の自動車みたいだね。ぽぽぽぽってさ。」
「あはは、そうだね。」
心なしか、ダリアの声色に影が落ちていた。その違和感にルティは疑問を抱いたが、彼女の顔には曇りが認められなかった。ルティは自分の気のせいかと思い、またパティーの方へ視線を戻した。彼は先ほどと合わせて二回、煙を吐くと灰皿の中に吸い殻を入れて二人の元へと戻って来た。そして二人を待たせてしまったことを詫びた。ルティもダリアも、そんなことは全く気にしなかった。ダリアが先頭を切って元気に歩き始める。二人はその後をついて行った。
→第4幕へ続く
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