Dahlia 〜ダリア〜
増本アキラ
幻実と現想 前半
Dahlia
最終幕前半 幻実と現想
― ルティ ずっと ずっと
ともだちでいてね 約束だよ―
ダリアの手記より
「わたしは、うそなんてついていない
あれはみんなほんとうのことです。
みんな夢を見たんだとか、
気が変になったとか言うけれど、
ほんとうのことです。
わたしは、ともだちを
裏切ったりなんかしないから、
誰がなんと言っても、
あの子のことを、存在しないなんて
言ったりしません。
ダリア・プペアンビスキュイという
女の子は、わたしのともだちです。」
ルティ・ベクアールの言
♪♪♪
ルティはベッドに腰かけて、三階の窓から病院の外の景色を眺めていた。病院の目の前を通る大きな道路は、のろのろと走る車でごったがえしていた。耳障りな走行音と、クラクションの音がひっきりなしに聞こえてくる。昼過ぎの空は、車の排気ガスが空気を澱ませたかのように、どんよりと曇っていた。ルティは外を眺めるのをやめて、真っ白い壁に囲まれた室内をぐるりと見渡した。壁には桃色の大きな花が描かれた絵が、金色の額縁に入れられて飾ってある。個室なのでルティの他には誰もいない。少女にとっては広すぎる部屋だった。ベッドのそばの棚にはお見舞いの花束とフルーツバスケット、本、白いオルゴールの小箱、そして、古ぼけた日記帳が置いてあった。表紙の黒い革はかなり痛んでいる。中に綴じられている紙も長い年月を過ごしたのか、空気に触れて焦げ茶色へ変色していた。そこからは古い紙が放つ独特の良い匂いが漂っている。
窓から湿っぽい風が入ってきて、ルティの濃い金色の髪を撫でていった。ルティはサファイアのように蒼い瞳を再び窓の外に向けた。眼下の庭に植えられたイチョウの葉がルティの視界に飛び込んできた。木の葉はその全てが見事に色を変え、黄色の手をいっぱいに広げていた。その美しい黄色に、ルティの小さな胸はちくりと痛んだ。その色は、彼女の中にある思い出と、よく似た色をしていた。
どんより曇った灰色の空から雨が降り始めた。静かな哀しい音に誘われて、ルティも蒼い二つの瞳から静かに雨を降らせた。ひざの上に乗せた小さな手をきゅっと握った。手のひらに自分の爪が食い込んで、少しだけ痛かった。自分の手の、やわらかな、確かな感触。自分は確かにここにいる。そのことを感じると、ルティはまた哀しくなった。また一つ、雨の滴がこぼれ落ちた。ぽろり、ぽろり、弦を弾く音のように優しくこぼれていく。
おもむろに、ルティはオルゴールを手に取ってネジを巻いた。いやに弾力のある、湿った音が一つずつ丁寧に鳴り始めた。ルティはその曲をよく覚えていた。歌詞までは知らないが、それを唄う声は、いまも確かに記憶の中にある。ルティは音を奏で続けるオルゴールの小箱を両手で包み込むようにして持ちながら、再び窓の外を見た。
病室の扉が乾いた音を二回鳴らした。誰かがドアをノックしたようだった。
→第1章へつづく
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