責任とってくださいっ!

中沢安行

付けてなかった。

 何をやっても中途半端。最後までやり遂げたことなんてほとんどない。

 やる気を出すのは一瞬。頭の中はやらない理由ですぐいっぱいになる。

 今もこうして、土手に寝そべって時間が過ぎてゆく状況にただ身を任せるだけだ……



「……てください」

 どこからだろう、声がする。遠くの方から微かに聞こえるその声が深い眠りの底にいた自分を呼び起こした。その声と共に船の上のようなゆったりとした揺れを感じ、妙な心地良さを覚えたが、その揺れは次第に大きくなり、ついには激しい振動となって襲いかかってきた。

「起きてくださいってば!」

 耳元で弾けた大きな声に目を開けると、雲一つない青空と、それを遮るように自分の顔を覗き込む少女の顔が飛び込んできた。

「……誰?」

 自分の顔を覗き込む少女にはまるで見覚えがない。

 秋も近づき、やっと涼しくなった風に少女の長い黒髪が揺れている。夏服のセーラー服から伸びた細く、白い腕がパシンパシンと何度も肩を叩いてくる。

「もう! 『誰?』じゃないでしょ! 責任取ってください!」

「はぁ? 責任?!」

 少女の唐突な一言に思わず声を上げてしまった。まるで妊娠でもさせられたような物言いだが、残念ながら責任を取らなければならないような行為をした覚えはない。そもそも責任もなにも目の間に突然現れたこの少女が何者なのか全くわからない。

 だが少女はこっちの困惑などお構いなしに怒りを含んだような不機嫌な表情を崩さない。

「あなた、中沢安行さんですよね? あなたのせいで世界が大変なことになってるんです!」

「世界? 俺のせいで? ……大変?」

 意味がわからなすぎて少女の言ったことを繰り返すことしかできなかった。関東地方から出たことすら高校の時に行った京都・奈良の修学旅行だけの自分がどうやって世界を大変にできるというのだ。

 とりあえず体を起こし、頭をかいてみた。土手で昼寝をしていて、まだ夢の続きなんじゃないかと思えたが、何度目を擦ってみても目の前から少女の姿が消えることはなかった。それどころか少女はますます詰め寄ってくる。

「どうしてくれるんですかっ!」

 寝転がっていた時には逆光でわからなかったが、突然現れた少女はとても可愛らしい。怒りに満ちた表情ではあったが、大きな瞳をまん丸にしてジッと見つめてこられるとなんだか照れてしまう。

「いやあの、どうしてくれると言われても、そもそも何の話をしてるのか全くわからないんだけど……一体俺が何をどうしたっていうわけ?」

「呆れた……胸に手を当てて考えてみてください!」

「少し、ドキドキしてるかな……」

 少女に言われた通り胸に手を当ててみるといつもより大きく鼓動を感じる。いきなり自分の身に降りかかったよくわからない出来事に動揺しているのもあったが、目の前に現れた可愛らしい少女から軽蔑の眼差しを受けているという自分の状況に、正直妙な高揚感を覚えていた。

「そんなこと聞いてません!」

 聞いてないと言われてもそう答えるしかなかった。

 目の前に現れた少女は自分の名前を知っていて、何故か怒っている。しかしこちらは少女のことなど知らないし、その怒りの理由も当然わからない。いきなり昼寝から叩き起こされ、夢か現実かもわからない今の状況にただ動揺することしかできなかった。

「もういいです! とぼけるなら私が全部話します!」

 混乱するばかりの自分とは違い、少女は先ほどから怒りの表情を崩さない。

「あなたは小説を書いてますよね?」

「……なぜそれを?」

 少女の口から飛び出したその言葉に背筋が寒くなった。可愛らしい少女に見つめられ、ニヤついていた感情が一気に吹き飛んでしまった。彼女の言う通り、自分は小説を書いている。その事実をいきなり言い当てられたことで目の前の少女が急に恐ろしい存在に思えてきた。この少女は一体何者なのだ。

「あなたが書いた小説のせいで世界が大変なことになってるんです!」

「大変なこと?」

 しかし少女の言い分はやはり意味がわからない。自分が書いた小説のせいで世界が大変なことになると言われてもまるでピンとこない。小説を書いているのは事実だが、それはただの趣味だ。誰に見せたわけでもない。極めて個人的なものであって、そんなものが世界に影響を与えるわけもないし、なにより誰にも見せたことのないその小説についてこの少女が知っているはずがない。疑問ばかりが大きくなってゆく。

「あなたは本当に酷い人です……あらすじを思いつくとちょこっと書いては放置、ちょこっと書いては放置。頭の中にストーリーを思い浮かべるだけで満足してしまう……そのせいで最後まで書き切らない物語をたくさん作りましたよね?」

 間違ってはいない。いないからこそ気味が悪い。自分しか知らないはずのことを見ず知らずの少女が知っているのだ。

「あのさ……なんでそんなこと知ってるわけ?」

「身に覚えがあるんですね」

「確かに俺は小説を書いてる……それに、情けない事ではあるけど、どの物語も完成していない。身に覚えのある話かと聞かれれば身に覚えはある。でもそれがなんで『世界が大変』なんてことに結び付くんだ? というかそもそも君は誰なんだ?」

「……あなたが小説を全然完成させないから、物語が反乱を起こしたんです!」

「はあ?」

「つまり、私はあなたが最後まで書かなかった物語なんです!」

「はぁ?」

 少女の言葉に気の抜けた言葉を繰り返すことしかできなかった。しかし少女の目は真剣で、怒りに満ちた目がこちらをジッととらえて離さない。

「私たちは怒っているんです! あらすじを書くだけで満足して物語を完成させないあなたに! そしてもうあなたに期待するのはやめたんです。物語が最後まで書かれることがないのなら自分たちで物語を完結させる! そう決めたんです!」

「ちょっと待って、意味がわからない。君が俺の物語? 物語を完結させる? 一体何なんだ?!」

「それはこっちのセリフです! 物語を完結させず、次から次へ。完成しないまま放ったらかされた私たちは何なんですか! こんな目に遭わされるとか意味がわかりません!」

 少女の口から次々とあふれる言葉はまるで理解できないものばかりだった。

 自分は趣味で小説を書いている。しかしそのほとんどがあらすじを書き殴っただけの未完成品だ。それに怒った小説が苦情を言いにやってきた?

 少女の言い分から今の状況を整理してみてもますます意味がわからない。しかしそのメチャクチャな主張とは裏腹に、少女の目は静かな怒りに満ちており、冗談を言っている様子はない。

「今、この世界はあなたが書きかけで放置したたくさんの物語と繋がっています。SFもファンタジーも、恋愛物語も、あなたが中途半端に作っては放置した世界がごちゃごちゃに混ざり合って、一人称も三人称もめちゃくちゃなデタラメな世界が生まれてしまったんです」

「デタラメな世界……」

 少女の言葉を聞き、中沢安行は辺りを見回した。いつも昼寝をして過ごす河川敷は相変わらず平和で、いつもと変わらないように見えた。どこか体がふわふわするような落ち着かなさはあったが、目に見える景色におかしな雰囲気は感じられない。

「この世界と繋がった作りかけの物語たちは、自分たち自身でそのストーリーに決着を付けようと動き始めています。何も変わってないように見えるかもしれないけど、もう始まってるんです……」

「……じゃあ君も、俺が書いた物語のキャラクターってこと?」

自分の書いた物語が反乱を始めた……その荒唐無稽な話を仮に受け入れるとしても、どうしても腑に落ちない点があった。それは目の前にいるこの少女が何者なのか全くわからないことだ。自分の書いた物語が勝手に動き出したというのなら、この少女も自分の書いた物語のキャラクターなはずだ。それなのにいくら記憶を辿ってみてもこの少女と重なるキャラクターが浮かんでこないのだ。

 すると少女も自分の怪訝な表情に気付いたようだ。

「……もしかして、私が誰かわからないんですか?」

「うん……正直全然わからない」

「最っ低……自分で作ったくせに」

 さっきまでの怒りの表情とは違った、どこまでも冷たい視線が飛んでくる。そのあまりの冷ややかさと、自分で作っておきながら目の前の少女が誰かもわからない申し訳なさから思わず目をそらしてしまった。

「私は……安行さんが作ったキャラの中で一番可哀想なキャラかもしれない。作者にも忘れ去られるなんて……」

 そう言うと少女はうつむいてしまった。必死で頭の中をかき回し、目の前の少女が一体どの物語のキャラクターなのかを探ってみるが、いくら考えてみてもやはりまるで記憶にない。

「あの……その、なんかすんません」

「もういいです。私が誰かわからないなら教えてあげます。私は、物語のキャラクターとして安行さんに設定をもらいました。小説を書いてるんだからわかりますよね? 物語を書く時にはどんなキャラクターを登場させるか、見た目や性格をあらかじめ決めておく……その設定です」

 小説を書く時、確かに設定は書く。ページのどこかに、名前や性格、口癖などを箇条書きして、それを参考にしながら物語を書き進めてゆく。

「安行さんが私にくれた設定は……」 



 ヒロイン

 黒髪ロングの女子高生



「これだけですよ!!」

 消え入りそうだった声から一転、とんでもない怒鳴り声が耳元に響いた。

「二行! 二行ってなんですか! ヒロインって書いておきながら何なんですかこのシンプルさ!」

 少女の怒りが爆発した。

「パソコンのメモ帳にたった二行の設定って! っていうか実質一行ですからねこれ、っていうか文字数で言ったら十文字ですよ、十文字! なにそれ!」

 少女の語気はさらに強まる。

「そもそもこれ設定って言っていいんですか? 黒髪ロングの女子高生とか何それ! こんなのヒロインどころかありがち中のありがちみたいなキャラじゃないですか! 個性とは正反対。むしろ脇役感しかないんですけど! そりゃ作者の安行さんが忘れるのも当然ですよ!」

 チクチクと刺さる言葉が飛んでくるが、全て事実なだけに言い訳すらできそうにない。

「おまけに私には物語のあらすじすらないんですよ! ヒロインとして私が設定されただけで他には何も無し!」

 そう言うと、今度は少女の目にじわりと涙が浮かんだ。

「物語を完結させようにも私にはその物語すら存在しないんです! 私には何もないの!」

 少女は両手で顔を押さえると、下を向いて泣き始めてしまった。女の子が泣く姿なんて小学校の帰りの会で男子と言い争いになって泣いたクラスメイトが浮かぶくらい遠い昔の記憶しかない。いきなり目の前でしくしくと泣かれてもどうしていいかわからない。

「私がなんでここに来たかわかりますか? 安行さんが書きかけで放置した物語たちはこの世界と繋がって物語を完結させようと動き始めてます。でも、私には完結させるその物語すらないんです。私にあるのはメモ帳に書かれたたった二行の設定だけ……だから私はこうして作者である安行さんに怒りをぶつけに来ることしかできなかった……この気持ちがわかりますか?」

 正直な話、あんな設定とも言えない情報しかないヒロインを書き残した記憶は全くない。もし彼女の言うことが本当であるなら、恐らく物語のあらすじを書く過程で『仮』にと用意した人物の設定が、コピーアンドペーストを繰り返すうちにメモ帳の片隅にでも残ってしまった残骸のようなものだろう。そんな自分の意識にも残っていないキャラクターが目の前に現れ、自身の不幸な境遇を語り、涙を流されるとさすがに心が痛む。彼女の荒唐無稽な話を信じるかどうかはともかく、目の前で悲しそうな表情をされてはたまらない。

「なんというか……今、目の前で起こっていることを全て理解できたわけじゃないんだけど、もし、もしも君の言ってることが本当なら、その、ごめん……」

「君……ですか」

 少女がぽつりと呟いた。

「私には安行さんに呼んでもらう名前も無いんですよね……ヒロインなのに……」

 少女の大きな瞳から涙がぽろぽろとこぼれた。

「物語も無ければ名前も無い……私って一体何なんですか……」 

「ごめん……悪かったよ」

 あんな大粒の涙を見せられてはひたすら謝ることしかできなかった。

 すると少女は涙もそのままに、その大きな瞳でこちらをジッと見つめてくる。

「悪く思ってるなら、私に名前を付けてください」

「名前?」

「作者なんだから物語のキャラクターに名前を付けるのは当然ですよね? 名前すら付けてもらえないことがどれだけ悲しいことかわかりますか? 物語が始まるとか完成するとか以前の問題なんですよ」

「そりゃ、まあ……可哀想だよね」

「じゃあお願いします、私に名前を付けてください」

「いやでもさ、急に名前とか言われても……」

「あなたが付けてくれなかったからこんな事になってるんですよ……ちゃんと責任取ってください」

 黒髪ロングの女子高生に潤んだ瞳で『付けてくれなかった』『責任』なんて言葉を使われるとなんだか意味合いが違って聞こえてしまう。責任を取らなきゃいけないような事をした上でそう言われるならともかく、何もしていないのにこれではたまらない。

「名前をください……」

 はっきり言って名前を付けるのは大の苦手だ。小説を書く時にもまず最初につまづくのが名前を決めるタイミングだ。いくら考えてもしっくりくる名前が思い浮かばず、そこから先へ進めなくなり放置というパターンは何度も経験している。テレビゲームでも主人公の名前が決まらなくてなかなかゲームを始められないということが多い。そんな自分にいきなり名前をつけろと言われても何一つ思いつく気がしない。

 しかし少女は捨てられた子犬のように潤んだ瞳で言葉を待っている。『思いつかない』では済まされない空気がそこにあった。

「じゃあ、えーと……十文字比呂って名前とか」

 そう言った途端、すがるような表情だった少女の顔色が一変した。

「……馬鹿にしてるんですか?」

 一瞬で無表情に変わった少女の冷たい視線が突き刺さった。

「私の設定が十文字だったから十文字で、ヒロインのヒロを取って比呂ですか。よくもそんなテキトーな名前を付けられますね! 私がどんな気持ちでここに来て、どんな気持ちで名前が欲しいって言ったかわかってないんですか?」

「いや、そうは言うけどさ、俺は名前考えるの苦手なんだってば。いつも名前を考えるとこで手が止まっちゃって、そこから先に進めないってことがホント多いんだよ」

「そんなだから完成しない物語ばかりになるんですよ」

 耳が痛い。文章は完成させられないが、完成しない、させない理由ならいくらでも口をついて出てくる。少女の言った通りの自分であるだけに何も言い返せない。

「ちゃんとした名前をください」

「そうは言っても、思いつかないものは思いつかないわけで……」

「じゃあ、安行さんが好きな人の名前を教えてください」

「はぁ?」

 さっきから何回『はぁ?』と言っているだろうか、予想もしない少女の言葉にまたしても気の抜けた声を出してしまった。 

「ほら、物語のヒロインを好きな人の名前にするのってわりとありません? ゲームのキャラとかも好きな人の名前を入れて始めたりするじゃないですか」

「いや、だって、君に好きな子の名前付けて呼ぶわけ?」

「はい」

「はいって、それでいいの? 他人の名前を使うとか、とてもちゃんとした名前のつけ方とは思えないけど……」

「そんな事ないですよ。私は物語の中のキャラクターですから私にふさわしい名前の付けられ方だと思います。物語のキャラに好きな人を投影して、その子と冒険したり、恋愛したり、そういうのは物語作りのきっかけとして自然です」

 なんだか急に具体的で現実的な話をぶつけられて妙に落ち着かない。

 正直に言うと、自分自身、登場人物を身近な人物に置き換えたりはよくしている。キャラの名前に使うことはもちろん、その性格なども実在の人物をイメージして書くことがある。

「でもなぁ……」

 小説の中に存在する文章としてのキャラクターならばそれでいいかもしれない。だが少女は目の前にリアルな人間として存在していた。自分の小説が世界と繋がって、自分の考えたキャラが目の前にいるという話を最大限受け入れたとしても、目の前にこうして存在する人物に好きな子の名前を付けて呼ぶということには抵抗があった。

「いいから早く教えてください!」

 少女に引き下がる気は無さそうだ。さっきまでの涙が残る潤んだ瞳にジッと見つめられては逃げようがない。

「じゃあ……ミキで」

するとその名前を聞いた少女が笑いをこらえるように唇を噛んだ。嬉しいのか、それとも馬鹿にしているのか、ニヤリと口元を歪め、こっちを見てくる。

「へー、安行さんはミキって名前の人が好きなんだ。どこの誰なんです?」

「そ、そんなの誰だっていいだろ」

「よくないですよ、私の名前の元になる人ですもん、気になります」

 気になってもらっては困る。はっきり言ってしまえば『ミキ』という名前はとあるアイドルの名前だ。好きな子と聞かれて頭に浮かんでくるのがアイドルだなんて、そんな幼稚な人間であることはとてもじゃないが知られたくはない。

「ミキっていうのはもう君の名前だ、元ネタなんて関係ない。君のための名前なんだからそれでいいじゃないか」

「私の名前……」

 すると少女の顔がパッと明るくなった。

「ミキ……ミキかぁ。これが、私の名前……」

 さっきまでの悲しい涙とは違う涙で少女の瞳が潤んでいる。

「安行さん! 私のこと、ミキって呼んでみてください!」

「は? なんで!?」

「なんだかいよいよ私の物語が動き始めた感じがするんです! これは何もなかったはずの私の物語へついにやってきた始まりの一歩なんです! お願いしますっ!」

 少女がわくわくした表情で見つめてくる。もしも彼女にシッポが付いていたなら全力で左右に大きく振っているに違いない。それくらい嬉しそうだ。

 しかし考えてみれば奇妙すぎる話だ。

 土手でいつものように時間潰しの昼寝をしていたところを突然少女に叩き起こされたと思ったら、見覚えのないその少女は自分が書いた小説のせいで世界が大変なことになったと主張する。さらには彼女自身も自分の書いた設定が元のキャラクターだと言い張ってくる。あまりにメチャクチャだ。

「ほら、私の名前……安行さんがつけてくれた名前、呼んでください」

 嬉しそうにこちらの言葉を待つ少女を前にしばし考えた。

「……」

 そして結論が出た。

「よしわかった! ミキさん、とりあえずおつかれ! まあ色々あると思うけど頑張ってください。じゃ、そういうことで!」

 これ以上こんな面倒に付き合っていられない。関わらないという選択が最良にして最高の決断だ。少女に背を向け、この場から離れることにした。

「ちょ、待ってください! どこへ行く気ですか!」

「どこって、帰るんだよ」

 背後から少女の声が付いてくる。だが振り返らない。

「私の話を聞いてなかったんですか? 物語の世界と現実が繋がっちゃったんですよ! 大変なことになってるんですよ!」

「いや、それは君がそう言ってるだけだろ。周りを見ても特に何かが変わったようには見えないし、ハッキリ言っちゃえば変わってるのは世界じゃなく君の方だ。最初は俺の名前を知ってたり小説を書いてることまで知ってて驚いたけど、その程度なら偶然だったり事前の調査だったりでどうとでもなる。小説と世界が繋がるなんてメチャクチャな話を信じるよりも、ただの頭のおかしな子に絡まれたと考えた方が自然だ」

「そんな! 私は正真正銘あなたが作ったキャラクターです! 何の物語も書いてもらえないままこんな世界に連れてこられたのにまた放ったらかしにするんですか? たった一行の設定だけで放置した時みたく! 私の物語はどうしてくれるんですか!」

「いや、俺にだって俺の物語があるわけで、俺は俺でこの日常を頑張って生きていかなきゃならんわけだよ。君に関わってる暇はない、ごめんな!」

 昼寝をしていた土手を降り、道路を越える。しかしそれでも少女は離れようとはせず、後を追いかけてくる。

「待ってください! 私はあなたの子供みたいなもんなんですよ! 娘を捨てる気ですか! 責任取ってください!」

「いや、娘ってさ……」

 『あなたの子』だの『娘』だの『責任』だの、女と無縁な自分にとってあまりに現実味の無い言葉をぶつけられてもただひたすら困る。おまけにあまりに大声だ。通りすがる人の冷やかな目に立ち止まるしかなかった。

「責任取ってください!」

「だから責任とか言われてもさぁ……」

 そういうセリフは責任取らなきゃならんようなことを俺にさせてから言え。とはとても言えない。

「えーとなんだっけ、俺が小説を完成させないせいで小説そのものが自分たちで物語を完結させようと現実の世界と繋がったんだっけ? だったらさ、君も自分なりに好きに動いて物語を作っていけばいいよ。大丈夫、君ならできる!」

「無責任すぎます!」

「そう、俺は無責任なんだよ。だから君が頑張れ!」

 呆れ、怒り、軽蔑。ありとあらゆる否定的な表情を一つの器に盛ったような表情で少女がこちらを見つめている。

「君は高校生なんだろ、だったらさ、とりあえず高校とか行ってみたら? ちょうどここに高校あるしさ」

 土手を降りて堤防沿いの道路を渡ったこの場所には高校があった。いくら女子高生とはいえ頭のおかしな奴に付きまとわれるのはまっぴらだ。高校生は高校生らしく同世代の子たちと絡んでもらうのがいい。この学校の生徒に少女を押し付けて、自分の身代わりとして生贄になってもらうのが一番だ。

 しかし、校門に取り付けられたプレートが目に飛び込んできた瞬間、全ての時間が停止した。プレートに書かれている学校名を見て、全身から力が抜けてゆく。

「なんで、ここに……」

 プレートに書かれていた学校名は確かに見覚えがあった。

「都立……池二江高等学校……」

その学校名は、自分が小説に書いた架空の高校と同じ名前だった。

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