エピソード1【おとなりさん】④
* * * *
――10分後。
落ち着いてきた私たちは、床に散らばった家具や本、食器などをゆっくりと片付け始めた。
ふう。
しかし、すごい散乱具合だな。
この光景が、今の地震の凄さを物語ってるな。
良かった。
みんな、無事で本当に良かった。
ドンドン!――
ドンドンドン!!――
「あっ……」
また、おとなりさんだ。
また、壁を叩いている。
「ハハッ……」
不思議だな。
いつもなら、壁を叩かれるとイライラするのに、今はなぜかホッとしている。
無事だったんだ。
おとなりさんも無事だったんだ。
私はクスッと小さな笑みが自然にこぼれていた。
人が死ぬかもしれないという状況に直面すると、いかに安全が大事かということがよく分かる。
隣人の安否も確認し、私はホッと胸を撫でおろしていた。
「う~ん、しかし……」
おとなりさんは、どんな人なんだろう?
気になる。
やっぱり、気になるな。
あっ……待てよ……今なら、いいきっかけになるかも。
おとなりさんの心配をするという口実があるし、どんな人か確認することもできる。
「よし」
訪ねてみるか。
うん、訪ねてみよう。
私はついに、おとなりさんの部屋に突撃することを決意した。
そして玄関に歩みを進め、勢いよくドアを開けた。
――すると。
「え……?」
え?
え??
瞬時に硬直――
そう。
頭の中が真っ白になるとは、まさに今この状況のことを言うのかもしれない。
え!?
え!?
私は、自分の目を疑った。
なぜなら、そこは私の記憶にあるマンションの見慣れた風景ではない。
そう。
全く見たこともないような景色が、目の前いっぱいに広がっていた。
バタン!――
即座に身をひるがえし、震える手でドアを閉め鍵をかける。
うそ!?
どういうこと!?
記憶と違う。
これほど恐ろしいものはない。
恐怖を覚えた私は、部屋の中に慌てて戻った。
何!?
今のは何だったの!?
考える。
全ての機能が停止しかかっている脳をフル回転して必死で必死で考える。
「あっ……」
ひょっとして……地震の被害が、私の思っている以上にひどかったのかも……?
そう。
考えた結果、それしか浮かばない。
それしか、つじつまが合わない。
ドアの外は一瞬しか目にしていないが、それほど私の頭の中にある風景とは全く違っていた。
ドンドン!――
ドンドンドン!――
ひっ!?
全身が雷に打たれたように電流が走る。
反射的に体を反転させ、壁に目をやる。
ちょ、ちょっと、待って……いま、壁を叩く問題はどうでもいいから……
少しの間でいいからおとなしくしててよ、おとなりさ……
「コラッ!」
え……?
「やめなさいって言ってるでしょ!」
え??
なんだ、なんだ??
外から声が聞こえてくる。
壁の向こう、おとなりさんの部屋から声が聞こえてくる。
ダダッ!――
私は、急いで壁の近くに駆け寄った。
そしておもいっきり、片側の耳を壁に押し付けた。
今まで、声が聞こえてきたことなんかなかった。
おとなりさんは、1人で住んでるものとばかり思っていた。
でも、違った。
明らかに会話をしている。
2人、もしくは2人以上で住んでいるようだ。
ゴクリ――
生唾を飲み込んだあと、私は目を見開き、壁の向こうの声に全神経を集中させ耳を傾けた。
――
―――
――――
「全く、もう、トモコは……、何回言ったら分かるの。叩いたりゆすったりしちゃだめって言ったでしょ。これは、観賞用なの。見て楽しむものなの」
「ごめんなさ~い」
「何の音かと思って部屋に入ってみたら、まだこんな古い物で遊んで……トモコも、来年は6年生になるんだから、ママの言うことは聞かなきゃだめよ」
「は~い」
「ところで、これはもう捨てるからね」
「えっ! 絶対いやだ! 私、これがいいもん!」
「これは不良品かもしれないから、使わないほうがいいの。変わりに、学校の成績が良くなったら、最新のを買ってあがるから」
「いやだ~! ずっと一緒だったんだもん!」
「もう、しょうがないわね……あのね、これは使っちゃだめって、いまニュースでやってたのよ。トモコにはちょっと難しいかもしれないけど、このニュース見てごらん」
「うん……見るけど……でも、でも……捨てるのは絶対やだ……」
――――
―――
――
……?
……??
私の頭には、クエスチョンマークが無数に浮かんだ。
何?
何なの??
いったい、この親子は何の話をしているの??
《…………》
あっ……今度は、テレビの音が聞こえてきた。
そういえば、ニュースがどうこう言ってたな。
私は、壁に当てた耳をさらに押し付け、必死で情報を得ようと試みた。
――
―――
――――
《みなさん、こんにちは。本日の主な出来事です》
いったい、何のニュースなの……?
《5年前に画期的な商品として発売され、一大ブームを巻き起こした、眺めて楽しむ鑑賞用玩具、『リアルドールハウス』に欠陥が見つかりました≫
リアル……ドール……?
《欠陥が見つかったのは、『1/13スケール、幸せ4人家族~マンションバージョン~』のリアルドールハウスです》
……??
《このバージョンのリアルドールハウスは、2000年初頭の、とある一家を描いたもので、このシリーズ最大のヒットを記録しています》
シリーズ……最大のヒット……?
《家庭や我が子すらもかえりみず、マザコンで亭主関白な夫、天使のように聞き分けのいい、癒し系のスマイルを持つ幼い娘、嫁を敵のように扱い、小言をグチグチ言う姑、そして……》
そして……?
《夫と姑にいびられながらも、嫌な顔一つせず、毎日をにこやかに楽しく生活していく妻》
あ……
《この4人の家族構成です》
も、もしかして……
《欠陥の原因は、人形に搭載した、HーTMP305型の人工知能の暴走によるものと思われます》
う、うそ……
《人工知能の暴走により、人形が自我を持ち始め、独自の過去を作りあげ、自分のことを人間と思いこんだり、プログラム通りに行動しなくなったりする恐れがあります》
そ、そんな……
《欠陥品の確率は、およそ、1万個に1セットの割合です。もし、プログラム通りに人形が動かなくなった場合、思わぬ事故を引き起こす可能性があります》
ま、まさか……
《すぐに、最新式の『1/13スケール、奥様はセレブ生活・幸せ5人家族~シロガネーゼ一戸建てバージョン~』に取り替えますので、製造元のグローバルメディカルファンタジーまで、ご連絡ください》
――――
―――
――
「う、うそ……」
私は一瞬で言葉を失った。
そのニュースの内容は、衝撃的なものだった。
そう。
私は、人形だった――――
いや……私たちと言ったほうがいいのか。
タカシもミカもお義母さんも、みんなみんな人形だったんだ。
「そっか……」
そういうことか……今まで私は、このマンションがもちろん実際に存在しているものだと思っていた。
でも、違った。
全部、1/13スケール。
ということは、私は身長160cmだと思っていたけど、実際は12cmほど。
この3LDKの部屋も、ごくごく小さなおもちゃの部屋。
「あっ……」
てことは、タカシとお義母さんが歌舞伎に行ったっていうのも、プログラム通りに動いていただけだよね。
すぐに帰って来ることによって、私を天国から地獄に突き落とす。
私に、嫌がらせをするため。
タカシとお義母さんは、そういうプログラムだもんね。
「それに……」
私は、色んな過去や記憶を、独自に作りあげているようだ。
このマンションの外は、こんな風景。
マイホームの外には、こんな町が広がっている。
などなど、勝手に記憶を書き換えているようだ。
だって、私たちが住む外の世界は、この女の子の部屋だもんね。
「そっか……」
おとなりさんだと思っていたのは、このリアルドールハウスの持ち主だったのか。
あの小さな女の子が、壁を叩いていたのか。
あっ!
分かった!
いま分かった!
さっきの地震も、あの女の子が揺らしていたのか!
そうか。
そういうことか。
ん……?
あれ……?
ちょっと待って……
「じゃあ……」
そっか……
私は、欠陥品か――
そうか。
そうだよね。
私は、自分のことを人間と思いこんでいた。
それに、おそらく私は、プログラム通りに行動していない。
《夫と姑にいびられながらも、嫌な顔一つせず、毎日をにこやかに楽しく生活していく妻》
このプログラム通りに行動していない。
だって私は、ここ数日、イライラしっぱなし。
これは、確実に自我が目覚めている証拠よね。
そっか。
私だけが欠陥品なのか。
タカシもミカもお義母さんも、プログラム通りに動いていただけなんだよね。
えっ……あれ……?
プログラム通り……?
《嫁を敵のように扱い、小言をグチグチ言う姑》
これが、お義母さんのプログラムのはず。
でも、お義母さんは、さっきの地震で私をかばってくれた……嫁を敵のように扱うってプログラムなら、絶対にこんな行動は取らないはず。
そして、タカシもミカを……
《家庭や我が子すらもかえりみず、マザコンで亭主関白な夫》
こんなプログラムのタカシが、とっさとはいえ、危険をおかしてミカをかばったりするんだろうか。
ひょ、ひょっとして……いや、そうだ、そうに違いない。
みんな、自我が芽生え始めているんだ――――
そういえば、さっきのニュースでも、欠陥品は『1万個に1セット』と言っていた。
『1体』じゃなく『1セット』と言っていた。
じゃあ、少しズレがあるだけで、みんな、自我を持ち始めるかもしれない。
そうすれば、さっき、私やミカをかばってくれたように、あれが、タカシやお義母さんの本当のやさしさなら、私たちはきっと家族としてうまくやっていける。
幸せな生活が待っている。
だとすると、私の取るべき行動はただ1つ。
持ち主の女の子やそのお母さんに、欠陥品だとばれないこと。
幸い、あの女の子は、このリアルドールハウスを気に入ってくれている。
欠陥品じゃなければ、あのお母さんも、私たちを処分したりはしないだろう。
よし。
騙してやる。
私たちのおとなりさんを騙してやる。
絶対に、温かい家庭を手に入れてやる。
「フフ……」
だから、これからもよろしくね。
壁の向こうの、大きな大きなおとなりさん。
仲良くしてね、おとなりさん。
【To be continued】
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