第三十話【核恫喝】

 なぜ日本の首相から〝核の傘〟に言及した声明が求められたか? 理由は単純明快。核兵器を他国に対する恫喝の道具にする国があるからだ。


 どこの国にも跳ねっ返りの軍人ってやつがいる。そいつがやっちゃったんだよな。ロシア人が。イカれた発言を。

「国後か択捉に核兵器を配備することが必要だ!」言ったのは将官クラスの高級軍人だ。日本政府が〝北方領土〟と呼称し返還を求めている島々に核兵器を配備すると言いだしたのだ。

 俺のことを〝バカ大統領〟とか言いやがる奴らに言いたい。俺よりバカな奴ならいくらでもいる。世界はだだっ広い。

 これでさらに思いっきりハードルが下がったのか、今度跳ね返った軍人は中国人だった。奴もまた将官クラスだった。奴の言ったことは更にイカれていた。尖閣諸島について語った文脈の中で、

「我が国は核兵器を持っており日本は持っていない。釣魚島に手を突っ込む行動について、よくよく考えてから行動することだ」と抜かした。


 もはや俺は「……」となるしかない。絶句ってやつだ。


 当然、日本政府としては直ちにこの両国に抗議し遺憾の意を伝えた。

 だが、この後さらに信じられないことが起こる。抗議を受けた側、両国政府の対応だ。こうした軍人どもの脳天にハンマー……じゃなかった、処罰はもちろん注意すら与えなかった。

 逆に「日本は緊張を高めるべきではない」と異口同音に言い切りやがった。ロシアと中国の政府のヤローどもは。これでは核恫喝は奴らの国家意志だと思われても当たり前だろう。両国ともまるで自国は何一つ緊張など高めていないかのように何もしない。跳ねっ返りの軍人に暴言を言わせることで観測気球を上げたんじゃないかと勘ぐるのが常識というものだ。


 その軽率な言動に煽られる形で中国のインターネット民意が暴走を始めつつあった。

〝日本のあらゆる都市に核兵器を撃ち込み、日本人を虐殺しよう!〟

〝日本全土を放射能で汚染しよう!〟

〝日本民族を全て核兵器で滅ぼしてしまおう!〟

 という手の書き込みが氾濫し続けていた。普段は削除しまくるくせにこういう時に限ってろくに削除されない。そういう風潮がさらにロシアにも輸入されるという悪循環が続く。

 〝核兵器〟ということばが振り回され結局発言者も処罰されず撤回もされなかった。

 こうして、日本に対する一国集中集団リンチに。

 それで脅された側、つまり日本だけどな、こっちに振って来やがった! 俺のところに!


 しかし、俺は言いたい。

 日本はやられすぎる!

 周辺国にな!


 しかもやられても抵抗らしい抵抗をほとんどしない。

 唯一するのが 〝イカンのイ(遺憾の意)〟ってヤツだけだから、さらにロシア人や中国人に舐めてかかられるんじゃないか? ここは発言の撤回くらい求めるべきところじゃなかったか?——もっとも抵抗されたら怒り始める奴が俺の国にもいそうだがな——ほぼ無抵抗のせいでやる奴の側がその行動を信じられないくらいエスカレートさせる。

 

 日本人が弱すぎるからこうした事態を招くのではないか? これは『イジメ・プロブレム』と同じ構造ではないか? なぜこうなってしまうのか? どういう言葉で説明すればいい? こうした日本を。


 温和しい? いや違う。

 冷静? それも違う。ともかく日本人ではない俺には説明がつかない。


 しかし『核兵器』が絡めばこちらに話しが振られるのは当然といえば当然の成り行きだ。同盟国且つ非核保有国なのだから。

 とまれ今までには起こり得なかった極めて深刻な事態が、事が起こった。日本の領土問題が核兵器と結びついた。

 もっとも、北朝鮮やロシアや中国やらの核恫喝に日本が自らの力で実力対処されたらアメリカにとってコトなのだがな。プルトニウムも大量に貯蔵していることだしな。

 もちろん日本はそうした行動をとらない。その代わり、アメリカ合衆国の声明を、内々に、期待されることになる。つまりトーキョーのサトーから直接電話がかかってくることになるのだ。こうして日本の周辺国の『核恫喝』をきっかけに、合衆国が国際紛争に巻き込まれていくことになる。『核の紛争』に。


 日本も気の毒といえば気の毒なのだ。この地球上、核兵器など持っていない国の方が大多数なのに、例えば、ただ今開店休業中の〝六カ国協議〟とやらを引き合いに語ってみると、参加国の半分以上が核保有国だとは異常な立地条件じゃないか。


 今にして思えばこうした気の毒な事情に想像力を働かせることができる〝報道〟ができていれば、世界はもっと何となく平和でいられたのかもしれない。


 ならず者がまずきっかけを与え、それが一国集中集団リンチに繋がるという異常地域。それが北東アジア地域。こうした事態も地球の田舎の野蛮な習慣のなせる業なのだろうな。

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