第1話
今日もいざ行く、悪を討つため、
握った拳は決意の固さ、
無敵の5人が揃う時、
破滅の嵐は雲散霧消~
毎週月曜日、朝7時から再放送されている『救極戦隊オメガレンジャー』のオープニングテーマをすり抜ける様に、仏壇の前に置かれている鈴を、日向陽子は正座の姿勢でチーンと一つ鳴らし、手を合わせた。
陽子の着る制服のブレザーは真新しく、スカートの糊がしっかりときいていて、正座などしたら皺になってしまいそうだが、彼女はあまり意に返してしない様だった。
仏壇に祠られている二つの写真の人物はそこに収まるには若く、まだ30代半ばくらいに見える。
「諦めるな! 俺たちがここで倒れたら、一体誰がみんなを守るんだ?!」
モニターの中で、全身赤い、ピタッとしたスーツとフルフェイスのヘルメットを被る男が、他の、やはり同じ様な出で立ちだが、それぞれが違う色の仲間たちに檄を飛ばしていた。
黙祷を捧げていた陽子は静かに目を開けると、ゆっくりとモニターの方へ振り返った。
ピンクスーツの女性が言う。
「でも、レッド! あの人は私たちの忠告を無視して山に入ったのよ?! ここで行ったら他の人々まで危険に晒すことに…」
陽子はモニターを見つめたまま、ゆっくりと口を開け、
「すくえるいのちをえらんだり…」
モニターの中の赤いスーツの男が、
「救える命を選んだり!」
「どちらかをいかすために…」
「どちらかを生かす為に!」
「せんたくなどしない…」
「選択などしない!」
「すべてのいのちをまとめてすくう…」
「全ての命をまとめて救う!」
「それがきゅうきょく、おれたちきゅうきょくせんたいオメガレンジャーだ」
「それが救極、俺たち救極戦隊オメガレンジャーだ!」
陽子のつぶやきは最後、モニターの中の赤いスーツの男の台詞と重なっていた。
「そうだったわね…。私が間違ってた。私の救極心が残った人々を守るのに精一杯で、少し揺らいでいたみたい…」
ピンクスーツの女性が伏し目がちに言うと、赤いスーツの男は軽く頷き、右手を彼女に差し出した。
画面の中央で固く握られる赤い手袋とピンクの手袋。
それを観た陽子は、先ほどまで無表情だった唇の端に微笑みを見せ、
「じゃあ、行ってくるね。お父さん、お母さん」
と、静かに言い、学生カバンを持って立ち上がった。
カバンを持つ彼女の左腕に付けるブレスレットが銀色にキラリと輝いた。
「浅黄! オメガレンジャーは観ていかんのか?」
首ほどまである白い髭を蓄えた老人が、早々に屋敷を出ていこうとする比嘉森浅黄の背中に怒鳴るように投げかけた。
「うるせぇんだよ、ジジイ! 今更そんなの観てられっか!」
浅黄は彼の特徴である上下八本の八重歯をむき出す様にして返した。
「昔はこの時間になるとテレビの前から動かなくなったもんだがな…。先代が知ったらそれを成長と取るか、夢をなくしたと言うか…」
「ガキの番組で大げさなんだよ…」浅黄はため息を付くように言って、「大体、ウチはヤクザだろうが、親父が生きてたら喜ぶに決まってる」
老人は腕を組み、少し思案してから、
「本当にそうかな…? 先代はなにより義理と筋を通すお方だった…。亡き先代からお前さんを預かっている以上、筋を通さない様な男になってもらってはこの玄鋼、あの世で先代に顔向けできん」
「なんでそんな話になんだ?」
「先代は仰ってた…。弱気を助け、強気を挫き、誓った約束は死んでも守る。それが侠各の本分だとな。これをお前が小さい頃から一緒に観てきたが、この話は筋が通った漢の…」
「だから!!」浅黄は玄鋼の言葉を遮り、「大げさだってんだよ! こんなのイマドキ、ガキでも見ねぇよ! 大体な、ずーっと再放送してっから、内容なんて頭に入っちまってんだよ!」
玄鋼はそう捲くし立てる浅黄の顔をニヤーっと見つめていた。
浅黄はそれに気づき、
「チッ! いくぜ俺ァ!」
素早く玄鋼に背を向けた。
すると屋敷に詰める若い衆の厳つい男が一人、片膝を付いてうやうやしく浅黄に学生カバンを差し出した。
「よけぃなコトすんな! テメェで持てるわ!」
浅黄は八つ当たりするように、そのカバンをひったくるように受け取った。
玄鋼はその屋敷の大きな門から、浅黄の背中が見えなくなるまでニヤニヤと見送った。
得田真太郎、15歳。
この日は公立神ヶ森高校への初登校日だ。
電車を降り、改札を出、短いが活気のある商店街をまっすぐに通り過ぎると、その校舎が見えてくる。
電車の中も、高校へ至る道も、自分と同じ真新しい制服を着た新入生たちが、新しい生活に期待を膨らませ、和気藹々と歩いている。
得田真太郎はその中で一人、浮かない顔でカバンを抱えるように歩き、自分の今までの学校生活を反芻していた。
(こんなモン、まだ観てんかよ!)
小学校にあがった頃、親友だと思っていた彼の顔が忘れられない。
リノリウムの床に叩きつけられた、オメガレンジャーがプリントされた筆箱。
中学の頃はひたすら自分が好きなものを隠していた。
恐らく、今向かっている高校に入学しても同じだろう。
そう、彼がいる限り。
「よう!」
電信柱の陰から、真太郎を待ちかまえていた男たち。
その中心に耳にいくつもピアスをあけた金髪の男がいた。軽薄な感じだが、同年代の女子たちから見ればいわゆる、『イケメン』と呼ばれるであろう部類の男だ。
金髪は、眼鏡の冴えない真太郎の肩に乱暴に手を回し、裏路地に引っ張って行くようにしながら、顔を近づけた。
「真太郎ちゃ~ん? 腐れ縁ってやつかな? まさか高校まで一緒になるとはねぇ?」
真太郎は必要以上に顔を近づける金髪の目を見ないようにしながら、
「う、うん。そうだね。綾川くん…」
「そ、う、だ、ね。じゃ、ないよ、真太郎ちゃん!」
金髪、綾川成矢はそう言うのと同時に、空いている右拳で、真太郎のみぞおちを叩いた。
たまらず地面へヘたり込む真太郎。
「セイヤの腹パン、マジハンパねーな!」
綾川の取り巻きの一人、坊主頭の男が軽薄な口調で言う。
「おいおい、オレが本気出せばコイツなんて内臓破裂であの世逝きだぜ? ボクシング推薦は伊達じゃねーんだよ」
綾川は得意そうに腕を捲り、力こぶを作った。
地面へうずくまったまま動けないでいる真太郎。
そこへ綾川はがに股に足を折り、顔を近づけ、真太郎に聞こえるだけの声で、
「お前、オレの友達だもんな? このこと誰かに言ったら友達のオレがすっごい困るの分かるよな?」
真太郎は、みぞおちから何かが上がってくるのを必死で堪えながら、
「う、うん、分かってるよ…綾川くん…」
綾川はニヤニヤとした笑みのまま、真太郎の肩に手を回し、半ば強引に彼を立たせた。
「じゃあ仲良く初登校と行こうぜ」
真太郎はうつむいたまま、それに首だけで返事を返した。
綾川とその取り巻きたちがその路地裏を出ようした時、
「待ちなさい!」
「待ちな!」
男女の声が同時に響き、路地裏にいたる口に同じ高校の制服を着た男女が立っていた。
が、その男女もお互い面識が無いようで、先ほどの投げかけの後、お互い不思議そうに顔を見合わせていた。
浅黄は今朝の玄鋼とのやりとりにむしゃくしゃとしながら道を歩いている。
玄鋼のジジイは死んだ親父の右腕で、ゆくゆくは家業の正式な二代目組長に俺を据える気だ。
家業とは勿論、ヤクザだ。極道だ。
な、クセに俺には日常の細かいことでいちいち小言を言いやがる。
挨拶の仕方。身だしなみ。果ては箸の上げ下げまで。
人をビビらせて生きる極道がそんな小せぇ事気にしてられるか。
その割にあのガキのテレビ番組を小さい頃からしきりに見せやがる。
なにがオメガレンジャーだ。
なにが救極とは全ての人々を救う極みだ。
なにが握った拳は決意の固さだ。
なにが未来は誰かに与えられるものでは無い、自分がどう選択するかというもの。選択する前の命を奪う事は絶対に許さないだ。
それらの事が頭の中でぐるぐるとしている浅黄の人相は相当なものだったのだろう。道は登校時間で少し混んでいたが、彼が進むと自然に、モーセの十戒の様に人の道が出来た。
浅黄は整った顔立ちはしているが、八重歯をむき出しにした彼の表情は正に狂犬の様だった。
今日もいざ行く、悪を討つため~
小さな頃から聞いていた、あのテレビ番組のオープニングテーマが浅黄の頭の中でリフレインする。
「ガアァァァア!」
浅黄はそれを打ち消すように突然声上げた。
周りの生徒たちは一様にビクッと肩を上げ、恐る恐る浅黄の顔を見た。
カバンで頭を隠し、しゃがみこんでいる男子生徒もいる。
浅黄は計らず注目を集めている事に気づき、少し気恥ずかしくなって、学校への歩調を早めた。
と、そこへ。浅黄には興味深い光景がその目に入った。
気弱そうな自分と同じ制服の眼鏡の生徒をチャラチャラした金髪の男とその取り巻きらしき一団が路地裏へ連れ込んで行く。
浅黄は、ははぁ~ん。と、口の端を上げた。
これはカツアゲだな。と。
自分には関係無いが、八つ当たりできるチャンスだと。あれなら多少殴っても、玄鋼のジジイはそこまでうるさく言わないだろう。と。
浅黄は心の中で満面の笑みを作りながら、その一団が入っていった路地へ足早に向かった。
駅まで徒歩で七分。そこから電車で30分行った所に、今日から高校生活を送る神ヶ森高校がある。
陽子はまっすぐに校舎へ至る商店街の通りを歩いていた。
当然なのだが、同じ制服の学生たちが多い。
脇目を振らず、まっすぐに歩く彼女を周りの生徒たち、特に男子生徒たちはちらちらと盗み見て、コソコソと何か話していた。
陽子は、化粧を一切していなく、髪は首にかかるくらいのショートで、左をヘアピンで止めている。
陽子はそんな質素な風貌だったが、思わず振り返って見てしまうほど、可憐な顔立ちだったのだ。
高校生と言えば、もう完全に異性の目を気にする年頃だろう。陽子ほどの見た目なら、もっとおしゃれをしたり、美貌を鼻にかけてもおかしくない。しかし、自分が噂になっているのに全く気付いていないのか、気付いているがあえてそうしているのか、全く汲み取れない表情で陽子は学校への道を歩いていた。
陽子が歩くと、カバンを持つ左手首の銀色のブレスレットがキラキラと揺れる。
飾り気が無い彼女の出で立ちの中で、そこだけは妙に浮いていた。
突然、陽子は何かに気付き、その方向へ視線を動かした。
気弱そうな眼鏡の生徒が、金髪の男とその取り巻きらしい男たちに路地裏へ連れて行かれようとしている。皆、自分と同じ高校の制服だ。
陽子はそれを認めると、駆け足でその路地裏へ向かった。
真太郎は突然の光景に混乱していた。
幼なじみで自分をいじめる綾川くんと早々に会ってしまう。
おなかを殴られる。
そしてその場に突然あらわれた、自分と同じ制服の男女。
まだ学校にも着いてないのに、色々ありすぎだ。と。
しかも、その男女はこちらを放ったまま、言い合いを始めた。
「あなたは何? 彼らの仲間?」
表情は変えないが、綺麗な顔立ちの女子が、もう一人の男に問う。
「あぁ?! 俺がコイツ等みたいな性根が腐った様な顔してっかよ?!」
もう一人の男の方が、牙の様な八重歯を八本、むき出す様にして言った。
「してるわ」女子は少し目を細め、一瞬間を置いてから、「八重歯が下品」
「生まれつきだ! ほっとけ!」
「じゃあ何? 眼鏡の彼の友達?」
「知らねぇよ! こんな弱そうな奴」
弱そうな奴…。
確かにその通りだと、真太郎は心の中でうなだれた。
「じゃあ、どちらとも関係無いじゃない」
「うるせぇな! 大アリなんだよ! てめぇこそなんなんだ。女のクセに首つっこもうとすんじゃねぇ」
無表情だった彼女の眉根が、その言葉で少し曇った様に見えた。
「それは聞き捨てならないわね」
「やる気かよ? 俺が女だからって手加減すると思ってんのか?」
「それは私のセリフよ。ケンカと人を救う事の違いを教えてあげましょうか」
「あぁ?」
男の方は、コイツは何を言ってるんだ? という様に、首を少し傾げて、顔をのぞき込む様にした。
しかし、真太郎は、彼女が言った言葉を自分が心の中にしまっている救極戦隊オメガレンジャーの中から見つけだしていた。
そう、あれは第26話、『仇を前に…ブラック、漢の決意!』だ。
オメガブラックこと黒羽リュウヤは普段は物静かな男だったけど、恋人の仇である敵幹部ドスタンクを前にして、救極戦隊を抜けるって言うんだ。「最初から仇を討つために救極戦隊に入った。ここにもう用は無い」って。そこで回想シーンが始まって、リュウヤの元へ救極戦隊リーダーであるオメガレッド、緋昇一成が彼をスカウトしにくる。恋人を失ったばかりのリュウヤは、現在の性格からは考えられないほど荒れてて、一成に喧嘩をふっかける。一成はそんなリュウヤを制し、「こんな素晴らしい力を無駄に使うな。俺がケンカと人を救う事の違いを教えてやる」って言ってリュウヤは改心する。リュウヤは現在でその言葉を思い出し、自分の仇より街の安全を優先して、救極戦隊に帰ってくる熱いストーリーで、何よりあの言葉を思い出して回想から現在のシーンに移行するカットが…。
「オイ、オマエラ!」
綾川が大きな声で、名前も知らない男女へ威嚇する様に言った。
肩に手を回た綾川と真太郎の顔が必然的に近かった為、妄想の世界に入り心がその場から少し離れていた彼はビクッと肩をすぼめ、一気に現実に引き戻された。
「突然あらわれてガタガタガタガタ…オレたちに用が無ぇんなら、そこどいてくんない? 遅刻しちゃいそうなんだけど?」
睨み合っていた男女は同時に首だけこちらへ向けて、
「そうはいかないわ」
「そうはいかねぇんだよ!」
声が合った事が不快だったのか、二人はまた一瞬睨み合ってからすぐこちらを向き、女子の方が一歩前に出た。
「ねぇ、あなた。この連中とどういう関係なの? 無理矢理付き合わされてるのではないの?」
一点の曇りもない瞳が、綾川を無視する用に真太郎へ向けられた。
真太郎はその瞳がとても綺麗で、今までの人生でこんなかわいい女子に見つめられた事が無いことを思い出し、とっさに視線を下にやり、
「いや…あの…」
「…いい? 私の使命は人の命を救う事だけど、あなたが何を選択したかまでは救えないのよ?」
真太郎はその言葉に、ハッと女子を見返した。
そのセリフは救極戦隊オメガレンジャー第7話『恐怖の怪物幼稚園』で…。
「ちょっとぉ、無視しないでくんない?」
真太郎は再び妄想の世界に入りそうになったが、顔が近い綾川の言葉ですぐに現実へ戻った。
「キミ…けっこうかわいいじゃん…。よかったら放課後お茶でもどう?」
綾川は自分を無視する様にしている彼女の頬へ、空いている手を伸ばそうとした。
何だ? 何なんだ?! この女は!
突然あらわれて、俺にガンくれて、ストレス解消まで邪魔すんのか?!
浅黄は心の中で毒づいた。
しかしまぁ…、よくよく見たら本当にムカつく顔した奴らだな。スポーツ推薦とかかこいつら? 自分は特別だーって思い上がりがにじみ出てやがる…。
浅黄は突然あらわれた女と、眼鏡が何かを話す様子をみつつ、金髪とその取り巻きを改めて眺めた。
なんかこの女のせいで白けちまったしなぁ…。でも何もしないでこいつら調子こかせんのもシャクだし…。
などと浅黄が考えていると、女が拳を上げ、何か言い出した。ぼ~っと考え事をしていたので途中からしか聞けなかったが、
「岩をも砕く…」
とかなんとか言っている。
初代オメガイエロー梔子トウタじゃあるまいし…。この女、大丈夫か?
と、その時、金髪の右手が、女の顔に触れようと動いた。
浅黄の拳は反射的に動いていた。
「私に触れようとするなら、それ相応の覚悟があるということね?」
陽子が金髪の男に視線を向けないまま言うと、男はピタっとその手を止めた。
眼鏡の彼の理由が不明な熱い眼差しを受けていたが、彼は金髪に力まかせに後方へ押しやられた。それを受け止める取り巻き達。
「あるよ~あるある…。けど、覚悟がいるのはキミの方だぜ…。なんせ、何人もいるオレのカノジョ達をおしのけて、オレを求める毎日が始まっちゃうんだぜ?」
取り巻きたちがヒュ~とはやし立てる様に口を鳴らす。冷静に聞くと虫酸が走る様な言葉だが、彼は実際その様な生活をし、そこからあふれる自信が彼にそんな言葉を吐かせるのだろう。
陽子は突然、ゆっくりと右拳を顔の高さまで上げた。
「いい? 私の一撃は岩をも砕くのよ!」
その腕、その拳は、可憐な彼女にふさわしく、華奢で白かった。
金髪は陽子のその様子に一瞬だけ動揺したが、頭の内容より、彼女の美貌の方が勝ったのだろう。再び腕を彼女の頬の方へ動かしながら、
「強がらなくてもいいぜ…。砕けるのはキミのハー…」
恐らく、「キミのハート」と言いたかったのだろう。だが、その言葉を言い終わる前に金髪は血と何か白いものをまき散らせながら後方へ吹き飛んだ。地面に転がったその白いものをよく見ると、歯だ。
陽子の後ろにはさっき睨み合っていた男が、拳を振り抜いた姿勢で立っていた。
金髪と、その取り巻きたちを睨み、八重歯を剥きながら、
「俺の目の前でゲスい真似しようとしてくれてんじゃ…」
「命拾いしたわね!」
陽子は男の言葉を遮る様に声を上げた。
「私が本気で当て身を使っていたら、あなたの顔面は熟れたトマトみたいにぐしゃぐしゃよ! これが触れずして気で敵を制す…気弾拳よ!」
…………。
その場の空気が一瞬で虚空に消え去った様に、ピンと張りつめた静寂があたりを支配した。
その静寂を破ったのは、先ほど言い争いをした男だった。
「あ…あのよ…。気弾拳って…オマエ、梔子トウタかよ…」
「違うわ。でも私はその方に直接指導を受けたの」
男は頭を抱えた。が、うっかりオメガレンジャー関連のワードを出した事に気づき、他の連中を見ると、取り巻きの一人が自分を見て首を傾げている。男はすかさずその男のみぞおちに蹴りを滑り込ませた。
眼鏡の生徒も、彼に熱い視線を送っていたが、それはあえて無視した様だ。
陽子は突然、地面に倒れる金髪や、その取り巻きたちへ踵を返し、
「もう勝負はついたわ。猛る獅子もお腹を見せた相手は攻撃しないものよ。あと、眼鏡のあなた、私ができるのはここまで。その連中と付き合い続けるか縁を切るかはあなた次第。それに…」
あたりの男たちは今度は何を言い出すのかと固唾を飲むような姿勢になった。
「そろそろ行かないと遅刻する」
と言い終わると学校の方へと走り出した。
「オッ、オイ、待てよ!」
先ほど言い争いをした男は、一瞬の事で訳も分からず、思わず陽子の背中にそう投げかけた。
本当に…本当になんだったんだ…。
浅黄はみるみる小さくなっていくさっきの女の背中を見つめながら思った。
いや、あの女の言う通り、そろそろ行かねば遅刻する。登校初日から遅刻なんて、帰って玄鋼のジジイに何を言われるか分かったものでは無い。
浅黄は先ほど金髪を殴った時に放り投げたカバンを拾い、自分も学校へ急ぐことにした。
が、
「オイ!」
金髪が殴られた頬を庇いながら言った。
その目は血走り、先ほどの余裕は完全に消え失せていた。
「タダで行かせるとでも思ったのかよ? えぇ?!」
まわりの取り巻き達も殺気をビンビンに出させていた。 浅黄は、ハァ~っと、一つため息を付き。
「やっぱりそうなるよな…」
とつぶやき、金髪たちに向き直った。
「さっきはあの女かまってたから油断したけどよ…。オレがマジになったらテメェみたいなチンピラ相手じゃねーんだよ!」
金髪は両拳を顔の高さまで上げ、ボクシングのファイティングポーズを取った。
数々の相手を打ち負かしてきた浅黄には、それが口だけの威勢ではなく、本格的にボクシングをやっている者の構えだと分かる。
「素人じゃあねぇみてぇだが、首はちゃんと鍛えてんのかよ? さっきてめぇのツラブン殴ってやったが、まるで手応えがなかったぜ?」
浅黄はにやにやと八重歯をちらつかせながら、金髪を挑発した。
「ぬかせ!!」
金髪の右ストレートが浅黄の顔面に飛ぶ。
浅黄は上半身だけ少し後ろに傾けて、その拳をかわした。拳圧が浅黄の前髪を揺らす。
右のストレートを繰り出し伸びきったその体制を見計らい、浅黄は片足を金髪の足にひっかけ、相手を地面に転倒させた。
そこで思い出した様に、
「オイ、メガネ。オマエ、さっさとどっか行けよ。邪魔だから」
地面にへたりこむ様に座っていた眼鏡の生徒は、浅黄と金髪の顔を数度見た後、あわてて立ち上がり、路地裏を出て行った。
「もっと遠慮なく打ってこいよ。センセーにはチクらないでやるからよ」
浅黄の興が乗ってきたらしい。
凶暴だが、どこか愛嬌のある八重歯をちらつかせて言った。
真太郎はなんとか遅刻せず教室にたどり着き、出席番号順に振り分けられた自分の席についた。
まだ胸がドキドキとしている。
今朝の出来事。
いや、それよりも、自分と同じ教室に、彼女を見つけた事にだ。
担任の教師であろう人物が、教壇に上る。
髪をショートにした、ジャージ姿の女性。
一時間目はそれぞれの自己紹介の為のホームルームだ。
真新しい制服を着た生徒たちが一人一人教壇に上り、自己紹介していく。
照れの為で目を泳がせながら話す者。
新生活の始まりで浮かれ、笑いを取ろうとするあまり盛大にはずす者。
だが、真太郎にはそれらのクラスメートたちのことが全く頭に入らないでいた。
彼の興味は唯一つだった。
順番の並びがいよいよ彼女に回ってくる。
彼女が教壇に上がると、教室内のざわつきの性質が変わった様に感じた。
すでに、登校途中、彼女を見かけた生徒たちの噂の的になっていたのだ。
すごく可愛い子がいると。
だが、真太郎の興味はそこでは無かった。
無表情に近い彼女は、まっすぐに前を向いたまま口を開く。
「私は日向陽子」
得田真太郎はその時の光景を一生忘れないだろう。
「私の使命は亡き両親の意志を継ぎ、この地球の平和を護ることです」
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