14.富むと仕事も生まれるもので <2>

「宿屋1人400G……本当だ……もともとは38Gだったのに……」

 レンリッキが信じられないという表情を浮かべる。

 

 トローフ村。魔王まで向かう長い長い道のりも折り返しを過ぎたこの村で、4人全員が改めて物価に驚く。薬草は110G、コーヒー1杯58G。全てが元値の10倍近い世界。


 歩いていると、村人が話す声が耳に入ってきた。

「道具屋で、薬草とかまとめ買いしてしばらく待ってから売ると、100G以上一気に儲かるらしいぞ」


 遂に薬草を使わない普通の村人にまでその儲け方が浸透したか……。


「アタシはあんまりそういう儲け方は感心しないわね」

「同じ防具16着買ったお前のどの口が言ってるんだよ」

 儲けのカラクリ一緒でしょうが。


「旅人の服は少し使ってから売ったでしょ。薬草は使わずにただ取っておくだけ。そんなの、まるで儲けるために買ってるようなもんじゃん!」

「だからお前も根本は一緒だろうが!」

 なんで少し使ったことが免罪符になってるんだよ!


「まあでも、持ってて売るだけで儲かるなんて滅多ないチャンスなんだから、道具屋行ってみようぜ」

「そうね。防具みたいに重ね着とかする必要もないから負担も少ないし」

 イルグレットの賛成を受けて、4人で道具屋に向かう。




「んっと……お、案内出てる。この角曲がれば――」


 曲がった途端、二の句が継げなくなった。


「何ですかこれ……」

 長蛇なんてもんじゃない、とんでもない行列。

 これから伝説の剣の無料配布でもあるんじゃないかと思うくらい。


「道具屋、ここが最後尾になりまーす! 在庫の都合で、購入点数は1グループあたり20個までとさせて頂きます!」


 若い店員さんが列の後ろで声を張り上げている。購入制限まであるのか……まあ、儲ける目的で買い占めるヤツもいるかもしれないからな。


「なお、最後尾から購入まではおよび2日かかる見込みでーす!」

「そんなに並んでられるか!」

 最後尾の人の覚悟たるや!


「シー君、薬草買うために並んで体力削られて薬草が必要になるって面白くない?」

「面白くない!」

 ジョークがちょっとブラックなんだよ!


「兄ちゃん、俺が代わりに並んでやるよ」

 肩を叩かれて振り向くと、何本か歯の欠けたおじさんが耳を掻いていた。


「俺は並び屋なんだ」

「そんな仕事あるの!」

 どんどん新しいサービスが誕生しますね!


「道具買いたいんだろ? お金は2日後でいいからよ。名前だけ教えておいてくれ」

「じゃ、じゃあ頼むよ。俺はシーギスルンドだ」

 あいよ、と笑って、おじさんは小走りで最後尾に並んだ。


「ねえねえ、シーギス。このまましらんぷりしちゃえば、お金払わずに済むんじゃない?」

「俺達が道具屋に入れないでしょ!」

 何なのその誰も幸せにならないイタズラは!





 2日後。列の長さは相変わらずで、なんなら2日前より少し長くなってるような気もする。

「さてと、あのおじさんは……」

 最前列から探してみるけど、それらしき人は見当たらない。


「ひょっとして騙されたか? でもまだゴールド払ってないし、嘘ついてもあのおじさんにも良いこと――」

「ねえ、ひょっとしてシーギスルンドさん?」

 下の方から名前を呼ばれ、真横を向く。まだ7歳くらいの少年だった。


「どしたんだ、君? なんで俺の名前知ってるんだ?」

「知らないおじさんに頼まれたんだ。お駄賃やるから代わりに並んでくれって」

「下請け!」

 斬新な並び屋だな!


「で、そのおじさんってのはどこにいるんだい?」

「悪いなボウズ、待たせたね」

 後ろから、しわがれた声。


「おじさん、何こんな小さい子に――」

 声の主の方を向くと、全く知らないおじさん。

「ああ、あんたがシーギスルンドか。俺も歯抜けのヤツに頼まれたんだ」

「この子、孫請けなの!」

 どんどん新たな雇用が創出されている!


「あ、シーギス、あの並び屋のおじさんよ」

 ようやくやってきた本物のおじさんが、歯抜けの口をニカッと開く。


「悪い悪い。よし、じゃあ交代しよう。手数料は俺とコイツとこのボウズの分な」

「なんでこっちが3人分払うんだよ!」

 アンタのお金から出すの! 下請けってのはそういうもんなの!



「次のお客様、大変お待たせ致しました! 購入は1パーティー様20点まででお願いします!」


 礼儀正しい店員さんに呼ばれて、ようやく道具屋に入ることが出来た。

 広い店内には、薬草や聖水などが所狭しと並び、通常価格の9~10倍の値段で売られている。

 高い……でもここで買っておけば、すぐに上がるからな!


 そんな中、全く値段の上がってない道具がカゴにまとめられている。

「見て、イルちゃん。召喚獣用のグッズ、大処分セールだって」

「ホントだ、すごい」


 毛がある召喚獣のためのブラシや寒波が来たときようの発熱毛布など、人間と変わらない道具。「そこまでは……」という人がサモナーも多いのか、値段は通常価格のまま。


「勇者さん、お決まりでしょうか?」

 店員さんに声をかけられ、緩みそうになる口元を押さえながら話す。


「ああ、うん。じゃあ、薬そ――」

「私、決めました! この召喚獣用の道具下さい! 発熱毛布10着とブラシ4つ、あとドーク川の潤い天然水6つお願いします」

 …………あの、イルグレットさん?


「ちょうど20個ですね、お買い上げありがとうございます。では次のお客様、ご注文どうぞ」

「普通に道具買っちゃったよ!」

 何のために2日待ったんでしょうか!

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