13.それはハマると危険な <2>

「おい、レンリッキ。どうしたんだよ」

「あ、シーギスさん! 待ってて下さいね、今から大勝ちしますから」

 血走った目で俺に宣言した後、スロットの台に向き直る。


「よし、一気に50G賭けよう。いけっ! よし、スライム……スライム……スライム! ひゃっはああぁ! 揃った! 揃いましたよ! 当たった当たった! 3倍ですよ3倍、150G! 100Gの勝ちだあああ!」

 狂喜乱舞するレンリッキ。もう俺の知ってるパーティーメンバーじゃない。


「お酒飲むと人が変わるような人がいるけど、同じようなものかしらね……」

 イルグレットがため息混じりに言うと、アンナリーナも続けた。


「レンちゃん、アイテムマスターになるために勉強漬けだったみたいだから、反動が来てるのかもね……」

 ううん、確かに、錯乱してるわけではなさそうだから、単にこういうゲームに熱中しがちってことかな。


「よし、今まで負けてる3000G、こっから取り返す!」

「3000G!」

 どんだけ注ぎ込んでるんだよ!


「ちょっと待てレンリッキ! お前こんなんで儲けようなんて甘いとか言ってただろ!」

「シーギスさん、ゴールドは戦って勝ち取るものです! 例えスロットでも!」

「いつの間に肯定派に!」

 人格どころか思想も変わってる!



「兄ちゃん達、その子と同じパーティーかい?」

 声をかけられて振り向くと、あまりゴールドを持っているようには見えない格好のおじさんが立っていた。少し赤ら顔で、酒の匂いが鼻を刺激する。


「あんまり使いすぎると、あの一文無しみたいになるぞ」

 彼が指差した先には、崩れるように寝転がっている見覚えのある勇者の姿が。


「……ジム!」

 ジムシャースト。モンスターが落とすゴールドが戻ったときに出会って、喜びを分かち合った彼だ。


「おい、ジム、大丈夫か!」

 揺さぶって起こすと、俺に気付いた彼は目をキラキラさせながら、両肩をガシッと掴んだ。


「シーギス、ゴールドを貸してくれ! 10Gでもいい! それさえあればまた勝てるんだ!」

 ダメだこいつは……。完全に自分を見失ってる……。


「なっ、頼むよ、シーギス! はっ、そういえば貸してたゴールドがあったよな? ほら、お前が酒場で食い逃げしようとしたとき」

「最悪な思い出を捏造するな!」

 草原で少し話しただけだろうが!


「よし、コイツはこうしておこう」

 ずいっと出てきたアンナリーナがジムに向けて呪文を唱える。やがて彼はぼんやりとした表情になり、自分の頭をポカポカと殴り始めた。


「混乱状態にする精神魔法よ」

「人間相手に使っていいの!」

 なんかマズい気がしませんか!


「いいのよ、どうせ混乱してたんだから」

「そういう話なのか!」

 ほら、なんか倒れながら殴り続けてるし!



「あらら、これはレン君、ちょっとマズいわねえ」

 と、少しの間姿が見えなかったイルグレットが戻ってきて、呆れたような視線を向けた。


 向けられた本人は、俺達には目もくれず「ふざけんな! 当たらないように確率調整でもしてんのかよ!」とスロットの盤面を叩いている。ガラッと変わった言葉遣いと目つきは、何かの中毒者のようだった。


「じゃあ、ちょっと大人しくしてもらいましょう」

 そう言って、ポケットに入れた杖を取り出し、魔法陣を描く。ざわつく会場の中で、いつもの通りゴールドを置くと、煙が立ち込め、全身が骨で出来た竜が現れた。


 見覚えのあるモンスター。ゴールドゴーレムをとんでもない技で倒したヤツだ。


「サイレスドラゴン、得意のヤツ、あの男の子にだけ向けてお願い」

 ……え、ちょっと待って。まさか攻撃する気じゃないよな。


「そんな大きな玉じゃなくていいからね」

 口を開けるドラゴン。その中央で、バチバチと放電する黒い玉が輪郭を帯びる。


「ねえ、そんなの大丈夫! 相手人間ですけど!」

「放てっ!」

 徐々に加速しながら飛んでいったその攻撃は、レンリッキの背中を直撃する。

 その瞬間、彼の体に火花が散り、そのまま椅子から転げ落ちた。


「レンリッキーーー!」

「前は55Gで召喚できたのに、220Gか……シー君、やっぱり召喚獣も値上がりが激しいわ」

「もっと何か気にするところあるでしょ!」

 うちのアイテムマスター痙攣してますけど!


「まあ死なない程度にしたから大丈夫よ。目が覚めたら少しは正気に戻ってるかもしれないし」

 ケロッと言って「よくやったわね~」とドラゴンを撫でるサモナー。人と召喚獣に関する彼女の優先順位がよく分かる。



「あーあ、レンちゃんが結構ゴールド使っちゃったみたいだけど、仕方ないわね」

 アンナリーナが肩を落とすと、イルグレットが「それは大丈夫」と返事した。


「私、今ルーレットで4000G勝ってきたから。レン君の分は取り返したと思うわ」

「ええっ! イルちゃんすごいっ!」

 確かにすごい運と才能の持ち主だ。相当勝たないとそんなには儲からないぞ。


「ちょっとだけズルしちゃったけどね。体色と大きさを変えられる召喚獣がいるから、ルーレットの玉と入れ替わってもらって、私が言うとおりの番号に入ってもらったの」

「ちょっとじゃないじゃん!」

「完全なインチキじゃん!」

 思わず2人でツッコんじゃったよ!


「いいのよ、勝たなきゃいけなかったんだから。さ、レン君を休ませましょ。シー君、おぶってきてね」

 スタスタと出口に向かって歩くイルグレット。いやあ、女性は強かですね……。




「……あれ、ここは?」

 おぶっている俺の背中で起きたレンリッキが辺りを見回す。


「お前、急に倒れて、昨日1日寝てたんだぞ」

「おはよう、レン君。今はトローフ村に向かってるの」

 横を歩いていたアンナリーナも、「おはよ!」と笑顔を見せる。


「あれ、アマック村に行ったばっかりでしたけど……?」

「いや、まあほら、お前が急に倒れたから、なんかアマック村って縁起悪いな、ってことでさ。早く次の村に行くことにしたんだよ」


 俺から降りながら「そうですかあ」と頷くレンリッキ。

 またコイツがカジノのことを思い出すと困るからな……。


「ううん、なんかすっごく楽しいことをしてたような…………あ、思い出した! アマック村のカジ――はぐっ!」

 彼の後頭部を剣の柄で殴る。そしてアンナリーナとイルグレットも加わり、3人で殴る蹴るでボコボコにした。


「思い出させないようにしないとね。よし、シーギス。レンちゃんおぶって!」

「おう!」


 俺達は力を合わせて、1人の少年の暴走を食い止めているのだ。

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