12.異世界バブル <2>
「おい、アンナリーナ、これをどうする気なんだお前は」
武具屋の脇の路地裏。大量に買い込んだ旅人の服を置き、笑顔の彼女を問い質す。
さっきは、あっけに取られている俺とイルグレットを他所に、呆然とするレンリッキからゴールドの入った袋をもらい、15000Gを超える大金を支払って同じ服を買った。なんなら、売ったばっかりの旅人の服も買い戻した。
「アンナちゃん、16着もあるけど……?」
「もちろん、重ね着してしばらくしたら売るのよ」
「1人で4枚も着るのかよ!」
限度を知れ限度を!
「いいから! またしばらくして1着200G値上がりすれば、12着で2400Gよ! わっはっは、笑いが止まらないわね!」
なんか怪しい商売に手を出した人みたいになっている。今の彼女を絵に描いたら、目が硬貨の形になってることだろう。
「ようしっ、それじゃあみんな、着て着て!」
「ホントにやるんだな……」
彼女に言われるまま、俺達は寒くもないのにとんでもない重ね着をすることになった。
「シ、シー君、そっちにいったわよ……」
「おう……うおおおおおりゃああ!」
結構必死で剣を振る。俺達と同じくらいの大きさはある巨大ヘビ、その頭を狙うが、素早いせいかなかなか当たらない。
「ちょ、ちょっとシーギス。だらしないわね……ちゃんと当てなさいよ」
「だから……体が……思うように動かないんだっての……」
私服の上に、防具が4着。金属製ではなく布製とはいえ、防具は防具。さすがにこれだけ着ると重い。剣を振る腕もつりそうだ。
そして暑い。太陽が燦々と照っている中での尋常じゃない服装。滝のように汗が噴き出し、旅人の服がその汗を吸ってさらに重くなる。もはや戦闘どころじゃない。
「じゃあ……アタシの魔法で……」
息も絶え絶えで呪文を唱え、ヘビを眠らせる。動かなくなった敵の首を勢いをつけて切りつけ、ようやく倒すことができた。
「アンタねえ……キツいキツいと思うから……キツくなるのよ……。アタシを見なさい……ぐふっ…………元気だから」
「死にそうじゃん!」
そんな途切れ途切れで
「あの……アンナさん……さすがにこれは……厳しいんじゃないですかね……」
レンリッキが消え入りそうな声で囁く。もともと体を動かすよりも勉強してる時間の方が長かったようなタイプなので、完全にうつ伏せになって転がっていた。
「そうね……レンちゃん……アタシ、気付いたんだけど……うぷっ……ひょっとしたら……脱けば楽になるかも」
大丈夫です、貴女以外は全員気付いてました。しかも着る前から。
「あーっ、生き返ったわ! 涼しい!」
3枚脱いで通常装備になり、イルグレットが喜びを噛み締める。レンリッキもようやく起き上がることができ、手持ちの水筒をあっという間に空っぽにした。
「さて、問題はこの服よね。12着もあると邪魔だわ」
結構
と、そこへ。
「お若いの、夕方まで預かっておこうか?」
どこからか現れた、しわの深いおばあさんが話しかけてきた。
「あたしゃ、このあたりで預かり屋をやってるんだ。最近はゴールドも増えて、冒険してる人は荷物が増えてるからね。村に帰るまで預かってれば、存分に戦えるだろう? で、返すときに少しだけ手数料を払ってくれればいいのさ」
その説明に、アンナリーナは目を輝かせる。
「わっ、良いサービスね! お願い、これ預かっててほしいの」
服をまとめて渡すと、おばあさんはニッコリと笑った。
「あいよ、あの木の下あたりにいるからね。しっかり戦ってきな」
預かり屋さんに後押しされ、俺達は軽快で爽涼な服装で、さっきのヘビがよく出るという草原地帯まで走った。
「さて、暗くなってきたし、おばあさんのところ寄って帰るわよ!」
大量にゴールドを獲得して上機嫌なアンナリーナを先頭に、木々沿いを歩く。
星が目を覚ましだし、夜はもうすぐそこ。
「えっと、確かあの木の下に……あれ?」
おばあさんの影も形もない。
「お前達、武器は要らないかい?」
そこを通りかかった、中古武具商のおじさん。
「あ、いえ、今は要らないです」
レンリッキが返事すると、彼は「そうか」と残念そうに笑った。
「そうそう、最近この辺りに、預かり屋って名乗るばあさんが出るんだけど、あれは持ち逃げする悪いヤツだからな、気をつけろよ。まあ、そんな手に引っ掛かる人も少ないみたいだけど」
「………………………………」
「……アンナさん……」
ここにいますよ、そんな手に引っ掛かった人。
「覚えてろー! 絶対いつか見つけて火だるまにしてやるんだからー!」
済んだ空に、被害者の声が大きく虚しく響き渡った。
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