12.異世界バブル <1>

「おじさんっ! 旅人の服、在庫いっぱいある?」

 カウンター越しで、アンナリーナが詰めるようにおじさんに訊く。

「あ、ああ、あるけど……」


「8着! 8着ちょうだい! シーギス、レンちゃん、払えるよね!」

「あ、ああ、あるけど……」


 おじさんと全く同じ回答をしながら、残り3000Gを払う。コインはほとんどなくなった。


「じゃあ、8着ね。毎度あり……」

 アンナリーナに気圧けおされたのか、声小さめに店主が送り出してくれた。



「よし、じゃあみんな、これを重ね着しましょう」

「は?」


 他のパーティーに見つからない路地裏で、魔法使いはバサバサと購入品を地面に落としながら提案した。


「で、しばらくしたら4着売るの。今の状況なら、きっとまた値が上がるでしょ?」

 普段天然っぽい部分もあるのに、悪知恵は一人前。


「でもアンナちゃん、別に重ね着しなくても、4着持ってればいいんじゃない? 保存状態良い方が喜ばれるだろうし」

「ダメよイルちゃん!」

 イルグレットにずいっと近づいて遮る。


「新品だと、完全に儲ける目的で買ったって武具屋のおじさんに思われちゃうでしょ? さすがにそれはアタシも気が引けるわ」

 なんなのそのカケラだけ残ってる良心は。


「それに、こんな嵩張る服4着も持ってたら、他のパーティーにも『アイツら売るために持ってるな』って気づかれちゃう」

「だけどアンナさん、中古で売って儲けるっていうのは、多分やってるパーティー結構いますよね? 僕らもそれで始め買えなかったんですから。ってことは、別に他のパーティーに気づかれてもいいんじゃないですかね?」


「違うのよレンちゃん。儲けのカラクリを秘密にしておきたいんじゃないの。アタシ達はそういうことやってないってクリーンなイメージでいたいの」

「………………」

 レンリッキ絶句しちゃったよー。


「シーギス、アンタもビックリしたでしょ? 何もしてないのに、ちょっと待って売っただけで600Gの儲け。確かにアタシも多少の抵抗感はあるわ。でも、他の人がやっててアタシ達がやらなかったばっかりに、買いたいものが買えなくて冒険に遅れを取ったらどうするの?」

「……まあ、そう言われるとそうだな」


 確かに、綺麗事を言ってて魔王討伐できなかったら、このパーティーを結成した意味もなくなってしまう。


「剣や魔法のレベルとか、チームプレイだけじゃダメなのよ。今はこのゴールド稼ぎ合戦でも勝たないといけないの! みんな、わかった!」

「お、おう……」

「は、はい……」

「え、ええ……」

 なんか上手く丸め込まれた気がする。


「それに率直に言って、こんなに簡単に儲ける方法を知っちゃったら、もうやるしかないじゃない」

「めちゃくちゃ率直に言いましたね!」

 ストレートすぎてびっくりしたよ!


「とにかく! 手っ取り早くゴールドを稼いで、次の村に行きましょ!」

 陽気に笑って旅人の服を着だすアンナリーナ。

 俺達も動揺しながら、生まれて初めて同じ服を重ね着したのだった。




「ちょっと動きづらいけど、なんとかなるわね」

「まあな……」

 モンスターと戦いながら動きやすさを確かめる。


 旅人の服は私服の上から着ることを想定して作られている防具なので、比較的薄手。重ね着すると腕の部分にはやはり違和感があるものの、剣で戦うくらいなら問題はなかった。


「レンちゃん、これで防御力2倍になったりしないの?」

「多分しないですね……防具ってそういう概念じゃないんですよ……」

 その原理なら、どのパーティーも着膨れすれば防御力最強になりますぜ?


「シー君、さっき私、1体召喚したでしょ?」

「ああ、あの羽生えたスライムか?」

「そうそう、ウィングスライムのスラどん」

 え、召喚獣に名前つけてるの。


「今までは召喚の対価に30Gかかってたんだけど、今日は60G必要だったわ」

「ついにそこも値上げかあ……ん? ちょっと待って、その代償の値段って誰が決めてるんだ?」

「召喚獣よ、もちろん」

「あいつらが決めてるの!」

 なんかもっと神様とか超自然的な原理なんじゃないの!


「あのゴールドをエネルギーに変換するのはあの子達なんだから、当然じゃない。多分、最近ゴールドが増えてることをどっからか聞きつけたのね。ふふっ、可愛いんだから」

「いや、可愛いっていうより単にがめつい――」


 ヒュウッ!


 2本の矢が俺の首の両脇を掠めた。これ以上ないほどニッコリ笑うイルグレット。


「シー君、家族の悪口言われたら誰でも怒るわよね……? アンナちゃん、私も重ね着だけど、弓はちゃんと使えるみたい」

「狙うならせめて足とかにしてくれ!」

 急所を狙うんじゃない!




「おじさん、旅人の服、4着不要になったから売りたいんだけど!」


 モンスターとのバトルを重ねて何日か経ってから、また武具屋に来る。

 アンナリーナの表情は正に意気揚々といった感じ。


「ああ、いいよ。それにしても勇者さん、最近ますます儲かってるみたいだね?」

「ええ、おかげさまで。といってもモンスターのおかげですけどね」


 そう言って店主と2人で笑う。でも本当にモンスターをおかげ。落とすゴールドは通常の5倍6倍になっていて、持っているゴールドは1万を超えた。俺もレンリッキのようにリュックを背負って、分担して持ち運んでいる。


「勇者さんたちが儲かってるおかげで、私達みたいな村の人間も潤ってるってことだね。えっと……まとめ売りしてくれたってことでちょっと色つけて、1着950Gで買い取るよ」


 買ったときは750Gだったから、200Gの4着、800Gの利益。

 何回分もの戦闘をして得られるお金が、一気に舞い込んでくる。すごいぞ、これはすごい仕組みだ!


「わほーい! いやあ、どうかね、シーギス君」

「いやあ、アンナ様、素晴らしい方法ですね、うひょひょ!」


 アンナリーナとバンバン肩を叩きあいながらはしゃぎ、レンリッキ達も顔が綻ぶ。

 うん、これなら効率的に増やしていけるぞ!


 そして、アンナリーナは笑顔のまま店主に向き直った。


「よし、じゃあおじさん、旅人の服、16着ください!」

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