7.根菜を聖なる水で煮込んでみたら <2>
「はあ、心臓止まるかと思ったわ」
「壁にも剣が飾ってあるのよ。落ち着いて寝られる気がしないわ」
口を尖らせながら落ち込む、アンナリーナとイルグレット。
不審者騒動もひと段落し、酒場で夕飯を食べることに。
「レンちゃん、なんか座り込んでる人が多いわね」
「多分、あの武具屋のおじさんみたいに、生活が立ち行かなくて家無しになっちゃったんじゃないですかね。魔王の魔法は強力です……」
レンリッキが眉を下げる。
むむっ、パーティー全体の士気がなんとなく下がってるな。
「ほら、お前ら、こんなときこそ腹ごしらえだ! そこ曲がればすぐだぞ。今から行く酒場は、冒険前から噂聞いてたくらい有名な店で、特に魚が絶品らしいぞ!」
「おっ、シー君、お魚いいわね。楽しみだわ」
サモナーのお姉さんがニコッと笑う。やっぱり年上の人に笑ってもらえると安心感が――
「シーギスさん、これ……」
角を曲がった先に見えた、レンガ作りの家。民家4軒分のくらいの広さがあるその酒場は、入り口まで行列が出来ていた。
「いらっしゃい、お客様、4名様ですか?」
「あ、はい、そうですけど……え、あの、なんでこんな混んでるんですか?」
呆然としたまま、同い年くらいのお姉さんに恭しく訊く。
「ああ、はい。この村には4軒酒場があったんですけど、最近3軒潰れてしまって。もう夕飯ちゃんと食べられる場所がうちだけになっちゃったんですよね」
「ここだけなの!」
宿屋も食事出ないし、自炊するかここで食べるかしかないってことか……。
「今何席かテーブルが空いたので、片付けたらすぐ案内できると思いますよ」
言いながら店内に戻っていくお兄さん。アンナリーナが口を開く。
「じゃあ、さっき座り込んでた人の中には、潰れたお店で働いてた人もいたかもね。なんか可哀想だね、シーギス……」
「そうだな……」
返す言葉に詰まってしまう。
「4名様、お席空きましたのでどうぞー!」
「よし、シーギス、行こう! 魚がアタシ達を待っている!」
「切り替え早くないですか!」
シリアスな雰囲気はどこへ!
「こちらにお座り下さい」
木でできたテーブル席に座る。暗がりは残しつつ黄色っぽい明かりが灯る店内は、80人ほどの人で大賑わい。時折、何人かの酔っ払いのバカ笑いが響く。
「まず、お飲み物は?」
「えっと……野菜と果物のミックスジュースを……4つで」
他の3人が手を挙げるのを見て、人数分注文する。
「素敵なお店ね。壁紙もほら、所々にモンスターが描いてある」
イルグレットが細い指で絵を撫でる。その指使いに、えもいわれぬ色っぽさが漂っていて、俺は思わずレンリッキを小突いた。
「はい、お待たせしました。ミックスジュース4つです」
並々と注がれたガラス製のコップをカチンと合わせる。
「乾杯!」
「すみません、食事がラストオーダーになります」
「早いよ!」
ラストもなにも、ファーストがまだでしょうが!
「すみません、当店もこの行列で、回転を早くしないといけなくて」
「いや、そりゃそうなんだろうけどさ……」
壁に貼ってあるオススメ料理が目に留まった。そうそう、魚が有名なんだよな。
「じゃあ、魚の香草焼き、それからキノコと魚のバター炒め、4つずつください」
ありがとうございます、と注文をキッチンに伝えた店員に、レンリッキが手元のメニュー表からひとつを指差した。
「あの、この新メニューの欄に書いてある『根菜の聖水煮込み』って何ですか?」
「あ、そちらについては、担当の者呼んできますんで」
そう言ってキッチンの方に行く店員さん。しばらくすると、俺より少し年上、人懐っこそうなお兄さんがやってきた。
「こんばんは! 元道具屋です。潰れちゃったんで、ここに住まわせてもらって道具売ってるんだ」
「この店は村のオアシスだな!」
誰でも受け入れすぎじゃないですか。
「で、最近は料理人さんと一緒にメニュー作ったりしてるよ。『根菜の聖水煮込み』はそのままの意味。聖水で煮込んでるんだ」
「煮込んでどうするの!」
アイテムマスターがツッコむ。ジュース飲んでる暇がないぞ。
「ああ、まあ確かに、死霊とかはこれ食べられなくなっちゃうからね。そこは僕も配慮してなかった」
「そんな心配はしてないんですけどね!」
聖水を調理に使うことに疑問はないのかアンタは。
「武具屋も道具屋も潰れるなんて、この村も大変ね」
同情するように言いつつ、アンナリーナが手を後ろに回して髪留めを外す。日中はアップにしているオレンジの髪がファサッとおりて、押し寄せる女の子らしさに視線を奪われる。
ああ、ずるいなあ、そういうの。「いつもと違う自分」「気の置けないメンバーに安心してる自分」なんて出されたら、魔法なんて使わなくたって男はイチコロですよ! 狙ってるのか! 髪留め外す仕草も含めて狙ってるのか!
「そういえば、また落とすゴールド減ったわよね。ゴールドゴーレムも、前半倒したヤツは220G落としたのに、最後に倒したヤツは170Gだったし。」
「そうなんだよな……スライムとか、遂にゴールド落とさなくなったしな……」
イルグレットの方を向きながら深く頷く。
スライムには本当に驚いた。倒しても消えるだけ。1Gも落とさない。じゃあ何のために倒さなきゃいけないんでしょうか! いや、世界を守るためなんですけどね。
「村の人も疲弊しきってるし、勇者も冒険が思うように進められない。国全体がかなり混乱、というかピンチに陥ってるよ」
「そうね……。でも、アタシ達まで落ち込んでても仕方ない! 美味しいもの食べてぐっすり寝て、明日からまた頑張ろう!」
「帰ったら鎧だらけの部屋だけどね」
「うう、イルちゃん、思い出させないで……なんかうなされそう……」
頭を抱えるアンナリーナも一緒に、全員で笑う。そうそう、魔王を倒せば、このピンチも脱せるんだ。
「お待たせしました、お料理お持ちしました!」
女の子の店員さんが、腕まで使って器用に4皿もってきた。後ろには元道具屋のお兄さんがお盆に皿を乗せてきている。
「魚の薬草焼きです!」
「香草って言ったんですけど!」
ちょっと違うじゃん!
「大丈夫ですよ、薬草も香りするじゃないですか! 体力も回復できますし!」
「うう、いつも飲んでるあの匂いがしますね……」
「魚の匂いが完全に消えちゃってる!」
レンリッキと一緒に不満タラタラで食べる。成分のせいでちょっと疲れが取れてるのが腹立たしい。
「はい、あとこちら、僕の考案した毒キノコと魚のバター炒め! 付け合せの毒消し草と一緒に食べてね!」
「毒を摂取してすぐ消してくスタイル!」
ロクなメニューがないなここは!
「お客様、間もなくお席のお時間ですので――」
「だから早いんだよ! 持ってきたばっかりでしょ!」
次にこのテーブルに座るお客さんがぞろぞろと目の前で待機し始め、俺達は流し込むように料理とジュースを平らげたのだった。
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