7.根菜を聖なる水で煮込んでみたら <1>

「ふう、なんとか900Gは稼いだわね」

 手元の10G硬貨を数えながら、イルグレットは上機嫌。


「シーギス、アタシの魔法スキルに感謝しなさいよ」

「はいはい。ありがとな」

 威張るアンナリーナを称えつつ、4人でステップトン村に向かう。



 あれからゴールドゴーレム数体と一緒に出てきたモンスターを倒し、1日がかりでまとまったお金を手にすることが出来た。何日か同じように稼げれば、俺達の装備のレベルアップも遠くはないだろう。



「見えてきました! あの村です!」

 レンリッキが遠くを指差す。長い下り坂の先に、多くの建物が見えた。


「よし、まずは宿屋! シャワーよ、シャワー!」

「俺は酒場だ! 美味いものが食べたい!」

 疲れを大声で誤魔化して走り、村入り口の門をくぐる。


 お腹は減ってるけど、泊まる場所確保の方が優先。ベッドのマークの看板でお馴染み、宿屋に入った。


「いらっしゃい」

「はい、いらっしゃい! おっ、勇者さん! 良い剣が入ってるよ!」

 どこの村でも心温かく出迎えてくれるおばさんと、ひげが印象的な宿屋全く関係ないおじさん。


「……え? こ、ここって宿屋……だよね?」

 何だ? 何で剣なんか売ってんだ?


「ああ、宿屋だよ。でも、この武具屋のご主人があんまり経営が苦しくて、家を手放すことになってね。しばらくはアタシのところで武器とか売ることになったのさ」

「まさかの合併!」

 魔王の力の影響がついにこんな形に!


「そ、それじゃおばさん、僕達4人で宿泊です。えっと、通常は1人18Gだけど……」

「ああ、今は半額の9Gだよ。その代わり、食事は出せないけどね」

「半額……」

 レンリッキの表情は少し寂しそうにも見える。それは俺も、なんとなく同じ気持ちだった。



 サービスを削って、売上は半減。


 もちろん、食材や日用品も値段は下がってるから、暮らしが一気に苦しくなることはない。でも、色んな店がちょっとずつ質を下げていって、その結果さらにお客さんが減って売上も減って、また値段を下げなきゃいけない。


 村全体がそんな悪循環に陥れば、心も貧しくなる。このおじさんみたいな犠牲者も出る。


 魔王が使った魔法は、モンスターを強くしたり、災害を起こしたりするよりも、ある意味よっぽど性質が悪くて、よっぽど国民のダメージは大きい。



「最近は満室にならないから、男子と女子で2部屋使ってくれて構わないよ。はい、これ、鍵」

「おばさん、心遣いありがとう。ゆっくり休ませてもらうわね!」

 鍵を受け取りながら、おばさんと握手するアンナリーナ。こういう好感を持たれるような接し方を自然にできるのは彼女の才能だな。


「じゃあ、私達、こっちの部屋だから。勝手に入ってきたら今日のゴールドゴーレムみたいにするからね」

「あんな死に方絶対やだよ!」

 2階、並んだ部屋の奥側、ドアの前で、女子2人と別れを告げる。


「とりあえず荷物置いて、酒場に行くか」

「そうですね、僕もお腹減りまし――」


 鍵を差そうとしたその時、隣から悲鳴があがった。


「きゃあああああっ!」

 飛び出すように出てくる2人。


「どした!」

 部屋に目を背け、指だけ差しながらアンナリーナが叫ぶ。


「だ……誰かが部屋にいるのっ!」

「この野郎……盗賊かっ! レンリッキ!」

「はいっ!」


 いつでも剣を抜刀できるよう身構えながら、ドアを蹴ってあける。


「誰だっ!」

 返事がない。

 おそるおそる電気をつけてみると、目の前に鎧が現れた。

「どわっ!」


 急いで剣を抜こうとした手を、ふと止める。ん……? 動かない、というか気配すらないぞ……?


「シーギスさん、これ、展示用のヤツですね……」

「…………あ?」


 よく見ると、確かにそれは金属の骨組みで出来た、鎧を架けて展示するためのものだった。


「勇者さん、それ気に入ったかい? それは白銀の鎧、結構高いけど、防御力は折り紙つきだよ!」

 いつの間にか後ろに武具屋のおじさんがいた。


「あの、これって一体……?」

「ああ、防具とか武器とか置く場所ないからね、部屋に置かせてもらってるんだ。泊まりながら物色できるってわけ。どっちの部屋にも飾ってあるから、自由に見てね」

「怖いよ! しかも邪魔だよ!」

 よく見たらこの部屋3つも鎧あるじゃん!


「どうだい、白銀の鎧、買わないかい? 今なら7600Gだ」

「高すぎるよ! この村の近くで買える金額じゃないでしょ!」


 潰れた理由がちょっと分かる気がします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る