5.こんな薬草はイヤだ <1>

「でもさ、ドラちゃん」

 アンナリーナが声霊石に話しかける。ドラちゃんって可愛いなおい。イルグレットはドラりんとか呼んでたな。


「アタシ達にとっては、むしろ良いことじゃない? 稼ぐお金が少ないんだから、値段が下がるとありがたいけどな」

「そう簡単な話でもないんだ、アンナリーナ」

 ドラフシェはゆっくりと返事をする。


「値段が下がるのに、同じ質のものを提供するのは不可能だ。どこかで何かを削らないと、安くはできない」

「そっか……。確かにね」

 隣で聞いているイルグレットも、真剣な顔付きになっている。なんとなく、この状態がマズいことを察しているんだろう。


「状況が聞けて良かった。私もこれから上司と会議だ。対策を考えてみるよ。それと、シーギスルンド」

「んあ? 何だ?」

「ああ、ちゃんといるな。声が聞こえなかったから、どっかで野垂れ死んだかと思ったぞ」

「死んでたらレンリッキが真っ先に報告してるよ!」

 俺の訃報より先に宿屋の値段が下がった話題なんか出すか!


「報告ありがとな。またいつでも連絡してくれ。現地の情報は貴重だからな」

 軽いトーンで締めて、ドラフシェは連絡を切った。



「ねえ、おばさん。値段下げたってことは、その……」

 イルグレットが聞きにくそうに尋ねる。

「ああ、今の彼女が言ってた通りさ。この店ではベッドを売って、赤字を補填したんだ。だから申し訳ないんだけど、今日泊まる部屋にはベッドが2つしかないよ」

 何ですと!


「それは仕方ないわね。値段が安いのは助かるし、2つで何とかするわ」

 イルグレットに高速で頷き、レンリッキに近づいて耳打ちする。


「おい、アンナリーナとイルグレット、どっちと一緒に寝たい?」

「え、あ、へ? そ、そんな! 一緒になんて!」

 顔を真っ赤にして小声で叫ぶ。ふふん、ウブなやつめ。


「ベッドが2つしかないんだぞ、必然的にそうなるだろ。それとも男同士でくっついて寝るのか?」

「いや……その、僕らは床で寝ればいいじゃないですか」


「ふっふっふ、強がるなよ。ん、どっちだ? やっぱりスタイルならイルグレットだよな? あの胸を見ながら寝たら良い夢が見られそうだ。でも、アンナリーナも捨てがたいよな。最近胸もお尻も育ってきてるし、なんたって寝相が悪そうだから、偶然触っちゃう可能性もあるわけだ! 偶然だよ、偶然!」


「うんうん、そんな偶然起こるといいわねえ。アタシ寝相わ・る・い・しっ」

「びゃおっ!」

 胴を踏まれた猫のような声が喉から出る。


「き、きき、聞いてらしたんですか、アンナリーナさん。いや、そういうわけでは――」

「おばさん、もし寝袋あったら貸してくれませんか?」

 笑いすぎなほどニコニコの笑顔で、くるっとカウンターに振り返る。


「ああ、あるよ。2つかい?」

「いえ、1つでいいです。彼は廊下で寝るらしいので。ね、イルちゃん?」

「そうね。レン君、疲れただろうけど、寝袋でもいいかな」


「ちょっと待って! ねえ、2人とも冗談でしょ!」

 俺の問いに、2人とも真顔でこっちを向いた。目には光が灯っていない。


「冗談だと思うなら、部屋入ってくれば? 消し炭にするわよ」

「召喚獣の餌でもいいけどね」

「……廊下もひんやりしてて寝心地よさそうですね」


 かろうじて夕飯は食べさせてもらえたものの、俺は9Gを払って堅い木の床に仰向けになって夜を過ごしたのでした。風邪ひくかと思いました。




 次の日。武具屋に行って気になる剣や防具をチェックした後、モンスターと戦ってゴールドを稼ぐ。


「それにしても、ダークタイガーが16Gしか落とさないなんて……普通なら30G落とすのに……」


 レンリッキが嘆息を漏らす。確かに、あのくらいの強敵になると倒すのにも時間がかかる。4人全員掛かりで、もらえるゴールドは半分。そう思うと、やる気も萎む。


「そろそろ宿屋に戻りましょ。私、お腹空いちゃった」

 言いながら歩き出すイルグレット。パッと手で払った白みを帯びた金色の髪が、沈みかけの陽光に染まって燃えるように輝き、俺やレンリッキを見蕩れさせるには十分だった。


「ごめんください!」

 シアゾット村に戻り、昨日と同じ宿に行く。おばさんが「あれ、連泊なんて嬉しいね」と優しく迎えてくれた。


「えっと、昨日と同じ、夕飯付きで4人お願いします。レン君、1人9Gだったよね? 4人だから……36G準備しといて」

「はい、分かりました!」

 レンリッキが袋を取り出して中に手を入れようとすると、おばさんが明るいトーンで声をかけてくれた。


「1人6Gに値下げしたから、4人で24Gね!」

「1日で3Gも!」

 思わず大声でちゃったよ!


「え、ちょっと待って。もともと11Gじゃなかったっけ? それが何? 今6G? 値段下げすぎでしょ!」

 俺の矢継ぎ早の質問に、おばさんは苦笑いする。


「そんなこと言ったって、人が泊まりに来なきゃ生活できないからね。9Gでもそんなに部屋は埋まらなかったんだ、6Gで満席になった方が、不安も和らぐってもんさ」

「いや、それはそうだけど……」


 それで彼女の生活が成り立つのか? 宿屋は続けられるのか? 魔王の魔法は、勇者にだけ向けられたものじゃない。バートワイトの国民全員を巻き込む、とんでもない力だ。


「さあさあ、アタシの心配なんかいいから、夕飯にしようじゃないか」

 元気なおばさんの両手に押され、受付の奥に通される。

 荷物を部屋に置いてから、1階に戻ってきて、食堂に入った。


「まあ6Gに下げたからねえ。料理のメニューだけは少し安いものに変えさせてもらったよ」

「それは仕方ないよ」


「まず、肉の代わりに豆を炒めたものだね」

「いきなり分かりやすくグレードが落ちてる!」

 けっこう肉楽しみにしてましたけど!


「あと、小麦も結構高いからね、豆を原料にしたパンだ」

「それはパンとは呼ばないんじゃ」

 パン風の何かですね。主食と主菜の味がほとんど一緒という珍しいパターン。


「おばさん、ジュースはある? 昨日の野菜のジュース、美味しかったな」

 レンリッキが聞くと、彼女はニコッと笑った。

「どれも高くてね、豆乳に変えたよ」

「また豆!」

 おおっ、レンリッキがツッコんだ。いや、そりゃお金ないんだろうけどさ……。


 何だろう、さっきから豆しか食べてない気がする。

「勇者さん、そんなに不安な顔しないでおくれよ。ちゃんとデザートだってあるんだから。はい、コーヒーのゼリーだよ」

「豆じゃん!」


 ドラフシェさん、貴女の言うとおり、国全体が混乱してます。このままだと、宿屋からちゃんとした夕飯がなくなりそうです。

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