1.なぜか足りない、君のゴールド <2>
「では気を取り直して、と」
扉の取っ手を引く。そこには他のパーティーの姿はなく、見たことのある茶色の髪の女子が1人、書類の束を積んだ机に向かってペンを走らせていた。
「ドラフシェ!」
「シーギスルンドか。久しぶりだな」
机に駆け寄る。後ろの3人も、「ねえ、知り合い?」と言いながら一緒についてきた。
「紹介するよ。ドラフシェ、俺と同じ村の出身で17歳。昔からの付き合いなんだ」
つまり、幼馴染ってやつ。前と比べて髪型は変わったかな。肩まであるなんて、結構伸ばした気がする。でも、くるんと綺麗にカールしてるところは変わってないなあ。
「へえ、シーギスったら、こんな可愛い幼馴染がいたんだぁ」
意地悪な笑みを浮かべるアンナリーナに、「隅に置けないわね」とイルグレットが同調する。いや、幼馴染ってそんなにいいもんじゃないですよ、ホント。
「こんにちは、ドラフシェさん。アイテムマスターのレンリッキです。パーティーの登録を担当してるってことは、魔王討伐省にお勤めなんですか」
「いやいや、私は経済省なんだ」
「うわっ、すごい! エリートだ!」
声をあげるレンリッキ。バートワイト王国の経済安定を担う省で、確かに相当な頭脳と知識を持った人材しか就けないらしい。その中でもドラフシェは、勤務2年目にして既に複数の部下を持つ、超エリートだ。
「王国の経済は、モンスターが落とすゴールドで回っているからな。まあ、そんな事情で登録の手伝いに借り出されたってわけだ」
軽く溜息をつく彼女に、イルグレットが笑う。
「お役所の仕事も大変なのね、ドラりん」
ドラりんって。あだ名つけるの早いなおい。
「で、シーギスルンド。やっぱりお前も討伐にいくんだな」
「ああ。アンナリーナとは前から一緒に行こうって決めてたんだけど、最近この2人がパーティーに入ってくれたんだ!」
「そうなんです。僕はたまたまパーティー募集の掲示板の一番上にあったので」
「私は、アンナちゃんが召喚獣のご飯ってことで美味しいパンくれたから」
「え、そんな理由なの!」
もっとこう、俺やアンナリーナの人柄みたいな話じゃないの!
「別にいいじゃない、集まったんだから」
アンナリーナがケロッとしていると、ドラフシェはフッと微笑んだ。
「頼りになりそうなパーティーだな。じゃあ、ここにメンバーの名前を書いてくれ」
「あ、ああ」
指示されるままに、紙に4人名前を書く。
「他のパーティーはもう登録し終わってるのか?」
「ああ。国で把握していた勇者達はほとんど登録して、冒険に向かったぞ」
「ちょっとシーギス、初っ端から遅れてるじゃんアタシ達!」
「お前、『着ていく服が決まらない』とか言って昨日1日買い物してただろ!」
しかも結局前に買った服着てるし!
「シー君、私もこの遅れは致命的だと思う。私が体調崩して4日寝込んでたことは一旦忘れて、早く動き出さないと」
「その台詞をお前が言うな!」
遅れた主な原因でしょうよ!
「俺達も追いついて追い抜いて、魔王を真っ先に倒さないとな! よし、これで手続き終わり!」
行こうとすると、レンリッキが「シーギスさん」と呼び止めた。
「せっかくだから、ドラフシェさんにこれ渡しておきましょうよ」
彼が出したのは、緑と黄色の混じった蛍光色にボウッと光る石だった。
「レンちゃん、それ、声霊石?」
「はい、そうです。この石を通して、離れた相手とも会話ができます」
アンナリーナの質問に答えると、彼はドラフシェにその石を渡した。
「一回冒険に出たら、なかなかここには戻ってこないと思うので、何かあったときに相談させて下さい」
目を丸くしていたドラフシェは、やがて口元をニッと緩めた。
「ああ、シーギスルンドも結構無茶するからな。保護者役ってことで、持っておくよ」
「やかましいっての」
ちょっと意地悪く笑う彼女と握手し、城を後にした。
「うし、さっそく次の村を目指すぞ。」
城の周りの発展っぷりはどこへやら、一息つくまで歩くと、見渡す限りの広大な野原が広がっていた。ところどころに生えている木々には、食欲を誘う色の果実が成っている。
ついに、冒険の始まりだ!
「ここからはモンスターが出てくるから気をつけろよ」
弱いモンスターは今まで修行で何体か戦ってるけど、目覚めた新たな魔王の力によって大抵少し強くなっているので気は抜けない。
「レン君、次の村は近いの?」
「そうですね、オーゼ村には丸1日歩けば着きそうです。で、宿屋は……1人5Gだから、20G必要ですね」
風で足にじゃれてくる草を踏まないように2歩前に進みながら、イルグレットとレンリッキの会話に加わる。
「20Gか。あと村2つ分くらい魔王に近づけば、1体倒すと稼げるけどな」
倒したモンスターが落とすゴールドが、この王国で使われる通貨。魔王のいる場所に近いほど魔力の影響を受けて現れるモンスターも強くなり、その分落とすお金も多くなる。
「あとは防具も少しずつ買い揃えないとね」
イルグレットが自分の服を見ながら言う。まだ手持ちのゴールドが少ないので、4人全員が普段着。しばらくは道具や魔法頼みだな。
「なんて言ってたら、お出ましみたいよ!」
張り切って叫ぶアンナリーナの視線の先には、黄色で柔らかそうなスライムが1体、ぴょんぴょん飛び跳ねてきた。モンスターの中でも最弱の部類。
「レンリッキ、スライムって何G持ってるんだっけ?」
「3Gです。7体倒せば今日の泊まる場所は確保、って感じですね」
即答する辺り、さすが知識の塊、アイテムマスター。ゴールドにも詳しいんだな。
「1体ならみんなの手を煩わせるまでもねえ! 俺が行くっ!」
突進から抜刀し、なぎ払うように一撃。ゼリー状の体を貫通し、スライムはパンッと弾けて消えた。そしてトンッとコインが草むらに落ちる音。
「よし、記念の1体目! さて、まずは3G――」
拾おうとした手が止まる。
3枚あるはずの銀色のコインが、1枚しかなかった。
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