藤家妖由来縁起絵巻

武州青嵐(さくら青嵐)

一章 学園内にて

新任教員南雲は中学生相手に奮闘する

第1話 剣道部の朝錬は早い

 剣道部の朝練は早い。

 南雲なぐもは欠伸を噛み殺し、卓球場の壁時計を見た。


 七時二十分。

 部員たちは七時には剣道場に入室し、体操服に着替えて隣の卓球場に移動してきている。


 今、南雲の目の前では、剣道部員たちが竹刀ではなく、卓球のラケットを持ち、卓球部一年のレシーブ練習のためにサーブを打っていた。

 卓球場には、ボールが台を打つ硬質な音がリズミカルに響き、時折卓球部の上級生が下級生に腕の角度やボールがラケットに当たる位置を指導している。この中学校ではここ数年男子卓球部が全国大会に出場しているという。それもなるほどと思わせるほどの技量であり、練習量だ。

 その練習に付き合う剣道部員が繰り出すサーブについては特に何も指示されない。見ていると剣道部員の月島などかなり山なりな、ヘロヘロサーブだが、注意されるわけでもなく、月島自身もサーブを打つことを止めるわけでもない。

 剣道部員は粛々とサーブを打ち、卓球部員の一年生は黙々とレシーブの練習を繰り返す。

 南雲は黙ってそれを見ている。


 その繰り返しの一週間だった。

 何故剣道部の朝練に卓球の練習が混じっているのか。


 その、あたり前の疑問については、当然南雲も前任者の埼玉さいたまに尋ねた。

「自分もそう思っていた」

 埼玉は重々しくそう答えただけで、それ以上何も言わなかった。南雲が思うに、彼はそれ以上何も知らないのだろう。南雲自身、初日の月曜に誰かに聞こうと思い続けて、あわただしく日が過ぎ、とうとう金曜日の朝を迎えてしまった。

 サーブを打ち続ける剣道部員に、誰も喋る者はいないが、時折、剣道部部長の日村の声が聞こえてくる。

 会話の内容を聞くと、彼が卓球部一年男子に的確な指導をしていて驚く。

 おまけに、サーブも上手い。一年生の技量に合わせてサーブを打ち分けており、最早、彼の所属は剣道部なのか卓球部なのか曖昧なところでさえある。

 ぼんやりと、そんな卓球部の練習を眺めていた南雲の耳に、高音の電子音が鳴り響いた。


「終了っ」

 卓球部部長の雪原が大声で告げる。

 卓球場に並べられたすべての台からボールの弾む音が消え、ラケットを持ったまま部員たちは部長の指示に耳を澄ませているようだ。

「剣道部に礼っ」

 部長の号令の直後、一年生から「ありがとうございましたっ」と声が上がった。それにおうじるように、ラケットを持った剣道部員が、「お疲れ様でした」と発声する。

 南雲はやれやれ、とばかりに壁にもたれさせていた背を起こした。


 

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