旅人
オガタチヨ
第1話 蒸し暑い午後
オレンジ色の車体を揺らしながら、バスはでこぼこ道をゆく。
国道2号線というと聞こえだけはいいが、この辺りの道路は未だ舗装されていない部分が多い。今僕たちが通過している地域でも、相変わらずアスファルト道路とは縁遠いというのが実状だ。
その日も、うだるように暑かった。
僕はいつものようにハンドルを握り、いつものようにアクセルを踏み、いつものルートを、いつもの顔馴染み客を乗せて走っていた。
左右に広がる緑の田園風景を横目に眺めながら、しかし道の端をゆっくりと歩く水牛を跳ねないよう気をつけながら、アクセルを踏み続ける。対向車は皆無。――いや、10分ほど前にすれ違ったトラックが一台だけだ。
僕の足の踏み込みに合わせて、バスがぐおん、という唸りをあげる。水牛を追い越すと同時に、道には土埃が舞った。
開け放した窓から入ってくる風は中途半端にぬるく、エアコンなどという近代的な設備の整っていないこのバス車内では、バスターミナルを出発した当初から猛暑との闘いが続いている。エアコン付きのバスなど、会社内でも一番下っ端の僕には、無縁の代物なのだ。
しかし乗客の皆は、いつも自ら好んでこのバスを選んでいる。とはいっても、別に運転手である僕のことを選んでくれているわけではない。エアコンなしのバスだと、乗車運賃が通常のバスよりも3分の1ほど安くなるからだ。ただ、それだけ。それだけのために彼らは、日々この不快な猛暑と格闘し続けている。
ちらりとバックミラーに目をやると、暑さに辟易している乗客たちの様子が伺えた。
みな一様に顔をしかめ、あるいは虚ろな表情のまま、何を見るともなしに窓の外を眺めている。それぞれ手には団扇や手ぬぐいを持っており、時折思い出したようにそれらを使って自分の体温調整を行う。バスの車内全体に、けだるい空気が流れていた。
太陽はとっくに僕達の頭上を通り過ぎ、大きく西へと
僕はハンドルの背後にある速度計に、一瞬だけ視線を落とした。時速60キロ。このスピードならば、雨雲が機嫌を損ね始めるよりも二呼吸分くらいは早く、ターミナルに滑り込むことができそうだ。
車窓の外はいつの間にか、田園風景からサトウキビ畑へと変わっていた。このバスが走っている国道よりも少しだけ海抜の低い土地で、緑色の海が風に凪いでいる。
このサトウキビ畑を越えればメーラーオの村だ。ここではバイ婆さんが下車する。町の市場で買い込んできた香辛料や茶葉を風呂敷に包み込んだ婆さんは、その荷物を小さな背中に背負い、家族の待つ家路へと向かうのだ。
いつもの乗客、いつものバスルート、いつもの車窓風景。なんてことはない、いつもと変わらぬ午後。
白状しよう。
そんなわけだから、僕はかなり気を緩めて走行していた。
だからこそ、道端ににょきりと人間の腕が転がっているのを見つけた時には、それこそ心臓が飛び出すくらいにびっくりした。
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