ラグナロック
田中井康夫
舞台が幕開く
プロローグ こうして幕は開く
20XX年。
静岡県東部。
裾野市と御殿場市を結ぶ大平原。
自然が豊かであるその大平原を一人の男が立って遠くを見ていた。
遠くを見れば、ススキが伸びに伸びて人が隠れることが出来るのではないだろうかと言ってもおかしくはないほどに伸びており五キロ先までがススキしか見えない。
そこから先は見るのは自然豊かな山々があり、逆を見れば日本の代表する巨大な山、富士山がその姿を現している。
辺りの風は落ち着いており、強く吹く様子はない。
良い天気だ、と男は思っていると金属同士が絡み合い嫌な音を響かせて動く車両がその砲身を旋回させる音が聞こえる。
「新島二尉!」
男に別の男の声が掛かる。
「ここにいましたか。」
「・・・・・・・・・野崎三尉。・・・・・探したか?」
「そりゃ、探します。二尉は期待の星なんですから。」
「俺より、10式じゃないか?『強化外骨格』なんてもんはもうお古。今は10式っていう次世代の戦車だろ。」
そう言うと、新島と呼ばれた男は多くの車両が動く方へと視線を向ける。
新島の言うことも分からなくはないと野崎と呼ばれた別の男は思う。
だが、今回の演習の主役はあのデカ物ではない。
「10式に視線が向くのはまぁ分からなくもないですが、今回の主役はあくまでも、二尉や自分たちの『強化外骨格零式』です。そこを忘れないでください。」
「言ってみただけだ。分かってる。」
「本当ですか?」
新島が本当に理解しているのか野崎は疑いの視線で新島の横顔を見る。だが、野崎には新島の本心は分からなかった。人の心を読む超能力などは持ってはいないし、新島は本心は心の奥深くに押し込み、曝け出そうとは決してしない。
これと決めたことしかしないし、言わない。そういう男なのだ、彼は。新島が言ってみただけと言う言葉を野崎は信じることしか出来なかった。
他所からの野崎を呼ぶ声が聞こえ、野崎は新島に確認は取らずに、他所に向かって走っていく。野崎が遠ざかる音を聞いて、新島は、
風は吹いている様子もなく、雲も一つない。天気だけを見れば良好だ。
そう。
「・・・・・・・良い天気だ。」
蓮人が良い天気だと言えるくらいに平和で良い天気だった。
静岡県東部。
新年が明け数週間、陸上自衛隊の総合火力演習の見学に大勢の人間が見に来ていた。
その演習の様子をビデオに撮ろうとしてビデオ用の三脚を広げる者。
良く見える様にと望遠鏡を取り出してその様子を見ようとする者、様々な人間がそこにはいた。
その多くの人たちがいるその場に、白く短い髪をしその髪を風に揺らすことなくただ垂らしている少女が演習の始まりを待っていた。その少女の周りに他の少女、二、三人がいた。
「まだ始まらないのかな?」
「時間はまだ。・・・・・・・・・遅くはならない、だけど、早まることはない。」
「涼子の言う通り。早くはならないから待ってな。」
「でもさぁ・・・・・・・。」
他の少女は始めるのを今か今かと思っているようだったが、涼子は早くに始まりはしないだろうに、と他の少女たちとはどこか冷めた様子でいた。だが、涼子も始まりを期待しながら待っていた。
『強化外骨格』。
『LIC』、『低烈度紛争』と言われる最近起こっているテロや反乱、ゲリラ戦等が起こるようになり、呼ばれるようになった呼び名だ。
軍隊と軍隊とのぶつかり合い、それも大きな戦争ではなく、戦闘としか呼べないモノが起きる様になった。戦車などの軍の使用を前提にした利用ではなく、ゲリラ戦等で重視されるべき個人をどう活かすかというただそれだけを考えた結果誕生した『パワード・スーツ』の一つの日本が出した答え。
それが『強化外骨格零式』。
その披露を総合火力演習で行うと自衛隊の広報がインターネットサイトで書かれたのはつい数日前のことだ。
どの様なモノなのか、誰もまだ実際には見てはいない。そのため、それが出てくるのを今か今かと待ち遠しく思うのは涼子は分からなくはないと思ってはいた。・・・・・・・・・・思っているだけだが。
実際には、それをただ見に来ただけではないであろうなと涼子は女友達の様子を見ながら、他の人たちの様子を見る。
日本人が多いように見えるが、外人の姿も見える。ということは日本の陸上自衛隊が持つ戦力の視察か。
くだらない、と涼子は感じた。
日本は総合火力演習などの演習を様々な場所で行っている。行ってはいるが、日本は戦うことはない。災害派遣などで他国を救うことはあれど、他国を救うためには戦うことはないからだ。第二次世界大戦以降、日本の牙はアメリカという大国が抜いてしまった。今の日本には牙はないと大人たちは言う。
だが、そんなことを涼子に言われても涼子には分からない。
なぜなら、涼子は、その時にはまだ生まれていないからだ。他国に対する抑止力だとか言われても涼子には分からない。
ただ一つ、分かることがあるとすれば、
「なんだ、あれ?」
その声が誰が言ったのか、涼子には分からなかった。ただ一つ分かるとするならば、その声はこうして密集して今か今かと待っている涼子を含めた一般人の誰かが発した言葉であるということ。
そして、なにもなくただのススキが生えている富士の裾野に空間を割るように雷が、稲光の様に、音を鳴らしているということだ。
そして、その現象が止むと。
突如として門が現れる。その門はかなり大きい。大人たちが呼ぶ10式という戦車が一体何台、いや、一体何両入るのであろうか。
そして、その門が日本風の、いや、中国風の門という感じではなくどこか西洋の・・・・・・・・、そう、西洋風の門といった感じであった。
「イベントか・・・・・・・・?」
誰かが言った。だが、涼子は心の中で否定する。
この総合火力演習自体がイベントと言ってもおかしくないものである以上、これ以上のイベントはない。そう涼子は言える。これ以上のイベントとは言えないであろう。
言えるとしたら、もっととんでもない・・・・・・・・・。
そう。
他国による侵略だ。
それを証明するかのように、古代ヨーロッパ風の格好をした人間と人間と姿が異なる戦士風の格好をした怪物、モンスターと呼んでもおかしくない化け物とが誰かに操られているかのように列をなして現る。
「ひっ・・・・・・・・!」
これから起こることを考え、涼子の女友達他、周囲の人々は小さな悲鳴に似た声を出す。
「涼子!に、逃げっ・・・・・!」
「逃げない。」
涼子の腕を掴んでその場から逃げようとする女友達を涼子は逃げることを拒否して腕を振り払う。
「な、なんで・・・・・・・・・・・っ!!」
「逃げれば、死ぬ。だから、逃げない。」
「バカ・・・・・・・・・っ!!強がってる場合じゃ・・・・・・・っ!!」
「強がってはいない。」
涼子は前にいる敵から目を離さずに言った。
「今逃げれば、逃げようとする人たちの邪魔で逃げるのがより長引く。」
「だからって・・・・・・・・!!」
「それに忘れてはいけない。」
逃げようと言う友達の目を見て、涼子は言った。
「ここには自衛隊がいる。日本の牙たる自衛隊が。
・・・・・・・逃げるのは勝手にして。信じるのは私一人だけでもいい。」
友達から目を離し、前を見る。
その瞳には目の前の敵が映っていた。
「二、二尉!」
「なんだ、三尉。」
「あ、あいつら!」
「あぁ、見えてる。」
「だ、だったら!」
「分かってる。そう急かすな。」
野崎が焦る声を蓮人は静かに聞いていた。
突然現れた扉。そして、異なる人種で編成された群れ。恐らくは侵略として編成した軍が目の前に展開していた。
これが第一陣とは考えにくい。それにこれが全戦力だとは思えない。それにしたらあまりにも少なすぎる。
この演習場に入りきらない人数がいるのであれば話は分からなくもない。だが、それには到底及ばない。となれば、これは奇襲を主にした偵察であろう。そう考えれば、なるほど、合点がいく。
と、蓮人がのんびりと思考にふけっていると、列の連中が剣を振り上げ、鬨の声を上げるのが聞こえる。
古いねぇ、と蓮人が思うのと、戦車の砲塔から砲撃の爆音が聞こえるのはほぼ同時だった。
『「強化武装隊」、何をしてる・・・・・・っ!?平らげちまうぞっ!?』
ひどいもんだ、と思いながら、『強化外骨格』の頭部、ヘルメットを被る。
「おいおい、自衛隊が平らげるってあんま言うモノじゃないぞ?マスメディアの連中が聞いたら喧嘩っ早い武装集団扱いになるんだ。ちょっとは言葉を選んでだな・・・・・・・・・。」
『ハッ、その喧嘩っ早い武装集団の中でも、喧嘩っ早い「強化武装隊」の「第一小隊」が言っても何も響きやしねぇな!』
「言っていろ。」
相変わらず腹が立つ言い方だ、と蓮人は思いながら、ヘルメットの無線機が使えるのを確認し、味方に連絡を入れる。
「聞こえたな?10式の戦車連中が早くしないと平らげるとか言っている。
・・・・・・・・・・喧嘩を売られた以上、倍して返さんといかん。我々は、天下の日本が誇る自衛隊であり、その自衛隊の矛であると、同時に盾なのだから。『強化武装隊』の名の下に蹴散らそうではないか。我々は自衛隊なのだ。」
『二尉、やる気にあふれてますね。』
『機甲小隊の売った喧嘩を二尉が買っただけだ。・・・・・・連中め、まったく余計なことしてくれやがる。』
「斎藤三尉。喧嘩を売ったのは向こうだ。我々は売られた喧嘩はただ買うのみだ。」
『それを言ってるだけなんですがね、自分は。』
「どうだかな。」
部下のやれやれとため息が聞こえてきそうな苦言に連中に蓮人は言葉を返す。
確かに、やる気に満ちていると言われればそうであろう。
侵略という喧嘩をどこの世界の連中なのかは知らない他所の連中とあれば、余計にだ。喧嘩を売られてしまった以上、国を守る自衛のために喧嘩は買わなくていけないだろう。マスメディアにどのように報道されても戦わなければ、いけない。
それが自衛隊の在り方なのだから。
『そんだけあれば、十分だな・・・・・・っ!行ってこい、「強化武装隊」!!』
ガラガラと目の前で降りていたシャッターが上がる。
砲音が聞こえる。
10式の砲塔から放たれる徹甲弾が敵に命中する。
戦場から少し離れたところにあるゲートのシャッターが開く音を涼子の耳に届き、涼子はそちらに視線を移す。
そこには。
鋼鉄の服を身に纏い、まだ塗装されていない銀色に肌を覆い隠した、恐らくは自衛隊の隊員とそれに似た鋼鉄の服を身に纏った数十名の隊員の姿が見えた。
「『強化外骨格』、『零式』・・・・・・・・・・・・、
それと『壱式』・・・・・・。」
陸上自衛隊での運用が決定している世界初の『パワード・スーツ』として開発され、運用されている『強化外骨格零式』と『零式』の改良型として、開発された『壱式』。
初めての運用が早かったからか、塗装されることがなかった『零式』に比べ、黒色に塗装されている『壱式』。
その『強化外骨格』を着ている自衛隊の部隊は今回の総合火力演習で初披露を迎えるはずだった。その披露がまさか異世界からの侵略という実戦となるのは、彼らは予想はしていなかったであろう。
いや、彼ら自衛隊員だけではない。
涼子たち、一般人でさえ想像も予測も出来なかったのだ。
「『強化武装隊』、前へ!」
『強化外骨格』を着ていない『普通科』と思われる隊員がライフル銃、64式小銃を構え前進しながら、『強化外骨格』を着ている『強化武装隊』に向かって大声で指示を出す。
『了解!前に出る!・・・・・・・「普通科」は下がってろ!』
黒色に塗装されていない銀色の『強化外骨格』に身を包んだ隊員がゲートから前に出ながら『普通科』の隊員に指示を出す。
その時、ふと観客席に視線を移し、
「えっ。」
逃げることなくその光景を目に焼きうつしていた涼子を見た・・・・・・・気がした。・・・・・・・ただ、見えただけかもしれないが。
そう感じた次の瞬間には、その『零式』を着ている隊員は顔を敵に向ける。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
野太い鬨の声が涼子たち一般人の耳に届き、多くの一般人が逃げようと席を離れようとするが、涼子は鬨の声にも怯まずに敵の姿を目に焼きうつす。
正確には敵ではなく、自衛隊員の『強化外骨格』、『零式』のその姿に目に焼いていただけであったが。
インターネットの陸上自衛隊のサイトでその姿を見たときから、涼子は『零式』に見惚れていた。いや、心を奪われた、そう言っても過言ではないのかもしれない。
高校生活で一度も恋に落ちたことがなかったため、初恋というモノがどういうモノなのか分からないで高校生活を過ごしていた涼子ではあったが、その鋼鉄の姿に惚れてしまっていた。
なので、こちらに顔の向きを変えたとき、涼子を見たのだと涼子は勘違いしていた。
・・・・・・・・・・・・勘違いではないのだが。
「・・・・・・・・なんかこっちをすげぇ見てる女の子がいるんだが。」
『・・・・・・二尉。そういうの自信過剰って言うんですよ。』
『言うなよ、三尉。今回の演習じゃ皆、「強化外骨格」を見に来てるんだ。二尉だけじゃない。・・・・・・ですよね、二尉?』
蓮人は観客席にいる少女からの視線を感じ、『零式』にある視界補助機能によりズームインされた白い髪の少女の顔がヘルメットのバイザー内に表示されるのをどうしたものかと思いながらぼやく。
そのぼやきを聞いた野崎と斎藤が皮肉を言う。
「斎藤三尉、一番槍やる。・・・・・突っ込め。」
『・・・・・・二尉に譲ります。』
「却下だ。・・・・・・・・・人が譲るって言ってるんだ。素直に受け取っておくのが普通だろうが。」
その皮肉を皮肉で返すと要らないと言われる。
『・・・・・・・・・・・・・あ~、なら、撃たないほうが良かったか?勝手に先貰ったが。』
『・・・・・だそうですが?』
「・・・・・・・・・・なら、貰っとこうか。ただより高いモノはないからな。」
そう言われた皮肉を蓮人は皮肉で返す。
・・・・・・・まぁ、譲ると言われた以上は、貰っても問題はないだろうと思って返しただけなのだが。
背中から64式小銃を手に持ち構えると、腰部にあるポシェットからナイフを取り出して、小銃の銃口の下部に取り付ける。
目の前にいる敵が手に持っている槍より長くもなく剣よりかは短くもない小銃は心もとないように見えることであろうが、自衛隊員にとってみれば、これ以上にないほど信頼できる武装である。
10式戦車の砲撃により、混乱するほどの打撃は与えたはずだが、10式の砲撃に怯むことなく気合を入れているように見えるのは、
蓮人の気のせいではない・・・・・・・と見えた。
普通なら、10式の砲撃、いや、戦車の砲撃に怯むはずだ。それがないということは・・・・・・・つまり、目の前の敵は・・・・・・、
「・・・・・・・捨て駒か。」
援護を受けることも撤退することもないのだろう。
第一陣としてこちらに痛手を与えようとの意図があるのか、それとも違う目的か。
そうであっても全滅する恐怖がない、誰一人立っていないかもしれないという死への恐怖がない、そう蓮人は見て取れた。
ひどいもんだ、と蓮人は敵に同情した。
未知の敵と対峙して、被害も出ている。
それにも関らず、恐れずして鬨の声を上げている。
死を恐れないという人はいないだろう。どんなに分厚い装甲に身を包んでいたとしても、人間死ぬときは死ぬのだ。
その時に誰に何を残せるのか。もしくは、残せるのか。
それは誰にも分からない。
にも関わらずに、立ち向かおうと鬨の声を上げている。そこに恐怖心といったものは感じられない。いや、感じさせない様にしているだけで、蓮人は感じていないのかもしれない。
ふと、自身の手が震えているのを感じ、手を見る。
死への恐怖は感じる。たとえ、自身が世界初の『パワード・スーツ』に身を包んでいたとしてもこうして恐怖を感じているのだ。
いや、蓮人だけではないのかもしれない。
自衛隊で実戦経験をしている人間はいないだろう。
遠距離から敵に砲撃を行い、敵を吹き飛ばしている10式戦車の乗員であっても死を感じないわけではないと蓮人は思っていた。
そうだ、死を恐れている。
吹き飛んで死ぬのは自分かもしれないという恐怖が。
だが、恐怖心に支配されては何もできないのは事実で、自分たち自衛隊の『強化武装隊』の後ろには何も持たない一般人がいる。
その一般人を死なせてもいいのか。
さきほど、目が合った少女を死なせてもいいのか。見殺しにしていいのか。
いや。
良いというわけでは、断じてない。
そのために、新島蓮人はここにいるのだ。
『・・・・・・・二尉?』
足を止めた蓮人を心配してか野崎が蓮人に声をかけてくるのが聞こえる。
『・・・・・・・・・・おいおい。大丈夫か?やっぱり食い潰そうか?別にいいんだぜ?』
「いや、大丈夫だ。」
掛けられた声に蓮人は大丈夫だと返す。
実際には、大丈夫ではないのだがそう言わなければ自身が恐怖心に押しつぶされてしまいそうになる。
初弾を装填する。
「はぁ~・・・・・・・・・・・・。」
ゆっくりと息を吐く。
前を改めて見る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
自身の持つ武器を構え、こちらに向かってくる敵を見る。その距離はまだ遠いが、動くことなくそのまま立っていれば、接敵し、その槍や剣に自身の血をその刃に吸わせてしまうことになるだろう。
「・・・・・・・それは嫌だな。」
死への恐怖はある。
だが、戦わずに死ぬというのはいやだと言える。
仕方がない。
そう、これは仕方がない。
こうなった以上は仕方がないことなのだ。
自分は自衛隊であり、民間の何も持たない一般人ではないのだから。
だから。
だからこそ、蓮人は前に進み出る。
その歩みは徐々に加速を得て走りに変わり、やがて駆け出していた。
その加速の変化に目の前の敵は驚いた様に目を見開いていた。
それはそうだろう。
身体能力を補助するための『パワード・スーツ』、『強化外骨格』なのだから。それを着ているのみにも関わらずに普通の身体能力であれば、着ている意味などない。
正面の敵、槍兵が槍を蓮人に向けて、突き刺そうとし、突いてくる。
だが、その突きは蓮人にとってはものすごく遅く見えた。
視界の補助機能が働いているからだと蓮人は感じていた。実際には目にも止まらぬほどの速さで突いているのだろう。
故に、蓮人がその突きを避けた際に、その槍兵は避けたという事実に驚いて目を大きく開いていた。
そのお返しとばかりに、蓮人は銃剣で槍兵を突き刺す。突きと同時にトドメとばかりに、二発放つ。人の肉を刺した嫌な感触を蓮人は感じた。人を殺した嫌な感触だ。だが、殺さなければ殺されていたのは蓮人の方だ。
蓮人は頭から嫌なイメージを振り払う様に頭を振う。
「・・・・・・・・・くそがっ!!!」
『・・・・・二尉!』
『二尉が・・・・・・・・壊れた・・・・・・・。』
壊れると言う斎藤の声が蓮人の耳に聞こえる。
壊れる・・・・・・?
これでどうにもならなければソイツはもう既に壊れてる。こうした反応は誰でも感じる感触だろう。
ポシェットからピンが付いている細長い球体、手榴弾を取り出して、ピンを抜き前は放り投げる。
かん、かん、と転がり、大きい爆発が起こる。
その爆発から身を下げ、再び蓮人は前へ出ながら、小銃を放つ。
小銃が火を放ちながら、銃弾が放たれる。
その放たれる銃弾を受け、敵は鎧に防がれることなく貫かれる者、盾で防ごうとして前に出ようと盾ごと貫かれる者、倒れる者が屍となって積み重なっていく。
「くそっ、くそっ、・・・・・・・・くそったれが!」
一発撃つごとに、蓮人の口から汚い罵詈造語が放たれていく。その言葉を一語一語言うごとに敵の兵士は倒れていく。
だが、出される弾丸は無尽蔵に湧いて出るものではない。
蓮人が持つ64式小銃から弾が出ないと見るや、槍を投擲してくる。
何もしていない普通の状態ならば、その槍に貫かれて死んで終わりだろうが、今の蓮人は『強化外骨格』を着ている、普通とは異なる状態だ。
飛んできた槍をくるりと回りながら避けるのと同時に64式小銃から空になった弾倉を捨てて、弾がたんまりを入った新しい弾倉を込め入れる。
『援護します、二尉!』
『二尉ばっかり、ずるいですよ!』
野崎以下の『強化武装隊』の連中が蓮人を援護する様に64式小銃を撃ちながら、前へと進み出る。
「・・・・・・・・ハッ。」
遅いわ、と文句を口から出さずに弾倉を入れ替えた64式小銃を敵に向け放つ。
撃つたびに鎧を貫かれて、絶命する。接近することも出来ずにただ死んでいく。
こうなってしまえばただの一方的な虐殺だ。
せめて、せめて、一矢報わねば。
そう思ったのだろう、陣形が正面に構える陣形から、密集した陣形に代わる。
『二尉!』
「分かってる。おい、10!!!・・・・・・ぶち込め!!」
『了解だ!・・・・・・下がってろよ・・・・・・・・。』
そう言うが早いか、再び砲音が響き、後方から10式戦車による砲撃が敵の密集陣形に命中する。
命中するのと同時に赤い鮮血と肉片が飛び散る映像が目に見える。
「・・・・・・・・っぐ。」
思わず吐き気に襲われるが、ぐっと吐くことを我慢する。
吐くのは楽かもしれないが、吐いた吐瀉物の匂いに満ちた『強化外骨格』を着替えるまで着ていなければならなくなるし、あくまでも、個人の所有物ではなく、支給品であるため、吐いてしまえばそれによる損害賠償を支払わなければならなくなる。
それは嫌だった。
10式戦車と蓮人たち、『強化武装隊』とわずかにではあるが出てきた『普通科』の自衛官たちによって、戦況はだいぶ攻勢に変わるのにさほど時間は必要ではなかった。
『抵抗するな!!これ以上は無駄死になる!!!武器を捨てろ!!!』
『強化武装隊』の『強化外骨格』を着ている自衛官たちは、残った残存兵に投降を促す。
日本人もバカではない。
抵抗する群れであっても、大勢失えば、抵抗する意思も削がれる。何も攻められたから、全員を殺すという手段を取らなくとも、抵抗する意思がなければ打ち殺す必要はないのだ。
「終わった・・・・か・・・・・。」
『状況終了・・・・・・・・・・・・ですね・・・・・・・。』
蓮人の言葉に野崎は賛成の返事をする。
ふと、視線を感じ蓮人は後ろを振り向く。振り向けば、そこには観客席があり、蓮人を見ていた白髪の少女が蓮人を見ていた。
その少女の周りにいた一般人は危険に巻き込まれると思ったのか、観客席にはその少女一人だけが取り残されていた。先程と位置も変わっていない様子に蓮人は気づく。
逃げることもなく、ただ見ている。
たったそれだけなのにも関わらず、蓮人はその少女の強さに度肝を抜かれた。
自身に向かってくるかもしれないにも関わらずに、そこにずっと立って見ている。それがどれほどの精神力がいるのか。蓮人には想像は出来ない。
じりっ。
少女の瞳に負けて一歩後退すると、蓮人の足にぶつかるものがあった。
それがなんであるのか、気になり視線を足元に移すとその足元には蓮人が最初に銃剣で突き刺し、二発を発砲し絶命したであろう敵の兵士が蓮人を見ていた。
その瞳には、なぜ死ななければいけなかったのか、死んだ理由が分からないと疑問に持っているようなそんな疑問が浮かんでいるように蓮人には思えた。
「・・・・・・・・・・俺にも分からん。」
蓮人は少し屈むと、絶命している兵士の瞳を閉じてやる。
・・・・・・・・・世界は違うかもしれんが、成仏はしてくれよ。異世界の住人が多く来て困るだろうが、頼んだぜ神様、仏様。信じてない俺が頼むのはおかしいだろうが、今は、そう今だけは信じるぜ。
そう心の中で呟きながら、両手を合わせる蓮人であった。
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