本ベル 模擬戦

 「右手よ動け」と頭の中で意識する。意識が脳神経に指令を出し、首筋に埋め込まれた《星屑》と呼ばれるマイクロチップが指示を読み取る。

 操縦室コックピットを取り囲む全方位モニターの右側で、鉄腕が動き出した。ぎゅっと握られた鉄拳を見てビアンカは思う。


『感度良好、こっちはバッチリよ。ゲッツェはどう?』


 頭の中で浮かべた言葉を星屑は読み取る。そしてこの場にいない仲間に向けて念話に変えて送った。


『こっちもOKだぜ。いつでも未成年ティーンエイジャーをフルボッコにできる』


 頭の中で言葉が鳴る。

 ビアンカは正面モニターを見る。人気のないビジネス街に、華奢な体躯の青色の機械人形が立っていた。


 ――神霊。


 古代の壁画に記された巨人の名を持つロボットだ。主に工業用と軍事用に使われるが、今の正面モニターに映っているのは《ロス》と呼ばれる軍事用の神霊だ。


『ゲッツェ、侮らないで……。ハダルは古代遺跡から出土したオーパーツなのよ。電子基板すら存在したかどうか危うい、三千年前に作られた神霊なの。どれほどのテクノロジーを持っているのか想像も出来ないわ』

『ビアンカは警戒しすぎなんだ。相手の神霊がチートな性能を持っていたとして、操縦者はどうなんだ? オーパーツの性能をちゃんと引き出せる奴なのか?』

『それは……子供なわけだし、未熟だろうけど……』

『ほらみろ、いらない心配だろ』


 ゲッツェはそう言うが、ビアンカは悪い予感がしていた。

 操縦席に入る前、ハダルの操縦者パイロットを見た。ソウガ=ホシノという少年。柔そうな容姿をしていたが、余裕のある顔つきだった。


 今回は擬似空間でのシミュレーションになる。撃墜されたところで機体が大破するわけでも、怪我するわけでもない。しかし未成年が軍人を相手に戦うのだ。緊張くらいするはずだ。それが余裕な顔をするとはあの少年は一体何者だろうか?


 ビアンカの不安をよそに、ゲッツェは勝利報酬で何を買うかもう考えている。緊張感がない仲間に堪らず笑いが漏れる。


 ゲッツェはなんで笑われたのか、惚けた声をあげて訴えた。緊張感のないゲッツェのおかげで不安が霧散出来たとビアンカは感謝する。


『では、模擬戦を開始する』


 頭の中でゲッツェのものではない、男の声がする。ビアンカは顎を引いて意識に集中した。


 開始の合図でビアンカは、背中に抱えていた《中性子砲》を構えろと想念そうねんを送る。自分の乗る赤い神霊グリーゼは、ビアンカの指示を受けてうつ伏せになって中性子砲を構えた。

 周囲で一番高いビルの屋上。射撃位置としては最適な位置に陣取り、ロスを襲ってきた相手の後ろを撃ち抜く。単純だからこそ最も効果的な作戦。


 ゲッツェの乗るロスは大通りの目立つ場所に立つ。目立つと言っても周囲はビル街。接近戦で挑まなければやりにくい立地だ。

 しかもロスの武器は炭素ナイフ。接近戦では部類の強さを持つ小回りの利く武器だ。


「勝ったな」ビアンカが思った時、センサーが敵機を捉えた。場所はロスの背後。ロスが後ろを振り向いた。

 黄金色の神霊ハダルが、突進してロスに切迫していた。手には刀身に鋸歯きよしが並んだ長身の刀。物質を素早く切り捨てる分子振動刀ハーモニクスブレードと呼ばれる武器だ。


『距離の近い場所では戦いにくいだろうな!』


 ゲッツェの声が頭に響くと、ロスが短剣術の形をとった。突進するハダルの刺突を受け止めようと、二本のナイフを交差させる。

 刀がナイフの刃に触れようかという時、ハダルは腕を捻って刺突の位置をずらす。刃がロスの左肩に突き刺さり、腕を抉り切り落とした。


『ぐぁぁぁぁぁぁっ!!』


 機体の損傷が星屑を介して痛みとなってゲッツェに伝わったのだろう、叫び声がビアンカの頭に響く。

 仲間の叫び声を聞いて、ビアンカは中性子砲の照準を絞る。しかしロスの背中や建物の陰に隠れながら動くハダルを中々捉えられないでいる。


 狙ってこれをやっているのか? ビアンカは思った瞬間背筋が凍り、心臓の鼓動が跳ね上がった。


 危険を知らせる警報が操縦室に鳴り響く。

 モニターに映る心拍数のグラフを確認する。神霊を動かす為に必要な想念技術。その想念に必要な冷静さを客観的に現した、心拍数と体温が急上昇する。鼓動を鎮めるため、大きく息を吐く。

 落ち着いたビアンカは、隙を伺おうとロスとハダルの戦いに注視する。


『このやろう!!』


 ゲッツェな声が頭の中に飛んできた。ロスが怒りに任せて左手でナイフを振り回す。

 ハダルはその一閃一閃を冷静に捌き、隙を見てロスの頭部を切り落とした。

 ロスの首は胴体と離れ、ガラスのように割れて散る。後を追うように胴体も、膝をついて砕け散った。


 一部始終を見ていたビアンカは、ついぞ中性子砲を撃つことは出来なかった。

 ビアンカは仲間がやられたことに舌打ちして、照準を見詰める。

 ロスを倒した後、ハダルは一歩も動かずに静止している。

 舐めているのか? ビアンカは思う、同時にゲッツェをやられた恨みが沸き上がってくる。


 怒りに任せてビアンカは、引金を引くように想念をする。想念に応えてグリーゼが中性子砲の引金を引いた。

 肉眼では観測できない中性子は、レーザーに誘導されて発射される。

 装填から発射までに、コンマ二秒たらず。

 高密度のエネルギーが、亜高速でビジネス街を傾斜して下り、一キロ離れたハダルの胴体目がけて飛んでいく。



 着弾の寸前ハダルは、肩に付いたスラスターを使って上半身を横に反らした。

 狙いを外した中性子は、ハダルの右肩を掠めて道路に沈む。


『何故!?』


 ビアンカは瞠目する。

 彼女からしてみれば、引金を引いた瞬間、避けたように見えた。ハダルを操縦者が超能力じみた能力で、先読みして避けたように思えたのだ。


 ビアンカの憶測とは異なり、ハダルを操縦室していたホシノは、超能力など使わなかった。中性子が生成された際に発せられる信号ニュートリノを、ハダルが探知したから回避運動をとった――たったそれだけのこと。だが、時間に換算すれば瞬きする暇もない刹那である。


 ビアンカは何故避けられたのか分からず、冷や汗を掻いた。冷めた体を温めるように血管が激しく脈打ち、心拍数が跳ね上がって急勾配を描く。冷静さを欠いた想念を受けて、操縦席に耳煩い警報が鳴る。


『おちつけええええええええええええっ!!』


 ビアンカは心の中で叫ぶ。

 ハダルがこちらを向き、背中にある対物小銃を手に取った。そして中性子砲の発射地点から少しだけ角度をずらして弾丸を発射する。

 発射位置から機体の位置を予測して狙撃したのだろうとビアンカが気が付いた頃には、弾丸はその形が鮮明に認識できるほどに切迫していた。


 当たっても死にはしない。分かっていても、恐怖から逃れる事は出来ない。

 どでかい八十四ミリ弾が、グリーゼの頭部を抉る。

 ビアンカは頭を打ち抜かれるような痛みを感じながら、搭乗していた青いグリーゼと共にその場から消えた。


 ◇


 正面モニターに勝利を伝える文字が躍っている。

 ヘルメットを被ったホシノは、大きく息を吐いて座席にもたれ掛かる。上昇した体温と汗で、バイザーの内側が白く霞む。


『お疲れ様、ソウガ=ホシノ君』


 低い男の声が星屑から聞こえる。

 正面のモニターが暗転して上下に開き、外の景色か見えるようになる。

 だだっ広い部屋の中に、幾つも機械が並んでいる。壁にはむき出しの鉄筋。太いコードが、壁を這うようにして伸びている。

 ここは世界有数と評される、ソードブリッジ学園の第六整備場だ。


 ホシノは操縦室を出て、熱気の籠もったヘルメットを外す。

 新鮮な空気で汗ばんだ顔を冷やしながらハダルを見上げる。ビル一つ分はあろうかという高さの神霊が、研究室の天井に頭を付けて立っていた。


「古代の神霊か。昔の方が技術が進んでいたなんて、複雑な気分だ」


 仮想空間で行われた模擬戦であっても、ハダルは十分過ぎるほどの性能を発揮してくれた。感慨深く眺めていると、中年の男がホシノの傍までやって来た。


 男は金髪で目は碧く、堀の深い厳めしい顔立ちをしている。やや肩肘の貼ったほどよい肉付きは、仕事の出来そうな印象を与える。

 男は険しい顔を緩めて、真っ白な歯を見せた。


「お疲れ様、ホシノ君。まさか軍人を二人相手に勝ってしまうとはな。相変わらず神霊の扱いが上手いな」

「ハダルのおかげですよ、ダリウスさん。最後なんて力業でしたし」


 ダリウスと呼ばれた男は満足そうな顔で頷く。


「軍もそう判断して研究費を増やしてくれるだろう。ありがとう、報酬は弾むよ」


 ホシノの液晶角膜に六桁の数字が並んだ。想念を使って送られてきた電子マネーの額だ。バイトの駄賃にしては高額すぎて、額を減らすよう願い出る。


「君は良い仕事をしてくれた、これは正当な報酬だよ。それに君は血の繋がりこそないがゴードンの息子だ。亡くなった親友の代わりに、色々面倒を見るのは当然だよ」


 ダリウスはホシノの肩に手を乗せる。

 優しい眼差しは、ホシノとは違う誰かを見ているような遠い目をしていた。


 ダリウスには後見人なって貰った恩がある。成果に対する報酬だと言われても、遠慮したい気持ちが大きい。だが貯金を取り崩して生活しているホシノにとって、ダリウスの提示した額は必要だった。

 頭を下げて礼を言い、素直に受け取る。


「そういえば、まだ言っていませんでしたね。おめでとうございます。娘さんが無事トリニティに合格したようで」

「あぁ、自分の娘が生徒になるなんて想像できないが、一緒に過ごせる時間が増えて父としては嬉しいよ」


 ダリウスは頬を掻いて、照れくさそうに微笑んだ。


「確か、アトリアさんでしたよね。入学式が楽しみです」

「女っ気より男っ気の方が勝る変わった性格だが、亡くなった母親に似て繊細な所のある娘なんだ。これからは年中一緒に居るわけだから、父親には話せない悩みを抱く機会も増えるだろう。君がトリニティに来た時で良い、話し相手になってくれればと思う」

「分かりました。ダリウスさんのお嬢さんの相談なら、幾らでも乗りますよ」

「ありがとう。君がトリニティに入ってくれれば、より安心なんだがな」

「はは、僕じゃ試験通らないですよ」

 ホシノは頭を掻きながら笑顔を作った。

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