黒い雨 本編(MMDホラーサスペンス) 台本集

@yosinobuonpu

黒い雨 -第4話- 「提督編」

窓の無いコンクリートで固められた地下室。

暗く、ジメジメとした空気が漂う。


その一角に作られた檻の中。

提督は何も言わず、パイプ椅子に座っていた。


誰かを待ちわびるように部屋の入り口を見つめ。

手に持った水筒を大事に抱えている。


ギィ・・


金属の扉が開いた。

身構える提督。


「・・・。」


顔を出したのは時雨だった。

安堵の色を浮かべ、檻に手をかける。


「あぁ・・良かった、無事だったか!」


時雨は両手に抱えた紙袋を持ち直し、微笑みを向けた。


「ただいま、提督。」

「お腹すいたでしょ?」


乾いた足音と共に、時雨は檻へと近づく。

紙袋が檻の間から提督に手渡された。


「ごめんね・・」

「もっと豪勢なものがあればよかったんだけど・・」


紙袋には缶詰や日用品が詰め込まれていた。

提督は嬉しそうに涙を浮かべると、時雨の手を握る。


「無理しないでくれ・・」

「今のままでいい、十分だ。」

「お前が居てくれなかったら・・俺は死んでいたんだから。」


時雨は提督の手を握り返して、はにかんだ。


「ありがとう、それじゃ一緒に食べよう。」


二人は缶詰を開けると、檻を挟んで食事を始めた。


「深海棲艦に負けて、こんな生活も・・もう半年か。」

「上は・・地上はどんな感じなんだ・・?」


時雨は悲しげな目をしながら答える。


「残念だけど、もう見る影も無いよ。」

「奴らに荒らされて・・そこらじゅうにいるんだ。」

「このままじゃ食料も・・。」

「これを食べ終わったら、食料が手に入るところを探してくるね。」


時雨は提督を励ますように、優しく微笑んだ。


「・・・・。」


その言葉に、提督は手を止めた。

うつむいた彼の頬に涙が流れる。


「すまない・・お前ばかり・・」

「俺はこんなところで・・」


檻を掴み、押し殺した叫びを上げた。


「やっぱり俺も行く。」

「俺は提督だ、お前の上官だ。」

「こんなところで隠れているなんてできない。」

「たとえ刺し違えてでも奴らの一匹を・・」


檻を掴む彼の手を、時雨が優しく包む。


「ありがとう。でも、それはだめだよ。」

「みんな死んで・・僕には君しかいない。」

「僕を置いていかないで。」

「君がいなくなったら・・僕は寂しくて生きていけないよ。」


力なく垂れる提督の手を見つめ、時雨は元気付けるように笑った。


「希望は捨てちゃいけない。」

「まだどこかに僕達みたいな生き残りがいるかもしれない。」

「それまで、ここにいれば安全だから・・」

「もう少しだけ、僕の事を信じてくれないかな。」


時雨は提督がうなずくのを見送ると、食べ終えた缶詰を片付け始めた。


「それじゃ、いってくるね。」

「水・・補充するから、水筒頂戴。」


提督は時雨に水筒を手渡す。

だが、その手は水筒握ったまま、しばらく動かなかった。


「なぁ・・時雨。」


提督の顔は少し戸惑っているようにも見える。


「本当に・・俺達は負けたんだろうか。」


表情を変えぬまま、時雨は答えた。


「どうしようもなかった。誰のせいでもないよ。」

「あんなの・・」


時雨の言葉をさえぎるように、提督は小さく叫んだ。


「違うんだ。」

「俺にはここ半年の記憶がない。」

「その事を覚えていないんだ・・」

「だから・・もしかすれば・・」


提督の目に、時雨の冷たい視線が刺さる。


「・・すまない。」

「お前はいつも俺のために尽くしてくれているのに。」

「だが、毎晩うなされるんだ。」

「みんなが、俺のことを探しているんだ。」

「・・夕立も。」


時雨は水筒を握る手を離した。


「・・・。」


申し訳なさそうに、提督は水筒を地面に置く。


「この目で見ない限り、どうしようもないんだ。」

「怖くて、悲しくてたまらないんだ。」

「まだあいつらの死体が野ざらしになってると思うと・・」

「だから・・弔ってやりたい。」

「お詫びがしたい・・」


しばらく静寂が続いた。

地面に置かれた水筒が、時雨に持ち上げられる。


「そんな事、みんな望んでないよ。」

「みんな、君が大好きなんだ。」

「君だけでも生きていて欲しいと願っているはずだよ。」


提督は静かにうつむいた。


「水、持ってくるね。」


時雨は部屋の出口へと歩き出す。

それを呼び止めるように、提督は口を開いた。


「時雨・・!」

「・・ありがとう。」


立ち止まった時雨は振り返らずに答える。


「うん。」


小さな足音と共に、提督は時雨を見送った。





雨の降る空の下。

地下室から外へ出た時雨は深呼吸をした。

鎮守府から少し離れた郊外、古びた工場の前。

そこから少し離れた国道から車の走る音がする。


「やっぱりだめか。」


こっそりと、歩道へ降りた時雨は表情を消した。


「またやり直し。」


時雨はレインコートを深く被り、道行く人の中に混じっていく。

半年前と何も変わらない町に。

・・まるで雨の中に溶ける水滴のように。



                     -終わりー

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