切なげな毒

若宮青

第1話 子猫の瓶詰め

  最近、妙な夢を見る。子猫が瓶詰めにされている夢だ。道路の傍らに子猫がぎゅうぎゅうに詰められた小瓶が置かれていて、私はそれを、なんて気持ちの悪い光景だろうと絶句しながら通り過ぎる。通り過ぎながらなんとなく、あの子猫は既に死んでしまっているのだと悟る。そこでいつも目が覚める。

 初めは生々しい悪夢とぐらいに捉えていた。しかし一週間に一回、三日に一回と、段々ペースが増してきていたので、次第に私は、この夢にはなにか意味があるのではないかと考えるようになった。

 回数を重ねる度に小瓶の数は少しずつ増えていった。どの子猫も窮屈そうに手足を丸められていたが、その表情はまるで昼寝でもしているかの様に穏やかであった。それが尚更異常で、気持ちの悪い光景に見えた。しかし、道行く人々は誰も足を止めようとはしない。皆、それが当たり前であるかのように振る舞っていた。私でさえ、何故だか一度も足を止めようとはしなかった。

 いくら考えても、この夢が何を表しているのか見当もつかなかった。その日も同じ夢を見て、なんともスッキリしない気分のまま家を出た。するとエントランスホールに、隣の部屋に住んでいる女の子が立っていた。

 今年、隣町の私立小学校に合格したその子は、いつも長い髪をきっちりと三つ編みにして、黒スーツをかっちりと着込んだ母親に手を引かれながら登校する。家を出る時間が同じなので、毎朝なんとなく挨拶を交わすのが日課になっていた。大人し目な印象のある子ではあったが、ハキハキと挨拶を返してくれるので、良く出来た子だなと思っていた。けれども、紺色のつば付き帽子を目深く被り、ブラウスのボタンを一番上まで留めて、真っ黒なランドセルを背負う姿はどことなく窮屈そうに見えた。

 彼女が一人でいる所を見るのは初めてだった。休日でさえ母親と一緒にいる所しか見た事が無かったので、友達は居るのかと、要らぬお節介を抱いてしまう。

今日はおそらく、母親が家に忘れ物でもしてしまったのだろう。女の子はマネキンのように直立したまま微動だにしなかった。私は、鞄の前ポケットに飴が二種類入っている事を思い出し、それを片手に彼女に近づいた。

「おはよう」

女の子はしっかりと私の目を見て、いつもの様に「おはようございます」と返し、頭を下げた。

 私は握っていた手を目の前でそっと開いて見せる。いちご味とソーダ味。

「丁度持っていたから、好きな方どうそ。」

すると女の子は肩をびくりと震わせ、困惑したように手の中の飴と、私の顔を交互に見比べた。もしやと思い私は口を開く。

「あ、どっちも美味しそうだから選べないよね。両方ともでもいいよ。」

しかし女の子は口を開く代わりに、眉を歪ませた。

私はどきりとした。かすかに指先が震える。沈黙が私を押し潰してゆく、息を吸っているはずなのに、酸素は上手く取り込めないような、そんな息苦しさ。

「若宮さん?」

不意に後ろから名前を呼ばれ、私は急いで振り向いた。思った通り女の子の母親であった。相変わらず真っ黒なスーツを着込んでいた。「おはようございます。」と軽く頭を下げ、「丁度飴を持っていたんで、あげようと思って…」と付け足すと、母親は愛想のよい笑顔を浮かべた。

「そうでしたか、ありがとうございます。ほら、ナオコ、お礼は?」

すると女の子はいちご味の飴をさっと掴んだと思うと、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました。」

女の子は私の目を見る、いや、見ている様に見えた。

私は戦慄した、全身の血が一気に下へと抜けていくような気さえして酷い眩暈を覚えた。

「では、これで。」

女の子は母親に手を引かれて、自動ドアの向こうへ歩いてゆく。私は彼女の背中から目が逸らせなかった。そこには瓶詰めにされた子猫がいた。彼女は既に死んでしまっているのだと思うと、どうしようもなく切なかった。

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