第34話 入隊試験-6
美味そうな匂いがする。グツグツと煮立った鍋から湯気がでている。
石を組んで作った即席の竈の下で炎が揺らいでいる。岩陰からこっそり見る限り大事にはなっていないようだ。
フェンリルが涎を垂らしながら尻尾を振っている。ソールは火の勢いが弱らないように薪をくべている。相当疲労が溜まっているに違いない。眠そうに目を擦りながら、欠伸を噛み殺している。
アワイは食器類の準備をしている。すごく出て行きづらい雰囲気だ。結果的に仕事をほっぽりだしてしまったわけだしな……。事の顛末をどう説明したものか。
「主様、もうすぐ夕食の支度が整いますが」
気づかれていたらしい。後は成り行きにまかせよう。
「だだいま。結局、火は起こせなくてさ……」
言葉に詰まる。
「火蜥蜴は扱いが難しいから仕方ないさ」
ソールが気さくに話しかけてくる。
「浮かない顔をしておりますね。もしや、主様、火蜥蜴に噛まれでもしましたか?」
「いや」
アワイはどこまで気づいているのだろう。消毒をする間もなく傷は塞がってしまった。これだけ回復力が高いと取返しのつかない失敗をしてしまいような気がする。
さすがに胴体を真っ二つにされたり、首を切り落とされたら絶命してしまうだろう。脆弱だからこそ本能的に反応して回避行動が取れるわけで……。今はそんなことを考えている場合じゃないな。
「それはようございました。いくら低格とはいえ火の眷属。どんな反応があるかは未知数でございますからね」
「ナンカウシロニカクシテル」
「何のことかな、フェンリル君」
捨て猫を拾ってきた子供になった気分だ。
「どうした、栄太?」
「主様、件の火蜥蜴は何処に?」
ええい、ままよ! 後ろ手で抱えていた物体をみんなに見えるように差し出した。
「それは、もしや火竜の幼体にございますか?」
「火竜?」
俺が両手で抱えているのは子犬程度の大きさに成長した火蜥蜴だ。赤い鱗は光沢があってルビーのように見えるし、立派な羽が背中からせり出している。たしかに、蜥蜴と言うよりは竜と呼んだ方がしっくりくるフォルムをしている。
「弱ってないか?」
「死んじゃいないみたいなんだけど、あんまり動かないんだ」
火だるまが鎮火した後に現れたのは大きくなった火蜥蜴だった。放置するわけにもいかず連れてきたわけだけど……。
「心配無用にございますよ。その火竜はあいまいだった自分の根源を再定義している最中でございます。後半刻も経てば動きだすはずでございます」
「話が見えないんだけど」
「つまり、主様の忠実な下僕が増えたということにございますよ」
「下僕って、ガブはソールの火蜥蜴なんだぞ」
ソールをチラリと見遣る。まだ、ガブの所有権はソールにあるのだ。上手く交渉しなければいけない。
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