第29話 入隊試験ー1

「この状況に不満を覚えるでございますよ!」

 着物姿のアワイが俺の腕を掴む。ただでさえ、熱いのだ。密着しないでほしい。

「何んですか、その嫌そうな顔は?」

「何かキャラがぶれてはいませんか、アワイさん?」

「仕方がないことにございます。主様と盟約を結んで私は変遷したのです。ですから外見も振る舞いも一新したいのですよ。要望を言って頂ければどのようにも変化致します。アワイ、七変化にございます」

「何かごめんな。俺と契約したせいで少し知能が下がってしまって……」

 俺としては着物姿のアワイの印象が強いので、別段外見や性格を変える必要はないと感じている。


「口に出すのが憚られるのでございますね。あい、わかりました。主様の記憶から勝手に選択しますので」

 アワイが目を瞑る。アワイの手のひらからひんやりとした感触が伝わってくる。

「上手く探れませんね。主様、もう少し警戒を解いて頂かないと……主様、もしかして、記憶を失っているのですか?」

「こっちに来た時に失くしたらしい。アワイ、俺の記憶って元に戻りそうか?」

「ざっと調べた感じだと一部の記憶はどうにかなりそうですが、触れることも叶わない領域もあるようにございます。きっと、境界番の仕業にございますね」

「境界番?」

 聞いたことがない単語だ。

「その反応だと簒奪されたのは記憶のようにございますね。境界番は対象者の根源に関わるものを容赦なく奪うのでございます」

「みんな記憶を奪われるのか?」

「大概は、全てを奪われ都合が良く加工された記憶だけを戻されるのでございます」

「それが転生者の正体?」


「……転生者……この話はまた後でじっくり致しましょう。今は、私のキャラ設定のほうが大事にございます。ふむふむ、主様はこういうのが趣味なのでございますね」

「何を……」

 アワイの姿が一瞬、半透明になってすぐ実体化した。

 そこに立っているのはネコ耳をピクピクと動かしているメイド服に身を包んだ青髪の美少女だ。

「どうですか、ご主人様。ケモ耳メイドにございますよ」

「残念ながら、俺には萌え属性はないんだな、これが」

 何んとか平常心を保っていられる。どこまで記憶を読んだが知らないが、大の男の趣味趣向なんて暴いちゃダメだろう。

「お気にに召しませんでしたが、では次は映像記憶から再現致します。……どうしてこの女性はエプロンしか着けていないのでしょうか?」

「嫌だなアワイさん、それは僕ではないだれかの記憶さ。ほら、もう一度記憶を読んでごらん」

 アワイが俺の身体をベタベタとさわってくる。

 昨今の情報社会では意図しなくても色々な情報を取得できてしまう。ネコ耳メイドに管理人さんとかが別に好きってわけじゃない。

 

 一般男性の嗜みとして知識がある程度だ。俺が本当に好きなタイプ、それは……。

「俺より年下のくせに大人びていて、普段は俺にきつくあたるけど、時々、弱音を吐いて甘えてくるお嬢様…………俺は何を口走っているんだ!?」

「情報提供に感謝いたします。それではそのように振る舞いますので、主様だとキャラに沿いませんので栄太と呼び捨てにしてもよろしいですか?」

「駄目だ!」

 アワイがビクッと震えた。自分でも驚くほど大きな声を出してしまった。



「何か気に障るようなことでも?」

「ごめん。やっぱりアワイは元の姿のままで良いよ。フェンもそう思うだろう?」

 気まずくなったので、フェンリルに助けを求めてみた。

「……チワゲンカハボクモタベナイ」

 拙い声が聞こえた。

「ナイスアシストにございます、フェンリル殿」

「アタマヲナデテモイイヨ」

 人外同士は波長が合うらしい。早く帰ってきてくれ、ソール。

  

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