第7話 異世界求職者ー3

緑色の澄んだ瞳がこちらの様子を窺っている。飼い主の命令とは言っても、素性のわからない者を背に乗せるのは抵抗があるのかもしれない。

「恐がらなくても、大丈夫。フェンはよっぽどのことがない限り噛まないから」

 てことは噛まれる可能性があるってことか。知性のある生き物は自分よりも格上だと判断した場合には蛮行に及ばない。

 つまり、怯えていたら噛まれる可能性が高くなるわけだ。それなら強気で行こう。意を決してフェンリルに歩み寄る。そして、手を伸ばす。挨拶代わりに、背中を撫でてやろうとしたわけだが……。

「グルルルッーー」

 フェンリルが低く呻った。俺が無職だからか! 確かに、社会貢献度とか低いかもしれないけどさ。

「離れろ!」

「どうしてだ?」

 噛まれたって大した怪我なんてしないだろう。別に、まだ始まったばかりじゃないか。一噛み、二噛みされて友情が育めるなら安いもんだ。

「フェンに噛まれたら軽傷じゃすまないぞ」

 剥き出しにされた犬歯をみても恐怖を感じない。

「フェンやめろ!」

 静止もむなしく、フェンリルが俺に牙をむいた。それからは、一瞬の出来事だった。前足で地面に押し倒され、顔面をかばって突き出した右腕を噛まれた。

 鋭い痛みを感じながらも頭は妙に冷静で、無意識の内に左手が動いた。たぶん、一撃で倒せる。

「……クゥ~ン」

 反撃する前にフェンリルが俺から牙を外して、顔を舐めてきた。

 ペロペロと舐められて涎で顔がべちゃべちゃだ。

「可愛いな。尻尾をモフモフしても良い?」

 フェンリル自ら尻尾を向けてきた。どうやら人語を理解しているようだ。


「フェン、こっちに来い!」

 飼い主が鋭い口調で言い放つ。何を怒っているんだ。フェンが名残惜しそうに俺から離れる。

「もしかして、お前は転生者か?」

 フェンの飼い主が俺のことを睨んでいる。それにしても転生者って……?。


「いかにも、俺は転職者だ。社会という荒波に身一つで立ち向かう勇者みたいなもんだな」

 とりあえず場を和ませようと自虐的にボケてみたけど、難しい顔をしているところから察するに上手く理解されなかったようだ。

「勇者……転職者は転生者よりもすごいのか……」

 すげぇ悩んでいるみたいだ。これ以上、命の恩人を困らせるのは人として底辺だな。

「ごめん、意味不明だったよな。ちょっとしたジョークのつもりだったんだ。それにしてもだ、就職活動で心を摩耗させた無職の戯言なんだからもっと笑ってくれてもいいんじゃないか?」

「……就職活動……無職。俺の知らない単語ばかり、ということはやはり転生者なのか……」

 フェンリルが心配そうに飼い主に寄り添っている。

「転生者って良くわからないけど、俺は違うと思うよ」

「隠す必要はない」

「別に、隠してないって」

「では、手の傷はどう説明するんだ?」

「傷?」

 右腕に視線を落とす。あれ? 傷が塞がりかけている。

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