さきちゃんマジで神。
ロッキン神経痛
さきちゃんと私と
世界が終わった日、私とさきちゃんは二人で買い物をしてた。
卒業式帰り、皆が仲良しグループで固まって涙ぐみながら抱き合って融合してる横をすり抜けて、私とさきちゃんはいつも通り家に帰る道を歩いてた。いつもと違うのは手に卒業証書とかいれるポンポン筒を持ってるとこだけ。そのままゆるい坂道を登って、夏には毛虫だらけの桜通りを過ぎて、T字路でいつも通り二手に別れてばいばい。しても良かったんだけど、私もちょっと今日は特別な日だなって思って、女子高生でいられる最後の日をささやかながら祝おうと思って、坂道の途中、
「ねえ、カプリコ買って食べようよ。私クリスピークランチの奴ね、さきちゃんは?」って聞いたらさきちゃんは
「え、いちご味しかなくね、つかなんでカプリコ。」って釣れない感じ。私が間髪入れずに
「クリスピークランチ味知らない?絶対食べたことあるって。ウチ、お祝いの日にカプリコ食べるの知ってるでしょ。お菓子の中でも高級品っていうか、剥いたら全部食べなきゃいけないあの感じがワンランク上の贅沢って感じがするじゃん。」って言ったら
「そういや誕生会の時とかにエリママが出してくれてたね。でもチョコとか見た事無いわ-、それどこ情報よー。」なんて口を尖らせてる可愛いさきちゃんが見れて得した。
でもこっから先コンビニないよねって話になって、それならハピネス行く?って流れになって、いつもは通らない道を歩いて、二人で隣町のハピネスに行った。ちなみにハピネスって言うのは、ここらへんで有名なちょっと大きめのスーパーマーケットのこと。多分昭和くらいからあって、二階建てで横に長い全体的に薄いクリーム色をしてる。道路脇に立ってるポップ体でハピネスって描かれた錆だらけの看板には、笛を吹いてる天使が描かれてて、中にはちっちゃいながらゲーセンもある。中学の時にはここらへんで初めてのプリクラもゲーセンに置かれて、田舎の女子中高生が集まって順番待ちにもなってたハピネス。
つかハピネスとか超久しぶり、無駄にウケる。なんて言いながらハピネストークで盛り上がってる内に到着。相変わらずぼんやりしたクリーム色の建物。看板の天使は、雨と日差しで顔が消えてしまってた。「ハピネス昇天しちゃってる」ってさきちゃんがゲラゲラ笑いながら写メ撮ってたから、私も少し後ろからそれを撮ってるさきちゃんをパシャリ。グッ!一人で小さくガッツポーズ。
反応の悪い自動ドアをくぐって、手押し車押してるヨーダみたいなお婆ちゃんを二人で可愛い可愛いって指差しながら食品売場へ。今日はアボカドが安いらしい。でもちょっとアボカド気分じゃないよねって言いながら速攻お菓子売り場へ。そしたら、流石ハピネス。お菓子のチョイスがめっちゃ
「うわホワイトロリータあんじゃん!うちこれ大好き!」ってさきちゃんが大声出して言うから、「さきちゃんお婆ちゃんみたい」って返したら、ホワイトロリータ持って「そうじゃよ?」って首を傾げるさきちゃん。えっ、うわうわ何それ超可愛い。私今、さきちゃんを守りたいって、お婆ちゃんさきちゃんを介護したいって思った。「私さきちゃんなら超介護する自身ある。」って思わず素直に口に出したら、「ろーろー介護だ。」ってくすくす笑うさきちゃん。その後も何だか語感が気に入ったみたいで、しばらくろーろーろーろー言ってるから、ムービーを撮ろうとしたけど、すぐ飽きたみたいでやめちゃった。残念。
結局ホワロリとさらしぼ×2持ってレジの方に向かったら、そこで、なんと、カプリコを発見した。カプリコとの運命の出会いに二人で感謝して、無駄に感動して二個ずつカプリコを買い物カゴにインした。ちゃんとクリスピークランチといちご味があって、ちょっとハピネス神がかってると思った。そんで、お会計終わった後でレジカゴから商品を出してたら、さきちゃんがカプリコを四つ持って、「ねえ写メ撮って」ってお願いしてきた。さきちゃんはテンションが上がると写メをやたら撮りたがるけど、自撮りはあんまりしたがらない。だから私がさきちゃんを撮るのは大体どさくさ紛れか隠し撮りで、つまりこれは超貴重なスーパー激ヤバチャンスタイムだ。私は光の速さでシャッター押しながら色んな角度からさきちゃんを撮る。
「いいねーいいよー、今の表情すっごくいいよぉ↑、もう一枚、ハイッもっとちょうだい!」って私の思うキャメラマンの真似をしながら撮ってたら、さきちゃんもノリノリでさきちゃんの思うグラビアモデル風ポーズを色々してくれてエア鼻血が出た。グウウウウ!って心の中でグッドおじさんが大声を何度も上げてた。凄い、何今日凄い。ハピネス神がかってる。天使も昇天してないわこれ、ここに天使いるもん、さきちゃん天使がいるんだもの。ヒュウッ!
そんで、私が中々シャッター切るのをやめなくて、さきちゃんがちょっと引き始めた頃(顔で分かった)に、スマホの画面がいきなり切り替わった。画面いっぱいに大きな字が出たから結構びっくりした。さきちゃんへの愛でスマホ壊れたかと思った。画面には緊急警報って文字。一緒にピンポロパンポンみたいな不安を煽る音が鳴った。さきちゃんのスマホからも同じ音が鳴ってた。気づいたら音はあちこちで鳴ってて、さっきの手押し車のお婆ちゃんも手押し車から楽々ホンみたいな白くて大きいスマホを取り出しててちょっとウケた。お婆ちゃんめっちゃ最先端じゃんって。
「これ結構ヤバいやつなんじゃないの。」ってさきちゃんがスマホ見ながら不安そうな顔で言ってた。そんで、さきちゃんと一緒にネットを見たら結構皆が混乱してるみたいで何が起きたか分かってないっぽかった。警報はすぐに止んでスマホも元通りになったから、「地震でもあったのかな?」って言った後、二人で久しぶりにハピネスの中を回る事にした。
田舎に住む人たちの需要をちょっとずつ満たしていこうと努力した結果、ハピネスは何でもありの夢のお店になってる。一階には割と広めの食品売り場の他にマッサージ屋さんととクリーニング屋さんと呉服屋さんが入ってて、食品売り場の前には小さなアイスクリーム屋のブース。その横の中途半端なスペースに、五台色あせたガチャガチャが並んでる。大体は、ジジババがたまに遊びに来た孫に買ってあげて、こんなのいらない!って泣き出すような意味わかんない商品が入ってるんだけど、一つだけ真新しいガチャガチャがあって、中にはコップのフチ子さんがあった。それ見てハピネスが時代に乗り遅れるなって新しいのを入荷してみたけど既にフチ子さんブーム終わってるし、でも周回遅れでドヤってる感じが可愛くて、一回だけ回してみた。そしたら足をひっかけて宙ぶらりんになってるのが出た。とりあえずパシャリ。その後、呉服屋さんがスポーツ用品店になってるのを発見して少しテンションが上がった。私とさきちゃんは昔バド部だったからラケットを見ようと思ったんだけど、野球に力入れてる店らしくて少年野球向けのヘルメットとか色んな種類のバットが店中にズラリと並んでた。片隅の方に申し訳程度にあったラケットを二人で手に取ってエアバドミントンをしてたら、ちょっとめんどくさそうな中年店主が何か言いたげな顔でゆっくり歩いてきたから、無駄に察知力の高い私とさきちゃんはサッとラケットを戻して真顔早歩きで逃げた。
「マッサージどう?40分1980円だってさ」ってさきちゃんが言うから、私だったら24時間年中無休無料でどこでも揉んであげるのになって思ったけど、さすがにこれは私の中のストップおじさんもストオオオップ!って叫んでたから「え、うん、えへへ」ってにやけ顔で返事するしか出来なかった。その後二階に行って、催事場って名前の何にも無い休憩スペースでセブンティーンアイスを買って白くて安っぽいプラスチックの椅子に座って食べた。同じくあちこち汚れてる白いテーブルの上に、さっき買ったお菓子を広げてちょっとした卒業パーティの開催だ。さきちゃんはいつも通り抹茶味で、私はチョコミント。やっぱり趣味がお婆ちゃんみたい。
そんでホワロリをおつまみにして、いつも通りしょうもない話を延々としてたんだけど、突然さきちゃんが「あー幸せ。私、絶対この時間を忘れないから。」って本当に幸せそうに言うから、私はさきちゃんと居られる時間がもう無い事を改めて思い出して、そしたらすごく悲しくって、二個目のカプリコ食べながら気がついたらぽろぽろ泣いてた。泣きながら、でもカプリコを食べるのを止めない私の姿がさきちゃんのツボに入ったらしくて、笑いながら私を撮るさきちゃん。何だかんだ思い詰めがちな私と対照的に、さきちゃんは結構さっぱりしてるんだ。
卒業した後、東京に行って美容師の専門学校に入るってさきちゃんから聞いた時は、動揺が隠しきれなくて大変だった。さきちゃんの家は美容室をやってて、私も小学校から切ってもらってた。だからさきちゃんが美容師になるって聞いた時は、あの小さくて良い匂いのするさきちゃんちの美容院で、私もさきちゃんに髪の毛を切ってもらうんだって漠然と思ってた。この何にもなくて、でも平和でゆるい町で、ずっとさきちゃんと一緒にいられるような気がしてた。でも、時間は絶対流れていくし、人生は有限で終わらないものなんてないんだなって気付いた。やっぱり気付かされてしまった。美容師の免許を取った後は、さきちゃんはそのまま東京で仕事をするそうだ。「一人暮らし寂しいから遊びに来てよ。」なんて笑顔で言うさきちゃん。でもここから東京なんて新幹線を使わなきゃ行けないし、きっとさきちゃんは可愛いからすぐに沢山友達も出来るだろうし、そんで年上の優しい彼氏とかも出来ちゃうんだろう。田舎に残ってる私の事なんて、すぐに忘れてしまうかもしれない。そう思うと苦しくて切なくてたまらなかった。あまりにもさきちゃんと離れるのが嫌で、東京の大学に入ろうって考えたけれど、家にはあんまりお金がないし、親戚のところで就職も決まっていたからそれも叶わない。だからせめて、100%いつも通りのさきちゃんを味わい尽くすんだってなるべく平常心を心がけて、崩れそうな心を隠してきたんだけれど、それも今日までと思うとボロボロコーティングが剥がれて、私の悲しくて弱弱な心がこんにちはしてしまった。
「絶対行く、そんで居着いちゃうからね。」って半分以上本気のつもりで冗談を言って、さきちゃんからティッシュを貰って鼻をかんだ。ティッシュは肌触りのめっちゃいい鼻セレブで、あまりにもふわふわで柔らかいせいで、千切れて私の鼻にびちょーって一部が残ってしまった。それ見てさきちゃんがこらえきれないって風に笑うから、私もおかしくなって笑った。あー幸せだな、時間が止まらないかなって思った。
「あれっ、これ……なんだろう。」
突然、さきちゃんがそんな事を言いながら立ち上がった。あまりにも突然だったから、はてなマークを頭に浮かべてさきちゃんの顔を見たけれど、さきちゃんも同じような顔で不思議そうにしてた。そのままさきちゃんは、ふらふら催事場から外に出られるテラスへ歩いて行った。広くて何も無い催事場。さきちゃんは徐々にパタパタって勢い良く走り出して、窓を開けて外に飛び出すと同時に叫んだ。
「ちょっと!エリ!早く来て!」さきちゃんが大声出すから、何だろうって鼻水をすすりつつ私も着いていってみたら、空が見たことない色になってた。何ていうのかな、キラキラ空気が光ってて、黄金色って感じ。雲も何もない晴れた黄金の空に飛行機雲みたいな白いモクモクが沢山流れてた。テラスの下の方には外を見に来たおばちゃん達が道路で腕組みして空を指差してる。緊急井戸端会議ってやつ?
「うわーめっちゃキレー!」ってさきちゃんが、黄金色の空を凄い勢いで撮りまくった。
「いやこれ、さきちゃん?キレーとかそんなレベルで済ませていい感じの空じゃなくない?だってほら、空がこんな色になるなんて、私達あんま頭良くないけど学校でも習ってないよね?」って言ったらさきちゃんがくるりと振り向いて、黄金の空を背景にピースして撮影待機モードになったから、もう思考停止して押すよね、シャッター。
「良いよ―!さきちゃんいいよぉ↑!」って両目をメロメロハートマークにしながらカシャカシャしてたら、さきちゃんの背景の黄金色の空に何かとんでもないものが割り込んできたから、「ぼえぇ!?」って変な声出したら、私の顔を見て笑いながらさきちゃんが後ろを振り向いて「ぶいぇ!?」って同じくらい変な声を出した。そんな私達の目の前には、白くてでっかい何かがいて、規則正しい綺麗な模様をしたその何かが、テラスの前をびゅわーんって左から右に新幹線みたいに流れてた。その模様が魚みたいな鱗だって気づいたのと、その何かの全体像が視界に入ったのは同時くらいで、さきちゃんの目と鼻の先をものを凄いスピードで通っていくどこか既視感のあるそれは、小学校の頃さきちゃんちで学校帰りに見た日本昔ばなしのOPで男の子が乗ってたのとそっくりで、初めて大人抜きで一緒に見に行った映画の、千と千尋のハク様の最終形態にそっくりで、つまり龍的な何かというかまんま龍そのものだった。
流石のさきちゃんもこれにはびっくりで、何にも言えずに白い龍を見てた。私はその後ろで、同じくらいびっくりして、びっくりしすぎて目を白黒させながらとりあえずカプリコをひとかじりしてみた。チョコ味はしなかった。びゅわーんって突風をあげながら通り過ぎて、女子高生のサラサラ縮毛ロングをバサバサボンバーヘッドにした白い龍が、住宅街の上をクネクネ飛んでいくのを見送った後、私はテラスの手すりに掴まったまま立ち尽くしてるさきちゃんの隣に並んで、一緒にぽかーんとした顔で、世界が塗り替えられていくのを見た。
黄金でキラキラ光る空、真っ白な飛行機雲が徐々に低くなって、私達の目の前にまで降りてくる。夕焼け空を飛ぶカラスの大家族みたいに連なって飛んでいるのは、飛行機じゃなかった。それはまるで、観光番組に出てくる屋根付きの屋形船。神社の屋根みたいな金色の装飾のされた屋形船に大きな羽が生えてふわりふわりと空を飛んでいた。それも何十隻も。ゆっくり私達の街の上を飛んでいく屋形船の中には、人が乗ってた。それも随分と雅な格好をした、平安貴族的な人達が乗っていて、窓際で下を覗き込んでこっちに手を振っている。扇子を広げて口に当ててるライク百人一首な麻呂眉の女の人に手を振られ、思わず片手を軽く上げてみたけど、もう何が何だか分からない。
「エリ……これ夢?」「多分……。」あんまりにもびっくりすると、人の口って本当にポカンと開くんだなって思った。空飛ぶ屋形船の集団は、徐々に低空飛行で近づいてくる。それと一緒に心臓に響く大きな音が聞こえてきた。音のする方向には、お神輿が飛んでた。空を飛ぶお神輿は屋形船みたいな羽が生えてなくって、代わりに身体が赤色の小さな生き物が何匹もそれを背負っているのが見えた。その上には、大きな和太鼓が乗っていて、その大きな和太鼓に負けないくらい大きくて、そして普通の人より顔と手が余計に生えた人がそれを叩いてた。六本の手の全てに太鼓のバチを持って叩くから、あの心臓に直接来る太鼓の音がドコドコドコって絶え間なく町中に響いてた。うわあ、なんだこれアニメみたい。なんて冷静に観察してる場合じゃないなって思ってたら、下の方から物音がした。何も考えられない頭のままそっちの方を向いたら、あの手押し車の可愛いヨーダのおばあちゃんが、ひっくり返っているのが見えた。場所はちょうどハピネスの看板辺りで、ハピネスの狭い駐車場に、羽の生えた屋台船の一つが降りてた。そこからゾロゾロと大河ドラマ平安貴族百人一首の人達が降りて来てて、まるで中国人観光客みたいに物珍しそうにハピネスの看板や私達の方を指差している。
よく見ると、お婆ちゃんの傍らには背中に輪っかみたいなのを付けた大きな男の人が立っていた。お婆ちゃんはその人に向かって、頭を地面に擦りつけてなんまんだぶのポーズをしてた。その輪っか付きの人からは、この距離から見ても分かるくらいに絶対的にこの世のものじゃないってのがビンビン伝わってた。もう目に映る全てが異質なんだけれど、その中でも一際異常な雰囲気だ。生物でもないんじゃないかってくらい硬質的で、神々しい体つきをしてた。っていうか私、多分あの人を知ってる。あれ、お寺とかに置いてある奴じゃん。
頭の中は疑問符だらけ。目まぐるしく思考は回転するけど、実際はぽかーんって口開けて見ているだけの私。小さなお婆ちゃんは、輪っか付きの仏像おじさんになんまんだぶなんまんだぶーって両手を合わせて土下座状態。そんな拝んでるお婆ちゃんに向かって、ゆっくり手のひらを差し出す仏像おじさん。手のひらが、パァって明るく光ってる。それを見て、私の本能が伝えてくる。これ絶対やばいやつだって。
「お婆ちゃん逃げてっ!!」
私が口をパクパクさせてる横で、さきちゃんがそう叫んだ。そしたらテラスから上半身を乗り出したさきちゃんを、仏像おじさんがはっきり睨んだのが見えた。
「さ、さきちゃん!マジやばいって。うわ、こっち来てる!」仏像おじさんがお婆ちゃんに向けてた手を下げると、不思議な光も一緒に消えた。その後、何の準備運動もなしにふわりとおじさんは浮き上がって、赤と茶色の着物みたいのをぱたぱたさせながら、ハピネスの駐車場から二階のテラスに向かってゆっくり飛んできた。え、飛べるんじゃんおじさん。それならあの屋形船みたいな乗り物いらなくね?ってちょっとフヘヘって笑いが出た。と同時に脂汗もびっしょり出た。私は、叫んだきり手すりに掴まって硬直しちゃってるさきちゃんの制服の袖を掴むと、ハピネスの中に引っ張った。身体が緊張しまくってて、動作の一つ一つが苦しい。心臓も口から出るくらいバクンバクン言ってた。
「逃げよ!」それだけ言うと、さきちゃんも苦しいみたいで胸を押さえながらうんうんって頷く。二人で駆け足で階段を降りて一階へ。足音とかはしなかったけど、すぐ後ろにアレが来ているのが何となく分かった。一階の食品売り場から出てきたレジのおばちゃんが、私達の後ろを指差して叫んでた。さきちゃんは、私に引かれるがままになっていたんだけど、途中できゃっ!て小さな声が聞こえて振り向いたら、スポーツ用品店の前で転んでうつ伏せで倒れてしまってた。
白くてすらっとしたさきちゃんの脚が、スカートからはだけて覗いてる。でも今は、それを見てグッドおじさんを出してる場合じゃない。すぐ後ろに、輪っか付き仏像おじさんが迫ってきているんだ。さきちゃんはうつ伏せのまま肩で息をしてた。その時ふわっと風が吹いて、階段のほうからススーッと滑るみたいにやって来た仏像おじさんの姿が見えた。フロアの蛍光灯が、おじさんが通る度についたり消えたりを繰り返しててマジホラー。私は、緊張と恐怖で意識が途切れそうになりながらそれを見ていた。袖が長い着物の上に三國無双みたいな鎧を着けてるおじさん。背中の輪っかには炎がチラついてる。おじさんは、倒れてるさきちゃんの横に立って前かがみになった。さきちゃんを覗き込んでるんだなって分かった。一方のさきちゃんは全然動く気配がなかった。
『……先客がおる、先客がおるでないか!』
地の底から響く、迫力のあるその声。仏像おじさんの声は聞いているだけで気絶しそうなものだった。駄目だ、危ない。さきちゃんの身に危機が迫っている。そんな事だけが頭の中でぐるぐると回転する。でも当然、さきちゃんのピンチをただ黙って見ている私じゃない。震える足を励ましながらスポーツ用品店の中へ飛び込んだ。外の様子を知らない店主の間抜けな声も無視して店の奥へ。次に私が店の外に出た時には、仏像おじさんが右手に大きな槍を握っていて、その先っちょをさきちゃんに向けてた。そして、私の右手にも金属バットが握られてた。
「や、めろおおおお!!」
私の中の戦闘民族おじさんが、オッスって力を貸してくれたんだろう。腹のそこから湧いてきた絶叫と共に、私は金属バットをバドミントンのラケットの要領で下から上へと振り上げた。狙う先は、仏像おじさんの顎だ。下手したら死んじゃうかもしれないけど、きっと人間じゃないから大丈夫。いや、さきちゃんに手を出すなら、人間だって私は殺してみせる。さきちゃんを守る、絶対に守る。肩の関節が外れるんじゃないかってくらい思い切り振り切った金属バットは、ゴワンって音を立ててクリーンヒットした、と思ったらバットはおじさんの手の中に握られていた。両手がじんじんと痺れて、まるで公園の遊具を叩いた時みたいに手応えがない。ぐにゃりとおじさんの手の中の金属バットが、飴みたいに曲がっていくのを見た。そのまま恐る恐る見上げると、仏像おじさんの顔がぐわっと笑顔になっていた。本当に嬉しそうな笑顔だった。
『良きかな!』
身体中に響くその楽しげな声を聞いた瞬間、私はどうしようもなく幸せな気分になって、お風呂で眠る時みたいにコロッと、遊び疲れた子供みたいにクタッと脚から力が抜けて、意識が遠いお空に昇っていくのを感じた。同時に地面がグラグラと揺れ出して、みしりみしりと音を立てる老朽化したハピネス。私は不安と幸福の入り交じった気持ちで、さきちゃんの横で水揚げされた魚みたいに横になった。
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