相模原から全国を住みよい街にしよう!

藤堂 和弘

第1話 相模原の今昔

 相模原市は、私が生まれた時分は、家の辺りは、すすきの原っぱで「相模原」という名前がぴったり当てはまる土地であった。それから約半世紀の間に目まぐるしく辺りの風景が変わっていった。

 私が住む通りには、当時数軒しかなかったが、小学生になる頃には、徐々に隙間なく家が立ち並ぶようになった。子どもの頃遊んだすすきの原っぱや公園は全て住宅になってしまった。今は見る影もない。

 小学生の頃、ガキ大将が必ずいて、小さな子の面倒を見てくれた。その日の遊びの内容(プログラム)を決め、揉め事(ケンカ)が起これば仲裁をしてくれたりと、とても頼もしく、優しいあこがれの存在。ガキ大将は小学校の集団登校時の班長(6年生)がなることが子どもたちの間では、暗黙の了解事項で、いよいよ自分の番に回ってきたときには、とても嬉しくて、毎朝、両手に新一年生と手を繋いで通学し、帰って来ると、空き地の地面に穴を掘って、すすきを集め、それを束ねて作った子どもだけの秘密基地を複数作り、相手の基地を襲撃して潰す遊び?!やビニール製のカラーボールを使っての近所の子供たちとの「草野球」、「かくれんぼ」、「だるまさんが転んだ」、「刑泥」、「缶蹴り」、「高オニ」、「縄跳び」、特に「刑泥」は、建設中の家が当時多くあったので、建築現場に入り込んで、見つからないように隠れたり、家の床下に潜り込んだり、今思えば、とてもスリリングで、冒険心溢れる充実した毎日であった。近所の鉄骨造り建物の屋上から仲間たちと見た大きな夕日は今でも忘れることのない思い出の一つである。時には、その仲間たちとけんかして泣いたり、笑ったり、はしゃぎ過ぎてけがをしたり、楽しい思い出がいっぱい詰まった土地であった。夏になると近所の雑木林で、「ノコギリクワガタ」や「シロスジカミキリ」、「カナブン」、「アゲハ」、「アブラゼミ」、「ショウリョウバッタ」、「オオカマキリ」など捕まえては家で飼育するのが、普通であった。自然の中で遊ぶのが当たり前であった。

 しかし、今の子どもたちはどうであろうか?今や幼稚園児までもが、家の中で、「ニン○ンドー○○」や「プレイステー○ョン○」などといったゲームをやっている。子ども同士のふれあいやケンカの仕方、長幼の礼といった社会でのマナーを、幼少期に知らないうちに身に付けてきた自分たち世代と比べて、切れやすかったり、イジメや恐喝事件、果てには集団リンチ殺人事件なんてことが、日常的にいろいろなメディアを通じて報道される昨今である。

 そして街の様子も変わった。当時、通学していた小学校のすぐ近くに米陸軍医療センターがあり、高い塀で囲まれ、その塀の上には鉄条網が張り巡らされており、塀越しに見える建物の☆印は子供心にも異様な感じを受けていた。

 それも今では返還され高層マンションになり、相模大野駅周辺も大規模な開発によって生まれ変わった。市内の他駅周辺も開発が進み、駅ビルがいくつも立ち並ぶ街へと変化していった。その割には、駅周辺は休日でも閑散としており、「へそのない街」化は更に進行していってしまった。旧市域は、市の外縁部に鉄道が敷設されており、中心部へのアクセスが非常に悪い。公共機関は、神奈中バスのみである。そのおかげで、マイカーによる買い物客が爆発的に増加した。駅から少し離れた郊外に大規模駐車場を完備したショッピングモールがいくつも点在しており、いずれも客足は盛況である。

 駅周辺の開発は、まさに税金の無駄遣いである。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」ドイツの名宰相ビスマルクの言葉である。失敗続きの開発を繰り返してきたそんな首長を選んだ市民にも責任はある。更に市内では、橋本駅から相模原駅周辺にかけて開発を進める計画があるようだが、リニア新幹線の恩恵は、これまでの例からも明らかなようにほとんどない。

 自然豊かな津久井の集落を潰すようなことはしてはいけない。そこには、人間以外にも様々な動物、昆虫、植物が生息しており、それを破壊する行為は自然に逆らう愚かな行為である。自然の力を見縊ってはならない。これまでの土石流被害や大気汚染によるオゾン層の破壊による地球温暖化は、全て人間が引き起こした過ちによるものである。関東大震災級の地震が起きたら、地下トンネル内の線路や鉄道は大丈夫なのか?時速500kmで走行する客車に乗った人々は無事でいられるのか?災害時に誰がその責任を取るつもりなのか?

 それよりもこの自然を生かした事業はできないのものであろうか?自然は相模原にとって他の政令市にはない財産である。4つの湖と800m級の山並みを持つ相模原!アウトドアは、今人気のあるレジャーのひとつである。市内には、「相模原ゴルフクラブ」を初め、ゴルフ場が私の知る限りでも大小8個所あり、夏場はどこのキャンプ場も盛況である。1964年の「東京オリンピック」では、相模湖でボート競技が実施された。ボート競技やカヌー、バス釣り、へらブナ釣り、遊覧船、スワンボート、レジャー施設も「さがみ湖プレジャーフォレスト」などの大規模レジャー施設等々観光資源は豊富である。「熊・サル・イノシシ出没注意報!」などが頻繁に出る政令市は他にないと思う。それほど自然は豊富である。そう言った発想をする市職員、市議会議員、首長はいないのだろうか?誰も手を挙げないのであれば、自分でやるしかないか?この年齢では、市職員の中途採用は難しそうだし、市議会議員なら今度の選挙に立候補すればなれるかも?!市長選は?夢は限りなくあり、この故郷を良くしたい気持ちで一杯です。ご賛同いただける方は、是非私に、一票を投じて下さい。皆さんで、相模原の明るい未来をともに作っていきましょう!

 第2話では、私の趣味である自然遊びをご紹介したいと思います。

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