欠落少女
真賀田デニム
欠落少女
第1話 罪過
はい、こいつのB!ポイント没収――。
帰りのホームルームが終わったあとの喧噪の中、
こいつ絶対年賀状返さない奴だよ。バーカ。
このみは憤りをぶつけるかのようにスマートフォンに毒づく。そして廊下からこちらへ向かってくるいつもの二人を待ち受けた。
「帰ろ、このみ。またこのみんとこ行ってもいいっしょ?」
「桐山、いつも悪いな。俺達、金なくってさ」
麗奈は一年のときからの友達。そして渋谷はその麗奈の彼氏だ。ギャル男丸出しの渋谷を彼氏として紹介されたときは、考え直せばと何度も口に出しそうになったものだが、今はもうそんな気持ちもない。すっかり感化されギャル化した麗奈にお似合いとなったからだ。
「悪いと思ってるならバイトでもして遊ぶお金稼ぎなよ。それと何度も言ってるけど私に彼氏ができるまでだからね」
「OK、分かってる。このみとまだ見ぬイケメンの愛の巣になるまでの間だけってね。じゃ、行こー」
麗奈が渋谷の手を取ってドアへと向かう。このみは一度ため息を吐くとスマートフォンの画面に視線をやる。それは一日に数え切れないほどに繰り返している、半ば無意識的な行為。
彼氏よりも今はこれだけどね。
このみは、スマートフォンの画面に表示されている小説投稿サイト『モジノラクエン』で自分のB!ポイントの数を確認すると、思わず「やったっ」と声を出した。
B!ポイントが十、増えていた。
◇
このみの住んでいるアパートは通っている高校のすぐ近くにあった。三つくらい候補を上げたとき、父親がここにしろと決めたのだが、その理由は住宅街の中にあって且つ二階だからというものだった。特に防犯上の観点から二階というのは必須だったらしく、これなら安心だと言っていたが、おそらく本気で思ってはいないだろう。
自宅に住んでいるほうがもっと安心に決まっているのだから。
新しい若い奥さんとの二人っきりの生活を享受したい父親と、一人暮らしに憧れていたこのみの思惑が一致して今の状況がある。正直、世間的には褒められたものではない一致点だが、このみはこれでいいと思っている。親子で決めたこと。そこに他人が口を挟む余地はないのだ。
「プレポケ4やろーぜ。あのカートレースのやつ。お前使うの、亀親父のケッパな」
「は? 勝手にキャラ決めないでくれる。私が使うのはいつだってモモモ姫だよっ。つか、モモモ姫ってそっくりじゃない? 私に」
「金髪なとこだけだろ」
家主を無視して、それこそ勝手にゲームをやることに決めているバカップル。それ自体は別にいいのだが、ポテトチップスを食べながらのプレイだけはしてほしくないこのみだった。
二人を部屋に案内すると、このみはドアを閉める。
と、ドアが閉まる寸前、誰かが通り過ぎる影が見えた。このみがドアを閉めた途端、となりから聞こえるドアの開閉音。どうやら十日ほど前に引っ越してきた隣室の男性が帰宅したようだ。
「このみ、何やってんのー?。早く入りなよ。『マラオカート』やろ」
「私の部屋なんだけど、ここ」
まるで部屋の主かのように、ベッドに横になってこのみを呼ぶ麗奈。礼儀に疎く遠慮知らずな彼女の将来が心配だが、このみが矯正する筋合いでもない。いずれ社会に出て、周囲との違いを認識すれば嫌でも直すだろう。バカでなければ。
早速ゲームを始める二人を横目に、このみは麗奈の隣に座ってスマートフォンを取り出す。開くのは『モジノラクエン』。ここ最近それしか開いていないほど、このみはそのサイトに熱を入れていた。
このみが小説投稿サイト『モジノラクエン』を知ったのは十月上旬。丁度、とあるケータイ小説サイトのコンテストで落選した恋愛小説を、使い回ししたいと考えていた矢先だった。タイミングよく恋愛小説コンテストも開催中とのことで、これは逃せないと公開に踏み切ったこのみは、しかし現実を知り絶望する。
丸一日経ってもB!ポイントどころか、PVすら増えなかったのだ。一時選考が読者選考のみであるという恋愛小説コンテストのシステムを考えれば、これはもう惨状としか形容できなかった。
激しく落ち込むこのみは何がいけないのかを考えた。似たような作品でたくさん読まれている小説があるのに、なぜ私のは読まれないのかと。そんな折だった。取り敢えず小説管理ページで作品の
高揚する気分のまま、このみは誰がB!ポイントをくれたのかと確認する。出てきたのは先ほどこのみがB!ポイントを投じた作品の作者だった。適当に目を通したあと、別ジャンルだからと投じたB!ポイントがそのまま返ってきたという現実。――与えれば返ってくる。このみが読者選考での戦い方を知った瞬間だった。
それ以来、このみは時間さえあればB!ポイントを投じ続けている。最初は作品を流し読みくらいはしていたけれど、最近はそれすらしていない。適当に時間を置いて読んだ振りをしても、“一読した”と認識されることを知っていたからだ。そしてその行為を続けること約一か月、このみの恋愛小説『
PV総数3522、フォロワー数34人、B!ポイント数150、ランキングは48位……。まあまあってとこね。読者選考期間終了まで八日。絶対、突破圏内の40位以内に入ってやるんだから。
このみは軽く頷くと、“全話読まずに放置していただけの小説”にB!ポイントを五つ投じる。そしていつものように画面に向かって唱える。
B!ポイントが返ってきますように。
もし返ってこなかったら剝ぐので絶対に返すように――。
「……このみ、まだ『モジノラクエン』やってんだ? 恋愛小説コンテストだっけ? 大賞で五十万円もらえるってやつ」
麗奈がこちらを見ないで聞いてくる。『マラオカート』に夢中なくせに、このみが何をしているか分かっていたらしい。
「そう。あと書籍化して印税も」
「ふーん。でもポイント投げだっけ? あれ繰り返してれば受賞できちゃうんでしょ? 楽して稼ぐとかあり得なーい。ちょっと軽蔑、なんて」
「は?」
麗奈のそれを聞き、唖然とするこのみ。やがて憤りの気持ちが発露して口を開きかけたそのとき、渋谷の大きな声が聞こえた。
「よっしゃーっ、悪マラオ抜かしたぜっ。おい、麗奈……ゲームに集中しろよ」
「はーい。あっ、ラッキー! ファイアスターゲットした」
何もなかったかのように『マラオカート』に意識を戻す麗奈。彼女ならではの放言といえばそうなのだが、いつも以上に
なんなの? 人の家で遊びまくってるくせに。それとポイント投げだけじゃ、一次選考しか突破できないんですけど。
このみが麗奈と渋谷に、『Sweet・Girl』という小説で『モジノラクエン』の恋愛小説コンテストに参加していると打ち明けてしまったのは、先々週のことだった。このみの誕生日だからと、ノンアルコールビールを大量に買ってきて部屋でパーティーをしているときに、つい口に出してしまったのだ。
酔うことなどできるわけがないのに、まるで酔ったような状態になったがゆえの失態。知り合いには秘めておきたいことだったのにと思い出しては悔やんでいた。ところでその日は相当、部屋の外に声が響いていたであろうことを反省して、次の日から三日間は二人を呼ばずに静かにしていた。
そういえば、そこでB!ポイントの稼ぎ方まで話しちゃったんだよね、私。
本当に余計なことを言ってしまったものだと、後悔の波がまた押し寄せてきた。
◇
夜の二十時に麗奈と渋谷が帰ると、部屋の中が途端に静寂に包まれる。なんとなく寂しさを覚えるものの、『Sweet・Girl』の加筆修正をするにはうってつけの静けさだ。そう、ポイント投げの見返りを受けるには、やはり小説の質も少しは向上させておくべきなのだ。
その前にと、このみはいつものように部屋を見渡す。
以前、アパートに住む女性の間で大家による盗聴疑惑が話題になったことがあった。結局、一人の女性の狂言ということで方が付いたのだが、あの日以来部屋の中を見渡すくせがついてしまったのだ。実際、女性の一人暮らしとなると、盗撮や盗聴があってもおかしくないということもあって尚更だった。
気にしすぎよね。
気持ちを切り替えたこのみは、加筆修正……の前にまずB!ポイント数をチェックする。途中から『マラオカート』に夢中になったこともあり、一時間近く『モジノラクエン』にログインしていない。期待を胸に確認するとB!ポイントはまた五つ増えていた。
「よしっ」
喜ぶこのみは次に手帳を見る。そこには誰にいつB!ポイントを投げたのかが書いてあり、このみはその中から、“B!ポイントを与えて三日経ったのに返してこない作者”をリストアップする。そしてすぐに全員のB!ポイントを躊躇なく削除した。
「助け合いの精神がない奴ってほんと、腹立つ」
スマートフォンの画面を睨むこのみはそこで、作者の近況や呟きを書くことのできるラクエンノートの項目に目がいく。このみは新話を公開するたびに律儀に宣伝の記事を書いているのだが、今日も授業中に書いていたのだ。ほとんどコメントもないので止めようかどうかと悩んでいたのだが、最新の記事に珍しく一件のコメントがあった。
応援メッセージだったりして。
だとしたら嬉しいな――。などと思わず笑みを浮かべるこのみは、その一件のコメントを見るために記事をクリックする。
そこにはこう書かれていた。
―――――――――――――――――――――
オリバー・ラング
2018年11月26日
17:52
【削除】
俺はお前が何をしているか知っている。
何を知っているかって?
悪質なポイント投げだよ。
読んでもいないのに大量にB!ポイントを投げやがって。
今すぐやめろ。
これは命令だ。
今すぐやめろ。
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