第一章エピローグ:天岩戸の巫女
新搭乗員を受け入れ訓練期間に入ってからもう一週間が経ち、次の日には出航という時のこと。
艦長室にて、パソコンで航海日誌を確認する艦長神山 絆像は、パソコンを操作し信濃艦内ネットワークに接続していた。
しばらくすると画面に、
『Advanced
Module of
Armament
Trailblaze
Experience
Realization system,
And Aegis Weapon System
Synthesised Operating System
Unit』
の文字が浮かんだ。
「出撃前にあと一回くらいやっておくか」
そう呟きなから、そのシステムを起動させる。
過去、というか艦長就任後も一応何度かは起動していた。
一度目は横須賀での戦闘中。
起動して操作して、終わった直後にぶっ倒れたが。
あとその次の日以降は仕事の合間に暇があり次第、何度か。
『イージス武装制御システム統合型 特殊演算処理式近未来予測高等戦術提示システム』
通称 『アマテラス』。
日本軍が生み出した機密技術の一つ。
「……信濃」
彼が、名前を呼ぶ。
すると、
『お呼びでしょうか、艦長』
何も無かった空間に突然、巫女装束の様な衣装を纏う女性が現れた。
アマテラスの生み出す艦の人格と呼ぶべきもの───便宜上『仮想人格』と呼ばれている存在だ。
姿自体は幻影。というか、システムから発する電波によって視覚に直接投影されているもの。
声も同じく、特殊な波長の電波で脳に直接聴覚情報として送られているものだ。
「今、シンクロしても大丈夫か?」
その問いに対して、信濃は『構いません』と応える。
そして、
『シンクロナイジング、開始します』
彼女がそう言った直後、二人の姿が重なった。
シンクロナイジング───シンクロと略しても通じる───とは『同調している』という言葉通り艦、正確に言うと「艦に搭載されている『アマテラス』」と精神を同調する状態。
ついでに、アマテラスになぜ仮想人格を創らせたのかについても触れておきたい。
知っての通り、艦船は人型ではない。その為『艦と同調する≒艦と感覚を共有する』という感覚が大体の人間には理解しがたいことだろう。それを実現する為にあえて艦を人型に変換した情報体である仮想人格を、艦と同調するための触媒とすることでそれを可能とした。
同調した状態となった絆像は今、アマテラスから見える世界を見ている。
と、
「……もう少し見ていたかったがな、客がくる。
同調解除を申請」
『了解しました。
シンクロナイジング、解除します』
そういって、二人は同調を解除した。
解除された直後、扉をノックする音が聞こえ、絆像は「入れ」と言うと、二人入ってきた。
「整備科班長 吹野、入ります」
「航空科隊長 有本、入ります」
吹野 深雪と有本 僚だった。
「二人共、何の用だい?」
絆像が二人に尋ねると、
「二一型の運用データが出来上がったから技研とTC《テクノ・クレイドル》に送る許可が欲しいの」
と深雪は答え、
「深雪さんの付き添いで来ました」
と僚は答えた。
絆像は二人の答えに対し「なるほど」と応じる。
深雪から書類とUSBメモリーを受け取ると、絆像は航海日誌のコピーとその他の書類を渡す。
「本日中に艦内で会議を開く。
とは言っても、明日には向こうに行くと伝えるだけだがな」
「あー、もうそんなに経つのね」
「色々在りすぎてあっという間に過ぎてったな。
今週一杯までには出ていくようにとの通達が既に来ている。
故に、今後の日程だなんだを色々決めなきゃならんからな」
深雪と絆像が問答する中、
「ん───?」
絆像の隣に、見知らぬ人物が立っていることに気がついた。
巫女服の様な服装をした女性。
見知らぬとは言っても、僚は一回だけ彼女の姿を見たことがあった。
クラリッサ、武彦らと共に艦橋屋上に登った時だ。艦首に立ち、海を見ていたのを覚えている。
ちなみに、深雪はまるで気付いていない様な様子。
絆像に尋ねてみる。
「すみません、艦長。
そちらの方は
そう尋ねると、絆像から「え?」と返ってきた。それに対し思わず「えっ?」と返してしまう。
沈黙。
破ったのは深雪だった。
「え、何?
何かいるの?」
深雪が二人に聞く。それに対し「えっ?」と返してしまう僚。
「見えないの?」
僚が深雪に問う。
「何か見えるの?」
逆に問い返される。
「うん」
「人の姿?」
「うん」
「男性?女性?」
「女性」
「大人?子供?」
「どちらかっていうと大人っぽい、かな?」
「……もしかして、巫女さんっぽい人?」
「うん、巫女さんっぽい」
問答終了。
「……艦長。
今アマテラス起動してる?」
深雪は今度は絆像に聞いた。僚が「アマテラス?」と言いながら首を傾げる。
「……あぁ。
起動テストのつもりで起動していた」
深雪の質問に答える絆像。
「こいつ見えてるわよ?」
「そう、みたいだな。
でも、まさか見えるとはな」
二人は僚を見つめる。
「え!?
な、何ですか!?」
「いや、君に隊長を任せて正解だったということだよ」
「えぇと……つまり、どういうことですか?
まるで意味が分かりませんよ」
「後で説明するわよ。
それじゃ、失礼するわ」
そう言って僚の腕を掴み、深雪は僚ごと艦長室から退室した。
『今の子が航空隊の隊長?』
信濃が訊ねてきた。絆像は「あぁ」と答え「良い瞳をしてるだろう?」と追加する。それに対し信濃は一言、『そうね』とだけ答えながら手元にウィンドウを展開した。
『有本 僚。
横須賀での騒乱における撃墜王、ね。
出自は……あら、あな───』
そこまで言いかけた信濃の言葉を、
「───言うな」
その一言で遮った。
「あそこは嫌な思い出しかない……まぁ、彼は覚えていないだろうが……」
『……そうね』
艦載機格納庫にて。
艦長室から移動し、試作三号機の整備をしながら深雪が僚にアマテラスについて説明していた。
仮想人格についての説明。ある程度聞いていて、その終盤くらいのこと。
「アマテラスが形成する仮想人格の姿は、特定の人にしか見えないのよ」
「特定の人?」
「そう。まぁ、例えば神山艦長とか、戦闘関連役職の役職長ね。
ある程度の適正があれば見えるから、そういう人がだいたい任命されるのよ。
姿が見える相手には『シンクロ』って言って、システムと精神を同調して戦闘指揮や思考を各役職長にで伝えることができるのよ。ネットワークみたいに。
まぁ、使いこなせればの話だけれど」
「へぇ……すごいシステムだね……って、え?
でも、それって───」
僚が言いかけていたことを遮り、
「私も見たことくらいはあるわよ」
と言った。
「え?」
呆気にとられる僚。その彼に対し「当たり前じゃない。何年前からこの艦乗ってると思ってるのよ」と言い、続けた。
「話の最初に『姿や声は、システムから特殊な電波を用いて脳の視覚や聴覚に直接投影されている』って言ったでしょ?」
「言ってたけど、それが?」
「人によって見える周波が違うからいくら適正があるからって仮想人格の姿は基本的に誰かに見えてる時には他の誰も見えないの。
艦内監視カメラにだって映らないわ」
「でも、僕見えてたよね?」
「稀に居るらしいのよ。どの周波でも姿が見れる人が」
「君の知ってる人にもいる?」
聞かれた深雪は「二人、知ってる」と言い、答えた。
「江草 隆秀」
「え、誰?」
即答で返す僚。直後、深雪が凄まじい剣幕を見せる。
「知らないの!!?
第一防空部隊 旗艦 蒼龍の艦爆隊隊長よ!!?
あとアマテラスの有無を問わず艦と話す様な変人よ!!!?」
「変人って……」
変人かどうかは別として、第一防空部隊と聞いてそれが何なのかは思い当たった。
横須賀司令部 第一国土防衛師団艦隊所属 第一防空部隊。
空母とミサイル主要装備艦で構成された『対機動部隊用機動部隊』とも言える部隊だ。
旗艦である正規空母 蒼龍を初めとして所属艦の色は蒼が主体。さらに最高練度クラスの航空隊も居り、『快晴時は無双』と称されることから『蒼穹の艦隊』という異名で呼ばれていた。
紅蓮の艦隊こと第一遊撃部隊とは違い実戦経験こそないが、アメリカやカナダなど同盟国との合同軍事演習には第一国土防衛師団艦隊本隊と共に駆り出されては毎度優秀な戦績を残していると聞く。
「蒼穹の艦隊、かぁ」
「まぁ、名前的にも
軽口を飛ばした深雪。そこで僚は話を切り替えた。先程『二人』と聞いた為だ。
「それじゃ、もう一人は?」
「艦長」
即答され「え?」と返してしまう。
「いや、艦長って何の?」
そこまで問うと深雪の口から「
そして続ける深雪。
「……神山 絆像。
「…え、そうなの!!?」
そこまで話したところで、コクピットのサブモニターからアラームが鳴り響く。
「そろそろ言ってた時間かな?」
「そうみたいね」
そう言って二人は試作三号機のコクピットから出て、会議室へと向かうことにした。
ちなみに試作三号機の修理は間に合わなかったどころかまだ修理に時間がかかるらしく、もうしばらくこのまま修理工厰に置いておくことになっている。
航海しながら整備して第一遊撃部隊との合流までに合わせられればいい、といったところがこの機体の現状だった。
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