アニメと一緒にどうぞ『人間椅子 乱歩奇譚』黒史郎 著

『人間椅子 乱歩奇譚』プレビュー

 今回のタイトルを見て、「あっ、江戸川えどがわ乱歩らんぽの、あの名作をついに紹介か?」と思った方もいらっしゃるかと思いますが、違います。乱歩は乱歩でも『乱歩奇譚きたん』のほうです。

『乱歩奇譚』(正式タイトル『乱歩奇譚 Game of Laplace』)とは、2015年に制作されたアニメーション作品で、タイトルに「乱歩」とあるとおり、江戸川乱歩作品を原案として使用しています。「人間にんげん椅子いす」は、そのアニメの最初のエピソードで(1話、2話の前後編として制作されました)、今回ご紹介する本作は、そのノベライズです。

 出されたレーベルは一般文芸の光文社文庫ですし(アニメ放送時にタイアップとして、同文庫の「乱歩全集」の一部をアニメ版カバーを掛けた状態で発売した縁でしょう)、登場人物紹介のカラー口絵も、本編中にも挿絵の一枚もなく、アニメのノベライズとしては、かなり硬派な作りといえるのではないでしょうか。


『人間椅子 乱歩奇譚』 くろ史郎しろう 著 江戸川乱歩 原案 乱歩奇譚倶楽部 原作 上江洲うえずまこと 監修


 上記のように、乱歩作品が原案のアニメのノベライズのため、著者クレジットが凄いことになっています。黒史郎が実際の執筆者で、乱歩奇譚倶楽部というのはアニメの制作委員会名、上江洲誠はアニメの脚本家という区分けになります。


~あらすじ~

 中学生の少年小林コバヤシは、目を覚ますと始業前の誰もいない教室に倒れていた。目の前には、異常の一語に尽きる担任教師の惨殺死体が。その死体は両腕と首を切断されており、まるで「椅子」に見立てたかのように組み替えられていたのだ。自ら警察に通報した小林は、しかし、犯行に用いられたと思われる凶器を手にしていたことから、教師殺害の容疑を掛けられることとなってしまった。

 捜査に乗り出した警察は、この異様な事件の早期解決を図るために、「宮内庁公認の高校生探偵」明智アケチを呼び寄せる。



 原作(原案)となった乱歩の、元祖「人間椅子」をご存じの方ならば、このあらすじを読んで、「『人間椅子』って、そういうことじゃねーよ!」と突っ込んでしまったことと思います。「人間の死体をバラバラにして椅子の形に組み替えたから『人間椅子』」ある意味、身も蓋もないストレートすぎる原案の使い方。このように本作には、乱歩の「人間椅子」要素はタイトル以外一切なく、ストーリーは全くのオリジナルで展開されます。

 アニメのほうの『乱歩奇譚』は、なかなかの意欲作だったにも関わらず、残念ながらほとんど話題にならずに放送終了してしまいました。一般的なアニメファンの間では、「コバヤシくんが可愛いアニメ」という印象しか残らなかったのではないでしょうか(ちなみに登場人物名は、アニメではカタカナで、このノベライズでは漢字で表記されています)。ですが、このような結果を迎えてしまったことも止むなしで、というのも、このアニメはすこぶる分かりにくく、「これは何だ?」と首を傾げたくなる演出が随所に使われているからです。その最たる例が「時折登場人物がシルエットだけで描かれる」というものです。これは決して作画上の手抜きではなく、きちんとした意味を持っており、それが何なのかは、このノベライズを読まないと分かりません。

 これはネタバレでも何でもないため明かしますが、シルエットだけで描かれている人物というのは、主人公の小林(少なくとも「人間椅子」は、明智ではなく彼が主人公です)が「認識していない人物」ということなのです。

「認識していない」というのは、「興味がない」と言い換えることも出来るでしょう。この小林の「興味のなさ」は、相手がセミレギュラーや重要なゲストキャラクターであっても一切容赦がなく、彼の興味の範疇外に置かれる人は、格付けバラエティ番組の「映す価値なし」よろしく、終始シルエットだけでの登場を余儀なくされます(恐ろしいことに両親さえも、彼の目を通すと「シルエット」になってしまいます)。しかし、ひとたび小林が興味を持てば、ベールが剥がれていくかのように当該人物のシルエットは霧消し、本来の姿が「認識」されるようになるというわけです。

 この「小林が興味を持つきっかけ」というのも、実にひねくれているというか恐ろしいところがあって、殺された担任の後任で花菱ハナビシという教師が登場するのですが、この人、「甘ったるい香水の匂い」をさせ「キンキンのアニメ声」に「全身ピンクのゴシックゴスロリータロリ・ファッション」の女性という、およそ教師らしからぬ、常人であれば何かしらの興味を引かれざるを得ない強烈なキャラクターを持つ人物であるにも関わらず、小林には「シルエット」にしか見えません。ですが、彼女の両手首にリストカット痕のような傷跡があるのを発見すると、その途端、小林は花菱を「認識」して、彼女のベールが剥がされる、といった具合です。

 当然のことながら、この演出は「小林視点」のみに使われるため、彼がいない場面では、画面上にいる人物はモブに至るまできちんと描かれることとなります。逆に、小林がいてもモブが描かれているという場合、その場面は視点が小林にはないということを表現しています。この演出の違いを理解して、今の場面は誰視点なのかということまで気を配って観ると、アニメ『乱歩奇譚』を一層楽しんで視聴することが出来るのではないかと思います。

 こういった演出の他にも、ノベライズは「犯人」が犯行を犯すに至った経緯や、その心情なども、「犯人」の一人称の形式で語られ、物語に奥行きを与えています。これもアニメでは一切触れられていなかった部分で(そもそもアニメで表現しにくい、プラス尺の都合でしょう)、『人間椅子 乱歩奇譚』はアニメで描ききれない、描けない要素を補間する役割を果たしています(逆の言い方をすれば、「アニメ単体を観ただけでは意味不明な点が多々ある」ということでもあり、手放しに褒められることではないのですが。時間軸的にあり得ないことですが、仮に先にこのノベライズ版があり、それのアニメ化という段取りであったら何も問題はなかったでしょう)。そのため、まだノベライズもアニメ本編も未見という方は、ノベライズを読んでからアニメを視聴、という順番がおすすめです。


 ノベライズを読み、アニメ本編を視聴して、『乱歩奇譚』独特の世界とコバヤシくんの可愛さを十分堪能したら、またネタバレありレビューでお会いしましょう。

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